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第11話

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クライブ様が部屋を出て行くと、私は化粧台の前へ向かい椅子に座った。
化粧台の引き出しの中には様々な化粧品や化粧道具が入っている。

私は引き出しの取ってを掴むと、ゆっくり手前に引いた。
そして、整頓されている細々とした化粧品の奥に手を伸ばして一枚の紙を取った。

学園を卒業して王宮侍女になった時、女性に敵認定されやすい私は化粧と髪型のアレンジを侍女仲間にすることで、彼女達から信頼のようなものを得た。
それは学園時代に同姓との付き合いに苦労した私にとっては、処世術に近いものだったかもしれない。

何人かの侍女仲間は特に気に入ってくれ、私はよく彼女達の夜会やデートの前には手伝いをした。

『シドニー、私の従姉が劇団員なんだけど、あなたの化粧の腕に興味があるみたいでね』

彼女に渡された紙には、劇団の住所と名前が記されていた。

“リリアン・フィッチャー劇団”

隣国発祥の女性のみによる、今話題の劇団だった。
役者や裏方、全てが女性のこの劇団には正直とても興味があったが、侍女になりたてだった私は連絡を取らなかった。

今からでも、間に合うだろうか・・・・・・。
正直のところ、自分にはこれしかあてがない。

正面の鏡を見れば、髪を下ろした自分が映っていた。
化粧をしていなくても、はっきりとした顔立ち。

それに比べて、あの女性ステラ様は儚げで美しかった。

クライブ様も見惚れていたーー

離宮に居ても、二人の噂話が耳に入る。

『ノックス副団長とステラ様、よくご一緒されてるの』

二人が並ぶ姿は、お似合いだった。
学園時代は仲睦まじかったと、フランシス様も話していた。

『婚約破棄を自分から告げたけれど、ノックス副団長は後悔されて元婚約者のご令嬢への想いを自覚された。
そして、今もなお後悔し続け、元婚約者のご令嬢を想っている』

まだクライブ様と結婚して3ヶ月。
たとえステラ様との未来を考えたとしても、クライブ様なら私の今後を考えてそれを切り出せるような人ではない。
今夜だって、こうして私の火傷を心配して夫としての務めを果たすために帰宅してくれた。

だったら私が、そうなるように仕向ければ良い。


私は紙を小さく折り畳んで元の場所へ戻した。



ベッドで横になっていると、湯浴みを済ませたクライブ様が部屋へ入ってきた。
髪はまだ濡れていて、薄いシャツの開いた胸元から鍛えられた体が目に映った。

クライブ様はベッドへ近寄ると私の名前を呼び、二人の唇は重なった。

本当なら、ここまでにしないといけないのは分かっている。

でもーー

目の前にいる愛しい人の瞳を見ているとーー最後の思い出に。

そんな気持ちが芽生えてきて、

私達は愛し合った。




クライブ様の規則的な寝息を耳にしながら、私を後ろから抱きしめる大きな温かい手に、自分の手を重ねた。

もう、会えないかもしれない。

この温かさを忘れないよう重ねる手に少し力を加えると、クライブ様の手が動いて私の両手を包み込むように抱きしめられて、涙が頬を伝った。



目を覚ますとクライブ様の姿は見当たらず、シーツは既に冷たくなっていた。


私はデスクへ向かい、リリアン・フィッチャー劇団宛に手紙を書いた。





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