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第26話 ディラン・スタインベック公爵
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夜通し馬を走らせていると、空がうっすら明るくなり、やがて見慣れた景色が広がってきた。
王宮へ向かう通り道に兄上の宮殿がある。
リリーの安否も知りたかったし、兄上の力も借りたかった。
こんな朝早くにどうしたんだ。とでも言いたそうに、兄上はガウンを羽織った姿で、まだ眠そうにしている。
「ああ、その話か。
王妃がまた襲われる可能性があるからと、安全な場所で安静にさせていると聞いたが」
聞いた?
自分で王宮に行っていないのか。
スパンディア王国へ向かう前にも手紙に書いたというのに。
自分の息子が他の女にうつつを抜かしているのを嘆いて、リリーの心配をしていたのは上辺だけだったのか。
「王妃殿下の安否の確認を兄上にお願いしましたよね?
一刻を争うんです!」
こんな所で時間を食ってる場合じゃない。
「兄上も来て下さい!」
今のアイツがリリーの居る安全な場所とやらに、私が足を踏み入れるのを許すとは思えなかった。
今回の事では幻滅したが、そんな兄上でも王宮では私よりはるかに顔が効く。
私のただならぬ様子を察して、執事に着替えを準備するように話しているが、そんな時間はないので、ガウンの上からコートを羽織ってもらい出発した。
「スタインベック公爵閣下、この先立ち入られては困ります!」
王宮に到着、考えられる東側エリアへ進もうとすると、予想通り邪魔が入った。
が、兄上の顔を見るや態度が一変する。
「エリオット・・・国王、もしくは側近を直ぐに呼ぶよう頼む」
模範的な返事をした騎士は、五分も経たないうちに国王の側近を連れて来た。
「王妃殿下は何処に居る!」
早く教えるんだ!
アイツの愚行を阻止出来ない側近に苛立ち、激しく詰め寄った。
でも、側近は口籠るばかりで一向に肝心な部分を話さない。
焦る気持ちが先走り、側近の胸ぐらを掴みかかったところで兄上に止められた。
「王妃様は・・・王妃様の場所まで、ご案内します」
馬車の手配を始める側近に、リリーの居場所が特定できた。
リリーは離宮に居る。
とにかく、急がなくては。
馬車など待てず、馬で離宮へ向かった。
父上が亡くなってから、離宮はずっと使われていない。
側妃と愛妾が暮らした離宮には良い印象が何一つ無かった。
特に父上が平民女性を気に入り、離宮に閉じ込めていた嫌なイメージが強い。
そして、母上はその一件で心を壊した。
離宮に到着後、側近を急かして急ぐも、どんどん奥へ進んで行くことに違和感を感じた。
こんなに寂しい場所にリリーが。
居ても立っても居られず、側近を追い越して足を進めて行くと、しばらくして人影が目に入った。
「・・・くするんだ!
料理長と、食事に関わった者を連れて来い!
すぐにだ!」
この声は。
という事は、
リリーは、ここに・・・。
足を止めると、ピリピリした雰囲気を纏ったエリオットが、私の姿に動揺を見せ、開けられた部屋を隠すかのように立ちはだかった。
「そこを退けるんだ!」
「叔父上、こんなところまで来られては困りますよ」
こんな寂しい場所に、よくもリリーを・・・
「エリオット!そこを退けるんだ!
自分が何をしているのか、分かってるのか!」
「・・・エリオット、もう止めるんだ」
背後から兄上の静かな声がした。
するとエリオットは急に勢いを無くして、私は部屋へ足を踏み入れた。
部屋の中央にある椅子に、リリーは座っていた。
「・・・・・・リー、・・・・・・リリー」
緑色の瞳が驚きで大きく見開くのを見つめながら歩みを進め、リリーの座る椅子の前に膝をついた。
「・・・・・・かった、良かった、無事で。
リリー・・・・・・。
怖かっただろう」
そして、リリーの存在を確認するかのように抱きしめた。
小さな背中は震えていた。
やがて背中は音を立て、リリーは泣き出した。
小さな子どものように、泣き続けた。
この部屋へ足を踏み入れた時、日当たりが悪いにしても、あまりに薄暗いことに驚いた。
でも、もっと驚いたのは、窓に鉄格子が付いていたことだ。
この部屋は父上の死後、取り壊したはずだった。
なのに、まだこうして残っていて、こんな事に利用されるなんて。
それにテーブルの上にある料理は、どう見ても食べられるようなものじゃない。
廊下でのエリオットの言動を思い出せば、何があったのか大体想像はつく。
泣き疲れたのか、眠ってしまいそうなリリーを抱き上げて、ゆっくりと歩き出す。
こんな部屋には、一秒たりともいたくはなかった。
抱き上げているリリーを呆然と見つめるエリオットに、怒りがふつふつと湧いてくる。
君を襲った主犯は、
処罰される。
でも、それだけじゃ全然足りない。
君がどう思うか分からないが、
私はこの男を許せそうにはないよ。
話かけるようにリリーを見ると、そこには幸せそうに微睡む姿があった。
王宮へ向かう通り道に兄上の宮殿がある。
リリーの安否も知りたかったし、兄上の力も借りたかった。
こんな朝早くにどうしたんだ。とでも言いたそうに、兄上はガウンを羽織った姿で、まだ眠そうにしている。
「ああ、その話か。
王妃がまた襲われる可能性があるからと、安全な場所で安静にさせていると聞いたが」
聞いた?
自分で王宮に行っていないのか。
スパンディア王国へ向かう前にも手紙に書いたというのに。
自分の息子が他の女にうつつを抜かしているのを嘆いて、リリーの心配をしていたのは上辺だけだったのか。
「王妃殿下の安否の確認を兄上にお願いしましたよね?
一刻を争うんです!」
こんな所で時間を食ってる場合じゃない。
「兄上も来て下さい!」
今のアイツがリリーの居る安全な場所とやらに、私が足を踏み入れるのを許すとは思えなかった。
今回の事では幻滅したが、そんな兄上でも王宮では私よりはるかに顔が効く。
私のただならぬ様子を察して、執事に着替えを準備するように話しているが、そんな時間はないので、ガウンの上からコートを羽織ってもらい出発した。
「スタインベック公爵閣下、この先立ち入られては困ります!」
王宮に到着、考えられる東側エリアへ進もうとすると、予想通り邪魔が入った。
が、兄上の顔を見るや態度が一変する。
「エリオット・・・国王、もしくは側近を直ぐに呼ぶよう頼む」
模範的な返事をした騎士は、五分も経たないうちに国王の側近を連れて来た。
「王妃殿下は何処に居る!」
早く教えるんだ!
アイツの愚行を阻止出来ない側近に苛立ち、激しく詰め寄った。
でも、側近は口籠るばかりで一向に肝心な部分を話さない。
焦る気持ちが先走り、側近の胸ぐらを掴みかかったところで兄上に止められた。
「王妃様は・・・王妃様の場所まで、ご案内します」
馬車の手配を始める側近に、リリーの居場所が特定できた。
リリーは離宮に居る。
とにかく、急がなくては。
馬車など待てず、馬で離宮へ向かった。
父上が亡くなってから、離宮はずっと使われていない。
側妃と愛妾が暮らした離宮には良い印象が何一つ無かった。
特に父上が平民女性を気に入り、離宮に閉じ込めていた嫌なイメージが強い。
そして、母上はその一件で心を壊した。
離宮に到着後、側近を急かして急ぐも、どんどん奥へ進んで行くことに違和感を感じた。
こんなに寂しい場所にリリーが。
居ても立っても居られず、側近を追い越して足を進めて行くと、しばらくして人影が目に入った。
「・・・くするんだ!
料理長と、食事に関わった者を連れて来い!
すぐにだ!」
この声は。
という事は、
リリーは、ここに・・・。
足を止めると、ピリピリした雰囲気を纏ったエリオットが、私の姿に動揺を見せ、開けられた部屋を隠すかのように立ちはだかった。
「そこを退けるんだ!」
「叔父上、こんなところまで来られては困りますよ」
こんな寂しい場所に、よくもリリーを・・・
「エリオット!そこを退けるんだ!
自分が何をしているのか、分かってるのか!」
「・・・エリオット、もう止めるんだ」
背後から兄上の静かな声がした。
するとエリオットは急に勢いを無くして、私は部屋へ足を踏み入れた。
部屋の中央にある椅子に、リリーは座っていた。
「・・・・・・リー、・・・・・・リリー」
緑色の瞳が驚きで大きく見開くのを見つめながら歩みを進め、リリーの座る椅子の前に膝をついた。
「・・・・・・かった、良かった、無事で。
リリー・・・・・・。
怖かっただろう」
そして、リリーの存在を確認するかのように抱きしめた。
小さな背中は震えていた。
やがて背中は音を立て、リリーは泣き出した。
小さな子どものように、泣き続けた。
この部屋へ足を踏み入れた時、日当たりが悪いにしても、あまりに薄暗いことに驚いた。
でも、もっと驚いたのは、窓に鉄格子が付いていたことだ。
この部屋は父上の死後、取り壊したはずだった。
なのに、まだこうして残っていて、こんな事に利用されるなんて。
それにテーブルの上にある料理は、どう見ても食べられるようなものじゃない。
廊下でのエリオットの言動を思い出せば、何があったのか大体想像はつく。
泣き疲れたのか、眠ってしまいそうなリリーを抱き上げて、ゆっくりと歩き出す。
こんな部屋には、一秒たりともいたくはなかった。
抱き上げているリリーを呆然と見つめるエリオットに、怒りがふつふつと湧いてくる。
君を襲った主犯は、
処罰される。
でも、それだけじゃ全然足りない。
君がどう思うか分からないが、
私はこの男を許せそうにはないよ。
話かけるようにリリーを見ると、そこには幸せそうに微睡む姿があった。
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