その手は離したはずだったのに

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番外編 ミラ・ディクソン

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隣国に住む年上の従兄は、幼い頃から近くにいるのが当たり前の存在だった。
成長するにつれ顔を合わせることがなくなり、やがて大人になって再会した。

その頃の私は名ばかりの公爵夫人で、自信も無く惨めな思いをしていた。 
微笑みながらも、心の中は沈んでいた。

そんな私の日常に光を照らしてくれたのは他ならない従兄で、私はいつの間にか従兄に特別な感情を抱いていた。

時が過ぎ、自由の身になった私は従兄の暮らすブルージェ王国へ向かい、私達の関係に変化が生まれた。

そして、1年後、宰相の任を終えた従兄ローリーにプロポーズされ、私達は結婚した。




チュンチュン、チュンーー

「・・・・・・ん」

鳥の鳴き声が聞こえる・・・。
うっすら瞼を開くと、くしゃくしゃの黒髪が目に入る。
ローリーは寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。

結婚してから3日。
お腹から腰にかけてガッシリと回された腕にはまだ慣れないけれど、毎日幸せを感じる。


「あぁ、俺とした事が!
またミラよりも遅く目覚めた・・・」

ブルージェ王国では結婚すると、夫が妻よりも早く起きて毎朝モーニングティーを淹れるという伝統的な風習がある。
現在ではあまり行われていないみたいだけれど、ローリーはこの風習を続けることを決めたらしい。
けれど、3日連続私より早起き出来なかったことにガッカリしていた。

「そのまま、待っててくれ。
すぐに戻って来る!」

くしゃくしゃの寝癖をつけたまま慌ただしく部屋から出ていくと数分後、執事のメイソンに整えられたのか、幾分落ち着いた髪のローリーがワゴンを押して登場。
手慣れた手つきでお茶を淹れてくれる。

「美味しいわ。ローリー、ありがとう」

「・・・いや、これは俺がやりたいから勝手にやってる事であってだな、
でも・・・気に入ってくれたなら、良かった」

ロージーがブルージェ王国に留学中に何度も侯爵家に来ていたので、使用人はみんな顔見知りだった。
流石は侯爵家の使用人、全てに教育が行き届いている。
それでいて当主であるローリーの影響か、みんな人柄が良い。
もういい大人であり、私に関しては再婚だというのに大歓迎で迎えてくれ、絶妙な距離感で温かく見守ってくれる。

結婚1週間を過ぎた頃、ローリーと旅行に出かけた。
宰相の任を終えても、『お目付け役なのに、宰相の時と変わらない!』と愚痴を溢していたローリーが結婚後1ヶ月間の休みを取り、まだ私が行ったことのない場所に計画を立ててくれた。

「いろんな所に行くには行ってるけど、観光した事なんてなかったからな。
だから、こうしてミラと来ることができて嬉しい」

よく愚痴は溢しているけど、今までのローリーの多忙な日々を感じる発言を初めて聞いたような気がした。
15年以上もの間、宰相として忙しい日々を過ごしながら私のことを気にかけてくれていた。

「ローリー、何だか香ばしいようないい匂いがしない?」

「あれは海鮮焼きだな。
よし!ミラ、行ってみよう」

「ええ」

新しい食べ物に挑戦したり、観光したり、散歩したり、のんびりしたり。
知らない土地で、ローリーと2人で色々なことを経験した。
こんなに長い間2人きりでいるのは初めてのことだった。
毎日が楽しくて、ドキドキした。
ローリーは旅行中も、毎朝欠かさずにお茶を淹れてくれた。

ローリーとの気心が知れた従兄妹同士の関係は、この旅行が終わる頃には違うものに変化していた。

もうローリーにエスコートされることにぎこちなさも恥ずかしさも消え、2週間振りに侯爵家へ帰ると、それを察したかのようにみんなが微笑ましく私達を迎えてくれた。

「ローリー、いってらっしゃい」

「行ってくる。・・・その、なるべく早く帰ってくる」

1ヶ月の休暇を終えたローリーは、お目付け役としての仕事を再開。
毎朝、王城へ出かけている。
朝のこの時間、少しぶっきらぼうになるローリーは私を優しく抱きしめて触れるだけの口付けをする。

さぁ、始めよう。
ローリーが仕事に向かうと、侯爵夫人の仕事をメイソンに習う合間に、ローリーへ贈るシャツとネクタイを仕立てていた。
毎日少しずつ進めていた作業は、3週間を過ぎる頃完成した。

作業デスクから棚に目を向け、少女の頬に天使がキスした置物を見る。

色々なことがあったな。

小さい頃から私を励ましてくれ、今は旦那様となった、かけがえのない存在に出逢えたことに感謝した。


「ローリー、その・・・これは日頃の感謝を込めて。
あの、いつもありがとう」

ローリーを前にしてあらたまると、上手く話せなくなる時がある。

リボンをかけたシャツとネクタイを渡すと、ローリーに抱きしめられた。

「ミラ、ありがとう。
すごく嬉しい。・・・・・・でも」

「でも?」

「勿体無くて着られないな」

「え?」

「保管用も頼めるか?」

訳の分からないことを言うローリーに根負けして、結局私はシャツとネクタイをまた仕立てることになった。

3週間かけて新たにシャツとネクタイを仕立て終えた翌日、私達は鉄道駅へ向かった。

今日、ロージーが私達の娘としてブルージェ王国にやって来る。

「ミラ、似合ってるか?」

「ええ、似合ってる」

私が仕立てたシャツとネクタイを気に入って身に着けてくれたのは嬉しいけれど、何度も繰り返し「似合うか?」と聞いてくるので少し呆れていた。
でも、正直ローリーはすれ違う人が二度見してしまうような素敵な男性だ。

ホームには出迎えの人が想像以上に多かった。
はぐれないようになのか、ローリーに体を引き寄せられる。

大きな音と共に鉄道が到着したようで、ホームにどっと乗客が降り立つ。

迎えに行くと何度も連絡したのに、大丈夫だから。とロージーに言われ承諾したものの、やはり心配だった。
侍女も護衛もいるのは分かってる。
学園を卒業して大人の女性なのも、ロージーに剣の心得があるのも。

「ミラ、大丈夫だよ」

ソワソワしているのがローリーに伝わったのか、手をぎゅっと握られた。
えっと・・・ロージーは・・・
ローリーの腕にぎゅっとつかまると、大好きな娘の声が耳に響いた。

「お母様!お義父様!」

その声に、ローリーと顔を見合わせる。

すると、ロージーはお転婆に勢いよく私達に抱きついた。



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