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第22話 クライブ

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「副団長、資料をこちらに置いておきます」

「助かる」

シドニーが体調を崩したと聞き、急いで帰りたかったが果たせなかった。
一晩屋敷に帰ることができ、やっとシドニーに会えたのも束の間、早朝には王宮に戻った。

そこからは主に陛下の護衛、急遽隣国の王子殿下が留学するとの話が上がり、学園や滞在先となる公爵家の警備体制の見直しに時間を費やすことになった。

団長は回復が早く、今ではリハビリを始め剣を握っていると聞いている。

現場の仕事は一向に構わないが、書類と向き合うのは辺境で剣ばかり握っていた自分には苦痛に近いものがあった。

「こちら、良かったら召し上がってください」

「悪いが、そういったものは受け取れない」

1日に数回顔を合わせる騎士団の事務職をしている、確かリンチ子爵令嬢だったか、彼女は時折こうして手作りに見えるマフィンやクッキーを差し入れとして渡してくる。

「・・・・・・そう、ですか」


早くシドニーに会いたい。
屋敷に帰りたい。
離宮の方角を見ては、毎日そう願っていた。





「副団長、離宮の側妃様がお呼びです。
緊急とのことです」

離宮の側妃様付きの護衛がわざわざ足を運んできたことに、嫌な感じしかしなかった。
そして、それは側妃様の言葉により現実となった。


「ノックス副団長、シドニーが消えたの」

シドニーが・・・・・・。
シドニーが・・・・・・。

心臓が嫌な音を立て始め、居ても立っても居られなくなっていると、まずは話を聞いて頂戴。と側妃様に嗜められた。


今朝、ノックス男爵家の馬車が離宮に到着し、シドニーを門兵が確認している。
でも、そこでシドニーの足取りが途絶えたらしい。
シドニーの控え室にあったという、側妃様宛ての手紙を渡された。

そこには、側妃様への謝罪と自分が居なくなることで全てが丸く収まると書かれていた。

「ノックス副団長とコンウォール前伯爵夫人が今も想いあい、逢瀬を重ねている。
そんな噂話があちこちから聞こえるの」

噂話・・・・・・。
それが、原因なのか。

「騎士団長はかなり回復しているそうよ」

シドニー・・・・・・。

部屋から出て行こうとする後ろから、側妃様の懇願するような声が聞こえた。

「シドニーを、必ず見つけて」


団長の住む公爵家の屋敷まで馬を走らせ、事情を説明した。

「とりあえずは3日間だ」


まずは屋敷に戻ることにした。
最近のシドニーの様子、何か手がかりになるものが分かるかも知れない。
そう思い戻った屋敷では、ものすごい剣幕でサンディーにまくしたてられた。

「ぼっちゃま!お手紙は読まれてないんですか!
あれは酷すぎます!
一体どうしたら騎士服に女性の口紅の跡がつくんですか?
奥様だって、絶対に気づいていたはずです!
あんな素敵な奥様が居るのに!!」

手紙、なんて受け取っていない。
しかも、騎士服の口紅・・・・・・。
記憶を辿れば、確かいつだったか、あの事務のリンチ子爵令嬢がぶつかってきた時があった。

執事に話を聞けば、着替えを渡しに行った時に、事務の小柄な女性に『副団長はお手紙を読まれてますよ。ただお忙しいから返事を書く暇も無いのかも知れません』そう言われたらしい。

執事とサンディーにシドニーが今朝居なくなったことを伝え、行きそうな場所が無いか尋ねたが、サンディーは取り乱してそれどころじゃなかった。
シドニーの両親であるルグラン子爵へ手紙を書いて執事に託した。


事務の小柄な女性は、リンチ子爵令嬢で間違いないだろう。

ひとまず王宮へ向かうと、すでに仕事復帰していた団長にリンチ子爵令嬢の不審な行動を報告した。
任せておけ。との言葉を受けて、シドニーの行きそうな場所、図書館、本屋を探すことにした。

二日かけておおかた回ったが、シドニーらしい人物を見た話は聞くことが無かった。

荷物もほとんどお金も持っていないシドニーが何処へ行く。
人目につく場所は避けるだろう。
シドニーが仕事をするとしたら。

ドレスメーカーを回り、化粧や髪型を整えるのが得意な女性がつく仕事を聞いて見ると、貴族女性の侍女、あとは、舞台の仕事かしら?と答えが返ってきた。

王都の劇場を訪ねるが収穫はなし。
しかたなく帰ろうとすると、声がかかった。

「そうそう、3日前にリリアン・フィッチャー劇団が、マッケンジー公爵領に向かったよ。
女性だけの劇団で、今大人気でさ」


女性だけ・・の劇団。





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