10 / 69
Fルート:金髪の少年の物語
第10話 ハッピーエンドと叶えられた願い
しおりを挟む
本物の青空と太陽の下で、ついに迎えた最後の日。
僕はいつも通りに畑仕事を終えて、妻の待っている自宅へ戻る。
今日で〝僕〟は終わってしまうけれど、アインスの日常はこれからも続いてゆくのだ。残されるエレナと子供のためにも、少しでも勤勉な行動を心がけておいた。
◇ ◇ ◇
「おかえり、あなた……。今日は……その……」
「ただいま、エレナ。今日も美味しそうだね」
エレナと口づけを交わし、テーブルに用意された御馳走へ目を遣る。いつもの野菜中心のメニューとは異なり、今日は街で仕入れた肉などを使った料理も並んでいる。
「今日で……。その、お別れなんだよね……?」
なるべく違和感なく次の人格と入れ替わってもらうために、僕は〝最後の日〟がいつなのかは知らせていなかったのだが――。やはり、彼女は気づいていたようだ。
「きっと最後じゃないさ。それに次のアインスも、必ず君を大切にする」
「うん、信じてる……。ねぇ、また会えるかな?」
「どう……なんだろ? ごめん、よくわからない」
確か取扱説明書によると、再度ミストリアスへ侵入したとしても、同じ躰には戻れないと記載されていた。僕から生まれ出でたこの器は、そのまま〝アインスという名の個人〟になるのだ。
それに、この世界も現実世界と同様に、複数の平行世界が存在しているらしい。たとえ、もう一度ミストリアスへ来れたとしても、同じ時間軸へ侵入できるか否かの保障はない。
あのミストリアという管理者が、質問を受けつけてくれるのかは定かではないけれど。色々と訊ねてみる必要はありそうだ。
僕が顎に拳を当てたまま考え込んでいると、エレナが笑顔を作りながら、明るい声で話しかけてきた。
「あっ……。ごめん、困らせちゃったね……。じゃっ、冷めないうちに食べよっか」
「……ん? ああ、そうだね。それじゃ、いただきます」
普段通りに過ごすつもりだったのだが、どうやら不可能なようだ。
僕はなるべくエレナの気持ちを沈めないよう、明るい話題を心がけながら。
おそらくは最後となるであろう、エレナの手料理に舌鼓を打った。
◇ ◇ ◇
食事を終えた僕らは、最後の時が訪れるまで――。
ベッドで二人、身を寄せ合った。
愛する人の匂いや温もり。最初はゲームだと思っていたけれど、今なら心の底から理解できる。彼女も、世界も、紛れもない本物なのだと。
「子供が産まれたらね、お話してあげるんだ。お父さんと█ルティリアへ行ったこととか、私たちのために一生懸命働いてくれたこととか。たくさん」
エレナと話している最中、僕は違和感と共に、軽い頭痛と目眩を感じる。
外はもうすぐ夕暮れ。
僕が最初にミストリアスを訪れた時刻が、すぐそこへ近づいているのだろう。
「アインス……? 大丈夫?」
「大丈夫。でも、そろそろみたいだ。――ねえ、最後は……。あの空の下で迎えてもいいかな?」
エレナは僕の言葉に頷いて、二人は身だしなみを整える。
そして玄関から外へ出た僕は青空を見上げ、大きく両手を広げた。
◇ ◇ ◇
ああ、やはり美しい。
この空も、この風も、この暖かさも、この匂いも。
僕はこの世界で初めて他人を愛し、他人の死に涙した。
そしてもうすぐ愛する人が、僕の子供を産んでくれる。
しばらくの間、そうして空を眺めていると――。
次第に視界の隅が、白い霧のようなものに覆われはじめた。
この霧は異世界へ侵入した際に見た、あの真っ白な空間と同じ。
いよいよ、あちらの世界へ戻される時がやってきたようだ。
「エレナ。本当にありがとう。どうか、元気で」
「うん……。あなたも……。その……、恐ろしい世界から来たみたいだから……」
「あはは、そうだね。この世界は、何もかもが素晴らしかった。――アインス。これからもエレナをよろしく頼むよ」
白い霧が視界を包み、エレナの姿だけが視認できる。
やがて彼女の姿も消え――。
ついに僕の目の前は、完全に真っ白になってしまった。
◇ ◇ ◇
意識が少しずつ、ゆっくりと引き上げられてゆくのを感じる。
目覚める間際。僕の脳裏に、朧げな映像が映しだされた。
それは農具を手に爽やかな汗を流す、金髪の若者と――。
誕生したばかりの赤子を抱き、優しげに微笑んでいるエレナの姿だった。
――ああ、よかった。
どうやら僕は、上手くやっているようだ。
エレナ。我が子よ。――どうか末永く幸せに。
そして親愛なる異世界・ミストリアスよ。
楽しい夢を、ありがとう――。
農家ルート:継承/叶えられた願い 【終わり】
僕はいつも通りに畑仕事を終えて、妻の待っている自宅へ戻る。
今日で〝僕〟は終わってしまうけれど、アインスの日常はこれからも続いてゆくのだ。残されるエレナと子供のためにも、少しでも勤勉な行動を心がけておいた。
◇ ◇ ◇
「おかえり、あなた……。今日は……その……」
「ただいま、エレナ。今日も美味しそうだね」
エレナと口づけを交わし、テーブルに用意された御馳走へ目を遣る。いつもの野菜中心のメニューとは異なり、今日は街で仕入れた肉などを使った料理も並んでいる。
「今日で……。その、お別れなんだよね……?」
なるべく違和感なく次の人格と入れ替わってもらうために、僕は〝最後の日〟がいつなのかは知らせていなかったのだが――。やはり、彼女は気づいていたようだ。
「きっと最後じゃないさ。それに次のアインスも、必ず君を大切にする」
「うん、信じてる……。ねぇ、また会えるかな?」
「どう……なんだろ? ごめん、よくわからない」
確か取扱説明書によると、再度ミストリアスへ侵入したとしても、同じ躰には戻れないと記載されていた。僕から生まれ出でたこの器は、そのまま〝アインスという名の個人〟になるのだ。
それに、この世界も現実世界と同様に、複数の平行世界が存在しているらしい。たとえ、もう一度ミストリアスへ来れたとしても、同じ時間軸へ侵入できるか否かの保障はない。
あのミストリアという管理者が、質問を受けつけてくれるのかは定かではないけれど。色々と訊ねてみる必要はありそうだ。
僕が顎に拳を当てたまま考え込んでいると、エレナが笑顔を作りながら、明るい声で話しかけてきた。
「あっ……。ごめん、困らせちゃったね……。じゃっ、冷めないうちに食べよっか」
「……ん? ああ、そうだね。それじゃ、いただきます」
普段通りに過ごすつもりだったのだが、どうやら不可能なようだ。
僕はなるべくエレナの気持ちを沈めないよう、明るい話題を心がけながら。
おそらくは最後となるであろう、エレナの手料理に舌鼓を打った。
◇ ◇ ◇
食事を終えた僕らは、最後の時が訪れるまで――。
ベッドで二人、身を寄せ合った。
愛する人の匂いや温もり。最初はゲームだと思っていたけれど、今なら心の底から理解できる。彼女も、世界も、紛れもない本物なのだと。
「子供が産まれたらね、お話してあげるんだ。お父さんと█ルティリアへ行ったこととか、私たちのために一生懸命働いてくれたこととか。たくさん」
エレナと話している最中、僕は違和感と共に、軽い頭痛と目眩を感じる。
外はもうすぐ夕暮れ。
僕が最初にミストリアスを訪れた時刻が、すぐそこへ近づいているのだろう。
「アインス……? 大丈夫?」
「大丈夫。でも、そろそろみたいだ。――ねえ、最後は……。あの空の下で迎えてもいいかな?」
エレナは僕の言葉に頷いて、二人は身だしなみを整える。
そして玄関から外へ出た僕は青空を見上げ、大きく両手を広げた。
◇ ◇ ◇
ああ、やはり美しい。
この空も、この風も、この暖かさも、この匂いも。
僕はこの世界で初めて他人を愛し、他人の死に涙した。
そしてもうすぐ愛する人が、僕の子供を産んでくれる。
しばらくの間、そうして空を眺めていると――。
次第に視界の隅が、白い霧のようなものに覆われはじめた。
この霧は異世界へ侵入した際に見た、あの真っ白な空間と同じ。
いよいよ、あちらの世界へ戻される時がやってきたようだ。
「エレナ。本当にありがとう。どうか、元気で」
「うん……。あなたも……。その……、恐ろしい世界から来たみたいだから……」
「あはは、そうだね。この世界は、何もかもが素晴らしかった。――アインス。これからもエレナをよろしく頼むよ」
白い霧が視界を包み、エレナの姿だけが視認できる。
やがて彼女の姿も消え――。
ついに僕の目の前は、完全に真っ白になってしまった。
◇ ◇ ◇
意識が少しずつ、ゆっくりと引き上げられてゆくのを感じる。
目覚める間際。僕の脳裏に、朧げな映像が映しだされた。
それは農具を手に爽やかな汗を流す、金髪の若者と――。
誕生したばかりの赤子を抱き、優しげに微笑んでいるエレナの姿だった。
――ああ、よかった。
どうやら僕は、上手くやっているようだ。
エレナ。我が子よ。――どうか末永く幸せに。
そして親愛なる異世界・ミストリアスよ。
楽しい夢を、ありがとう――。
農家ルート:継承/叶えられた願い 【終わり】
1
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
真世界へと駆け抜ける風
幸崎 亮
ファンタジー
突如として〝終了〟を宣告された異世界・ミストリアス。
これはそんな終わりゆく世界の、最後の戦いの記憶。
<全5話・1万字(ルビ符号除く)>
【登場人物紹介】
アクセル・マークスター:
相棒グリードと共に盗賊稼業を行なっていた男。
最低限の礼儀は弁えており、風の魔法を得意とする。
グリード:
口が悪く、風の魔法に並々ならぬ執着を持つお調子者。
相棒アクセルと共に、変な名前の盗賊団を率いていた。
レクシィ:
魔王ヴァルナスを討つべく、討伐隊に加わった美しいエルフ族の女性。
ヴァルナスとは恋人関係にあったようだ。
ヴァルナス:
魔王として知られる男。恐るべき魔王軍を率いている。
世界消滅の危機に際してもなお他国を制圧すべく、各地へ侵攻を開始した。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる