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第45話 

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私達は双子の天使に、男の子はオリヴァー、女の子はクレアと名付けた。

子どもたちの成長は早いもので、眠っては泣いてばかりだったのが、二人で笑ってお座りをするようになり、いつの間にかよちよち歩くようになった。
愛らしい二人にディラン様はメロメロで、仕事で王都へ行くたびに玩具や洋服、絵本を買ってくるので、子ども部屋は物で溢れかえっている。

「オリヴァー、お父様は仕事へ行くんだ。
・・・ん?何だ?脚が・・・。
あぁ、クレアだったのかい?
また絵本を持っているんだね」

二人はディラン様が仕事へ行く時間になると、いつも抱っこをねだったり、脚に纏わりついては可愛らしく阻止するので、この時ばかりは大人の余裕たっぷりのディラン様もタジタジになる。
クレアは私に似たのか絵本が大好きで、お気に入りの小さな絵本を片時も離さない。

「・・・わかったよ。
さぁ、おいで。オリヴァー、クレア」

ディラン様に両腕で抱き上げられると、二人はキャッキャ、キャッキャ大喜びする。
あまりに微笑ましいので、少しの間観察させてもらってから、二人が徐々に調子に乗り、今度は『歩け、歩け』と我儘になり始めた頃に回収に向かう。
すると、ディラン様はホッとし顔で二人を私の両腕へと渡して、柔らかく微笑み、私に口づけをする。

「リリー、愛してる」

ディラン様の愛情表情は以前と変わらず、麗しい旦那様の顔が近づいてくると、いまだに私の胸は音を立てる。

私はオリヴァーとクレアを出産後、半年辺りから仕事と翻訳活動を再開。
そして、二ヶ月前から社交も始めた。
ディラン様は必要ない。と言うけれど、二人の存在が私の心境に大きな変化をもたらし、周りの人々との関わりを持つことに前向きになっている。

実家であるウィンチェスター伯爵家は、昨年アーチが結婚を機に家督を継いだ。
自由な時間が持てるようになったお父様とお母様は、愛らしいオリヴァーとクレアに会う為に毎月のように訪れる。

ナタリア様とパウリー様とは手紙でやり取りをしている。
オリヴァーとクレアを連れて、いつかボルコフ王国へ旅行へ行きたいと思っているが、まだ二人は幼いのでもう少し先の話になりそうだ。

「ははうえとクレアは、また泣いているのでしゅか?
ハンカチをつかってくだしゃい。
どうじょ」

翻訳中に登場人物のすれ違いに涙ぐむ私と、最近はウサギの絵本からお姫様の絵本に夢中になっているクレアが、お姫様が継母に意地悪される場面で涙をポロポロ流していると、しっかり者のオリヴァーがハンカチをそれぞれに差し出してくれるのは、もう何度目になるだろう。

季節は何度も移り行き、子どもたちは日々成長していく。
私は数年で、十作品を三ヶ国語に翻訳した。
ここ元カミンスキー領は二年前にスタインベック公爵領となり、ディラン様は忙しい日々を送りながらも、変わらず私達に愛情を注いでくれる。

オリヴァーとクレアが五歳になり、念願のボルコフ王国への旅行が叶い、ナタリア様とパウリー様に再会した。
王都を案内してもらい、夜は食事を取りながら懐かしい話に花を咲かせた。
そして、四人で“ストーリーズ”に向かった。

「うちの庭園に似てるわ!」

驚くクレアはオリヴァーと庭園の散策を始めた。
楽しそうに走って小さな池に魚がいないか探すクレアに、

「これは観賞用の池だから魚はいないよ」

オリヴァーが五歳児とは思えない説明を始める。
でも、クレアはそんな話を気にもせずに魚を探していて、私達はそんな二人を微笑ましく眺めながら手を繋いで歩いた。

「父上、母上、そろそろラクチーのパイを食べに行きましょう」

「わたくしも食べたいわ!」

ここ最近、王国では甘いラクチーの栽培に成功し、子どもでもラクチーを食べられるようになったと聞いた。
私達は以前ディラン様と入ったカフェへ向かい、ラクチーのパイを四つ注文した。
美味しい!嬉しそうにパイを口に運ぶ子ども達に笑みが溢れる。
私とディラン様も大人用のパイを頂く。
結果は前回と同じで、

「・・・うっ」
「酸っぱ・・・」

私達は顔を見合わせて、笑い合った。


こうして、十日間のボルコフ王国の旅を終え国に戻って数日が経った頃ーー

国王陛下と王妃様が崩御された。
との知らせを受けた。

国王陛下と王妃様の間には世継ぎがおらず、ディラン様が次期国王となる為、私達は王都へ向かった。
約八年ぶりの王宮だった。

「リリー、こんなことになって・・・」

「ディラン様、私は大丈夫ですよ」

馬車の中で子ども達が眠ってしまうと、心配そうに口を開くディラン様の手をそっと握った。
こんな事も起こり得る。心のどこかで覚悟はしていた。

「・・・リリー」

確かに、色々とあった。
でも、いつも貴方が一緒にいてくれた。
それに・・・スヤスヤ眠る二人の天使に目を向ける。

「さぁ、行きましょう。みんなで」



王宮に到着すると、二日後にはディラン様が国王に即位。 
その数日後にエリオット国王とリリアージュ王妃の葬儀が行われた。  
葬儀に参列したが、私の心は不思議と落ち着いていた。
三年間共に過ごした人に対して薄情かも知れない。
でも、私と彼の関係はずっと前に終わっていた。
それに私には、かけがえの無い大切な存在がいる。
私はディラン様の手を取って、礼拝堂を後にした。


それからは、ディラン様がどうしても王宮内を改装すると言い出し、私と子ども達は完成予定の半年間は公爵家のお屋敷で生活し、毎日王宮に通うこととなった。

子ども達の環境が一変することを不安に感じていたけれど、二人とも早くも王宮にも慣れてきているようでホッとしていた。
ディラン様が王位継承第一位だったこともあり、オリヴァーに関しては事前に家庭教師から仮定としての話を聞いていていたこともあり、クレアにも解りやすく説明してくれたらしい。 
五歳児とは思えないオリヴァーは、間違いなくディラン様に似たのだろう。
最近は覚えてたてのチェスをするのが何より楽しいらしい。
クレアは色々な事に興味津々で、ボルコフ語の勉強を頑張っている。

私は、王妃としての執務を行なっている。
以前と比べると明らかに少ない仕事量は、どう考えてもディラン様が配慮してくれているに違いない。
噂話なども、一切聞こえてくることは無かった。

そして半年後、私達は王宮へと生活の場を移した。
同じ頃、戴冠式が執り行われた。



まだ、時間はある。
私は外の空気を吸いたくなり、バルコニーへ向かった。

今夜はディラン様が国王になってから初めての夜会。

手すりに手をついて庭園を眺めていると、以前にもここで気分転換をしていた事を思い出した。

あの時は・・・


《美しい貴女ひと
ため息をつくと幸せが逃げていってしまいますよ》

そうだ。こんな台詞が聞こえてきて、私は・・・

《国王陛下、背後からレディに話しかけるのは如何かと思いますが?》

こう言ったんだった。

《それは失礼した》

低音に響く大好きな声が聞こえて振り返ると、愛する人がそこにいた。
目が合った次の瞬間、ディラン様に抱きしめられる。
ウッディーな香りに懐かしさを感じていると、ガラス戸をコツコツする音が聞こえてきた。

体を離して音のする方向を見ると、ガラス戸の向こうにはバツが悪そうな顔をしたディラン様の側近、トリド伯爵の姿があった。

「お時間ですよ。主役が居ないと始まりませんから」

微かに聞こえてくる申し訳なさそうな伯爵の声に、私達は笑い合って夜会会場へと向かった。



《終わり》

皆さま、読んで下さりありがとうございます。
途中から更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。  

この後、トリド伯爵視点を投稿予定です。
(明日か、明後日には・・・)

























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