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第4話

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「エリオット様、よろしいでしょうか?」

「ああ、君か。
悪いが、今立て込んでいるんだ。
今度にしてくれるかい?」

エリオット様は書類から一瞬顔を上げると、興味無さげにすぐに仕事を再開した。

“君か”
あの日の朝までは“リリー“と呼んでくれていたのに。

何度も話し合いの場を持とうと思いつつも、
“私達には婚約期間も含めると四年間を共に過ごした絆がある。
だから、暫くすれば元のエリオット様に戻ってくれるんじゃないか”
どこかで、そんなあり得ない期待をしていた。

「そう仰られましても、いつも忙しくされて、お話をする機会が御座いませんので」

「私も暇じゃないんだが・・・・・・」

フランチェスカ様との時間は作れるのに・・・・・・。
庭園を歩く二人の姿を思い出すと、胸がギュッとなる。
 
エリオット様は、ため息をつき、

「少しだけなら」

と、こちらを見て怪訝そうな表情をした。

「パルディール前侯爵夫人とお会いするのはお控えいただくべきかと。
前侯爵が亡くなり三ヶ月「勘違いしているようだが、彼女は友人だ」」

「・・・・・・ご友人、で御座いますか?」

「勿論だ。それ以外の何だと言うんだい?
そんなつまらない話なら、仕事に戻らせてもらう」

「あの、話はまだ「フランは事故で侯爵を亡くし、怪我を負い・・・・・・
記憶を取り戻した。
傷ついて混乱して、見ていられなかった。
友人として・・・・・会うことに何の問題がある」」

「エリオット様とパルディール前侯爵夫人は元婚約者同士。
お二人がご友人のおつもりでも周りはそう思わないでしょう。
パルディール侯爵家にも申し訳が立ちません」

はぁー。エリオット様はまた、ため息を吐いた。

「そんな心配いらないよ。
話が済んだなら、もういいかな?」

忙しいんだ。
と、デスクの書類に目を向け、私のことなど目に入らないというようにペンを手にした。

側近が気まずそうに私に頭を下げている。

本当はもっと話したいことがあった。
でも、この感じじゃあ聞いてくれないだろう。

“寝室を別にするのは周りに誤解を生みます”

変わってしまったエリオット様から視線を離し、情けない、泣きそうな気持ちになりながら部屋を後にした。



「オレンジのジュレでございます」

「まぁ、美味しそうね。ありがとう」

始めのうちは一人で食事を取るのは寂しかったが、三ヶ月も経てば慣れてしまうものだった。
 
ただ、ここひと月、どうもメインの肉料理や魚を食べられなくなってきていた。
料理人に申し訳なく思いつつ残していると、周りに心配された。
ならばデザートをと、あれこれ工夫を凝らし私の好きな柑橘類を使ったケーキやゼリーが出されるようになった。

最近メインになりつつあるデザートを美味しく頂いていると、侍女長が心配そうに眉を下げていた。

この時から、違和感は多少あった。 
でも、こんなふらつきは大したことない。
気にせず部屋に戻り、報告書に目を通した。

[二年前、領地の災害により負債を抱えたパルディール侯爵家はカミンスキー公爵家から融資を受ける]

そんな話あったわね。
いくらフランチェスカ様のご実家とは言え、カミンスキー公爵家に甘えられないと、融資に切り替えて返済は進められていた。
とはいえ、かなりの額が残っていたはず。

ええと、一億ルース。
やっぱり。

[今回の事故によりパルディール侯爵はご逝去。
夫人は無事であったが、事故により七年前に失われた記憶が蘇る。
過去の記憶が色濃く残り、混濁、混乱の様子を見せる。
当時の婚約者である国王陛下の面会時は安定。

二か月後には夫人の怪我は完治。
歩行、生活に異常無し。
記憶の混濁、混乱は存続。
パルディール侯爵家、ご子息に馴染めず、強い疎外感と拒絶反応。

カミンスキー公爵家は娘である夫人を憂慮し、パルディール侯爵家に残りの融資返済分を支援に変更]

表向きはパルディール前侯爵夫人のまま。
でも、あちらはフランチェスカ様の行動を黙認せざるを得ない。

『そんな心配いらないよ』
こういう事、だったんだ・・・・・・。

報告書を引き出しにしまう。

[当時の婚約者である国王陛下の面会時は安定]
でも、もっと心配な報告があった。

[ご子息に馴染めず、強い疎外感と拒絶反応]

その一文が頭から離れなかった。
ご子息はまだ二歳にも満たない。
今は幼く状況が分からなくても、成長すればいずれ理解する日が訪れる。
お父様を亡くし、お母様まで失ったご子息を思うと胸が締め付けられるようだった。


少し疲れた。
まだ早いけれど横になろうかと思い、立ち上がって一歩踏み出すと、目の前が真っ暗になった。
頭の中が回転し、遠くで侍女が「王妃様!」と叫ぶ声を耳にしながら、私は眠るようにその場に倒れた。




※1ルースは1円です。



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