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第8話
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「なかなかやるな」
あれから四日が経った。
私の頬は完全に完治し、その他も異常は見当たらず、今朝から鍛練を再開した。
「まだまだ、これからですよ」
勿論、部屋にはしっかりと鍵をかけているので、翌朝目覚めて隣に誰かが寝ているなんてことはない。
「さぁ、それはどうかな?」
この国ではお目にかかれない貴重な治療を受けた以上は、完璧に仕事をこなしたい。
そのためには、強くなければ。
私は意欲を燃やしていたが、目の前の男は私が敵う相手ではなかった。
アントニオは片手を腰に置き、まるで遊んでいるかのような大袈裟な動きで、派手に私の木剣を弾き飛ばす。
それはお父様や護衛騎士、師匠、騎士団の隊長クラスの誰とも違った。
この人、本当にただの役者?
アントニオといえば、フェアじゃないだろ。とでも言いたげに自分の木剣を手放して、かかってこい。と手招きしている。
体術は割と得意だと自負していたのに・・・
得意の回し蹴りが一回掠っただけだった。
「シュガー、今日は休みだ。
お前、お礼をしたい相手がいるんだろ。
行って来ると良い」
「え!いいんですか?」
「構わない。ダリアさんだったか?
世話になったんだろ?」
少しばかり変身して行け。と、茶髪のカツラと黒縁のメガネを渡された。
眼鏡のレンズは少しグレーがかっているので、オッドアイが目立たなくなるという。
アントニオには、食堂で求人を見つけた経緯を話していた。
『そりゃ、お礼に行かないとな。
俺のファンときらた尚更だ』
『サンドイッチといえば、俺の大好物でもある。
でも、俺が店を訪れれば街は大混乱になる』
サンドイッチが大好物なら、お土産に買って来よう。
支度を済ませて出発しようとすると、玄関にグレーのスーツを着た真面目そうな金髪碧眼の男性が立っていた。
「シュガー、さぁ行くぞ」
それは独特のバリトンボイス。
「・・・え?」
「アントニオじゃなければ問題ない」
真面目そうな金髪碧眼の男性は変身したアントニオで、私達はダリアさんのサンドイッチ店を一緒に訪れることになった。
舞台技術を使っているらしいけれど、全くアントニオらしさが感じられない。
なのに声も話し方も間違いなくアントニオなので、どうにも奇妙な感じがして落ち着かなかった。
ダリアさん達に何かお礼をと、アクセサリー店に立ち寄り、アントニオの勧めで手頃な価格で可愛いと人気らしい髪飾りを色違いで選んだ。
ダリアさんとアイビーちゃん、気に入ってくれるといいな。
香ばしい匂いの焼き栗を二袋買い、一袋を髪飾りと一緒にダリアさんに渡す。
「ダリアさん、本当にありがとう」
「こんな気を使わなくても・・・でも、ありがとう、アッシュ。
あんたを一目見て、ピーンときたんだ。あんたならあの仕事に合格すると思ったよ」
「アッシュはアントニオレベルまでは行かないにせよ、いい脇役になるでしょう」
アントニオは劇場の役者のスカウトマンという設定らしい。
完璧に声まで変えているので、大ファンのダリアさんは全く気づいていない。
「知り合いに俳優が出来るなんてワクワクするよ。頑張りな、アッシュ」
ダリアさんに激励された。
おすすめのサンドイッチを選んでいると、
「私が買おう」
アントニオは大量のサンドイッチの代金を支払い、最後にダリアさんに何かを渡していた。
店を出ると、ダリアさんの叫び声が聞こえたような気がした。
求人を貼っていた食堂はまだ準備中らしく、店主にお礼を言って焼き栗を渡した。
私達はコーヒーを買って小さな公園のベンチに座り、サンドイッチを残さず食べた。
翌日から、影武者を務めるための本格的な勉強が始まった。
アントニオの生活に密着。
動作や細かい癖を、頭と体に叩き込む。
アントニオの発声は明らかに無理だろうとの話になり、『ああ』『そうか』の二つの言葉だけをマスターすることが決まった。
私の進歩を見て、言葉を追加していくらしい。
歩幅は大きく、やや外股に堂々と。
レディファーストをモットーに。
口角を上げて、眩しそうに微笑む。
私はアントニオ。
私はアントニオ。
ズッシリ重い特殊なシャツは、見事に逞しい上半身を作り上げる。
そして、ギラついたシャツ、スラックス、ジャラジャラしたネックレス、黒髪のカツラを身につければ、私はアントニオになっていた。
・・・けれど、何かが欠けている。
「日焼けが必要。
身長があと十センチ足りない。
髭にピアス。時計。
香水に・・・葉巻だな」
口角を上げて微笑む本物は、ドキッとするほどミステリアスだった。
あれから四日が経った。
私の頬は完全に完治し、その他も異常は見当たらず、今朝から鍛練を再開した。
「まだまだ、これからですよ」
勿論、部屋にはしっかりと鍵をかけているので、翌朝目覚めて隣に誰かが寝ているなんてことはない。
「さぁ、それはどうかな?」
この国ではお目にかかれない貴重な治療を受けた以上は、完璧に仕事をこなしたい。
そのためには、強くなければ。
私は意欲を燃やしていたが、目の前の男は私が敵う相手ではなかった。
アントニオは片手を腰に置き、まるで遊んでいるかのような大袈裟な動きで、派手に私の木剣を弾き飛ばす。
それはお父様や護衛騎士、師匠、騎士団の隊長クラスの誰とも違った。
この人、本当にただの役者?
アントニオといえば、フェアじゃないだろ。とでも言いたげに自分の木剣を手放して、かかってこい。と手招きしている。
体術は割と得意だと自負していたのに・・・
得意の回し蹴りが一回掠っただけだった。
「シュガー、今日は休みだ。
お前、お礼をしたい相手がいるんだろ。
行って来ると良い」
「え!いいんですか?」
「構わない。ダリアさんだったか?
世話になったんだろ?」
少しばかり変身して行け。と、茶髪のカツラと黒縁のメガネを渡された。
眼鏡のレンズは少しグレーがかっているので、オッドアイが目立たなくなるという。
アントニオには、食堂で求人を見つけた経緯を話していた。
『そりゃ、お礼に行かないとな。
俺のファンときらた尚更だ』
『サンドイッチといえば、俺の大好物でもある。
でも、俺が店を訪れれば街は大混乱になる』
サンドイッチが大好物なら、お土産に買って来よう。
支度を済ませて出発しようとすると、玄関にグレーのスーツを着た真面目そうな金髪碧眼の男性が立っていた。
「シュガー、さぁ行くぞ」
それは独特のバリトンボイス。
「・・・え?」
「アントニオじゃなければ問題ない」
真面目そうな金髪碧眼の男性は変身したアントニオで、私達はダリアさんのサンドイッチ店を一緒に訪れることになった。
舞台技術を使っているらしいけれど、全くアントニオらしさが感じられない。
なのに声も話し方も間違いなくアントニオなので、どうにも奇妙な感じがして落ち着かなかった。
ダリアさん達に何かお礼をと、アクセサリー店に立ち寄り、アントニオの勧めで手頃な価格で可愛いと人気らしい髪飾りを色違いで選んだ。
ダリアさんとアイビーちゃん、気に入ってくれるといいな。
香ばしい匂いの焼き栗を二袋買い、一袋を髪飾りと一緒にダリアさんに渡す。
「ダリアさん、本当にありがとう」
「こんな気を使わなくても・・・でも、ありがとう、アッシュ。
あんたを一目見て、ピーンときたんだ。あんたならあの仕事に合格すると思ったよ」
「アッシュはアントニオレベルまでは行かないにせよ、いい脇役になるでしょう」
アントニオは劇場の役者のスカウトマンという設定らしい。
完璧に声まで変えているので、大ファンのダリアさんは全く気づいていない。
「知り合いに俳優が出来るなんてワクワクするよ。頑張りな、アッシュ」
ダリアさんに激励された。
おすすめのサンドイッチを選んでいると、
「私が買おう」
アントニオは大量のサンドイッチの代金を支払い、最後にダリアさんに何かを渡していた。
店を出ると、ダリアさんの叫び声が聞こえたような気がした。
求人を貼っていた食堂はまだ準備中らしく、店主にお礼を言って焼き栗を渡した。
私達はコーヒーを買って小さな公園のベンチに座り、サンドイッチを残さず食べた。
翌日から、影武者を務めるための本格的な勉強が始まった。
アントニオの生活に密着。
動作や細かい癖を、頭と体に叩き込む。
アントニオの発声は明らかに無理だろうとの話になり、『ああ』『そうか』の二つの言葉だけをマスターすることが決まった。
私の進歩を見て、言葉を追加していくらしい。
歩幅は大きく、やや外股に堂々と。
レディファーストをモットーに。
口角を上げて、眩しそうに微笑む。
私はアントニオ。
私はアントニオ。
ズッシリ重い特殊なシャツは、見事に逞しい上半身を作り上げる。
そして、ギラついたシャツ、スラックス、ジャラジャラしたネックレス、黒髪のカツラを身につければ、私はアントニオになっていた。
・・・けれど、何かが欠けている。
「日焼けが必要。
身長があと十センチ足りない。
髭にピアス。時計。
香水に・・・葉巻だな」
口角を上げて微笑む本物は、ドキッとするほどミステリアスだった。
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