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第1章 ファスティアの冒険者
第32話 冒険者の三人
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「悪ィ、お待たせッ!」
カダンからの追加の頼みを引き受けた、エルスとアリサ。
二人は、少し離れた場所で新しい巻き煙草を咥えていたニセルと合流する。
「ごめんね、ニセルさん。さっきの無駄にさせちゃった」
アリサはニセルの口元へ視線を送る。どうやら火は点いていないようだ。
ニセルは懐から小さなケースを取り出し、アリサに中を見せる。
「平気さ。まだ、たくさんある。吸ってみるかい?」
「ううん。やめとく」
「ふっ、その方がいい」
国や種族ごとにルールの差はあるが、基本的に冒険者として旅立った者には年齢を問わず、成人としての自由が認められている。
かつては人間族の年齢を基準とした〝法〟が世界全体に適用されていたが、寿命や文化の大きく異なるエルフ族やドワーフ族、またはそれらの混血種族の間から不満が噴出し、次第に現在のかたちへと変更されていった。
過去には、こうした文化や価値観を巡る軋轢が元となった戦争も多く発生した。
そう、当然ながら人類の敵は魔物だけではない。
時には――同じ人類同士で争い、命を奪いあうこともあるのだ。
農園へ通じる道は大通りのように整備はされておらず、ただ草むらに地肌を露出させただけの農道が続く。荷車が通れる程度の道幅は確保されてはいるが、エルスたち以外に通る者の姿はない。
「思ったより広いんだなぁ。こんな長閑な場所がファスティアにあるとは、知らなかったぜ」
エルスは欠伸をしながら大きく伸びをし、大小様々な畑が連なる農地を見わたす。周囲は晴れきっているものの、王都方面には霧が出ているようで、景色が霞んで見える。じきに、こちらも霧に包まれるだろう。
「わたしも昨日、依頼で来るまで知らなかったなぁ。依頼人さんに教えてもらったけど、ファスティア全体が元々は大きな農園だったんだって」
「へぇ、そうなのか。俺らの故郷って、わりと田舎なんだなぁ」
「ほう、二人ともアルティリアの出身なのか」
「おうッ! といっても、俺の家があったのは街外れだけどな! ニセルはどこから来たんだ?」
「オレかい? ノインディアって所さ。海の向こうの、小さな国だ」
ニセルは林の方向を指さす。あの林を抜けると街道があり、さらに進むと切り立った崖の先に海が広がっている。
「この〝アルディア大陸〟に定期的な用事があってね。ついでに、こっちで少し稼ごうってワケさ」
「おおッ、なんかカッコイイな!――いいなぁ、俺らも早く世界を飛び回れるような冒険者になりたいぜ!」
「うんっ。まずは、ちゃんとお金を稼げるようにならなきゃだね」
「だなッ! 早いとこ金を稼いで、ファスティアから脱出だッ!」
エルスは自らの手を見つめ、強く握り締める。路銀が底を尽き、冒険の足止めをされている彼にとって、この街は最初の関門。未だスタート地点のままといっていいだろう。
「珍しいな。お前さんは、この街で名を上げたいってワケじゃないのか」
ファスティアは〝冒険者の街〟と呼ばれるだけのこともあり、ここを拠点に活動し、なかには永住を決める者も多い。ニセルが視線を送るとエルスは立ち止まり、真剣な目で彼の顔を見つめた。
「ああ。俺の一番の目的は、なんたって魔王を倒すことだからなッ!」
「ほう、魔王退治か。なるほどな」
「わッ……笑わないでくれよ?」
「笑わんさ。お前さんの目を見ればわかる」
「そうかッ! ニセルって良いヤツだな!」
「ふっ。さあな、それはわからんぞ?」
はぐらかすように言い、ニセルはゆっくりと歩を進める。
それにつられるように、二人も再び歩き始めた。
「だが、魔王といっても様々だ。お前さんが狙っているのは、どの魔王なんだ?」
「メルギアスってヤツさ!――俺やアリサの父さんたちを殺した、あの魔王を絶対に倒すッ!」
「仇か。だが、メルギアス?――そいつは確か、ロイマンが倒したと聞いているが」
「ああ、その時に俺はロイマンに助けられた!――でもさ、目が覚めた時に声が聞こえたんだ。『次はキサマだ!』ってさ。きっと、まだどこかで生きてるッ!」
「ふむ、なるほどな」
「誰も信じてくれねェけどさ、俺には確かに聞こえたんだよ。今だって、頭にこびり付いてる……」
エルスの言葉に、ニセルは「ふっ」と息を吐く――
「――確かに、信じがたいな」
「だろ? やっぱり……」
「――かといって、お前さんが嘘を言っているとも思わんよ」
ニセルはエルスの肩を軽く叩き、優しげに言う――
「魔王の能力は、未知の領域だ。何を仕掛けてきても不思議ではないさ」
「うん。エルス、一緒に頑張ろうね?」
「ああ……。ニセル、アリサ。二人ともありがとうなッ!」
仲間からの励ましに、エルスは照れ隠しのように駆け――
二人の方を振り向いた。
「まずはとにかく、依頼を終わらせねェとな! 今度こそ完璧に成功させてやるぜ!」
「ああ。霧が出る前にここを抜けよう。細道を逸れて、畑に突っ込んでもかなわん」
「確か、もうちょっと進むと家があったはずだよ」
「じゃあ――とりあえずは、その家を目指すか!――よしッ、行こうぜッ!」
長閑な畦道に、エルスの元気な声が響く。
この日、三人の冒険者が――最初の目標に向かって、共に歩み始めた!
カダンからの追加の頼みを引き受けた、エルスとアリサ。
二人は、少し離れた場所で新しい巻き煙草を咥えていたニセルと合流する。
「ごめんね、ニセルさん。さっきの無駄にさせちゃった」
アリサはニセルの口元へ視線を送る。どうやら火は点いていないようだ。
ニセルは懐から小さなケースを取り出し、アリサに中を見せる。
「平気さ。まだ、たくさんある。吸ってみるかい?」
「ううん。やめとく」
「ふっ、その方がいい」
国や種族ごとにルールの差はあるが、基本的に冒険者として旅立った者には年齢を問わず、成人としての自由が認められている。
かつては人間族の年齢を基準とした〝法〟が世界全体に適用されていたが、寿命や文化の大きく異なるエルフ族やドワーフ族、またはそれらの混血種族の間から不満が噴出し、次第に現在のかたちへと変更されていった。
過去には、こうした文化や価値観を巡る軋轢が元となった戦争も多く発生した。
そう、当然ながら人類の敵は魔物だけではない。
時には――同じ人類同士で争い、命を奪いあうこともあるのだ。
農園へ通じる道は大通りのように整備はされておらず、ただ草むらに地肌を露出させただけの農道が続く。荷車が通れる程度の道幅は確保されてはいるが、エルスたち以外に通る者の姿はない。
「思ったより広いんだなぁ。こんな長閑な場所がファスティアにあるとは、知らなかったぜ」
エルスは欠伸をしながら大きく伸びをし、大小様々な畑が連なる農地を見わたす。周囲は晴れきっているものの、王都方面には霧が出ているようで、景色が霞んで見える。じきに、こちらも霧に包まれるだろう。
「わたしも昨日、依頼で来るまで知らなかったなぁ。依頼人さんに教えてもらったけど、ファスティア全体が元々は大きな農園だったんだって」
「へぇ、そうなのか。俺らの故郷って、わりと田舎なんだなぁ」
「ほう、二人ともアルティリアの出身なのか」
「おうッ! といっても、俺の家があったのは街外れだけどな! ニセルはどこから来たんだ?」
「オレかい? ノインディアって所さ。海の向こうの、小さな国だ」
ニセルは林の方向を指さす。あの林を抜けると街道があり、さらに進むと切り立った崖の先に海が広がっている。
「この〝アルディア大陸〟に定期的な用事があってね。ついでに、こっちで少し稼ごうってワケさ」
「おおッ、なんかカッコイイな!――いいなぁ、俺らも早く世界を飛び回れるような冒険者になりたいぜ!」
「うんっ。まずは、ちゃんとお金を稼げるようにならなきゃだね」
「だなッ! 早いとこ金を稼いで、ファスティアから脱出だッ!」
エルスは自らの手を見つめ、強く握り締める。路銀が底を尽き、冒険の足止めをされている彼にとって、この街は最初の関門。未だスタート地点のままといっていいだろう。
「珍しいな。お前さんは、この街で名を上げたいってワケじゃないのか」
ファスティアは〝冒険者の街〟と呼ばれるだけのこともあり、ここを拠点に活動し、なかには永住を決める者も多い。ニセルが視線を送るとエルスは立ち止まり、真剣な目で彼の顔を見つめた。
「ああ。俺の一番の目的は、なんたって魔王を倒すことだからなッ!」
「ほう、魔王退治か。なるほどな」
「わッ……笑わないでくれよ?」
「笑わんさ。お前さんの目を見ればわかる」
「そうかッ! ニセルって良いヤツだな!」
「ふっ。さあな、それはわからんぞ?」
はぐらかすように言い、ニセルはゆっくりと歩を進める。
それにつられるように、二人も再び歩き始めた。
「だが、魔王といっても様々だ。お前さんが狙っているのは、どの魔王なんだ?」
「メルギアスってヤツさ!――俺やアリサの父さんたちを殺した、あの魔王を絶対に倒すッ!」
「仇か。だが、メルギアス?――そいつは確か、ロイマンが倒したと聞いているが」
「ああ、その時に俺はロイマンに助けられた!――でもさ、目が覚めた時に声が聞こえたんだ。『次はキサマだ!』ってさ。きっと、まだどこかで生きてるッ!」
「ふむ、なるほどな」
「誰も信じてくれねェけどさ、俺には確かに聞こえたんだよ。今だって、頭にこびり付いてる……」
エルスの言葉に、ニセルは「ふっ」と息を吐く――
「――確かに、信じがたいな」
「だろ? やっぱり……」
「――かといって、お前さんが嘘を言っているとも思わんよ」
ニセルはエルスの肩を軽く叩き、優しげに言う――
「魔王の能力は、未知の領域だ。何を仕掛けてきても不思議ではないさ」
「うん。エルス、一緒に頑張ろうね?」
「ああ……。ニセル、アリサ。二人ともありがとうなッ!」
仲間からの励ましに、エルスは照れ隠しのように駆け――
二人の方を振り向いた。
「まずはとにかく、依頼を終わらせねェとな! 今度こそ完璧に成功させてやるぜ!」
「ああ。霧が出る前にここを抜けよう。細道を逸れて、畑に突っ込んでもかなわん」
「確か、もうちょっと進むと家があったはずだよ」
「じゃあ――とりあえずは、その家を目指すか!――よしッ、行こうぜッ!」
長閑な畦道に、エルスの元気な声が響く。
この日、三人の冒険者が――最初の目標に向かって、共に歩み始めた!
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