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第16話
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師匠と食堂へ行っても、大抵は周りにホーキンス先輩含む隊員達が座っているので、二人で食事を取ってる意識なんてものはなかった。
「ジュリアナ、近くに美味しいレストランがあるんだ。
行かないか?
場所が分からないだろうから、女子寮の前で待っている」
話によれば、名物の大きな肉の塊は驚くほどの絶品で食べ応え満点。
しかも体を動かした後に食べれば、幸せに包まれ疲れも吹き飛ぶらしい。
「分かりました。速攻で着替えて向かいます」
そんな話を聞けば、その塊肉とやらを食べようじゃないか。
服装も普通で大丈夫と聞いたので、手持ちのワンピースに着替え女子寮を出ると、そこにはシャツにパンツ姿という至ってシンプルな服装の師匠が居た。
壁に寄りかかっているだけなのに、仕事を終えた侍女集団が師匠に釘付けになっている。
「お、ジュリアナ」
声を発しただけで、侍女集団がざわめき出す。
そうだった。
師匠は、恐ろしく美しい人だった。
レストランに到着すると、師匠は「あそこの席にしよう」と窓際のテーブル席を指差した。
その席はどう見ても二客しか椅子がない。
「あれ?みんなは?」
「みんな?」
「ホーキンス先輩とか、他の隊員ですよ」
「いや、私はジュリアナしか誘っていないが?」
「へ?」
大きな肉の塊は完璧な焼き目をつけて、皿の真ん中にどーんと鎮座していた。
つけ合わせはごろっとした芋。
塊肉を大きめに切って口に運ぶと、噛んだ瞬間、旨みがジュワーっと口に広がる。
「美味しい!」
私が肉を次々口に運んでいると師匠は微笑んでいた。
夢中で肉を食べ終えてしまい、すっかり忘れていたパンとスープを頂いていると、向かいの席に座っている師匠の姿が目に入った。
それは美しい所作で、大きな肉の塊をちょうどいい大きさにカットし口に運んでいる。
剣の腕は一流、端正な顔立ち、公爵令息。
確か学生の頃、剣術大会に師匠が登場すると、あちこちから黄色い声援が上がっていたっけ。
師匠は隊長だし、つい流れでランチを一緒に食べてはいたけれど、塊肉とはいえ二人での夕食は。
食事を終えてしまうと、なんとも言えない落ち着かなさを感じてしまう。
ふと、婚約者を気にしていたホーキンス先輩を思い出した。
師匠は寮に住んでるから勝手に独身だとは思っていたけど、こんな完璧な人が果たして本当に独身なんだろうか。
私の五才年上のはずだから、二十三歳。
二十三歳の貴族男性なら、大半は結婚している。
バランスよく食事を進めていた師匠は、私のように先に肉だけ食べ切るような事はなく、三品食べ終えるとナプキンで口元を拭いていた。
「あの・・・」私が口を開くのと、師匠がグラスを手に取るのがほぼ同時だった。
「師匠は結婚してますか?」
問いかけたのが残ったワインを口にした時だったからなのか、質問が良くなかったのか、師匠は慌てて口元を押さえたものの、勢いよくワインを噴き出すと、顔をくしゃくゃにして笑い出した。
なかなか笑いが止まらなくって、周囲の客も何事かとこっちを見ている。
「ジュリアナ!」
「・・・はい」
「私は独身だよ。ちなみに婚約者もいない」
「そうですか」
「でも、気になる女性がいるんだ」
「・・・はぁ」
「その女性に婚約者になって欲しくて、距離を縮めようと必死なんだが、なかなか気づいてもらえない」
とりあえず結婚も婚約もしていないと聞いて一安心していた。
それがどうしたことか、悩み相談らしいのが始まりそうになっている。
こういうのは人生経験のある人にして欲しい。
「ジュリアナ」
「はい」
「ジュリアナ、君が好きだ」
師匠は真っ赤な薔薇を一本私に差し出した。
「アッシュフィールド伯爵令嬢!」
こんな風に私を呼ぶのは、ハーバード伯爵令息しかいない。
しかも昨日の今日でどこから聞いたのか、マイヤーズ隊長から告白され、婚約者になるっていうのは本当かと、尋ねてくる。
最近いつも二人で昼食を取ってるのは有名だったし、目立つ二人がレストランの窓際で食事するだけで噂の的だよ。と言われ、周りから見ればそう見えていたと初めて気づいた。
あの時『好きだ』なんて言われ、私は固まった。
「これは・・・冗談では?」
「ない。本気だよ」
「私は・・・師匠を尊敬しています」
「それは、学生の頃から知ってるよ」
キャーキャー騒ぐ訳でもなく、木の上から覗き見するスタイルは逆に目立っていたらしい。
「個性的な少女は数年後には凛々しい姿を見せ、また二年後には驚くべき姿で私の前に現れた。
気づいたら、美しく前向きな君から目が離せなかった」
そんなこと言われても・・・。
「師匠、私の中で師匠は師匠なので、異性としては見れません」
「じゃあ、これから私を異性として意識して欲しい」
こうして私と師匠は食事会を終えた。
寮に戻ると、ワンピースのままベッドに飛び込んだ。
薔薇を見ていると、学園の卒業式の日に貰った大きな花束を思い出した。
「今日、大きな塊肉を食べたんだ」
ワンピースのポケットから耳飾りを取り出して、独り言のように呟いた。
「ジュリアナ、近くに美味しいレストランがあるんだ。
行かないか?
場所が分からないだろうから、女子寮の前で待っている」
話によれば、名物の大きな肉の塊は驚くほどの絶品で食べ応え満点。
しかも体を動かした後に食べれば、幸せに包まれ疲れも吹き飛ぶらしい。
「分かりました。速攻で着替えて向かいます」
そんな話を聞けば、その塊肉とやらを食べようじゃないか。
服装も普通で大丈夫と聞いたので、手持ちのワンピースに着替え女子寮を出ると、そこにはシャツにパンツ姿という至ってシンプルな服装の師匠が居た。
壁に寄りかかっているだけなのに、仕事を終えた侍女集団が師匠に釘付けになっている。
「お、ジュリアナ」
声を発しただけで、侍女集団がざわめき出す。
そうだった。
師匠は、恐ろしく美しい人だった。
レストランに到着すると、師匠は「あそこの席にしよう」と窓際のテーブル席を指差した。
その席はどう見ても二客しか椅子がない。
「あれ?みんなは?」
「みんな?」
「ホーキンス先輩とか、他の隊員ですよ」
「いや、私はジュリアナしか誘っていないが?」
「へ?」
大きな肉の塊は完璧な焼き目をつけて、皿の真ん中にどーんと鎮座していた。
つけ合わせはごろっとした芋。
塊肉を大きめに切って口に運ぶと、噛んだ瞬間、旨みがジュワーっと口に広がる。
「美味しい!」
私が肉を次々口に運んでいると師匠は微笑んでいた。
夢中で肉を食べ終えてしまい、すっかり忘れていたパンとスープを頂いていると、向かいの席に座っている師匠の姿が目に入った。
それは美しい所作で、大きな肉の塊をちょうどいい大きさにカットし口に運んでいる。
剣の腕は一流、端正な顔立ち、公爵令息。
確か学生の頃、剣術大会に師匠が登場すると、あちこちから黄色い声援が上がっていたっけ。
師匠は隊長だし、つい流れでランチを一緒に食べてはいたけれど、塊肉とはいえ二人での夕食は。
食事を終えてしまうと、なんとも言えない落ち着かなさを感じてしまう。
ふと、婚約者を気にしていたホーキンス先輩を思い出した。
師匠は寮に住んでるから勝手に独身だとは思っていたけど、こんな完璧な人が果たして本当に独身なんだろうか。
私の五才年上のはずだから、二十三歳。
二十三歳の貴族男性なら、大半は結婚している。
バランスよく食事を進めていた師匠は、私のように先に肉だけ食べ切るような事はなく、三品食べ終えるとナプキンで口元を拭いていた。
「あの・・・」私が口を開くのと、師匠がグラスを手に取るのがほぼ同時だった。
「師匠は結婚してますか?」
問いかけたのが残ったワインを口にした時だったからなのか、質問が良くなかったのか、師匠は慌てて口元を押さえたものの、勢いよくワインを噴き出すと、顔をくしゃくゃにして笑い出した。
なかなか笑いが止まらなくって、周囲の客も何事かとこっちを見ている。
「ジュリアナ!」
「・・・はい」
「私は独身だよ。ちなみに婚約者もいない」
「そうですか」
「でも、気になる女性がいるんだ」
「・・・はぁ」
「その女性に婚約者になって欲しくて、距離を縮めようと必死なんだが、なかなか気づいてもらえない」
とりあえず結婚も婚約もしていないと聞いて一安心していた。
それがどうしたことか、悩み相談らしいのが始まりそうになっている。
こういうのは人生経験のある人にして欲しい。
「ジュリアナ」
「はい」
「ジュリアナ、君が好きだ」
師匠は真っ赤な薔薇を一本私に差し出した。
「アッシュフィールド伯爵令嬢!」
こんな風に私を呼ぶのは、ハーバード伯爵令息しかいない。
しかも昨日の今日でどこから聞いたのか、マイヤーズ隊長から告白され、婚約者になるっていうのは本当かと、尋ねてくる。
最近いつも二人で昼食を取ってるのは有名だったし、目立つ二人がレストランの窓際で食事するだけで噂の的だよ。と言われ、周りから見ればそう見えていたと初めて気づいた。
あの時『好きだ』なんて言われ、私は固まった。
「これは・・・冗談では?」
「ない。本気だよ」
「私は・・・師匠を尊敬しています」
「それは、学生の頃から知ってるよ」
キャーキャー騒ぐ訳でもなく、木の上から覗き見するスタイルは逆に目立っていたらしい。
「個性的な少女は数年後には凛々しい姿を見せ、また二年後には驚くべき姿で私の前に現れた。
気づいたら、美しく前向きな君から目が離せなかった」
そんなこと言われても・・・。
「師匠、私の中で師匠は師匠なので、異性としては見れません」
「じゃあ、これから私を異性として意識して欲しい」
こうして私と師匠は食事会を終えた。
寮に戻ると、ワンピースのままベッドに飛び込んだ。
薔薇を見ていると、学園の卒業式の日に貰った大きな花束を思い出した。
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