ミストリアンクエスト

幸崎 亮

文字の大きさ
上 下
27 / 105
第1章 ファスティアの冒険者

第27話 憂鬱なる朝

しおりを挟む
「おはよう、エルス。大丈夫?」
「んげッ……。ああ、大丈……ぶげッ!」
「ごめんね、わたしがワガママ言ったせいで」

 〝はじまりの遺跡の異変〟から、一夜明け。
 目覚めたエルスは頭から床へ落とされており、見事に首を寝違えてしまっていた。


「んげッ。そのうち治るから気にす……んげッ!」
「セフィド――っ!」

 アリサは唱えていた治癒魔法セフィドを発動し、てのひらに生じた柔らかな光を、エルスの首元にそっと触れさせた。

「イテテ……。大丈夫だッてのに」
「だって『んげー』って、なに言ってるのかわからないし」
「まぁ、おかげで元に戻ったぜ。ありがとなッ!」
「うん。それじゃ、そろそろ準備して行こっか」

 アリサは手早く装備を身に着け、赤いリボンでポニーテールをいながらエルスの方をる。すると彼はどんそくの魔法にでもかったかのような、ゆっくりとした動きで身だしなみを整え、ゆうちょうに剣の具合を確かめていた。


「報酬を貰いに行くんだから大丈夫だよ。ほら、いそご?」
「おまえ、へんな所で前向きだよなぁ」
「うん」
「はぁ……。行くしかねェよな」

 エルスはテーブルに目をり、そこに放置していた虹色のビンを手に取る。
 彼はそれを両手で持ち、そっとアリサに差し出した。


「すまねェ、アリサ。これ……持っててくれねェか?」
「うん……? わかった」

 アリサは小さくうなずき、彼から大事そうにビンを受け取る。
 これがエルスにとって、具体的に何をもたらすのかまでは知らない。

 だが、あの幼少の日に、これと同じモノによって〝が起きた〟ことだけは、大人たちから断片的に聞かされていた。

「……ありがとな」


 出発前のたくの後、客室を出た二人は一階の食堂で軽い朝食をとることにした。パンと水だけの質素なメニューだが、しっかりと朝食をとったのは久しぶりのことだ。

 食事を終えた二人は料金を支払い、太陽ソル朝光あさひが降り注ぐ、活気の中へと繰り出した。




「あッ、そうだ。ちょっと剣を買い替えてェんだ。先に店に寄らせてくれよ」
「うん、いいよ。武器屋さんまでは、どう行くんだっけ……」

 雑踏の中、周囲を見回すアリサに対し、エルスは小さく両手を振る。

「いやぁ、大通りで売ってるヤツで充分だ。昨日、オークの一撃を受け止めたせいで、一気にボロくなっちまってさ」
「そういえば魔法剣も使ったんだよね。やっぱり、エルスに返そっか?」

 彼女が使っている細身の剣は、二人の旅立ちに際し、アリサの祖父からエルスに贈られたものだった。祖父のラシードはドワーフ族ならではの錬金術に長けており、孫娘らの門出に、自作の武器を用意してくれていた。

 アリサには、彼女の身の丈ほどもある、両手持ち用の大型剣が贈られたのだが――すぐに筋肉がついてしまう体質を気にする彼女は「宝物にする」という名目で、それを家に置いてきてしまったのだ。


「いや、いいよ! それくらい頑丈な武器じゃないと、おまえの怪力に耐えられないだろうし……」
「もー。すぐ怪力って言うんだから」
「仕方ねェなぁ。じゃあ他の呼び方を……」
「全部やーだっ。だって、まだ筋肉ついてないもんっ」

 普段と変わらぬ たわいもない会話を交わしながら、二人は大通りを進む。

 早朝から行動を始めた昨日と違い、たっぷりと睡眠時間を取ったせいか、すでに多くの店が営業を開始していた。


 そんな中、エルスはある店の前で足を止め、じっと入口をる。


「閉まってるね」
「閉まってるな……」

 そこは昨日、エルスが店番を請け負った店だった。

 店の大窓や入口の扉は、今は真新しい板を打ちつけることによってふさがれている。

 あまり行儀の良くないファスティアとはいえ、街には自警団もあり、少数の神殿騎士も巡回している。毎日の戸締りにしては厳重すぎるだろう。

「やっぱり、俺がアレを売ったせいなのかなぁ……」
「ほかに理由があったのかもだし。自分を責めすぎないようにしよ?」

 アリサの声には反応せず、エルスはぼうぜんと店を見上げている。彼の銀色の前髪が、太陽ソルの光を反射してキラキラと輝く。

 そんな彼の横顔を、アリサはただ静かに見つめている。


「また……俺のせい……なのか……」

 思いつめたせきの念からか、エルスは放心したように言葉をらす。

 こういった場合に決まって彼が思い出してしまうのは、あのまわしき誕生日の記憶だった――。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...