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Bルート:金髪の少年の伝説
第48話 束の間の倖せ
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魔法王国リーゼルタを交えた国際会議の開催日が判明した。僕はアルティリア孤児院とランベルトスを転送装置で往復し、運命の日までの最善を尽くす。
時にはアルトリウス王子らと共にランベルトスの東に在る〝最後の砦〟まで赴き、魔王軍との防衛戦にも参加した。砦の東には、かつてシエル大森林と呼ばれていた〝瘴気の森〟が広がっており、我々人類軍による侵攻を著しく阻んでいた。
瘴気は無数の魔物を生み出すほか、人類の体力と魔力素をじわじわと削り取ってくる。現在は魔術士らが総出で砦に結界を張り、どうにか瘴気による侵蝕を押さえ込んでいるという状況だ。
「魔王軍は現在、ネーデルタール北の魔導国家、ディクサイス攻略に注力している模様。しかしながら彼の国も、いつまで保ちこたえられるかどうか」
砦の司令官を務めるガルマニアの将軍は、黒板に描いた勢力図を指揮棒で示しながら説明する。ディクサイスの北には高山地帯と入り江があり、さらに北にはアルティリアの王都が位置しているという地形だ。しかし人類にとっては障害となる高山も、無限の体力や翼を持つ魔物ならば、いずれ乗り越えてしまうだろう。
すでにガルマニア東のネーデルタール王国は陥ち、魔王軍は海の向こうまで手を伸ばしていると聞く。周囲を魔王の勢力に囲まれ、陸の孤島と化したディクサイスと僕らの居る〝最後の砦〟だけが、まさに人類に残された最後の防衛線なのだ。
*
絶望的な作戦会議を終え、僕らは殺風景な部屋へと戻る。
ここは人類軍の総司令官であるアルトリウス王子のための部屋なのだが、ドレッドやカイゼルをはじめとした、馴染みの戦友たちのたまり場にもなっていた。
「あの……。そういえば、ヴァルナスさんは?」
この場に存在しないということは、おそらく答えは一つなのだろうが。僕は酒瓶の中身を呷っているドレッドに、抱いていた疑問を投げかける。
「おう。そういや、アイツのことも知ってんだったな。まぁ詳しく話すと長くなっちまうが、死んだよ。リーランドに殺された」
「そうですか。リーランドさんに……」
「ああ。そしてそれが、リーランドが魔王と化した切っ掛けであると考えられる」
そう言ったカイゼルの言葉を受け、僕は思わず首を傾げる。魔王と化したということは、ヴァルナスは〝魔王となる以前のリーランド〟によって殺された?
「我らが大族長・ファランギスを討ったのはヴァルナスだ。しかし彼奴を支配する憎悪の波動は治まらず、マナリスタークを悪しき魔王の姿へと変貌させた」
「ええ……。そして暴走した彼は即座にリーランドに討たれ――。その後ガルマニアでのパレードにて、あの悲劇が起こりました」
マナリスタークは確か、魔族の血を引いたエルフ族。いわゆるダークエルフを指す単語だ。つまり最初に魔王と化したのは、ヴァルナスだったということか。
『いずれ俺の身も心も、魔の力によって支配される。そうなる前に、一人でも多くのエルフどもを、この手で叩き潰してやる。――俺が、俺自身で在られる間にな』
かつて〝傭兵〟の世界にて、ヴァルナスはこう話していた。彼は彼の言うように、魔の力に自らの心身を支配され、魔王となってしまったというわけだ。
「では、リーランドさんが魔王になってしまったのは、ヴァルナスさんの力が影響していると……?」
「断言は出来ません。しかし、その可能性が限りなく高い」
「それじゃあ……。たとえ魔王を討つことが出来ても、次の魔王が生まれてしまう」
そう僕が口にするや、エピファネス以外の三人は、揃って顔を伏せてしまった。これでは魔王が誕生し続けるという、負の連鎖を断ち切ることが出来ない。
「否、方法が無いわけではない。正しき心を持つ者ならば、己が身に魔王の力を〝烙印〟として刻み、永遠に封じること、叶うはず」
「魔王の、烙印……」
「左様。伝説の古代人の勇者が振るいし〝光の聖剣〟さえあれば、実現は可能となるであろう」
エピファネスの言葉に、一同は頷いてみせる。
しかしながら、どことなく彼らの表情は暗い。
問題は、それを誰がやるか。
おそらくはそこなのだろう。
「――僕がやります。僕が聖剣を手に入れ、魔王を打ち倒します」
正しき心というものが如何なるものか、それは僕にもわからない。そもそも僕自身には、心や感情といったものが、未だに把握できているとは思えない。
それでも、やるしかない。
現在の世界を救い、すべてのミストリアスを救うために。
「……よろしいのですか? アインスさん。その身に魔王を封印するということは、あなたは……」
「はい。僕は旅人です。リーランドさんを倒したあとは、どこか遠くへ旅立ちますよ。もちろん自信があるとは言い切れませんが。――きっと大丈夫な筈です」
僕の言葉を受け、カイゼルはニヤリと口元を上げる。次いでドレッドが僕の腰をバシリと叩き、エピファネスも切れ長の眼を細めてみせた。
「ありがとうございます……。あなたにすべてを託すことになってしまって」
「いえ、それが僕の望みであり、僕が決めたことですから。そのためには、まずは聖剣を手に入れないといけませんからね」
「だな! それまでは俺たちも、しっかり保ちこたえてやるさ! がっはっは! パワーが漲ってきたぜ!」
決意の強さが伝わったのか、四人は口々に僕に激励の言葉をかける。
いずれにせよ、魔王への対抗手段は視えた。あとはそれに必要な〝光の聖剣バルドリオン〟を、確実に手に入れるのみだ。
アルトリウス王子らは国際会議が行なわれる日まで、砦で防衛任務に就くらしい。僕は彼らと、光の男神が〝二十一〟を指す、運命の日に再会することを誓いあう。
そして僕はアインスとしての人生における、最後の幸せを享受するために、ミチアたちの待つ孤児院へと戻ることにした。
*
「おかえり、アインスお兄ちゃん」
夕日に染まる孤児院にて。僕が戻ってくるや否や、ミチアが僕に抱きついてきた。これが彼女の元々の性格なのか、今では笑顔でいることが当たり前になっている。
「ただいま。今日も良い匂いがするね。ソアラ先生と一緒に、料理を手伝っていたのかな?」
「うん。お兄ちゃんやみんなにも、たくさん食べてほしいから」
最前線の戦況は決して芳しいものではなかったが、こうして王都の民やミチアらが不自由なく暮らせる環境にあることは、とても幸運であると言える。
「それじゃ、先生のとこに行ってくるね」
「ああ。今夜も楽しみにしているよ」
ミチアは小さく手を振り、小走りで居住施設の中へと駆けていった。僕は口元を緩めながら、彼女の小さな背中を愛おしげに見守る――。
ふと気づくとククタが口を〝への字〟に曲げながら、僕の方を睨みつけていた。彼はミチアが来てからというもの、何かと僕に対抗心を見せはじめているのだ。
「ククタ」
「……なんだよっ」
「もうすぐ僕は旅に出る。――きっと、二度と戻れない旅になる。だから僕が居なくなったら、ミチアや孤児院の皆を護ってあげてほしい」
そう僕が話すとククタは眼を大きく開き、小さく「えっ……」と言葉を漏らす。
「これはククタにしか頼めない。だってククタが一番強いんだから。どうかよろしくお願いします」
「へっ……。へっ! わかったよ! 言われなくたって、やってやるさ!」
ククタはベルトに差していた木剣を抜き、訓練用の人形のある、広場の方へと走っていった。この先、魔王に勝っても負けても、もう僕は居なくなる。どうか彼には、もっと強くなってもらわなければ。
「アインスさんって、ククタの相手がお上手ですね」
料理の準備が一段落ついたのか、今度はソアラが僕の傍までやってきた。彼女が被っていたフードを外すや、夕日で長い金髪がキラキラと輝く。
「あの子、昔はもっとヤンチャだったんですよ。でもアインスさんが武術を教えてくれたり、私を〝先生〟と呼んでくれたおかげで、だいぶ穏やかになりました」
確かに前回の世界では、ククタはソアラに対し、辛辣な言葉を投げかけていた。僕は孤児院が〝学校〟のシステムに似ていたこともあり、何気なく彼女を先生と呼んだのだが。それが思わぬところで効果を発揮していたようだ。
「ええ。きっと良い子なんだと思います。ククタもミチアも、ここで暮らしている人は全員。もちろん、あなたもです。ソアラ先生」
「わっ……、私は……。そうですね。……今なら、そうなれそうな気がします」
この世界のソアラも、やはり暗殺者の手によって、自身の夫を喪っていた。今も彼女は慈愛に満ちた笑顔の裏で、法衣の下に亡夫の暗殺の刃を忍ばせている。
もしかするとソアラが探し求めている仇は――。僕の脳裏に憂いを帯びた、勝ち気な少女の姿が浮かぶも、その名を口にすることは出来なかった。
*
大勢で囲む温かな食卓。溢れるミチアや子供たちの笑顔。
あの日を境に、ククタも素直さを取り戻し、いっそう幸福な日々は続いた。
そして〝運命の日〟を翌日に控えた二十日。
僕がミストリアスで過ごす、十一日目のこと。
最後の幸せに浸っていた僕の目の前に、予想だにせぬ事態が訪れた――。
時にはアルトリウス王子らと共にランベルトスの東に在る〝最後の砦〟まで赴き、魔王軍との防衛戦にも参加した。砦の東には、かつてシエル大森林と呼ばれていた〝瘴気の森〟が広がっており、我々人類軍による侵攻を著しく阻んでいた。
瘴気は無数の魔物を生み出すほか、人類の体力と魔力素をじわじわと削り取ってくる。現在は魔術士らが総出で砦に結界を張り、どうにか瘴気による侵蝕を押さえ込んでいるという状況だ。
「魔王軍は現在、ネーデルタール北の魔導国家、ディクサイス攻略に注力している模様。しかしながら彼の国も、いつまで保ちこたえられるかどうか」
砦の司令官を務めるガルマニアの将軍は、黒板に描いた勢力図を指揮棒で示しながら説明する。ディクサイスの北には高山地帯と入り江があり、さらに北にはアルティリアの王都が位置しているという地形だ。しかし人類にとっては障害となる高山も、無限の体力や翼を持つ魔物ならば、いずれ乗り越えてしまうだろう。
すでにガルマニア東のネーデルタール王国は陥ち、魔王軍は海の向こうまで手を伸ばしていると聞く。周囲を魔王の勢力に囲まれ、陸の孤島と化したディクサイスと僕らの居る〝最後の砦〟だけが、まさに人類に残された最後の防衛線なのだ。
*
絶望的な作戦会議を終え、僕らは殺風景な部屋へと戻る。
ここは人類軍の総司令官であるアルトリウス王子のための部屋なのだが、ドレッドやカイゼルをはじめとした、馴染みの戦友たちのたまり場にもなっていた。
「あの……。そういえば、ヴァルナスさんは?」
この場に存在しないということは、おそらく答えは一つなのだろうが。僕は酒瓶の中身を呷っているドレッドに、抱いていた疑問を投げかける。
「おう。そういや、アイツのことも知ってんだったな。まぁ詳しく話すと長くなっちまうが、死んだよ。リーランドに殺された」
「そうですか。リーランドさんに……」
「ああ。そしてそれが、リーランドが魔王と化した切っ掛けであると考えられる」
そう言ったカイゼルの言葉を受け、僕は思わず首を傾げる。魔王と化したということは、ヴァルナスは〝魔王となる以前のリーランド〟によって殺された?
「我らが大族長・ファランギスを討ったのはヴァルナスだ。しかし彼奴を支配する憎悪の波動は治まらず、マナリスタークを悪しき魔王の姿へと変貌させた」
「ええ……。そして暴走した彼は即座にリーランドに討たれ――。その後ガルマニアでのパレードにて、あの悲劇が起こりました」
マナリスタークは確か、魔族の血を引いたエルフ族。いわゆるダークエルフを指す単語だ。つまり最初に魔王と化したのは、ヴァルナスだったということか。
『いずれ俺の身も心も、魔の力によって支配される。そうなる前に、一人でも多くのエルフどもを、この手で叩き潰してやる。――俺が、俺自身で在られる間にな』
かつて〝傭兵〟の世界にて、ヴァルナスはこう話していた。彼は彼の言うように、魔の力に自らの心身を支配され、魔王となってしまったというわけだ。
「では、リーランドさんが魔王になってしまったのは、ヴァルナスさんの力が影響していると……?」
「断言は出来ません。しかし、その可能性が限りなく高い」
「それじゃあ……。たとえ魔王を討つことが出来ても、次の魔王が生まれてしまう」
そう僕が口にするや、エピファネス以外の三人は、揃って顔を伏せてしまった。これでは魔王が誕生し続けるという、負の連鎖を断ち切ることが出来ない。
「否、方法が無いわけではない。正しき心を持つ者ならば、己が身に魔王の力を〝烙印〟として刻み、永遠に封じること、叶うはず」
「魔王の、烙印……」
「左様。伝説の古代人の勇者が振るいし〝光の聖剣〟さえあれば、実現は可能となるであろう」
エピファネスの言葉に、一同は頷いてみせる。
しかしながら、どことなく彼らの表情は暗い。
問題は、それを誰がやるか。
おそらくはそこなのだろう。
「――僕がやります。僕が聖剣を手に入れ、魔王を打ち倒します」
正しき心というものが如何なるものか、それは僕にもわからない。そもそも僕自身には、心や感情といったものが、未だに把握できているとは思えない。
それでも、やるしかない。
現在の世界を救い、すべてのミストリアスを救うために。
「……よろしいのですか? アインスさん。その身に魔王を封印するということは、あなたは……」
「はい。僕は旅人です。リーランドさんを倒したあとは、どこか遠くへ旅立ちますよ。もちろん自信があるとは言い切れませんが。――きっと大丈夫な筈です」
僕の言葉を受け、カイゼルはニヤリと口元を上げる。次いでドレッドが僕の腰をバシリと叩き、エピファネスも切れ長の眼を細めてみせた。
「ありがとうございます……。あなたにすべてを託すことになってしまって」
「いえ、それが僕の望みであり、僕が決めたことですから。そのためには、まずは聖剣を手に入れないといけませんからね」
「だな! それまでは俺たちも、しっかり保ちこたえてやるさ! がっはっは! パワーが漲ってきたぜ!」
決意の強さが伝わったのか、四人は口々に僕に激励の言葉をかける。
いずれにせよ、魔王への対抗手段は視えた。あとはそれに必要な〝光の聖剣バルドリオン〟を、確実に手に入れるのみだ。
アルトリウス王子らは国際会議が行なわれる日まで、砦で防衛任務に就くらしい。僕は彼らと、光の男神が〝二十一〟を指す、運命の日に再会することを誓いあう。
そして僕はアインスとしての人生における、最後の幸せを享受するために、ミチアたちの待つ孤児院へと戻ることにした。
*
「おかえり、アインスお兄ちゃん」
夕日に染まる孤児院にて。僕が戻ってくるや否や、ミチアが僕に抱きついてきた。これが彼女の元々の性格なのか、今では笑顔でいることが当たり前になっている。
「ただいま。今日も良い匂いがするね。ソアラ先生と一緒に、料理を手伝っていたのかな?」
「うん。お兄ちゃんやみんなにも、たくさん食べてほしいから」
最前線の戦況は決して芳しいものではなかったが、こうして王都の民やミチアらが不自由なく暮らせる環境にあることは、とても幸運であると言える。
「それじゃ、先生のとこに行ってくるね」
「ああ。今夜も楽しみにしているよ」
ミチアは小さく手を振り、小走りで居住施設の中へと駆けていった。僕は口元を緩めながら、彼女の小さな背中を愛おしげに見守る――。
ふと気づくとククタが口を〝への字〟に曲げながら、僕の方を睨みつけていた。彼はミチアが来てからというもの、何かと僕に対抗心を見せはじめているのだ。
「ククタ」
「……なんだよっ」
「もうすぐ僕は旅に出る。――きっと、二度と戻れない旅になる。だから僕が居なくなったら、ミチアや孤児院の皆を護ってあげてほしい」
そう僕が話すとククタは眼を大きく開き、小さく「えっ……」と言葉を漏らす。
「これはククタにしか頼めない。だってククタが一番強いんだから。どうかよろしくお願いします」
「へっ……。へっ! わかったよ! 言われなくたって、やってやるさ!」
ククタはベルトに差していた木剣を抜き、訓練用の人形のある、広場の方へと走っていった。この先、魔王に勝っても負けても、もう僕は居なくなる。どうか彼には、もっと強くなってもらわなければ。
「アインスさんって、ククタの相手がお上手ですね」
料理の準備が一段落ついたのか、今度はソアラが僕の傍までやってきた。彼女が被っていたフードを外すや、夕日で長い金髪がキラキラと輝く。
「あの子、昔はもっとヤンチャだったんですよ。でもアインスさんが武術を教えてくれたり、私を〝先生〟と呼んでくれたおかげで、だいぶ穏やかになりました」
確かに前回の世界では、ククタはソアラに対し、辛辣な言葉を投げかけていた。僕は孤児院が〝学校〟のシステムに似ていたこともあり、何気なく彼女を先生と呼んだのだが。それが思わぬところで効果を発揮していたようだ。
「ええ。きっと良い子なんだと思います。ククタもミチアも、ここで暮らしている人は全員。もちろん、あなたもです。ソアラ先生」
「わっ……、私は……。そうですね。……今なら、そうなれそうな気がします」
この世界のソアラも、やはり暗殺者の手によって、自身の夫を喪っていた。今も彼女は慈愛に満ちた笑顔の裏で、法衣の下に亡夫の暗殺の刃を忍ばせている。
もしかするとソアラが探し求めている仇は――。僕の脳裏に憂いを帯びた、勝ち気な少女の姿が浮かぶも、その名を口にすることは出来なかった。
*
大勢で囲む温かな食卓。溢れるミチアや子供たちの笑顔。
あの日を境に、ククタも素直さを取り戻し、いっそう幸福な日々は続いた。
そして〝運命の日〟を翌日に控えた二十日。
僕がミストリアスで過ごす、十一日目のこと。
最後の幸せに浸っていた僕の目の前に、予想だにせぬ事態が訪れた――。
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