災難続きのその後で

MOMO-tank

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第3話

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やって来たのは、王都でも一番の賑わいを見せる繁華街だった。
寮の門限はとうに過ぎている。
貴族令嬢が外出から戻らないとなれば、捜索願いが出される可能性が高い。  
イコール保護者である義弟にも連絡が行く。
金になる売り物が行方不明になれば、きっと奴は血眼になって私を探すだろう。
もちろん、見つかる訳にはいかない。
そうなれば、人混みに紛れやすい場所がいいはず。
と思って来たものの、行き交う人の多さと活気ある街並みに感心して、ついキョロキョロしてしまう。

「おっと、お兄さん、観光かい?」

お兄さん・・・?
声のする方に目を向けると、子ども連れの女性が話しかけてきたようだった。
五歳位の女の子はじっと私を見ている。 

「・・・はい、観光もかねて」

覗き見目的で、鍛練用のシャツとズボンにブーツを履いて、髪は帽子に隠しているから男性に間違えられたんだ。
身長も高いし。
でも、これは・・・いいかも知れない。
咄嗟に、少し低めを意識する。
女性と目が合うと、次の瞬間驚くように目を見開いた。

「アントニオ・・・・・・」

「アントニオ?」

「そっくりだよ、その綺麗な瞳の色。
お兄さん、もしかしてアントニオを知らないのかい?」

どうやらアントニオとは、今王都で一番ホットな舞台俳優で、彼が主演のチケットは半年待たないと入手出来ないらしい。
女性はアントニオのファンなのか、彼の魅力を語り出したので、私はとりあえず相槌を打っておいた。

「ところでお兄さん、ご飯は食べたのかい?
今夜の宿は?」

「実は王都に着いた途端スリに遭って、カバンごと取られてしまい、どうしようかと・・・」

女性の善意に対して、嘘を並べることに罪悪感を覚えるが、今そんなこと言ってられない。  
お金を持ってないのは事実だ。

ポケットにはアッシュフィールド伯爵家の家紋入りのハンカチに、身につけているといえば、護身用の短剣。
この短剣は高等科に上がったお祝いにと、ライアン様から贈られたもの。
婚約解消したのに使い勝手がいいからと、考えなしに持ち歩いていた。
返却するのは失礼にしても、本来もう使うべきじゃないことを今になって気づく。
これは一見地味に見える短剣だけど、いつだったかクラスメイト数人に『いいの持ってるな』と褒められた記憶がある。 
売却して、もし高価な短剣だったら間違いなく目立つし、怪しまれる。
本当に困って、どうしようもない時にお世話になろう。

「それは、とんだ災難だったねぇ・・・・・・」

「それで、なんですが・・・」

図々しいのは承知の上で、住み込みで今夜から雇ってもらえそうな場所はないか尋ねた。
この親切そうな子連れの女性が悪人とは思えなかったし、この女性を逃して次に助けてくれそうな人が現れないとも限らない。

「・・・う~ん、仕事かい、お兄さんが、
・・・・・・う~ん・・・」

てっきり何が出来るのか得意分野を聞かれると思いきや、女性は顎に手を触れると、何やら考え出した。

「ああ!そうだ!思い出したよ!
お兄さんのその綺麗な瞳を見た時から、何か引っかかってて。
ちょっと見せたいものがあるんだよ」

こっちだよ、こっち。
繁華街を進んで行くと、一軒の食堂の前まで来た。
ここだよ。
女性について店内へ入ると、お酒も出す店らしく賑やかな笑い声に、肉料理のソースらしきいい匂いがする。

「良かった!まだあったよ。
ほら、見てごらん」

女性の指差す先には、ずいぶんと前から壁に貼られているのか、日焼けして茶色くなった貼り紙があった。

《求む!
ブルーとヘーゼルのオッドアイを持つ者。
身長175センチ以上。
年齢不問。高額報酬》

「お兄さんにピッタリだろ?」

女性の話によると、この貼り紙は一年以上前からずっと貼られているらしい。
住所が劇場の辺りなので、役者関係の仕事じゃないか。友人と推測していたと言う。

確かに、私向けの求人だ。
むしろ、私に向けた求人ともいえる。
ブルーとヘーゼルのオッドアイ。
身長は176センチ。
年齢は十八歳。
性別は、女。

そして、高額報酬。
お金のない私には、一番魅力的に感じる言葉だったりする。

貼り紙の下の部分は親切なことに、求人先の住所が記入されている小さな紙が簡単に切り取れるようになっているので、1枚切り取りシャツの胸ポケットにしまった。

親切にしてくれた女性はダリアさん。
娘さんはアイビーちゃん。
ダリアさんは、この食堂の3軒先のサンドイッチのお店で働いている。
今夜はもう売り切れてしまったけれど、美味しいから今度ご馳走すると言う。
しかも、この求人が駄目だった時にと、親戚が営む宿屋も教えてくれた。

ダリアさん、貼り紙の食堂の店主にもお礼を述べ、お金を手にした日には必ずお礼をしようと誓った。

アイビーちゃんにも別れを告げると、ズボンを引っ張っている。
何か言いたそうに見えたので屈んでみると、耳元で、

「お姉さん、美人さんね」

こそっと言われた。
アイビーちゃんはニコッリしている。
人差し指を立てて「内緒ね」と小声で言えば、大きく頷いてくれた。

「アッシュ、幸運を祈ってるよ!」

「ありがとう」


ーーアッシュ、十七歳。
ハーバード伯爵領のリード出身。
家業が傾き王都へ職を探しに来たと、またスラスラ嘘を並べてしまった。

チクリと胸が痛むのを感じながら、帽子を深くかぶり、人混みの中を歩き出した。




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