その手は離したはずだったのに

MOMO-tank

文字の大きさ
上 下
9 / 41

第9話

しおりを挟む
私はその日のうちにロージーの部屋に近い客間へ移動した。


夫婦の寝室ーーとはいっても、今は旦那様一人で過ごしているその部屋の大きなベッドでは、クラリス様が動けるようになるまで療養することになった。

もちろん旦那様はその部屋で過ごしている。
そして、その寝室の広々としたスペースには新たにノア専用のベッドが置かれた。


翌日、医師の診察が済んでからクラリス様の元を訪れた。
クラリス様は、夫婦の寝室を利用していることに恐縮して何度も私に謝罪した。

私は、気にしないでゆっくり療養してください。と伝えるしかなかった。


旦那様は甲斐甲斐しくクラリス様の看病をして、ノアはお屋敷で家庭教師から学び始めた。

ロージーはノアが居る生活が楽しいようで、ノアの後をついて回っていた。


安心できる、心休まる場所だったお屋敷が形を変えたことは、想像以上に落ち着かず気持ちが乱れるものだった。

私は、空いている時間はひたすら刺繍をしていた。
刺繍の腕を上げたかったし、刺繍に没頭していると、何も考えずにいられたから。

ただ、ロージーの存在と、アニーとカイが見守ってくれているのが心の支えだったーー

愛する娘と、
幼い頃から私のそばにいてくれた二人。

この3人がいてくれたから、私は何とか心の平穏を保つことができた。


そして、私は週に二回、孤児院へ足を運ぶことを再開した。


「ミラ様!母上に花束を作ってもいい?」

「もちろんよ。庭師のトムと一緒にね。
棘がある花もあるから気をつけてね」

「ありがとう!
トムじいさーん!」

ノアはクラリス様にお見舞いの花を摘む許可を、私に必ず取る。
初めて会った時は純粋な少年のように感じたけれど、実際には周りをよく見ていている。

7歳といえば個人差はあるけれど、敏感な子だったら今の複雑ともいえる状況を感じ取っているのかもしれない。

今日は気持ちが良い日なので、庭でお茶を飲みながら孤児院の子ども達からプレゼントされた刺繍入りハンカチを眺めていた。

4年前に刺繍を教えていた子どもたちがその後も刺繍を続けていたようで、一応は刺繍の先生であった私に成果を見せようとプレゼントしてくれたものだった。

「ミラ様、ロージーは?」

「ロージーはね、お庭に誘ったんだけど、今お絵描きに夢中でね」

「そっかあ・・・」

「お母様への花束、素敵ね」

ピンクの薔薇がメインの可愛らしい花束だった。
ノアは褒められたことを恥ずかしそうにしている。

本当に、よく似ているーー
小さかった頃の、私の王子様に。

「・・・・・・それは?ハンカチ?」

「ええ、孤児院の子ども達にプレゼントされたの」

興味がありそうなノアにハンカチをもらったいきさつを話すと、目を輝かせた。

「それって、練習したら僕もできるかな?」


それから、お互いの空いている時間を利用して、ノアに刺繍を教える毎日が始まった。

『母上に、プレゼントしたいな・・・』

初めての慣れない刺繍というものに悪戦苦闘するものの、2週間後にはピンクの小花の刺繍のはいったハンカチが完成した。

嬉しそうにするノアに、私が刺繍したハンカチを持ったロージーがノアに近づいて一緒に喜んでいる。

その微笑ましい二人の姿を見て、アニーと目を合わせて表情を緩めた。



クラリス様は順調に回復し、最近では少しずつ歩く練習も始めていた。
侍女の手を借りて、廊下をゆっくりと歩いている。 

旦那様が休みの日には、階段を抱かれて下りて庭を二人でゆっくり歩いている。

そして、ノアとロージーが二人に駆け寄っていく。


間もなく、別邸の改装も終わると聞いた。

それまでだ。 

胸がチクリと痛むのを自覚して、私は窓際から離れた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

地味な女

詩織
恋愛
地味な女と言われ、それでも解って貰える人はいると信じてたけど。 目の前には、後輩に彼氏をとられ最悪な結末

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

塩対応彼氏

詩織
恋愛
私から告白して付き合って1年。 彼はいつも寡黙、デートはいつも後ろからついていく。本当に恋人なんだろうか?

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

愛されない女

詩織
恋愛
私から付き合ってと言って付き合いはじめた2人。それをいいことに彼は好き放題。やっぱり愛されてないんだなと…

政略結婚の先に

詩織
恋愛
政略結婚をして10年。 子供も出来た。けどそれはあくまでも自分達の両親に言われたから。 これからは自分の人生を歩みたい

処理中です...