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第7話

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いろいろ考え過ぎて眠れず、朝方になってやっと眠気が襲ってきた頃、私を後ろから抱きしめていたクライブ様の大きな手が離れていった。
私は気づいたけれど、そのまま動かないでいた。
すると、クライブ様は私の名前を呼んで髪に口づけを落とすと、鍛練のために部屋から静かに出て行った。


私の様子がおかしいことを、クライブ様が夜会からずっと気にかけてくれているのは分かっていた。

「シドニー、元婚約者とは13年ぶりに偶然会ったんだ。
もう会うことはない」

クライブ様が癖を言わないのは知っているし、その言葉を信じるべきなんだろう。
それなのに、考え過ぎなのかもしれないが、あの美しい元婚約者の意味深とも受け取れる発言はそう思わせてはくれなかった。

「・・・・・・わかりました」

ただ、力なくそう返した。





「ステラ様の夜会での姿、素敵だったわぁ」

「コンウォール前伯爵様の喪が開けたからいらしたのよ」

「ノックス副団長も釘付けになってたって聞いたわ」

「だってあの方、ずぅーっとステラ様を想われてたんですもの。
でも、皮肉な話よね。
結婚した途端にステラ様が姿を見せるなんて」


クライブ様に送ってもらい離宮の控え室の前まで来ると、話し声が耳に入った。

予想しなかった訳ではないけれど、実際に聞くとやはりショックで、胸の辺りに嫌なものが広がるのを感じた。

フランシス様は『ただの噂話に過ぎないわ』と仰ってくれる。

噂話に散々苦しめられた私は、それが根拠のないものだというのは嫌というほど分かっているのに、彼女達の言葉が頭から離れなかった。



夜会から数日経ったある日、警護中に騎士団長が国王陛下を庇って怪我をされたという知らせを受けた。

陛下はご無事で、騎士団長も負った傷は浅いので2ヶ月もすれば現場復帰できるとのことだった。

ただ、クライブ様はその日から騎士団長の仕事も兼務することになり、王宮に泊まり込む日が続いた。


「奥様、これをぼっちゃまに届けてくれませんか?」

朝仕事へ向かおうと支度をしているとサンディーさんから声がかかった。
その手にはクライブ様の着替えの入った袋が見えた。

確かここ数日は、執事が騎士団に着替えを届けていたはず。
決して届けたくない訳ではないけれど、クライブ様とは夜会以降きちんと話せていないので、騎士団まで押しかけるのは気まずさを感じてしまう。
私が戸惑っていると、サンディーさんは着替えの入った袋をやや強引に手渡してきた。

「ぼっちゃまも、奥様のお顔をご覧になれば疲れも吹き飛んで癒されることでしょう。
気になさることはありませんよ。
騎士団には、奥様や婚約者が面会へ行くのは珍しくありませんから」

まるで見透かされているようだった。
でも、サンディーさんなら私達の様子が夜会以降おかしいのは分かっているはず。

「わかりました。
ありがとう、サンディー」

それに、クライブ様に会いたかった。
数日顔を見ないだけで寂しさを感じていたから。

私が急に騎士団に行ったらどんな顔をするだろう。
そんなことを考えながら休憩時間に騎士団の受付へ向かった。

「ノックス副団長は只今職務中でして。
奥様がお越しになったと伝えておきます。
こちらはお預かりしておきますね」

しょうがない。
着替え袋を渡してお願いすると、離宮へ戻ろうと歩き出した時だった。

「あの、ノックス副団長の奥様ですか?」

話しかけてきたのは騎士団の職員なのか、制服を着ている小柄な女性だった。

「ええ」

女性は騎士団の事務の仕事をしているらしく、副団長の所まで案内してくれるという。

「ちょうど、今から向かう場所の通り道なんです。
それに、もうすぐ副団長も休憩だと思いますよ」

時間を確認すればまだ余裕があるのでお願いすることにし、書類を抱えた女性の後をついて行った。

「では私は行きますね」

女性に案内されたのは、王宮の庭園だった。
お茶会の護衛でもしていたのかしら?
辺りを見渡していると、かすかに人の話し声が聞こえたので、その方角へ足を進めた。

女の人の声?

高めの澄んだ声が聞こえた段階で、この場を去るべきだった。

大きな木の奥に視線を向けると、そこにはクライブ様と、彼に微笑みかけて楽しそうに話す元婚約者のステラ・コンウォール前伯爵夫人が居た。





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