ミストリアンクエスト

幸崎 亮

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第2章 ランベルトスの陰謀

第5話 和解と別れ

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 激闘の末、〝正義の賞金稼ぎ〟を名乗る少女・ミーファを打ち負かしたエルス。
 ミーファは大の字になったまま、未だ街道で目を回している――。

 「すごい……。まさか倒しちゃうなんて……」
 「この子大丈夫かなぁ? ちゃんと生きてる?」
 「ふっ。エルスのことだ、心配ないさ」

 「うっうっ……。ミーは悪人のれいにされるのだ……。首輪をつけられて無理やり……」

 「悪人じゃねェし! 頼むから、こっちの話を聞いてくれよなッ」

 エルスは持っていた剣をベルトに差し、倒れたままのミーファを抱き上げる。
 そして街道の脇に立っている、仲間たちの所へと移動する――。

 「書庫の本で読んだのだ……。ううー。もう好きにしていいのだ……」
 「どんな本なんだよ……。なぁ――さっきから、こいつは何を言ってんだ?」

 「さっ、さあっ? 〝そういう本〟でも、あるんじゃないかしらっ?――私は知らないけどっ……」

 そう言ってジニアはズレた眼鏡を元に戻す。
 アリサは首をかしげ、ニセルは「ふっ」と息を漏らした。

 「へぇ、まぁいいや! アリサ、回復魔法を頼むぜッ!」

 「わかったっ!」
 ――アリサはミーファに手をかざし、小さく呪文を唱える。

 「セフィド――っ!」

 治癒の光魔法・セフィドが発動し、アリサのてのひらに癒しの光が生まれる。光はミーファに触れると同時に、ゆっくりと彼女の傷を癒してゆく――。

 「あっ、ドワーフの匂いがするのだ。そなた、名前は何というのだ?」
 「えっ? わたしはアリサだよ。ミーファちゃん、よくわかったねぇ」
 「当然なのだ! ミーの正義に見抜けないものはないのだー!」

 「どこがよっ! ひとのことを、散々追いかけ回しておいてっ!」

 エルスの腕から飛び降り、ミーファは得意げに胸を張る。
 そんな彼女に対し、ジニアは力強く抗議の声を上げるのだった――。


 「それで――ミーファは、なんでジニアのこと狙ってたんだ? さっきの紙、ちょっと俺らにも見せてくれよ!」
 「わかったのだ。ご主人様には絶対服従するのが、奴隷の正義なのだ!」

 「なんだよご主人様って……。俺はエルス! そっちの仲間はニセルだ!」

 エルスはミーファから受け取った紙束を、ペラペラとめくる。彼女の手書きの写しなのか、そこには読みづらい文字と共に、個性的な似顔絵も描かれていた。

 「あっ、それなのだ! まさに悪人の顔なのだ!」

 「……えっ? これがジニアちゃん?」
 「ちょっ!?……何よこれ! 全然違うじゃない!」

 ミーファが指した手配書には――
 紫色の髪に眼鏡を掛け、嫌らしい笑みを浮かべたヒゲづらの人物が描かれていた。

 「んんッ? これって男……だよな?」
 「ほらエルス、小さく名前が書いてあるよ。〝ボルモンクさんせい〟だって」

 「おッ、ホントだ! なぁ、ジニアってなんせいなんだ?」
 「しっ、知らないわよっ!――って、突っ込む所はじゃないでしょ!」

 ジニアは赤面し、全力で突っ込みを入れる。ニセルは後ろを向き、笑いをこらえるかのように小さく肩を震わせているようだ。

 戦闘にこそ、なってしまったが――。
 誰の命も失われることなく、無事に誤解を解くことができた。


 「ううっ、ミーが間違ってたのだ。申し訳ないのだ……」
 「もっ、もういいわよっ。あなたも痛い目に遭ったし、ちゃんと謝ってもらったから……」

 「よかったなッ! じゃあ早いとこ港町カルビヨンまで行こうぜ!」
 「ああ。船に乗るなら、急いだほうがいいだろう」

 ニセルは真っ直ぐに、海の方角を指で示す。
 エルスたちは頷き――ボロボロになった街道を、西へ向かって歩き始めた。

 街道の敷石は砕け、見るもざんに破壊されてしまったが、〝霧〟が出れば元通りに修復されるだろう。


 「そうだアリサ。これ、返しとくぜ!」
 「あっ、うん。ほんとはエルスのなんだけどね」

 「そうなんだけどさ! まっ、おまえが使えそうな武器が見つかるまで使っておいてくれよ!」

 細身の銘剣エレムシュヴェルトは元々、エルスの物なのだが――並の武器ではアリサの怪力に耐えられないということで、普段は彼女が使用している。
 アリサは彼から剣を受け取り、それを腰のさやに納めた。


 真っ白な街道を進むにつれて――
 磯の匂いが鼻をくすぐり、潮風も強くなってゆく。

 やがていっこうの前に、神聖文字で〝KALVIYON〟と書かれた、大きなゲートが現れた。


 「おッ、着いた着いた!」
 「うーん? でも、なんだか……」
 「ええっ――!? う、嘘でしょ……!」

 「ふっ、人通りが無さすぎるとは思ってはいたが。キナ臭いな」

 門には木製のさくが置かれ、青いバンダナを巻いた二人の男が立っている。くっきょうな男らはエルスたちを見て、手にした三つ又の槍をガシャリと交差させた!

 「おっと、悪いな団体さん。いま、カルビヨンは取り込み中でね。観光なら、今度にしてくれないか?」

 「あの――私は、魔法王国リーゼルタの学生です。早く船に乗らないと、帰れなくなっちゃって……」
 「ん? その魔法衣ローブは確かに、あそこのモンだな。何か証明書はあるかい?」

 「えっと、これが学生証で……。これが乗船券で……」
 ――ジニアはバッグから次々と書類を取り出し、それをバンダナの男に見せる。

 「ああ、良いぜ。リーゼルタ行きは今日が最後だ! お嬢さん、運が良かったな」

 「おッ! よかったなジニア! よし、俺たちも――」
 「――おおっと! 悪いが、他の連中は遠慮してくれ。カルビヨンは観光都市だ。本当は寄ってってもらいてぇんだけどな」

 男は申し訳なさそうに言い、ボリボリと頭をく。
 詳しい事情は不明だが、この封鎖は彼にとっても不本意なのだろう。


 「そっか。それじゃ、ジニアちゃんとはお別れだね」
 「うー。名残惜しいのだー」
 「ありがとうね、アリサちゃん。……ミーファあなたも、何だかんだで楽しかったわ」

 三人の少女は互いに握手し、別れを惜しむように軽く抱き合う。
 そしてジニアはゆっくりと、エルスの前へと近寄ってゆく。

 「ありがとうね、エルス――。せっ、せっかくだから、あげるわ……」

 彼女はバッグから片手持ち用の短杖ワンドを取り出し、それをエルスに手渡す。
 軽い金属製の杖の先端には透明の魔水晶クリスタルまり、中には白いウサギの飾りが埋め込まれている。

 「えッ、いいのか? ジニアが使うヤツなんじゃ」
 「わっ、私はまだ学生だから、外で魔法は禁止されてるし! それに、帰ったらまた同じのを作ればいいし……」

 「へぇ、ジニアの手作りなのか。それじゃ遠慮なくッ!」
 「てっ、手作りって!――実習で作っただけよ! もうっ、魔法使うなら、杖くらい持っておいた方がいいわよ!」

 「おうッ! ありがとなッ! それじゃ、元気でッ!」

 エルスは貰った杖を冒険バッグにい、彼女に右手を差し出した。
 ジニアは戸惑いながらも、その手をそっと握る――。

 「短い間だったが。また会おう、ジニア」

 エルスに続き、差し出されたニセルの右手を赤面しながら握り返し――
 ジニアは独り、港町の奥へと進む。

 周囲にはいつしか、うっすらと〝霧〟が立ち込めはじめていた。

 「……ねぇ? もし、私が冒険者になったら……。また一緒に……」

 ジニアは小さく呟き、振り返る。
 霧に包まれたゲートの向こうでは、まだ四人が手を振ってくれていた。

 白くかすみゆく景色の中で。
 ジニアは姿勢と眼鏡を正し――ひとり、船着場へと駆けだすのだった――。
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