愛しのあなたにさよならを

MOMO-tank

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第12話 ローガン

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プライス侯爵家の次男として生まれた俺は、隣国の公爵家出身の母上譲りのこの国では珍しい銀髪に紫色の瞳を持ち、幼い頃から周りにお人形のように扱われた。

それが嫌で仕方がなかった俺は、幼心に強くなれば解放されるに違いないと習い始めたばかりの剣術に打ち込んだ。

12歳で学園の騎士科に入学すると剣術により一層のめり込むようになった。
よくわからない動機で始めた剣術だったが、いつの間にか騎士になりたい強い思いが生まれ、早朝から鍛錬を毎日休みなく続けた。
元々体格も良く騎士に向いていたのかもしれないが、いつの間にか騎士科の中で頭一つ抜けた存在になっていた。

そんな俺に手強い相手が現れたのは、入学して1年半が過ぎた頃だった。
随分と中途半端な時期に、しかも特待生枠で騎士科に途中入学してきたのは、片田舎の没落寸前ともいわれるウォーカー伯爵家嫡男、マックス・ウォーカーだった。

黒髪にブルーの瞳の平凡に見えるこの男は、学園の試験でいきなり満点に近い高得点をたたき出し、一躍注目を集めた。

『剣の腕は大したことないだろう』
没頭寸前の田舎貴族に対して誰もがそう思っていたが、マックスはまたしてもみんなの予想を大きく覆した。

粗削りともいえる予測不能な動きに、竣敏さを兼ね備えた見たこともない剣術に誰もが剣を弾き飛ばされた。
俺も、その中の一人だった。

この型破りな男に出会って、今までの自分がいかに典型的で型にはまっていたかを突きつけられた。
考え方を変え、今まで以上に鍛練に励みマックスとも互角に勝負できるようになり、この男を頼もしく思っていた。

でも、マックスは高等部へ進むと普通科に転身した。

『俺は、ウォーカー伯爵家を再建したいんだ。
両親はお人好し過ぎて任せていられない。
俺がしっかりしないとな』

有言実行のマックスは卒業までの三年間を首席で通し、生徒会長まで務めた。

社交界の華と称された母上によく似た俺は、年を追うごとに異性からの視線を感じるようになった。
最初は困惑していたが、次第に女性へ関心を持ち始め、好みの女性と付き合うようになった。

楽しかった。
美しく着飾った女性と夜会で踊り、耳元で褒め言葉を囁けば頬を染め、寄り添ってくる。
休日には女性の好きそうな話題のカフェを予約してデートを愉しむ。

特定の相手を持たずに短い付き合いを繰り返す俺を見て、マックスは呆れた顔をしていた。


学園を卒業し、騎士団試験に合格すると第一騎士団の騎士となった。

女性関係は相変わらずだったが、騎士としての鍛練は決して怠らなかった。
騎士になって4年経った頃には、副隊長に昇格した。

副隊長になって1年が過ぎた23歳の頃、話題の騎士が入団した。
通常は、俺のように学園卒業後の18歳での入団が一般的だが、年にごく僅か16歳で騎士団試験を受験し合格する者がいる。
しかも、今回の新人は型破りと聞いた。
名前はウォーカー。

型破り
ウォーカー

そういえば、マックスが『俺の弟と妹も同じくらい強いぞ』と恐ろしい話をしていた。

マックスの弟を初めて見た時、まるで雷に打たれたような衝撃を受けた。

全体的に線が細くひょろっとしたウォーカーは横幅が倍近くある騎士との対戦で、相手の重い剣を流れるように受け流し、軽やかに躱す。
かといって逃げるばかりでなく、揺さぶりをかけ相手が動揺して隙を見せたところを一気に攻め立てる。

顎の辺りで切り揃えられた柔らかそうな黒髪に宝石のようなブルーの瞳は涼しげで笑うと可憐な花のようだった。

そんな中性的な美しさと可憐な雰囲気を持つウォーカーに一瞬見惚れていたのは俺だけではなかった。

あの容姿に剣の腕ーー
ウォーカー、苦労しそうだな。
マックスの弟だ。困っていたら助けてやろう。
この時は異性のみならず同性までも魅了しそうなウォーカーに同情を覚えた。

ウォーカーとはまだ話したことはなかったが、ある日訓練後にすれ違った。
柔らかそうな黒髪が揺れ、首元に汗を光らせたウォーカーと肩が触れそうになった時、花のような石けんのような優しい香りがふわっと広がった。

走り去ってウォーカーはもういないのに、いつまでも心臓は音を立てていた。


そんなウォーカーと話しをしたのは、その時付き合っていた子爵令嬢が訓練の見学に来て、ふたりで話しているうちに甘い雰囲気になり、木の生い茂る人目につかない場所で口づけしていたのを、近くでトレーニングしていたウォーカーに見られたのがきっかけだった。

「ウォーカー、お前のその顔立ちに剣の腕だと女性からの誘いが絶えないだろう。
スマートなと口説き方と断り方を伝授するぞ」

ウォーカーは目を丸くしたと思うと、輝くブルーの瞳を細めていきなり笑い出した。

「副隊長、初めまして。
ジャスミン・ウォーカー、女騎士です」

少しハスキーともいえる落ち着いた声で大きな口を開けて笑う彼女は、握手を求めて手を差し出してきた。

「すまない」

謝りながら彼女の手を握ると、細っそりとはしているものの、令嬢とはまるで違い皮が厚く剣だこがあった。

手が離れるのがこんなに名残惜しいのは生まれて初めてだった。

彼女ともっと話したい。
仲良くなりたい。
なのにーー
言葉が出ない。

彼女が近くにいるだけで満たされて、でも、胸がざわついていた。



俺は、

そう。

俺は、ジャスミンに恋をした。



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