寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank

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第24話 クライブ

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あんなに生き生きとしているシドニーを見るのは、図書室で好きな小説を選んでいる時以来だった。
婚約、結婚してから何度も笑顔を見ているが、まるで違った。
 
根も葉もない噂に心を痛めてきたシドニーが、また自分と知り合ってから苦しみ、笑顔が減ってしまったと思うと、シドニーの前に姿を見せられなかった。

無事でいてくれた。
それだけで充分じゃないか。
無理やり納得し、ジーナと呼ばれているシドニーを見守っていた。

「おい、クライブじゃないか。
お前って今は男爵になって、近衛騎士団副団長やってるんじゃなかったか?」

面倒な奴に会った。
この男は、辺境で5年間一緒だった同期で、ここマッケンジー公爵家の次男、ダグ・マッケンジー。
公爵家のマッケンジー騎士団団長を務めているはず。

話をはぐらかしても、どうせすぐに調べれば嗅ぎつけられる。
仕方なく掻い摘んで話せば、思いっきり笑われた。

「嫁さんをつけ回してるのか。
それは嫌われるぞ」

密かに気になっていたことを指摘されて焦りを隠せない。

「しばらくここに居るなら、団員に稽古をつけてやってくれ」

包帯の巻かれた右腕を見せられ、この辺りはゴロツキもいないし安全だと力説された。
近衛の団長にも話しておいてやる。
仕事を手伝ってもらってるって。
その言葉に負けた訳ではないが、結局は一日二回騎士団で稽古をつけることになり、残りはシドニーを見守る時間とした。

外出時に帽子を深く被るシドニーは、いつもと違い近寄り難さが半減されるので、男達がチラチラ見ながら話しかけるチャンスを狙っているし、店員もやたらと親切で見ていられなかった。

気になっていた贈り物らしき紙袋は、シドニーが返却したようで胸を撫で下ろした。
でも、シドニーに声を掛けていた当の本人である医師が姿を見せないのが多少気がかりだった。

団長から言われていた3週間がどんどん近づいて焦りを覚えていると、

「お前には手伝ってもらいたい事があって、ほら」

ダグから手紙を渡された。

“マッケンジー騎士団から要請を受けた。
その仕事を終わらせてから戻って来い”


マッケンジー公爵領の南側、ターナー伯爵領へ続く荒野で、最近怪しい動きがあるらしい。
積荷が襲われる事件が年に何度かあったが、調べてみると若い女性が行方不明になっている。
そして、ここ数ヶ月は馬車が襲われることが増えている。
まだ女性を狙った事件とは確定できないが、可能性は高い。
隣のターナー伯爵領には隣国との国境があり、その隣国では人身売買がいまだに行われていると聞く。

「そこでだ。リリアン・フィッチャー劇団の次の公演先はターナー伯爵領。
今や劇団は有名で、全てが若い女性だ。
劇団の移動時には毎回うちの護衛騎士がつく。
お前にはその護衛に紛れてもらう。
どの道ついて行くつもりだったんだろう」

「囮に使うのか!」

「違う。
劇団がターナー伯爵領へ向かうにはこの道しかない」

「公演は中止すべきだろう」

「それは俺の決める事では無い。
怪しまれないように護衛の数はいつもと同じ。
すぐ後を騎士団が追う形になる。
ターナー伯爵領にも応援の要請済みだ」

この話は劇団の責任者であるリリアン・フィッチャーに承諾を得ている。
彼女は仲間を危険に晒すかも知れない状況に不本意ではないが、公爵家もしくは国の要請に断れないんだろう。

残りの数日間は劇団につく護衛騎士との訓練に費やした。

シドニーが危険さらされるかも知れない状況に気が気じゃなかった。
今までは辺境で、どんな過酷な状況に置かれてもたいして動揺することもなかったのに。




幌馬車は順調にターナー伯爵領へ進んでいる。
ひらすら荒野が続き空が薄暗くなってきたところで、護衛と合図を交わす。
いつ敵が現れても対処できるように。

シドニーの乗った幌馬車はすぐだ。
いつでも駆けつけられる。


いきなりだった。
弓矢が飛んできて、後ろの幌馬車つきの護衛が倒れたと同時に、賊が数人その幌馬車目がけて馬を走らせてきた。

こっちにはまだ賊は来ていない。
一番近くにいた俺が後ろへ回り、賊を片づける。
いつの間にか賊の数が増え剣を振っていると、シドニーの乗る前の幌馬車に賊が向かっていた。

「ああ、上玉だった」

その賊の上擦ったた声に、我を失った。
戦場に立つ時のように、敵を猛スピードで容赦なく斬りつける。

馬の方向を変えると、停車した幌馬車から女性が降ろされたのが目に入った。

黒髪の、美しい、愛してやまない、

「シドニー!」

シドニーの手を引く男との間に入り込み、剣を振り上げた。

「シドニー、目を閉じて」






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