上 下
16 / 25

第16話

しおりを挟む
「ジーナもふかふかのクッション買ったのね」

「ええ、王都からここへ来る時で懲りたから」

あの日、茶髪のウィッグを被って離宮から劇団へ向かうと私の持ち物が少ないことに驚かれた。
出発まではまだ時間があったので、マッケンジー公爵領までに必要な着替えなどを近くの店舗で買うことにした。

『荷馬車でお尻に敷くクッションを買ったらいいわよ』

そんなことを言われたけれど、正直のところ意味が分からなかった。
私は馬車と荷馬車に違いをよく理解していなかったから。
いつも乗っている馬車より多少狭いくらいだろう。
だから、着替えのみを買い、荷馬車を目の当たりにして驚いた。
それは幌馬車というもので座席はただの板張りで。
そこで初めてクッションの意味を理解したけれど時すでに遅し。
苦し紛れに着替えをお尻に敷くものの、体は悲鳴を上げていた。

でも、今回は違う。
ふかふかのクッションを座席に敷いて、買っておいたクッキーやフルーツを食べながら、私達は次の目的地ターナー伯爵領に向かっていた。

途中小さな町で1泊して、朝早くに出発する。
そこから先は人が住むような場所はなく、ひたすら荒野が続き、夜にターナー伯爵領の町に到着予定だ。


「大丈夫かなぁ」

公爵家の立食パーティーで不安を見せていた役者の子が呟いた。

「大丈夫よ」

10名もの公爵家の護衛騎士がついている。
リリアンさんも7年何事も無いと言っていた。
隣の席の子達が、あの護衛騎士がかっこいいと騎士の話題で盛り上がっているので、私達も話に参加した。  

もう半分以上進んだはず。

少しうとうとしていていたのか、目を開ければ外は少し薄暗くなっているようだった。
みんなはまだ眠っている。
私は後ろに進み、そっと幌を開けて外をの様子を覗いた。

その時だった。

ドッドッドッ! ドドッ! ドドドッ!!

左右からものすごい音と勢いで馬が近づいて、馬上には武器を持った男性が目に入った。

「女が居たぞ!!」

これは・・・・・・

慌てて座席戻ろうとするも、急に馬車のスピードが上がり倒れ込んでしまった。

外からは怒鳴り声や唸り声、剣の音がして、恐怖で体が震え出す。

眠っていたみんなも目を開けて、外で起こっている出来事に怯えていた。

ガタン!!

「うっ・・・・・・」

前方の御者台からうめき声が聞こえたと同時に、大きな音が鳴り馬車が停車した。

胸が激しく音を立て、動こうにも恐怖で体が膝をついた状態から動かない。


ダメかもしれない・・・・・・。


馬が近づいて、すぐ近く止まった音が聞こえた。

「確かに女を見たんだな」

「ああ、上玉だった」

「追ってが来るとマズイから、3人攫ってずらがるぞ。
急げ!」


・・・クライブ様・・・・・・。


次の瞬間、幌が開かれて、立ち上がろうとするところを馬車に乗り込んで来た人物に腕を掴まれて、よろめきながら馬車から降ろされた。

「こりゃ、すげぇ上玉だ!」


もう、頭が働かなかった。

ただ、護衛騎士と男達が剣で戦っているのが、スローモーションのようにゆっくりと動いてた。

馬に乗っている男に、手を強く引かれた次の瞬間、

「シドニー!!」

ここに居るはずのないクライブ様の声が聞こえて、大きな背中がいつの間にか私の目の前にあった。

「シドニー、目を閉じて」

夢かもしれない。

願望が、見えているだけかもしれない。


でも、

私は目を閉じた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。

ふまさ
恋愛
 伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。 「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」  正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。 「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」 「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」  オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。  けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。  ──そう。  何もわかっていないのは、パットだけだった。

聖女の婚約者と妹は、聖女の死を望んでいる。

ふまさ
恋愛
 聖女エリノアには、魔物討伐部隊隊長の、アントンという婚約者がいる。そして、たった一人の家族である妹のリビーは、聖女候補として、同じ教会に住んでいた。  エリノアにとって二人は、かけがえのない大切な存在だった。二人も、同じように想ってくれていると信じていた。  ──でも。  「……お姉ちゃんなんか、魔物に殺されてしまえばいいのに!!」 「そうだね。エリノアさえいなければ、聖女には、きみがなっていたのにね」  深夜に密会していた二人の会話を聞いてしまったエリノアは、愕然とした。泣いて。泣いて。それでも他に居場所のないエリノアは、口を閉ざすことを選んだ。  けれど。  ある事件がきっかけで、エリノアの心が、限界を迎えることになる。

君に愛は囁けない

しーしび
恋愛
姉が亡くなり、かつて姉の婚約者だったジルベールと婚約したセシル。 彼は社交界で引く手数多の美しい青年で、令嬢たちはこぞって彼に夢中。 愛らしいと噂の公爵令嬢だって彼への好意を隠そうとはしない。 けれど、彼はセシルに愛を囁く事はない。 セシルも彼に愛を囁けない。 だから、セシルは決めた。 ***** ※ゆるゆる設定 ※誤字脱字を何故か見つけられない病なので、ご容赦ください。努力はします。 ※日本語の勘違いもよくあります。方言もよく分かっていない田舎っぺです。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

聖女のわたしを隣国に売っておいて、いまさら「母国が滅んでもよいのか」と言われましても。

ふまさ
恋愛
「──わかった、これまでのことは謝罪しよう。とりあえず、国に帰ってきてくれ。次の聖女は急ぎ見つけることを約束する。それまでは我慢してくれないか。でないと国が滅びる。お前もそれは嫌だろ?」  出来るだけ優しく、テンサンド王国の第一王子であるショーンがアーリンに語りかける。ひきつった笑みを浮かべながら。  だがアーリンは考える間もなく、 「──お断りします」  と、きっぱりと告げたのだった。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

処理中です...