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第12話

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「ジーナ、そこが終わったらレベッカをお願い!」

「はい!」

舞台から捌けた役者さんが次の衣装に着替え、髪と化粧を整える。
それは流れ作業のようで、一息つく暇なんてあるわけもなく動き続ける。

舞台裏は、華やかな舞台からは考えられないほどの、さながら戦場のような慌ただしさだ。

でも、
とてもやり甲斐がある。

可憐な女性や王子のような麗しい人物を作り上げるのは楽しく、そんな役割を担っていると思うと自信にも繋がる。



リリアン・フィッチャー劇団の裏方の一員となって、ちょうど10日になる。

今、劇団は王都を離れて、西のマッケンジー公爵領で公演中だ。





劇団へ手紙を送った後、返事がきた。

“化粧の腕に自信ある人材を雇うものの適任者に巡り会えず、現在は役者が兼任している状態なので是非採用したい”

劇団からの手紙が屋敷や離宮に届けば、後々私の居場所の特定に繋がる恐れがあるので、郵便取扱所宛にしてもらいやり取りを行った。

劇団の責任者である年齢不詳のミステリアスなリリアンさんとは、離宮近くのレストランでお昼の休憩時間を利用して顔合わせをした。

『離婚を切り出せないでいる夫と距離を取るために離れたい』

リリアンさんは訳ありの私に協力的で、それは有り難かった。

しかも話を聞けば、1週間後には王都の公演を終え、西のマッケンジー公爵領へ移動すると言う。

このチャンスを利用しない手はない。
私は1週間後に劇団に合流することにした。


リリアンさんとの昼食を終え、離宮の控え室に戻った時だった。
着替えようと制服を手にすると、封筒のようなものが床に落ちた。
封筒を拾い上げると、宛名などは書かれていない。

この小さな控え室は、侍女一人一人に与えられている。
私宛てと判断して中から取り出した紙は、

離婚申請書だった。


これを見た瞬間に、自分の中にくすぶっていた迷いのようなものが、消えていくのがわかった。

誰がこれを置いたのかは分からない。
でも、離婚を望まれていることを突きつけられている現実を理解するには充分だった。



フランシス様、そして、クライブ様に手紙を書いた。

フランシス様には仕事を投げ出す形になったことを謝罪し、でも、私が居なくなるとで全てが丸く収まること。
そして、今までの感謝を記した。

フランシス様への手紙は、私の控室に。

クライブ様への手紙は、騎士団へ送った。



今まで、ありがとう。
幸せになってください。

シドニー


記入済みの離婚申請書を同封した。



時期が来れば、提出できるはず。




クライブ様には、あの夜以来会うことはなかった。




私は、朝いつも通りに起きて、着替え、朝食を済ませ、馬車に乗り込んで離宮へ向かった。

ただ、馬車が去った後、リリアンさんから借りていた茶髪のウィッグをつけて、劇団へと足を進めた。




そして、私は、

“ジーナ”になった。










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