その手は離したはずだったのに

MOMO-tank

文字の大きさ
上 下
30 / 41

第30話 ローリー・ディクソン

しおりを挟む
『ディクソン侯爵、昨夜はありがとうございました』
 
ーー何が、ありがとうだ。


『それでも、助けられました。
私が不甲斐ないばかりに』

ーー自覚してるなら、どうにかしろ。


愛する女性ミラが傍に居るなら、あんな寂しい顔をさせるな。


公爵の・・・・・・
公爵のミラを見つめる眼差しは、
愛しい者に向けるものだった。


なのに公爵、あんたは何をしている。



俺が、

・・・・・・俺だったら、

あんな顔は、絶対にさせない。



「・・・・・・相、宰相」

「・・・はい?」

「そんなに、怖い顔をするな。
皆が怯えているぞ」

「そんなつもりは毛頭ございません」

「・・・まぁ、いい。
ただ、少し気をつけるんだな。
周りの者が気の毒だぞ」

わかりました。
そう返事をすれば、陛下はふらりと部屋から出ていった。



ブルージェ王国に戻ったら、落ち着くものだと思っていた。
でも、時間が経ったら経ったで冷静に物事が見え、公爵に対して腹立ちとも怒りとも取れるものが顔を見せた。


そしてーー

それと同時に、ミラを思い出した。


ミラのブラウンの瞳は見慣れているはずなのに、長い睫毛の下の潤んだ瞳は、吸い込まれそうに清らかでーー

冷たくて細っそりとした手が触れ、
ミラの折れそうに細い腰を支えて、
ダンスを踊った。

幼い頃によくやったように、ダンスの最後にミラをクルクル回すと、今にも泣き出しそうな顔をして笑った・・・・・・。


ミラを思い出す時に、少し胸がざわつくのはなぜだろう。


『それは、恋というやつだな』

陛下が面白そうに口を開いた。

『何?気づいていなかったのか?
夜会で宰相は従妹殿に釘付けになっていただろう』

国へ戻って、わりとすぐに陛下に言われた。



ミラに、好意を抱いている。

そんな気持ちを、自覚した。

でも、俺に何ができるというんだ・・・・・・。

ミラは、ロージーが慕う大好きであろう公爵と共にある道を選んだ。

俺に、何が・・・・・・できる?



[ミラ様は、孤児院の子ども達に週2回刺繍を教えています。
現在はひと月後のバザーに向けて、準備に追われているようです。
私は刺繍のことはよく分かりませんが、アニーが言うにはミラ様は勿論、子ども達の腕前も相当のようです]

カイから便りが届いた。

あの後、昔から交流のある護衛のカイに連絡を取り、こうしてミラの近況を伝えてもらっている。
 
刺繍かーー

夜会のドレスにも、繊細で美しい刺繍が施されていた。

10歳から続けている刺繍。


俺はペンを取り、隣国で手広く事業を起こしている友人、サリンジャーに手紙を書いた。



人伝いに受け取った作品はどれも想像以上に素晴らしかった。
中でも薄い生地に花をモチーフにした、レースのよう細かい刺繍のロンググローブは、まるで芸術品のようだった。

[頼まれていた作品、手に取られたでしょうか?
正直、バザーに足を運んで驚きました。
素晴らしい人材をあの場に留めて置くのは惜しい。
貴殿が本気で支援をお考えならば、工房にぴったりの工場跡地が・・・・・・。

最後にーー美しいロンググローブは、エヴァンス公爵夫人の作品です]



サリンジャーに話を進めてもらい、工場跡地を買取り、工房に改築を進めた。


「エヴァンス公爵夫人は最初詐欺の類だと思ったらしく、ご実家のスタンリー伯爵家の家礼と厳つい護衛を数人引き連れて来たから面食らってしまったよ」

サリンジャーがブルージェ王国へ来た時に、笑って教えてくれた。

「侯爵は、名乗らないおつもりですか?」

「・・・・・・ああ。このまま投資家と話しておいてくれるか」

迷いは、無かったと言えば嘘になる。
でも、名乗り出たところで何が変わるというのか。


帰り際に、サリンジャーに贈り物を託し、花束をお願いした。




[素晴らしい工房の完成に、子ども達も大喜びしています。
そして、最適な環境に指導者の派遣と、数々のお心遣いに感謝致します。

素敵な置物は工房に飾らせて頂いております]


変わったことといえば、ミラと手紙のやり取りを始めたことだろう。

デスクにある、クリスタルの置物に目を向ける。


幼い少女の頬に天使がキスしている。


ミラ、
君も、この置物を見てくれているだろうか?


そんなことを考えながらペンを取り、返事を書いた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

塩対応彼氏

詩織
恋愛
私から告白して付き合って1年。 彼はいつも寡黙、デートはいつも後ろからついていく。本当に恋人なんだろうか?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

陰で泣くとか無理なので

中田カナ
恋愛
婚約者である王太子殿下のご学友達に陰口を叩かれていたけれど、泣き寝入りなんて趣味じゃない。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

処理中です...