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第4話
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「呼ばれるまで待つように」
あれから住所の場所を訪れ、求人の貼り紙を見て仕事に興味ある旨を話すと、なぜか劇場に連れて来られた。
どう考えても舞台の裏側と思われる狭い廊下に、場違いな金色の扉がある。
ここで待たされるところをみると、仕事の内容はダリアさんの推測通り役者関係なんだろうか。
顔を晒す仕事じゃないことを祈りながら壁に寄りかかっていると、扉の向こうから女性の声が聞こえてきた。
待つこと数分。
扉が開くと、下着姿なんじゃないかと思うほどに肌を露出した綺麗な女性二人の姿にギョッとする。
「入っていいぞ」
入室を許可する声に、女性と入れ代わるように部屋へ足を踏み入れた。
金色と黒を基調とした妖しげなサロンのような室内には、胸元のはだけたミステリアスな風貌の男性が椅子に座っていた。
私と同じブルーとヘーゼルのオッドアイ。
『最近はね、綺麗な男よりも危険な香りのする大人の男が大人気なの』
ダリアさんの話を思い出す。
「これは驚いた。
ここまで似ているとは」
アントニオで間違いないと思われる男性は、立ち上がると面白そうに口角を上げながら私の方に歩みを進めてきた。
『見ただけで失神する女性がいるから、劇場には常時医師が待機してるって』
『極めつけは色気のある魅惑のバリトンボイス。
貴族女性までも虜にしてるって噂だよ』
堂々たる立ち振る舞いに、あまり見かけない種類の雰囲気は、つい後退りしたくなるものがある。
なぜ失神するのか不明だが、声は確かにすごい。
もし魔王がいたら、こんな声なんじゃないか。そう思う。
アントニオで間違いないと思われる男性は私の前で足を止めると、一瞬驚いた表情を見せて、帽子に手をかけた。
長い金髪が波打つように揺れて、肩に流れていく。
それを見て、満足気に口角を上げ、微笑んでいる。
「仕事は、俺の影武者。
報酬は前金で三ヶ月、五百万払おう。
あと、お前は今日から“シュガー”だ」
「シュガー・・・?」
「不満か?」
慌てて首を振る。
実名を名乗れない以上、名前を与えられるのは楽かも知れない。
先程アッシュという偽名を名乗って、また今度は女性の偽名を名乗るのは気分が悪い。
そうだ、今のうちに気になっていることも聞いておこう。
「影武者って、あなたの身代わりっていうことですよね?」
「そうなる」
「つまり、人前に出る時はあなたに似せた姿で、私は素顔を晒さなくていい?」
「まぁ、そういうことだな」
「仕事は道徳に背くものだったりし「しない」」
「前金ですが、「今すぐにでも支払うぞ」」
「本当ですか?」
「当たり前だ。
スパイス、用意しろ」
いつの間にやら、部屋にいた男性が金庫から金貨五枚をトレイに載せて運んできた。
「あの」
「まだあるのか?」
「金貨五枚はちょっと。
もっと実用的な、せめて銅貨にしてもらえると有難いです」
「だそうだ」
私の顔を見ずに、直接スパイスという男性に指示を出す。
仕事の早いスパイスはすぐに金貨、銀貨、一般的に市場に出回っている銅貨三種類をトレイに載せてきた。
つい顔が笑ってしまう。
これだけあれば当分は生活出来るし、この仕事が終わったら違う土地へ移り住むのも可能だ。
奴から逃げきれる。
「これらの金貨、銀貨はシュガー名義で銀行に預けることも出来るが、どうする?」
スパイスの気の利いたアドバイスに感謝する。
今までお金を持ち歩く習慣なんてなかったから、正直こんな大金、どう保管してしていいかも分からない。
「お願いします」
アントニオは最初に座っていた椅子に戻り、葉巻に火をつけている。
「お前、訳ありなんだろ?
悪いがどう見ても平民じゃないのはバレバレだ。
まぁ、普段は好きに変装でも何でもすれば良い。
仕事は明日からだ」
「分かりました。
それじゃあ」
「おい!お前、どこに行くつもりだ?」
「お金もあるし、どこか宿でも探しますけど」
まずは夕食を食べるけど。
さすがにお昼から何も食べていないと、お腹がペコペコだ。
「その姿で外にでるのか?」
「帽子は被りますよ」
「そういう問題じゃなくてだな。
部屋は・・・用意してやる」
ああ、そうか。私としたことが・・・。
前金だけもらって出ていけば、このまま逃げると思われてもしょうがない。
顔の付近に垂れてきた長い髪を耳に掛ける。
その長い金髪を見て、閃いた。
「スパイスさん、ナイフか短剣をお借り出来ますか?」
「お前、何をするつもりだ?」
「髪ですよ。
イマイチかも知れませんが、長さは結構あります。
一応手入れもされてました。
この髪と銅貨二枚を交換してもらえますか?」
以前貴族女性の髪は高く売れると聞いたことかある。
自分で売りに行くと怪しまれるが、この二人に任せてしまえば。
髪が長いと邪魔だし目立つし、ちょうどいい。
銅貨二枚あれば今夜はどうにかなる。
ハァー
大きなため息をついたアントニオは、立ち上がると部屋の隅へ行き、何かを手にして、それを私に手渡した。
「それをやるから、次に街へ出る時にかぶってみろ。
あと、部屋は用意する。
これは決定事項だ」
「ありがとう、ございます」
アントニオがくれたのは、茶色の髪のカツラだった。
そして、ちょうどその時だった。
ぐぅ~
ついに空腹に耐えきれず、貴族令嬢としてあってはならない現象が起こってしまった。
さすがの私も、初対面の男性の前でこれは居た堪れない。
お腹を押さえる私を見て、アントニオは笑って扉を開けた。
「俺も腹が減った。
行くぞ、スパイス、シュガー」
私は茶色のカツラを手に、二人の後に続いた。
あれから住所の場所を訪れ、求人の貼り紙を見て仕事に興味ある旨を話すと、なぜか劇場に連れて来られた。
どう考えても舞台の裏側と思われる狭い廊下に、場違いな金色の扉がある。
ここで待たされるところをみると、仕事の内容はダリアさんの推測通り役者関係なんだろうか。
顔を晒す仕事じゃないことを祈りながら壁に寄りかかっていると、扉の向こうから女性の声が聞こえてきた。
待つこと数分。
扉が開くと、下着姿なんじゃないかと思うほどに肌を露出した綺麗な女性二人の姿にギョッとする。
「入っていいぞ」
入室を許可する声に、女性と入れ代わるように部屋へ足を踏み入れた。
金色と黒を基調とした妖しげなサロンのような室内には、胸元のはだけたミステリアスな風貌の男性が椅子に座っていた。
私と同じブルーとヘーゼルのオッドアイ。
『最近はね、綺麗な男よりも危険な香りのする大人の男が大人気なの』
ダリアさんの話を思い出す。
「これは驚いた。
ここまで似ているとは」
アントニオで間違いないと思われる男性は、立ち上がると面白そうに口角を上げながら私の方に歩みを進めてきた。
『見ただけで失神する女性がいるから、劇場には常時医師が待機してるって』
『極めつけは色気のある魅惑のバリトンボイス。
貴族女性までも虜にしてるって噂だよ』
堂々たる立ち振る舞いに、あまり見かけない種類の雰囲気は、つい後退りしたくなるものがある。
なぜ失神するのか不明だが、声は確かにすごい。
もし魔王がいたら、こんな声なんじゃないか。そう思う。
アントニオで間違いないと思われる男性は私の前で足を止めると、一瞬驚いた表情を見せて、帽子に手をかけた。
長い金髪が波打つように揺れて、肩に流れていく。
それを見て、満足気に口角を上げ、微笑んでいる。
「仕事は、俺の影武者。
報酬は前金で三ヶ月、五百万払おう。
あと、お前は今日から“シュガー”だ」
「シュガー・・・?」
「不満か?」
慌てて首を振る。
実名を名乗れない以上、名前を与えられるのは楽かも知れない。
先程アッシュという偽名を名乗って、また今度は女性の偽名を名乗るのは気分が悪い。
そうだ、今のうちに気になっていることも聞いておこう。
「影武者って、あなたの身代わりっていうことですよね?」
「そうなる」
「つまり、人前に出る時はあなたに似せた姿で、私は素顔を晒さなくていい?」
「まぁ、そういうことだな」
「仕事は道徳に背くものだったりし「しない」」
「前金ですが、「今すぐにでも支払うぞ」」
「本当ですか?」
「当たり前だ。
スパイス、用意しろ」
いつの間にやら、部屋にいた男性が金庫から金貨五枚をトレイに載せて運んできた。
「あの」
「まだあるのか?」
「金貨五枚はちょっと。
もっと実用的な、せめて銅貨にしてもらえると有難いです」
「だそうだ」
私の顔を見ずに、直接スパイスという男性に指示を出す。
仕事の早いスパイスはすぐに金貨、銀貨、一般的に市場に出回っている銅貨三種類をトレイに載せてきた。
つい顔が笑ってしまう。
これだけあれば当分は生活出来るし、この仕事が終わったら違う土地へ移り住むのも可能だ。
奴から逃げきれる。
「これらの金貨、銀貨はシュガー名義で銀行に預けることも出来るが、どうする?」
スパイスの気の利いたアドバイスに感謝する。
今までお金を持ち歩く習慣なんてなかったから、正直こんな大金、どう保管してしていいかも分からない。
「お願いします」
アントニオは最初に座っていた椅子に戻り、葉巻に火をつけている。
「お前、訳ありなんだろ?
悪いがどう見ても平民じゃないのはバレバレだ。
まぁ、普段は好きに変装でも何でもすれば良い。
仕事は明日からだ」
「分かりました。
それじゃあ」
「おい!お前、どこに行くつもりだ?」
「お金もあるし、どこか宿でも探しますけど」
まずは夕食を食べるけど。
さすがにお昼から何も食べていないと、お腹がペコペコだ。
「その姿で外にでるのか?」
「帽子は被りますよ」
「そういう問題じゃなくてだな。
部屋は・・・用意してやる」
ああ、そうか。私としたことが・・・。
前金だけもらって出ていけば、このまま逃げると思われてもしょうがない。
顔の付近に垂れてきた長い髪を耳に掛ける。
その長い金髪を見て、閃いた。
「スパイスさん、ナイフか短剣をお借り出来ますか?」
「お前、何をするつもりだ?」
「髪ですよ。
イマイチかも知れませんが、長さは結構あります。
一応手入れもされてました。
この髪と銅貨二枚を交換してもらえますか?」
以前貴族女性の髪は高く売れると聞いたことかある。
自分で売りに行くと怪しまれるが、この二人に任せてしまえば。
髪が長いと邪魔だし目立つし、ちょうどいい。
銅貨二枚あれば今夜はどうにかなる。
ハァー
大きなため息をついたアントニオは、立ち上がると部屋の隅へ行き、何かを手にして、それを私に手渡した。
「それをやるから、次に街へ出る時にかぶってみろ。
あと、部屋は用意する。
これは決定事項だ」
「ありがとう、ございます」
アントニオがくれたのは、茶色の髪のカツラだった。
そして、ちょうどその時だった。
ぐぅ~
ついに空腹に耐えきれず、貴族令嬢としてあってはならない現象が起こってしまった。
さすがの私も、初対面の男性の前でこれは居た堪れない。
お腹を押さえる私を見て、アントニオは笑って扉を開けた。
「俺も腹が減った。
行くぞ、スパイス、シュガー」
私は茶色のカツラを手に、二人の後に続いた。
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