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第36話 エリオット
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叔父上が正論を述べる時の人を見透かすような態度を思い出すと、納得するものがあった。
そんな忌まわしい、曰くつきの部屋にリリーを閉じ込めて・・・。
いや、知っていたはずだ。
逃げられないと思って、あそこにリリーを連れて行ったんだ。
「そう、ですね」
「守るべき存在を得たディランは、容赦ないだろう」
守るべき存在。
その言葉を聞いて、頭を殴られたような気分になった。
本来は自分が守るべき女性だった。
それを放棄し、手放したのは自分だというのに。
今頃リリーの存在の大きさに気がついても遅いのに。
リリーが大好きだった。
愛していた。
それなのに。
リリーに酷いことばかりした。
フランが自分を思い出してくれたことが嬉しくて、いつの間にかリリーを蔑ろにして、傷つけた。
フランに部屋を与え、エーデルワイスの間で踊って、抱き合って、口づけをして、失った時間を取り戻したような気分になって、酔いしれていた。
それをリリーが見ていたなんて。
叔父上に抱きしめられて、泣いていたリリーを思い出す。
リリーは自分の前で泣いたことはあっただろうか。
『エリオット、お前は国王だ。
もう間違いは許されない』
翌日、側近にフランをパルディール侯爵家に戻すよう命じた。
カミンスキーの件もあり、死後離婚を切り出される可能性も考えたが、フランには幼い子どもがいる。
母親が必要かも知れない。
だが、三日後フランは王宮へ戻った。
パルディール侯爵からの手紙は死後離婚を望むもので、フランも離婚に応じているので手続きを行うこととなった。
フランの侍女はリリーの悪意ある噂を流し、反省も見られず独房行きとなっている。
『あのね、王妃様が侍女を使って私の悪口を言わせてるみたいなの』
フランには離宮にを踏み入れないように話していたのに、あの部屋の前までやって来た。
なぜあの部屋を知っていたのか。
フランにも取り調べは行われたが、問題無し。と一切の咎めはない。
それは事実なのか。
叔父上はわざと泳がせているのか?
フランには責任を感じている。
あの日、フランが事故に遭ったと聞いて公爵家へ向かったのが全ての始まりだ。
修道院行きを提案したが拒否された。
一時的に王宮に住まわせてはいるが、個人資産でどこか安全な屋敷を探している。
あんなにフラン中心だったというのに、自分でも驚く程にそういった気持ちはなかった。
「陛下、こちらが離婚申請書となります」
父上に話を聞いた十日後には、一定数の貴族の署名が集まったと耳にしていた。
申請書を読み進めていくと、リリーの署名が目に入る。
懐かしいリリーの筆跡に、胸が苦しくなる。
「・・・陛下?」
「ああ、済まない」
リリーの署名の隣に、ペンを走らせた。
執務が終わって、自室で酒を飲んだ。
リリーとの、最後の繋がりが切れてしまった。
後悔したところで、どうなる事もないのは分かっている。
でも、それでも自分の行いを後悔せずにはいられなかった。
リリーと出会ってからのことを思い出していた。
そういえば、いつだったか、こうして酒を飲んでいるところにリリーが部屋に入って来たことがあった。
あの時、初めてリリーと・・・。
その時だった。
勢いよく扉が開くと、足音が近づき、急に胸ぐらを掴まれた。
叔父上の怒りが伝わってくる。
「お前を、お前を一生許さない」
「せいぜい上手く演じろ」
その言葉の意味を後に知ることになる。
「陛下の次期婚約者、スパンディア王国リリアージュ第二王女が来週参ります」
「そうか」
宰相から話があった。
いずれ王妃を迎えることを理解しているが、あまりの早さに動揺してしまう。
「今回は顔合わせとなり、正式な婚約は三ヶ月後、ご成婚は半年後となります」
リリアージュ第二王女といえば、以前夜会で挨拶を交わしたことがある。
黒髪、ブルーの瞳の美しい王女で、確か過去に婚約者亡くしていたような。
そして、スパンディア王国と聞くと、リリーを襲った男を思い出した。
カミンスキーの処刑は王女を迎えることにより、延期されたと聞いている。
地下牢に入れられた者は、三日間泥水とネズミが齧ったパンで過ごした後、解放されたという話だが真意の程は不明だ。
叔父上は今、目上の者、上位貴族に不本意な事を命じられたり、脅された場合に対応する組織の立ち上げに取り掛かっている。
父上がその組織の責任者となるらしい。
そして、ウィンチェスター伯爵が外務大臣を辞任する。
当たり前か。
娘をあんな目に合わせた者に、仕えてなどいられないだろう。
リリアージュ王女が訪れる二日前、珍しく時間が空き、地下牢へと向かった。
今更何を聞きたい訳でもない。
ただ足が向かっていた。
でも、独房にカミンスキーの姿は無かった。
「父上!カミンスキーの処刑はまだのはずですよね」
「行ったのか・・・」
決まりの悪そうな顔をしている。
渋る父上から半ば強引に聞き出した。
「・・・カミンスキーは、既にスパンディア王国に引き渡された」
「引き渡された?」
「王妃を襲い自害した男は、元諜報部員だ。
スパンディア王国の諜報関係のトップは、お前も知っているだろう。
そのトップは、その男をカミンスキー経由で我が国に入国させた。
勿論、諜報目的で。
カミンスキーとも、いくつかの約束事を交わしていた。
だがカミンスキーはそれを破り、便利だと男を私的に使っていた。
そして、男を王宮に潜入させ自害させた。
その男は、ああいった潜入を本来得意としないうえ、王妃を襲わせたんだ。
しかも、男が過去に知り得た情報をカミンスキーが何らかの方法で入手している恐れもある。
トップのカミンスキーへの恨みは相当だ。
で、話は変わってお前の婚約者リリアージュ王女だが、護衛や侍女に扮して多少手荒な事を請け負う者が数名ついている。
あそこの国はそういう国だからな。
まぁ、王女は王女様だ。
裏の顔を持つ。
ディランは、リリアージュ王女にただの一人の侍女、護衛をスパンディア王国から連れて来ないことを約束に、カミンスキーを引き渡した。
大切な存在が狙われるのを危惧したんだろう」
二日後、リリアージュ王女が来訪した。
花のように可憐な王女だった。
そんな忌まわしい、曰くつきの部屋にリリーを閉じ込めて・・・。
いや、知っていたはずだ。
逃げられないと思って、あそこにリリーを連れて行ったんだ。
「そう、ですね」
「守るべき存在を得たディランは、容赦ないだろう」
守るべき存在。
その言葉を聞いて、頭を殴られたような気分になった。
本来は自分が守るべき女性だった。
それを放棄し、手放したのは自分だというのに。
今頃リリーの存在の大きさに気がついても遅いのに。
リリーが大好きだった。
愛していた。
それなのに。
リリーに酷いことばかりした。
フランが自分を思い出してくれたことが嬉しくて、いつの間にかリリーを蔑ろにして、傷つけた。
フランに部屋を与え、エーデルワイスの間で踊って、抱き合って、口づけをして、失った時間を取り戻したような気分になって、酔いしれていた。
それをリリーが見ていたなんて。
叔父上に抱きしめられて、泣いていたリリーを思い出す。
リリーは自分の前で泣いたことはあっただろうか。
『エリオット、お前は国王だ。
もう間違いは許されない』
翌日、側近にフランをパルディール侯爵家に戻すよう命じた。
カミンスキーの件もあり、死後離婚を切り出される可能性も考えたが、フランには幼い子どもがいる。
母親が必要かも知れない。
だが、三日後フランは王宮へ戻った。
パルディール侯爵からの手紙は死後離婚を望むもので、フランも離婚に応じているので手続きを行うこととなった。
フランの侍女はリリーの悪意ある噂を流し、反省も見られず独房行きとなっている。
『あのね、王妃様が侍女を使って私の悪口を言わせてるみたいなの』
フランには離宮にを踏み入れないように話していたのに、あの部屋の前までやって来た。
なぜあの部屋を知っていたのか。
フランにも取り調べは行われたが、問題無し。と一切の咎めはない。
それは事実なのか。
叔父上はわざと泳がせているのか?
フランには責任を感じている。
あの日、フランが事故に遭ったと聞いて公爵家へ向かったのが全ての始まりだ。
修道院行きを提案したが拒否された。
一時的に王宮に住まわせてはいるが、個人資産でどこか安全な屋敷を探している。
あんなにフラン中心だったというのに、自分でも驚く程にそういった気持ちはなかった。
「陛下、こちらが離婚申請書となります」
父上に話を聞いた十日後には、一定数の貴族の署名が集まったと耳にしていた。
申請書を読み進めていくと、リリーの署名が目に入る。
懐かしいリリーの筆跡に、胸が苦しくなる。
「・・・陛下?」
「ああ、済まない」
リリーの署名の隣に、ペンを走らせた。
執務が終わって、自室で酒を飲んだ。
リリーとの、最後の繋がりが切れてしまった。
後悔したところで、どうなる事もないのは分かっている。
でも、それでも自分の行いを後悔せずにはいられなかった。
リリーと出会ってからのことを思い出していた。
そういえば、いつだったか、こうして酒を飲んでいるところにリリーが部屋に入って来たことがあった。
あの時、初めてリリーと・・・。
その時だった。
勢いよく扉が開くと、足音が近づき、急に胸ぐらを掴まれた。
叔父上の怒りが伝わってくる。
「お前を、お前を一生許さない」
「せいぜい上手く演じろ」
その言葉の意味を後に知ることになる。
「陛下の次期婚約者、スパンディア王国リリアージュ第二王女が来週参ります」
「そうか」
宰相から話があった。
いずれ王妃を迎えることを理解しているが、あまりの早さに動揺してしまう。
「今回は顔合わせとなり、正式な婚約は三ヶ月後、ご成婚は半年後となります」
リリアージュ第二王女といえば、以前夜会で挨拶を交わしたことがある。
黒髪、ブルーの瞳の美しい王女で、確か過去に婚約者亡くしていたような。
そして、スパンディア王国と聞くと、リリーを襲った男を思い出した。
カミンスキーの処刑は王女を迎えることにより、延期されたと聞いている。
地下牢に入れられた者は、三日間泥水とネズミが齧ったパンで過ごした後、解放されたという話だが真意の程は不明だ。
叔父上は今、目上の者、上位貴族に不本意な事を命じられたり、脅された場合に対応する組織の立ち上げに取り掛かっている。
父上がその組織の責任者となるらしい。
そして、ウィンチェスター伯爵が外務大臣を辞任する。
当たり前か。
娘をあんな目に合わせた者に、仕えてなどいられないだろう。
リリアージュ王女が訪れる二日前、珍しく時間が空き、地下牢へと向かった。
今更何を聞きたい訳でもない。
ただ足が向かっていた。
でも、独房にカミンスキーの姿は無かった。
「父上!カミンスキーの処刑はまだのはずですよね」
「行ったのか・・・」
決まりの悪そうな顔をしている。
渋る父上から半ば強引に聞き出した。
「・・・カミンスキーは、既にスパンディア王国に引き渡された」
「引き渡された?」
「王妃を襲い自害した男は、元諜報部員だ。
スパンディア王国の諜報関係のトップは、お前も知っているだろう。
そのトップは、その男をカミンスキー経由で我が国に入国させた。
勿論、諜報目的で。
カミンスキーとも、いくつかの約束事を交わしていた。
だがカミンスキーはそれを破り、便利だと男を私的に使っていた。
そして、男を王宮に潜入させ自害させた。
その男は、ああいった潜入を本来得意としないうえ、王妃を襲わせたんだ。
しかも、男が過去に知り得た情報をカミンスキーが何らかの方法で入手している恐れもある。
トップのカミンスキーへの恨みは相当だ。
で、話は変わってお前の婚約者リリアージュ王女だが、護衛や侍女に扮して多少手荒な事を請け負う者が数名ついている。
あそこの国はそういう国だからな。
まぁ、王女は王女様だ。
裏の顔を持つ。
ディランは、リリアージュ王女にただの一人の侍女、護衛をスパンディア王国から連れて来ないことを約束に、カミンスキーを引き渡した。
大切な存在が狙われるのを危惧したんだろう」
二日後、リリアージュ王女が来訪した。
花のように可憐な王女だった。
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