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第42話 フランチェスカ

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「フランチェスカ嬢、久しぶりだね」

エリオット様によく似た姿の人物に一瞬驚いた。
それがエリオット様のお父様である前国王様だと直ぐに判ったが、何故ここに来たのか見当がつかなかった。

「医師からフランチェスカ嬢の疑問に思う気持ちを聞いて、私が説明に来たんだ。
でも、この話は君にとって辛い話になると思う。それでも聞きたいかい?」


お父様は捕えられたものの、何一つ罪を認めず、結果自白剤が使用された。 
そこで数々の罪と共に告白したのが、私に暗示をかけ薬物を摂取させた話だった。

事故に遭い、目を覚ました私は過去の記憶を取り戻した。
あの日、エリオット様に好意を隠さない私の姿を見て、お父様は運が向いたと思ったらしい。
マディソンを養女とし、エリオット様の側妃に据える計画であったが、私を愛妾にして陛下の寵愛を得れば願ったり。

でも、翌日になると記憶の混濁なのか私の態度に変化が見られ、エリオット様に会うことに難色を示した。
この好機を逃したくはないお父様は、スパンディア王国製の薬物をお茶に混ぜて私に飲ませ、暗示をかけた。

『エリオット様とは相思相愛で、彼の姿を見れば幸せに満たされる』
『パルディール侯爵家の者のことは、記憶から消してしまえ』
『お父様の言う通りにすれば、安心でき、すべて上手く行く』

医師による診察、検査の結果、私の体内から微量の薬物が検出された。
でも、その薬物はあくまでも摂取した者の深層心理に働きかけるもので、必ずしも暗示が効果をもたらすとは限らない。   

要は、私の本心に暗示が作用しただけ。

記憶喪失になる前、お父様に従っていれば安心できた。
過去の記憶とはいえ、“王妃になるはずだったのに”愚かな本心を見抜かれていた。

ルパート様とアンリは・・・
何よりも、何よりも大切だったのに・・・・・・。

「フランチェスカ嬢が迷いを見せた事により、薬物の量を増やしていたらしい。
それが原因で混乱することが増え、記憶喪失後の記憶が不鮮明なままだったと思われる。
だが、これから徐々に思い出していくのではないかと医師が話していた」


確かにルパート様とアンリがかけがえの無い存在だという事は分かっていても、二人をはっきりとは思い出せないでいた。

でも、前国王様の話していた通りに少しずつ思い出していく。

ルパート様と教会で出会った。
ずぶ濡れの彼にハンカチを渡して・・・

結婚して幸せだった。
そして、アンリを授かって初めて抱いた時、涙が流れた。
三人で過ごす日々は温かくて。

それなのに・・・
私は、私は、なんてことを・・・
あの日、アンリが私を見ていたのに・・・・・・


たまにエリオット様が私の様子を見に来ても、話す気になれなかった。
エリオット様を見ていると、自分の存在がいかに前王妃様を傷つけてたか後悔に襲われる。
図々しく愛妾として離宮に暮らす自分が嫌でしょうがなかった。


ーーだから、バチが当たった。

騎士と会話したきっかけは、彼が絵が上手いと話を聞いて、アンリの絵を描いてもらいたかったから。
婚約者が居るかもしれない騎士に話しかけるなんて、私はどうしようもない。

お茶が喉を通っていく時、激痛が走って
・・・・・・
あの日のことを思い出した。

雨の日だった。
ルパート様と馬車に乗って王都へ向かう途中、急に馬車がおかしな動きを始めた。
『フランチェスカ!』
ルパート様は覆い被さるように私を庇って・・・・・・

目を覚ました私は、声を失っていた。


毎日、懺悔した。

声を失った私はすぐに追い出されると思っていたが、そんなことはなかった。
エリオット様は平民女性を愛妾に、伯爵令嬢と女性騎士である子爵令嬢を側妃に娶ったと聞いた。
エリオット様は、もうずっと姿を見せていない。


七年後、その日は突然やって来た。
宰相には何処かに屋敷を。と言われたけれど、私は修道院に行くことを希望した。


スタインベック公爵領の小さな修道院に暮らして半年になる。 
朝早く目覚めると、礼拝堂に向かい跪く。

自分が悪いと思いつつ、薬物の話を聞いてから心の片隅では被害者気分でいた。
でも、時間の経過と共にあの頃の自分の心の機微が記憶として蘇った。

喜びを感じていた。
エリオット様に愛されているのは自分だと。
私があの人の特別なんだと。
大切な二人の存在を、心は訴えていたのに。
ルパート様を、アンリを愛していたのに。

ーー私が王妃になるはずだったのに。

欲深い私は、お父様の暗示という助けを得て自分の意思で動いていた。

だからここで毎日、犯した罪を懺悔する。
ルパート様に、アンリに、王妃様に。


小さな部屋へ戻ると、壁には少年の絵が飾られている。
四年前だっただろうか。ある日、離宮に届けられた。

銀の額縁の中の少年は私の愛する人によく似ていて、こちらを向いて笑っている。
その笑顔を見るたびに、かけがえのない存在を失ったことを自覚する。


窓の向こうからは、賑やか音楽が聞こえてくる。

そうか。今日は、この国の新しい始まりだ。

私は名残惜しい気持ちで少年の笑顔にそっと指を触れると、いつものように隣接する孤児院へと向かって歩き出した。






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