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第43話 リリアージュ

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「・・・結婚が決まった。と。
わたくしの聞き違いでなければ、今そう仰いましたか?」

国王であるお兄様からの突然の結婚話に、いつになく動揺を隠せなかった。 
スパンディア王国の第二王女である、わたくしリリアージュは現在二十歳。
結婚適齢期といわれる十八は過ぎてはいるものの、二年前に婚約者を亡くしてからは一度たりとも結婚を仄めかされるような事はなかったから。
 
「ルボア王国、エリオット国王だ。
病により王妃とは既に離婚が成立している」

「まぁ!」

僥倖だった。
忘れもしない、エリオット国王。
昨年、グレッソン王国で見かけた時にはカートライト様に似ていて、思わず全身が震えて歓喜した。
お兄様は気づいていらっしゃったのかしら。
可愛い妹の伴侶には、好みの男性をと。

「この話は決定事項だ。
元王弟スタインベック公爵との重要な取引の一環になる」

そんな上手い話はなかった。
取引の一貫・・・。
そのうえ侍女に護衛、誰一人としてあちらに連れて行けないと言う。
わたくしの手足となる者を。

イライラした。
このわたくしに、身一つで向かえと?
調べてみれば、カミンスキーとかいう男のせいで嫁ぐ事が判った。
きっとお兄様のところね。
スパンディア王国の裏の部分を担う、もう一人のお兄様は長男でありながら残虐性を懸念され、王太子を自ら辞退してからは滅多に姿を見せない。

「好きにしていい。と言いたいところだが、奴はもう虫の息だ。悪いな」

ルボア王国に誰一人と連れて行けず、鬱憤も晴らせず、むしゃくしゃしている私に同情したのか、ルボア王国宰相の裏情報を教えてくれた。
困った時に使えという事だろう。

「お前には多少同情するが、いずれはどこかに嫁ぐんだ。
年の離れた脂臭いジジイや老いぼれに嫁ぐことを思えば、ルボア国王は若くて美丈夫。
しかも、誰かさんによく似ている。
供のものを誰も連れて来るな。という意味はお前も解ってるだろう。
まぁ、味方なんて簡単に作れる。
ただ、ほどほどにして・・・あの男、ディラン・スタインベックには用心しろ」

二代前のルボア国王が七歳の頃のスタインベックにチェスで負けたのは、王族の中では有名な話で、何度か聞いたことかあった。
すごいのが出てきて警戒したものの、当の本人は関心無く、静かに公爵をしていると。
それが今頃になって、国王でもないくせにしゃしゃり出て。
ああ。でも、元王弟は元王妃といい感じってお兄様が話してたわ。
元がつく同士で、勝手に仲良くやってよ。
私はカートライト様を手に入れたいだけだから。
カートライト様には記憶を取り戻した元婚約者がいて、その女がカミンスキーの娘。
愚かなところまでカートライト様にそっくり。

そう思って向かったルボア王国は、見るからに操りやすい顔をした呑気そうな連中ばかりだった。

「リリアージュ王女。ようこそ、ルボア王国へ」

一年ぶりに目にした国王は少しやつれて見えるものの、やはり似ている。
心が高鳴るのを感じながら可憐に振る舞っていると、ふと視線を憶えた。

人目を引く華やかさを纏った、美しい大人の男ーー
微笑みの中に、そこ知れぬ冷酷さが見えたような気がして、一瞬背筋が凍りつく。
元王弟で間違いない。
この男がいる間は、大人しくしておこう。

そして、私は正式な婚約者としてルボア王国を訪れ、元王弟が元王妃の暮らすボルコフ王国へ旅立ってから動き出した。
まずは・・・周りの人間を懐に入れて、それから愚かなカートライト様の愛妾を呼び寄せよう。

カートライト様は・・・
わたくしが六つも年下だから・・・?学生時代からの友人と言い張る女性と、付き合っていた。
侍女と跡をつけた先では、『カート!』愛称で呼ぶ女と一緒に居て、肩を組んで、公園のベンチで口づけしていた。
何度も、何度も、何度も。 
キレイな声の女だった。
だから、侍女に動いてもらって、女はガマガエルのような声になった。
その後、女は絶望してどうなったっけ?

カミンスキーの娘は弱っているのか、すぐに話に乗った。
カートライト様はスパンディア王国の特別なワインを飲んでもらった。
あのワインは二種類ある。  
ひとつは芳しい香りが特徴、もうひとつは王族が嗜む特別なもの。
なかなか博識そうな宰相には余計な話をしないように『ハンナとヤスミン』彼のもう一つの家族の名前を囁いた。

そして、カミンスキーの娘は愛妾となり・・・あの女のように。

カートライト様は、平民女と伯爵令嬢、同僚の女騎士とも関係を持っていた。
『リリ、本当に愛しているのは君なんだ』
口先だけで愛を囁く、酷い人。
でも、愛していた。

お兄様には、何度も『消すか?』と聞かれたが、その度に首を振った。

宰相を使って、カートライト様と同じ部屋で執務を行う。
どんどん追い詰める。
苦しげなカートライト様を見ると悦びが広がっていった。

ある夜、カートライト様がわたくしを『リリー』と呼んだ時には自分が抑えられなかった。
今すぐ、侍女と騎士にその女リリーの始末を命じてやる!

でも、命じられる訳がない。
最初から元王弟はこれを危惧して手を打っている。
本当に嫌な奴。
元王妃を苦しめた甥にわたくしをあてがったのは知っていた。
でも、あの男のいいようにされていると思うと、今更ながらに気分が悪かった。

元王弟は、前カミンスキー公爵領の立て直しで姿を見せない。 
本心は、夫人元王妃を王都に連れて来たくないだけかも知れないけど。
まぁ、羽目を外さなければ良いんでしょ。

カミンスキーの娘はつまらなくなったけれど、銀髪の女騎士も側妃になり、役者は揃った。
後は、カートライト様の歪んだ顔を見て過ごす。

そんな日々は続き、王妃になって六年が経っていた。
カートライト様は何度も『離宮には行かない。リリのそばにいる。君を愛して愛している』と言い、側妃達のもとへ行くのを嫌がった。
でも、少し脅せば悲しい顔をして部屋を出て行く。
愚かな優しいカートライト様エリオットさまの後ろ姿を見て、『行かないで!』いつしか心が叫んでいた。


最近やけに咳が出る。 
そう思った時には遅かった。
スパンディア王国では死病とされるこの病を、わたくしはカートライト様エリオット様に隠した。
 
『リリ、大丈夫か?』
『リリ、寒くないか?』
『リリ?』

弱って行く自分が亡くなれば、この人はどうするんだろう?

離宮の誰かが王妃になる?
  
そんなの・・・
だから、貴方を一緒に連れて行く。

御者にはお金を積んだ。
誰にでも優しい貴方には、二人で行きたい場所があると話せば、あの人そっくりに目を細めて頷いた。
  
前回は女達を始末した。
今回は王妃という立場上、無理だった。 

カートライト様は、わたくしの手によってゆっくりと力が抜けていった・・・。
その後は、お兄様が遠征中の戦闘で命を落としたと処理してくれた。

今回はーー

馬車はどんどんスピードを上げていく。
異変を感じた貴方は、御者に叫んでいて。
でも、落ち着いている私から何かを感じ取ったのか、

『リリ・・・』

そう名前を呼んで、お互いの手が触れた次の瞬間、


私達は堕ちて行った。




 
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