12 / 16
12人め/ とある看板の独り言
しおりを挟む
「ほらオジイサン。イナカ村はこっちの方よ」
「フォッフォ。マゴに会うのが楽しみじゃわい!」
穏やかな老夫婦が、ボクの顔を覗きこむ。
ボクの示した答えに従い、彼らはゆっくりと右側の道を進んで行った。
「よし、デッカシティはこっちだな! 腕が鳴るぜ!」
屈強な傭兵が、ボクの顔を覗きこむ。
彼は意気揚々と、左の道を進んで行った。
そう、ボクは看板だ。
正しい真実のみが記された看板。
ボクは嘘が大嫌いだから。
昔、ボクは嘘にまみれた世界に居た。
外へ出れば嘘。携帯端末を眺めれば嘘。
すべてが嘘を吐く、嘘だらけの世界。
でも、そんな穢れた世界でも、ボクに癒しと光を与えてくれる存在があった。
それが、彼女たちだったんだ。
アイドルなんて興味は無かった。
でも、彼女たちRSK42(アールエスケィ・フォーセカンド)を一目見た時、ボクは虜になった。
デビュー曲『キ・ズ・ア・ト』にも表れている通り――
隠したい過去をもさらけだす無垢さ。
ほんの一瞬で壊れてしまいそうな儚さや、可憐な美しさ。
そのすべてが、ボクの心を掴んだ。
大好きだったんだ。
彼女たちのシンボルは、手首に巻いた聖布だ。
薔薇の形に織られ、それぞれのカラーに染められたガーゼで出来ている。
その下には、誰も触れてはならない――
彼女たちだけの『聖痕』が刻まれているんだ。
プロフィールには聖誕記念日が記されていて、熱心なファンの間では自分自身にも同じ日に聖痕を刻む者も多かった。
もちろん、ボクもその一人だ。
結成以来センターをつとめ続ける彼女と同じ日に、ボクも自分の手首に聖痕を刻んだ。
「フッ、テノールの町は向こうだね。愛するみんな、今行くよ!」
竪琴を持った吟遊詩人がボクの顔を覗きこむ。
彼は歌いながら、西へと進む。
「メトロタウンはあっちね! よーっし、頑張るぞっ!」
大きなハンマーを背負った少女がボクの顔を覗きこむ。
彼女は元気よく、東の方角へダッシュする。
ボクは看板。
すべての人に正しい道を示す看板。
ボクの情報はいつだって正確だ。
――そう、嘘や偽りなんて絶対に認めない。
認めさせない。
裏切りが発覚したのは、彼女の卒業記念ライブの時だった。
愛が絶望と憎しみに変わる瞬間は、歓喜の中で唐突にやってきた。
最後まで守り続けたセンターで、彼女はボクらに大きく手を振った。
ずっと内気な彼女が大声で飛び跳ねている姿に、どこか感動したのを覚えている。
――その時、彼女の手首から聖布がハラリと落ちた。
そして、真実が明らかになった。
無かったんだ。
ある筈のモノが。
ずっと信じてた彼女たちの証明が、そこには無かった。
ボクらは騙されていた。
一瞬で、すべてが砕け散った。
一部のファンは彼女を庇ったけど、ボクは許せなかった。
ボクの腕には、もう烙印が刻まれた。
偽りの記念日に従い、悪意に満ちた嘘に騙された、忌まわしい傷痕が――。
「ほらオジイサン。イナカ村はこっちの方よ」
「フォッフォ。マゴに会うのが楽しみじゃわい!」
いつもの老夫婦だ。
どうやら一日が過ぎてしまったらしい。
毎日、人々に正しい情報を示す。
それが、与えられたボクの役目。
すべてに絶望したボクは、あの嘘だらけの世界を捨てることにした。
――でも、その前にやることがあった。
ボクが心から愛し、崇敬した彼女は、悪魔に魅入られてしまった。
清楚なイメージだった彼女は髪を切り、服装も攻撃的な物に変わった。
言動も攻撃的になり、ボクら――かつてのファンを罵倒し始めた。
それでも『ご褒美だ!』と喜ぶ熱心な狂信者も居たけれど――
ボクの心には、もう信仰心は残っていなかった。
ボクは自らを穢した、忌まわしき道具を忍ばせ――
悪魔の住処へ潜入した。
そして、寝静まっていた悪魔の腕に、深々と聖痕を刻んでやったのさ。
飛び起きた悪魔は慌てふためいたが、もう遅い。
ボクは、悪魔が干からびて滅びる様子を世界へ配信し、かつて崇拝した躯の隣で、異世界へ旅立った。
『真実の番人になりたい』
――そう、謙虚に願いながら。
「メトロタウンはあっちね! みんな、あたしが行くまで頑張ってね!」
いつものハンマー少女を見送ったあと、ボクは違和感を覚えた。
彼女の後ろに、もう一人居る。
剣を背負った金髪の少年だ。彼は笑顔でボクの顔を覗きこみ――ッ!?
何をするんだ! やめろ――ッ!
少年の手には、先の尖った黒い石!
それをボクの板にガリガリと押し付けて、傷を彫る!
痛い! やめろ!
石の先からは黒い液体がインクのように溢れ、ボクの真実をケガしてゆく!
やめろ! ボクは真実の番人だ!
嘘偽りで、ボクをケガすな!
「この看板、間違ってたじゃないの! 嘘ばっかりだねぇ!」
「けしからん! ワシのゲンコツで叩き割ってやるわい!」
「詐欺看板め! ブッた斬ってやろうか!」
「嗚呼ッ! いま、卑しき標に裁きが下るッ!」
「もうっ! このゴミ、粉々に粉砕しちゃおうかしら!」
いつもの連中がボクを罵倒し、攻撃を仕掛けてくる!
――違う! 正しい情報はこっちだ!
その落書きは嘘なんだ!
ボクは嘘なんか言わない!
ボクは真実の番人!
悪しき嘘を、『正しき真実』にしてあげただけだ!
――それなのに何故、こんな目に遭うんだ!
もう叩くのをやめろッ!
攻撃をやめてくれッ!
ボクの真実を、攻撃しないでくれ――ッ!
「フォッフォ。マゴに会うのが楽しみじゃわい!」
穏やかな老夫婦が、ボクの顔を覗きこむ。
ボクの示した答えに従い、彼らはゆっくりと右側の道を進んで行った。
「よし、デッカシティはこっちだな! 腕が鳴るぜ!」
屈強な傭兵が、ボクの顔を覗きこむ。
彼は意気揚々と、左の道を進んで行った。
そう、ボクは看板だ。
正しい真実のみが記された看板。
ボクは嘘が大嫌いだから。
昔、ボクは嘘にまみれた世界に居た。
外へ出れば嘘。携帯端末を眺めれば嘘。
すべてが嘘を吐く、嘘だらけの世界。
でも、そんな穢れた世界でも、ボクに癒しと光を与えてくれる存在があった。
それが、彼女たちだったんだ。
アイドルなんて興味は無かった。
でも、彼女たちRSK42(アールエスケィ・フォーセカンド)を一目見た時、ボクは虜になった。
デビュー曲『キ・ズ・ア・ト』にも表れている通り――
隠したい過去をもさらけだす無垢さ。
ほんの一瞬で壊れてしまいそうな儚さや、可憐な美しさ。
そのすべてが、ボクの心を掴んだ。
大好きだったんだ。
彼女たちのシンボルは、手首に巻いた聖布だ。
薔薇の形に織られ、それぞれのカラーに染められたガーゼで出来ている。
その下には、誰も触れてはならない――
彼女たちだけの『聖痕』が刻まれているんだ。
プロフィールには聖誕記念日が記されていて、熱心なファンの間では自分自身にも同じ日に聖痕を刻む者も多かった。
もちろん、ボクもその一人だ。
結成以来センターをつとめ続ける彼女と同じ日に、ボクも自分の手首に聖痕を刻んだ。
「フッ、テノールの町は向こうだね。愛するみんな、今行くよ!」
竪琴を持った吟遊詩人がボクの顔を覗きこむ。
彼は歌いながら、西へと進む。
「メトロタウンはあっちね! よーっし、頑張るぞっ!」
大きなハンマーを背負った少女がボクの顔を覗きこむ。
彼女は元気よく、東の方角へダッシュする。
ボクは看板。
すべての人に正しい道を示す看板。
ボクの情報はいつだって正確だ。
――そう、嘘や偽りなんて絶対に認めない。
認めさせない。
裏切りが発覚したのは、彼女の卒業記念ライブの時だった。
愛が絶望と憎しみに変わる瞬間は、歓喜の中で唐突にやってきた。
最後まで守り続けたセンターで、彼女はボクらに大きく手を振った。
ずっと内気な彼女が大声で飛び跳ねている姿に、どこか感動したのを覚えている。
――その時、彼女の手首から聖布がハラリと落ちた。
そして、真実が明らかになった。
無かったんだ。
ある筈のモノが。
ずっと信じてた彼女たちの証明が、そこには無かった。
ボクらは騙されていた。
一瞬で、すべてが砕け散った。
一部のファンは彼女を庇ったけど、ボクは許せなかった。
ボクの腕には、もう烙印が刻まれた。
偽りの記念日に従い、悪意に満ちた嘘に騙された、忌まわしい傷痕が――。
「ほらオジイサン。イナカ村はこっちの方よ」
「フォッフォ。マゴに会うのが楽しみじゃわい!」
いつもの老夫婦だ。
どうやら一日が過ぎてしまったらしい。
毎日、人々に正しい情報を示す。
それが、与えられたボクの役目。
すべてに絶望したボクは、あの嘘だらけの世界を捨てることにした。
――でも、その前にやることがあった。
ボクが心から愛し、崇敬した彼女は、悪魔に魅入られてしまった。
清楚なイメージだった彼女は髪を切り、服装も攻撃的な物に変わった。
言動も攻撃的になり、ボクら――かつてのファンを罵倒し始めた。
それでも『ご褒美だ!』と喜ぶ熱心な狂信者も居たけれど――
ボクの心には、もう信仰心は残っていなかった。
ボクは自らを穢した、忌まわしき道具を忍ばせ――
悪魔の住処へ潜入した。
そして、寝静まっていた悪魔の腕に、深々と聖痕を刻んでやったのさ。
飛び起きた悪魔は慌てふためいたが、もう遅い。
ボクは、悪魔が干からびて滅びる様子を世界へ配信し、かつて崇拝した躯の隣で、異世界へ旅立った。
『真実の番人になりたい』
――そう、謙虚に願いながら。
「メトロタウンはあっちね! みんな、あたしが行くまで頑張ってね!」
いつものハンマー少女を見送ったあと、ボクは違和感を覚えた。
彼女の後ろに、もう一人居る。
剣を背負った金髪の少年だ。彼は笑顔でボクの顔を覗きこみ――ッ!?
何をするんだ! やめろ――ッ!
少年の手には、先の尖った黒い石!
それをボクの板にガリガリと押し付けて、傷を彫る!
痛い! やめろ!
石の先からは黒い液体がインクのように溢れ、ボクの真実をケガしてゆく!
やめろ! ボクは真実の番人だ!
嘘偽りで、ボクをケガすな!
「この看板、間違ってたじゃないの! 嘘ばっかりだねぇ!」
「けしからん! ワシのゲンコツで叩き割ってやるわい!」
「詐欺看板め! ブッた斬ってやろうか!」
「嗚呼ッ! いま、卑しき標に裁きが下るッ!」
「もうっ! このゴミ、粉々に粉砕しちゃおうかしら!」
いつもの連中がボクを罵倒し、攻撃を仕掛けてくる!
――違う! 正しい情報はこっちだ!
その落書きは嘘なんだ!
ボクは嘘なんか言わない!
ボクは真実の番人!
悪しき嘘を、『正しき真実』にしてあげただけだ!
――それなのに何故、こんな目に遭うんだ!
もう叩くのをやめろッ!
攻撃をやめてくれッ!
ボクの真実を、攻撃しないでくれ――ッ!
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/entertainment.png?id=2f3902aa70cec36217dc)
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~
青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。
※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる