その手は離したはずだったのに

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番外編 ローリー・ディクソン

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「私は毎日王妃に“愛している“と気持ちを伝えているぞ。
言葉にしないと相手に伝わらないからな」

「陛下のおっしゃる通りです。
言わなくても伝わってるだろう。など過信するのは危険ですから」

「そのような愚かな思い込みは相手を不安にさせ、やがては溝を作り、思わしくない結果に繋がる恐れがあるだろう。
新婚のディクソン侯爵には余計な話であったな」

陛下と宰相がこんな会話をしていたが、さして気にしていなかった。
でも、頭の片隅に残っていたようで、屋敷に帰ったらミラに気持ちを伝えようと思った。

「お帰りなさい、ローリー」

馬車から降りると、微笑みながらミラが駆け寄ってくる。
優しく抱きしめると、柔らかな髪からミラの優しい香りがふわっと香り、幸せに包まれる。
愛おしい存在に胸がいっぱいになって、
「ただいま」と言うのが精一杯だった。

その後はミラと夕食を取り、執務室へ。
急ぎの書類や手紙に目を通して、ここ1年日課になっているミラが製作したハンカチやロンググローブなどの作品、少女の頬に天使がキスしている置物を眺める。
思いが通じ合ってからミラと離れ離れになっている期間は想像以上に長く、堪えた。
そんな時こうしてミラの作品、ミラに贈ったお揃いの置物を見ていると心が落ち着くことに気づいてから習慣となっている。
ミラと結婚後も、執務室へ来るとつい眺めしまう。
やるべきことを一通り済ませると、湯浴みをして寝室へ。

結婚1ヶ月半。
毎日が幸せだった。

眠ってしまったミラの顔を眺めながら、「ミラ、愛してる」と囁く。
幸せを感じながらミラを抱きしめていると、ふと陛下と宰相の会話を思い出した。

『私は毎日王妃に“愛している“と気持ちを伝えているぞ。
言葉にしないと相手に伝わらないからな』

俺は今日、ミラに『愛してる』と伝えただろうか。
1日の行動を思い返してみると、伝えていない事実に気がついた。
昨日はどうだったか、一昨日は。旅行中は。
眠りについたミラには毎晩のように『愛してる』と言っているが、それ以外は・・・・・・伝えていなかった。

いや、でも、毎朝欠かさずモーニングティーも淹れているし、旅行中だって楽しく過ごした。
それに、こんなにもミラを愛している。 
だから問題はないはずーー

『言わなくても伝わってるだろう。など過信するのは危険ですから』

『そのような愚かな思い込みは相手を不安にさせ、やがては溝を作り、思わしくない結果に繋がる恐れがあるだろう』

ドクン、ドクン、ドクン。
嫌な動悸が始まって、その日は朝方まで寝付けなかった。


「ミラ、愛してる」
たったそれだけの短い言葉だというのに、ミラを目の前にすると胸がいっぱいで言葉が出てこなかった。  
陛下と宰相の会話を聞いてから2週間。
焦っていた。

執事のメイソンとは付き合いが長い。
元々はメイソンの父上が執事で、メイソンは俺の侍従だった。
この男は2才年下でありながら10代の頃から落ち着き払っていて、常に女性の影があった。
背が高く見た目も良く独身で、40代には見えない若々しさを保っている。
多分、今現在も女性は絶えていない。
俺とは違い、経験豊富なこの男は頼りになるんじゃないか。
とにかくミラに嫌われたくない一心で、 恥を忍んでメイソンに相談することにした。

「左様でございますか。
では、朝の出勤時に奥様を抱きしめられた後に言われては如何でしょう。
“名残惜しい”など付け加えてもよろしいかと」

メイソンは主人の情けない相談にも、顔色ひとつ変えずに適切なアドバイスをくれた。

何度も頭の中でシュミレーションをして完璧だった。
だというのに、やはりミラを目の前にすると駄目だった。
いい大人が毎日モタついて情けなく、本気で落ち込んでいた。

そんな時だった。
ミラが日頃の感謝を込めてと、手作りのシャツとネクタイをプレゼントしてくれた。
ミラが自分のために作ってくれたと思うと、嬉しくてたまらなかった。
が、それと同時に早く執務室に飾りたい衝動に駆られ、保管用も作って欲しいと頼むと、ミラには怪訝な顔をされ、後でその話を知ったメイソンには残念な顔をされた。

もうすぐロージーがやって来る。
自分の娘となるロージーが心配で、ミラと入れ替わりでジェイミーをあちらに向かわせ、陰ながらロージーの護衛を任せていた。

ジェイミーからの報告では、ロージーは以前と変わらずに明るく元気に過ごしているという。

ミラから贈られたシャツにネクタイを身につけて、ロージーを迎えにミラと駅舎へ向かう。

「お母様!お義父様!」

お義父様ーー

その響きに泣きそうになる。

隣にはミラが居て、ロージーが抱きついてくる。

胸がいっぱいで、いっぱいで、
幸せに満たされた。





※もう少し続きます。
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