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第30話 ディラン・スタインベック公爵

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抱き上げた時、あまりの軽さに、頼りない小さな背中に驚いた。
テーブルに見えたあの食事からも、想像はついていた。

「かなりの衰弱がみられます。
点滴注射で直接栄養を補給した方がいいでしょう」

リリーを医務室へ連れて行くと、すぐに看護助手が忙しそうに動き回り、医師からそう告げられた。
穏やかな表情で眠るリリーの顔色は青白く、頬はやつれている。
側近にウィンチェスター伯爵に至急連絡、リリーの部屋の隣の客室を整えて母上と弟君も呼び寄せる指示をした。

腹の底から怒りが溢れて、収まらなかった。

医務室を出た足で食堂へ向かい、料理、配膳に関わったもの全てを集めて、剣を抜いた。
震える者、泣き出す者容赦なく、関係した者は地下牢にぶち込んだ。

その足でエリオットの所へ向かい、部屋へ入るなり一発殴った。
何も言わず黙り込むこの男には言いたい事が山程あったが、今時間を掛けている暇はない。
兄上にはエリオットの監視、なぜ離宮の忌まわしい部屋を残していたのか後で聞かせて欲しい。そう言い残して、リリーを襲った主犯カミンスキーを捕らえた。
罪状を突きつけても尚厚かましく、地下牢ではなく貴族牢を要求。
スパンディア王国の売人が全てを自白した事を教えてやると、やっと顔色を悪くしていた。

この男を捕える事を目標に今まで生きてきた。
嫌いな社交に精を出し、目立たないように地道に繋がりを広げていった。
最初は復讐目的だったが、カミンスキーの裏の顔を知る内に、何としても摘発しなくてはいけない人物だと知った。
公爵家は取り潰し、カミンスキーは王妃暗殺未遂で間違いなく死罪だろう。
違法賭博、特に違法薬物蔓延の根源ともいえる男を捕らえたことは大きい。

なのに少しの満足しか、いや、満足なんてしなかった。
震える小さな背中、泣きじゃくるリリーが頭から離れない。
そして、エリオットに対する怒りが収まらない。

あんな部屋に、忌々しい部屋にリリーを監禁して、国王として相応しいか?
あいつにその気はなくとも、あんな料理を王妃に出すなんて、臣下から甘く見られた、舐められた国王は必要か?
元婚約者か、記憶が戻ったか知らないが、幼い我が子を放っておかせて、その女を囲ってリリーを苦しめて。

あいつに国王である資格なんて無い。

だったら・・・・・・私がリリーと。

この時は、そう思った。


リリーの家族が到着したと聞き、リリーへ贈ることが叶わなかったボルコフ語の本を数冊、弟君に託した。
伯爵には、何も心配せずゆっくりと家族でお過ごし下さい。と伝えた。
リリーの母上は涙を浮かべていて、ただ頭を下げるしか出来なかった。

数ヶ月の間、ずっと重い事態をひとりで抱えてきた。
でも、君には家族が居る。
きっと目覚めた時に彼らがそばに居れば、安心できるんじゃないか。
静かに眠る彼女を見守る家族を見て、そっと部屋を出た。

その後は、夜中まで地下牢に捕えているカミンスキー、使用人の取り調べに追われた。


「リリーが目覚めた?」

翌日、側近からの報告にリリーの部屋まで走った。

部屋の前で足を止めると、扉がわずかに開いていた。
取手を静かに掴んで中の様子を伺ってみると、父上が話しているようだった。
家族の時間を邪魔してはいけないが、あと少しだけリリーの姿を見てから出ていこう。
そう思っていた。

でもーー

その後、リリーは三人の顔を見つめていると、表情に少しずつ変化が現れ、やがてくしゃりと顔を歪めると、母上に抱きしめられ、頷きながら泣き出した。

その様子を見て、掴んでいた取手を静かに動かし扉を閉めた。


自分は何を勘違いしていたんだろう。
リリーに必要なのはこれ家族なのに。
そんなの、分かりきっているはずなのに。
王妃でいることを望んでいる訳がないのに。



その日の夜、友人との会話を思い出した。

《もうこの先、結婚しないつもりかい?》

《こりごりだね》

《まぁ、まだ出逢ってないだけかも知れないし》

《何の話だ?》

《何も。じゃあさ、もしディランに愛する女性が現れたら、うちの国に二人で旅行に来てよ。
特別に一年間の入国許可証を発行するから》

《本当か?・・・でも、そんな日は・・・》

来ない。そう思っていた。
友人ボルコフ国王の国は、外国人には最長でも二週間しか滞在が認められない。

これだったら。

ペンを取ると、友人宛に手紙を書いた。





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