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Welcome to The World of MYSTLIA'S.
第1話 ミストリアンクエストの世界へ
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この世界は窮屈だ。いつの頃からか人類は地下で暮らし、毒性の酸素と植物の根に怯えながら生きている。
どうしてこうなったのかはわからない。世界統一政府による人類教育プログラムは、「すべて人間が悪い」としか教えてくれないから。
僕らには知る必要はない。知るべきことだけを知ればいい。
いわゆる、ニード・トゥ・ノゥってやつなんだと思う。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
本日も無事に労働義務を終え、僕は政府から与えられた居住室へ戻る。すると僕の声に反応し、真っ暗な壁から明るい光が漏れはじめた。
当然ながら、ここは地下だ。人工的な光によって形成された偽りの窓には、在りし日の都市や青空の映像が映しだされてゆく。僕らはこうした映像や仮想空間の中でしか、〝空〟の姿を拝むことはできない。
それは抑圧された世界からの解放には程遠い、あまりにも安物すぎる誤魔化し。わずかばかりの気休め。
それでも僕らは空を求め、手を伸ばし続けている。おそらく人間という生物は、空の下でしか生きていけない存在なのだろう。
「――うん?」
ふと気づくと、部屋の入口にある配給品ボックスの中に、見慣れない郵送箱が入っていた。箱には送状が貼りつけられており、受取人には〝兎山 四郎〟と書かれている。どうやら僕が、以前に注文していた荷物のようだ。
「へぇ。本当に届いたんだ」
僕は帰宅後の労働者に定められている手順を省略し、届いた荷物をベッドの上で開封する。箱の中には骨董品レベルの古びた接続器と、パッケージングされたゲームのディスクが入っていた。
〝ミストリアンクエスト この世界では、あなたは何にでもなれる〟
ケースの表面には、シンプルなタイトルとキャッチコピー。
裏面にはプレイ中らしき人物の画像と、簡易的な説明が書かれている。
「製作・異世界創生管理財団……?」
書かれた文章の中でも特に目を引く、制作団体らしき名称。
なんというか、明らかに胡散臭い響きだ。
「異世界ね……。本当に在るのなら、ぜひ移住したいよ」
地球は、もう保たない――。
多くの人々の間では、そういった噂が真しやかに囁かれている。
なかには本気で異世界に移住しようと〝異世界転生〟を試みる連中も後を絶たず、ここ数年では特に、大きな社会問題にまでなっている。
そう。異世界転生とは名ばかりの、単なる〝自殺〟だ。
みんな何かしらの理由をつけて、〝この世界〟から逃げたがっている。
もちろん、僕だって例外じゃない――。
僕ら〝最下級労働者〟は使い捨て。未来なんて、無いんだから。
僕は少し興ざめになりながらも、テストプレイを始めるために接続の準備を進める。枕の形をした接続器には電源スイッチと、頭に差し込むための端子。そしてディスクを入れる挿入口しか確認できない。
今どき〝ディスク〟を使うだなんて。
時代錯誤もいいところだ。
機械が正常に動くことを確認した僕は後頭部の黒髪をかき分け、脳電組織接続端子に本体をセットする。こんな骨董品との接続が問題ないことから察するに、すでに僕自身も〝旧型の人間〟となってしまったのだろう。
「まあいいや。とにかく試しにやってみよう」
機械を繋いだ状態で、僕はベッドの上で仰向けになる。
少々硬めの枕といったところだろうか。それほど寝心地に違和感はない。
まずは取扱説明書のインストールを終える。
どうやら、おおよそのプレイ時間は八時間らしい。それくらいならば、このベッドが自動的に躰の面倒をみてくれるだろう。
「接続。――侵入、状況開始」
僕は起動の言葉を唱え、そのまま静かに目を瞑じる。
すると機械が動作を始め、ゆっくりと僕の意識を吸い上げはじめた――。
◇ ◇ ◇
真っ暗だった視界がやがて、霧がかったかのように真っ白な光景へと変化する。
どうやら仮想世界への接続は、問題なく成功したらしい。
「――さて、どうすればいいんだっけ」
僕は脳内に刻み込んだ操作方法を呼び起こしながら、自分の手足も見えないほどの白い空間を、ただ真っ直ぐに歩いてゆく。
すると僕の聴覚に、中性的な声が鮮明に響いた。
「ようこそ、ミストリアンクエストの世界へ。私はGM・ミストリア。――この世界では、あなたは何にでもなれる」
GMとは、おそらくゲームマスターのことだろう。ミストリアと名乗った音声は抑揚のない音声で、簡単な解説と、プレイ前の手続きをしはじめた。
要するに――これから僕は望みの器を作製し、ミストリアスという世界に降り立つらしい。ゲーム内での過ごし方は自由だが、いくつかの禁止事項もあるようだ。
そこで器の生命にかかわるような重大な損傷を負うか、ミストリアス内部で〝三十日〟を経過すると、僕は現実世界へ戻されるとのこと。
「まずは、あなたの情報を登録いたします。八文字以内で名前を決めてください」
「えっ、名前か……。うーん、じゃあ――お試しということで〝アインス〟で」
「わかりました。――これより、アバター・アインスのIDを作成いたします」
なんとなく本名を登録するのも気が引けてしまい、僕は〝一番目〟を意味する単語を名乗った。何なら、アルファやイチローでも良かったかもしれない。
すると少しの間をおいて、ミストリアが再び音声を発する。
「――登録が完了しました。親愛なる旅人・アインス。それでは、よい旅を」
そう言い終えるとミストリアの存在は消滅し、白い空間に僕だけが取り残された。
何はともあれ、これでようやく、ゲームの世界に入ることができる。
僕はミストリアから説明されたとおり、自分の〝なりたい姿〟をイメージしながら霧がかったような空間内をひたすら真っ直ぐに進んでゆく。
金髪・碧眼の少年。もちろん美形で。
外見年齢は――うーん、無難に十八歳くらいがいいか。
どうせなら、現実の僕と正反対がいいよね。
なにせ最近のゲームだと、自由に器を創ることができない。人類管理の観点から、強制的に〝本当の姿〟にされてしまう。――なので『それが嫌だ』って人や、僕のように容姿に自信がない人にとっては、こうしたレトロゲームの方が人気があったりもするのだ。
――さて、頭の中のイメージも固まり、自分の躰も見えてきた。
いかにもファンタジー風の厚布の服に、腰には片手持ち用の剣がぶら下がっている。鏡が無いから顔は見えないけれど、チラリと見える前髪は、ちゃんと金色をしているようだ。
◇ ◇ ◇
やがて霧も少しずつ晴れ――。
気づくと周囲には、長閑な農園の風景が広がっていた。
視覚以外にも、温かい日差しや風の感触、草や生物の匂いまで感じる。
もちろん本物を見たことなんてないけれど、ものすごいリアルさだ。
僕は自然と、大きく両腕を広げながら深呼吸をしていた。
「へぇ……。思ったよりすごいな」
何よりも、こんなに大人しい〝植物〟は初めてだ。人間に根を突き刺してくることも、高濃度の酸素で地球を蝕むこともない。
僕は生命力に満ちた柔らかい土を踏みしめながら、まずは目の前に見える小屋を目指すことに。
――しかし、そんな穏やかな僕の気分を吹き飛ばすかのように。
不意に〝畑〟の方角から、絹を裂いたかのような少女の悲鳴が響いてきた!
「きゃー! やめてっ! 来ないでっ――!」
どうしてこうなったのかはわからない。世界統一政府による人類教育プログラムは、「すべて人間が悪い」としか教えてくれないから。
僕らには知る必要はない。知るべきことだけを知ればいい。
いわゆる、ニード・トゥ・ノゥってやつなんだと思う。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
本日も無事に労働義務を終え、僕は政府から与えられた居住室へ戻る。すると僕の声に反応し、真っ暗な壁から明るい光が漏れはじめた。
当然ながら、ここは地下だ。人工的な光によって形成された偽りの窓には、在りし日の都市や青空の映像が映しだされてゆく。僕らはこうした映像や仮想空間の中でしか、〝空〟の姿を拝むことはできない。
それは抑圧された世界からの解放には程遠い、あまりにも安物すぎる誤魔化し。わずかばかりの気休め。
それでも僕らは空を求め、手を伸ばし続けている。おそらく人間という生物は、空の下でしか生きていけない存在なのだろう。
「――うん?」
ふと気づくと、部屋の入口にある配給品ボックスの中に、見慣れない郵送箱が入っていた。箱には送状が貼りつけられており、受取人には〝兎山 四郎〟と書かれている。どうやら僕が、以前に注文していた荷物のようだ。
「へぇ。本当に届いたんだ」
僕は帰宅後の労働者に定められている手順を省略し、届いた荷物をベッドの上で開封する。箱の中には骨董品レベルの古びた接続器と、パッケージングされたゲームのディスクが入っていた。
〝ミストリアンクエスト この世界では、あなたは何にでもなれる〟
ケースの表面には、シンプルなタイトルとキャッチコピー。
裏面にはプレイ中らしき人物の画像と、簡易的な説明が書かれている。
「製作・異世界創生管理財団……?」
書かれた文章の中でも特に目を引く、制作団体らしき名称。
なんというか、明らかに胡散臭い響きだ。
「異世界ね……。本当に在るのなら、ぜひ移住したいよ」
地球は、もう保たない――。
多くの人々の間では、そういった噂が真しやかに囁かれている。
なかには本気で異世界に移住しようと〝異世界転生〟を試みる連中も後を絶たず、ここ数年では特に、大きな社会問題にまでなっている。
そう。異世界転生とは名ばかりの、単なる〝自殺〟だ。
みんな何かしらの理由をつけて、〝この世界〟から逃げたがっている。
もちろん、僕だって例外じゃない――。
僕ら〝最下級労働者〟は使い捨て。未来なんて、無いんだから。
僕は少し興ざめになりながらも、テストプレイを始めるために接続の準備を進める。枕の形をした接続器には電源スイッチと、頭に差し込むための端子。そしてディスクを入れる挿入口しか確認できない。
今どき〝ディスク〟を使うだなんて。
時代錯誤もいいところだ。
機械が正常に動くことを確認した僕は後頭部の黒髪をかき分け、脳電組織接続端子に本体をセットする。こんな骨董品との接続が問題ないことから察するに、すでに僕自身も〝旧型の人間〟となってしまったのだろう。
「まあいいや。とにかく試しにやってみよう」
機械を繋いだ状態で、僕はベッドの上で仰向けになる。
少々硬めの枕といったところだろうか。それほど寝心地に違和感はない。
まずは取扱説明書のインストールを終える。
どうやら、おおよそのプレイ時間は八時間らしい。それくらいならば、このベッドが自動的に躰の面倒をみてくれるだろう。
「接続。――侵入、状況開始」
僕は起動の言葉を唱え、そのまま静かに目を瞑じる。
すると機械が動作を始め、ゆっくりと僕の意識を吸い上げはじめた――。
◇ ◇ ◇
真っ暗だった視界がやがて、霧がかったかのように真っ白な光景へと変化する。
どうやら仮想世界への接続は、問題なく成功したらしい。
「――さて、どうすればいいんだっけ」
僕は脳内に刻み込んだ操作方法を呼び起こしながら、自分の手足も見えないほどの白い空間を、ただ真っ直ぐに歩いてゆく。
すると僕の聴覚に、中性的な声が鮮明に響いた。
「ようこそ、ミストリアンクエストの世界へ。私はGM・ミストリア。――この世界では、あなたは何にでもなれる」
GMとは、おそらくゲームマスターのことだろう。ミストリアと名乗った音声は抑揚のない音声で、簡単な解説と、プレイ前の手続きをしはじめた。
要するに――これから僕は望みの器を作製し、ミストリアスという世界に降り立つらしい。ゲーム内での過ごし方は自由だが、いくつかの禁止事項もあるようだ。
そこで器の生命にかかわるような重大な損傷を負うか、ミストリアス内部で〝三十日〟を経過すると、僕は現実世界へ戻されるとのこと。
「まずは、あなたの情報を登録いたします。八文字以内で名前を決めてください」
「えっ、名前か……。うーん、じゃあ――お試しということで〝アインス〟で」
「わかりました。――これより、アバター・アインスのIDを作成いたします」
なんとなく本名を登録するのも気が引けてしまい、僕は〝一番目〟を意味する単語を名乗った。何なら、アルファやイチローでも良かったかもしれない。
すると少しの間をおいて、ミストリアが再び音声を発する。
「――登録が完了しました。親愛なる旅人・アインス。それでは、よい旅を」
そう言い終えるとミストリアの存在は消滅し、白い空間に僕だけが取り残された。
何はともあれ、これでようやく、ゲームの世界に入ることができる。
僕はミストリアから説明されたとおり、自分の〝なりたい姿〟をイメージしながら霧がかったような空間内をひたすら真っ直ぐに進んでゆく。
金髪・碧眼の少年。もちろん美形で。
外見年齢は――うーん、無難に十八歳くらいがいいか。
どうせなら、現実の僕と正反対がいいよね。
なにせ最近のゲームだと、自由に器を創ることができない。人類管理の観点から、強制的に〝本当の姿〟にされてしまう。――なので『それが嫌だ』って人や、僕のように容姿に自信がない人にとっては、こうしたレトロゲームの方が人気があったりもするのだ。
――さて、頭の中のイメージも固まり、自分の躰も見えてきた。
いかにもファンタジー風の厚布の服に、腰には片手持ち用の剣がぶら下がっている。鏡が無いから顔は見えないけれど、チラリと見える前髪は、ちゃんと金色をしているようだ。
◇ ◇ ◇
やがて霧も少しずつ晴れ――。
気づくと周囲には、長閑な農園の風景が広がっていた。
視覚以外にも、温かい日差しや風の感触、草や生物の匂いまで感じる。
もちろん本物を見たことなんてないけれど、ものすごいリアルさだ。
僕は自然と、大きく両腕を広げながら深呼吸をしていた。
「へぇ……。思ったよりすごいな」
何よりも、こんなに大人しい〝植物〟は初めてだ。人間に根を突き刺してくることも、高濃度の酸素で地球を蝕むこともない。
僕は生命力に満ちた柔らかい土を踏みしめながら、まずは目の前に見える小屋を目指すことに。
――しかし、そんな穏やかな僕の気分を吹き飛ばすかのように。
不意に〝畑〟の方角から、絹を裂いたかのような少女の悲鳴が響いてきた!
「きゃー! やめてっ! 来ないでっ――!」
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