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第1話

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「ジョイ、待ってちょうだい」


さあ、今日の仕事も終わった、終わった。
帰ろう。

そう思った時に、さっさと帰るべきだった。

でも、馬丁のザックさんが、
『ジョイ、形は悪いんだが芋がたくさんあるんだ。少し重いが持っていくかい?』
なんて嬉しいことを聞いてくるから、二つ返事で芋を貰いに厩舎へ向かって、有り難く頂戴したずっしりとした芋のはいった麻袋を背負い、ザックさんにお礼を言ってから歩き出すと、こんな場所に普段来るはずのない侍女長のモリーさんの私を呼ぶ声がして嫌な予感しかしなかった。

無視、するか。
聞こえない、フリ。
私は今、考え中。

「ジョイ、お願いなの」

ガシッと肩を掴まれた。

「ああ、モリーさん。
3人の弟達がお腹を空かせて私を待ってるんです。
急がなくっちゃ」

こういう時は相手に話す隙を与えずに、逃げたもん勝ちだ。
肩に麻袋の紐が食い込むのも構わずに私は小走りした。
小走りによって、もう片方の肩からモリーさんの手が離される予定だった。
 
でも、肩にあったモリーさんの手はガシッと掴まれたまま離れなかった。




「・・・・・・ていうわけなの」

モリーさんの話は、それは厄介なものだった。 


この公爵家のご主人であり騎士団長でもあるスティーブン様は、半年前に高貴な方を庇い、魅了の秘薬を体に浴びてしまい、その日から眠り続けている。

なぜ眠り続けるのか、いつ目覚めるのかはわからない。
そして、ひとつ問題があった。

“目覚めて最初に見た者に魅了される恐れがある”

公爵家では厳戒態勢が敷かれた。
スティーブン様の部屋への立ち入りは、執事、侍従、古くから公爵家に仕える使用人のみが行ない、もちろん彼らは素顔は晒さずに顔半分を覆う仮面を必ずつける。
間違っても、スティーブン様を魅了するなど許されないから。


でも、その3人が揃いも揃って今夜の夕食の魚介にあたったらしい。
医師にも診てもらったが、酷い状態らしく、とてもじゃないがスティーブン様を見守ることなど無理と判断された。

見守るとは、スティーブン様の寝室の傍らに作られたスペースで、スティーブン様が目覚めた時に備えて待機すること。
目覚めた場合には、あるボタンを押す。
すると、魔術師団長であるアンジー様が速やかに現れ対応する。
 
その見守り、いや、監視役が今夜私にまわってきたらしい。

今夜に限って、男性使用人は同じく魚介にあたり使いものにはならない。

馬丁のザックさんは?と聞いたところ、数多くの名馬を所有している公爵家の厩舎には馬泥棒が侵入した過去もあるので、厩舎を離れられないと言われた。

保安の面から護衛騎士を回すわけにもいかず、他家から人員を工面するのは、公爵家の醜聞をさらすことに繋がるのでできない。

まだ残っている女性使用人は、スティーブン様に懸想している面々らしく、不測の事態に自ら進んで素直を晒す危険があると判断、結果私に回ってきたらしい。

「今夜のお給金は、夜間手当も含めていつもの10倍、明日は休みとします」

「やりましょう」

私は、即答していた。








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