もう一度、私に恋させて!

かわた

文字の大きさ
上 下
1 / 22

01:異世界行ったら人生変わりました。

しおりを挟む
午前7:30
ぴったりなのを腕時計で確認して、立花たちばな 希樹いつきは大きく息をついた。
彼女の想い人は未だに玄関から出てくる気配がない。

「前はこの時間に待ち合わせてくれてたのにな…」

小さな呟きは穏やかな住宅街に溶けて消えていった。
今日は天気もよく、桜がようやく満開になって鳥たちも楽しそうに囀りをしているというのに
希樹はまったく楽しげな気分にはなれなかった。

彼女は頬にかかる短い髪の毛を手慰みにいじりながら
この悲しい気分を紛らわせようとしていた。

原因はお隣の留香るかくんで、希樹と彼は生まれた病院も同じで小・中・高校とずっと一緒。
留香くんは少しクールで、でも優しい男の子で希樹がよく転びそうになるのを手を取って助けてくれていた。

そんな彼が最近、高校に入ってからモテ始めたのだ。

確かに留香の容姿はかっこいい。
濡れ羽色の黒髪に繊細に作られた顔のパーツ、スラリと長くだけれどほどよく筋肉質な手足に
涼やかな目元にホクロがひとつあるのがチャームポイント。
それに、容姿だけでなくなんでもソツなくこなす文武に優れたスーパーボーイ。
少し口数が少ないのはご愛嬌だし、そこがクールで味を出していたりもする。

そんな完璧な彼を女子が見逃すはずがなかった。

勿論小学校中学校も留香はモテていたし、希樹もそれは知っていた。
だけれど留香はそこまで恋愛に興味を持ってなかったようだし
希樹と登下校を共にして休日に遊ぶくらい仲も良かった。

だけれど最近はどうにも様子が違う。
希樹を避けるように行動するし、話かけてもあまり目を合わさなくなってしまった。

彼女でも、できたのかな?

そう思った瞬間、彼を誰にもとられたくないと、密かな恋心を自覚したのだ。
そして嫉妬で心が痛くて、辛くて、どうしようもできなくなって辺
積極的とは無縁の恥ずかしがり屋な希樹は最終手段を取ることにした。

「留香くん!おはよ!いつも素敵だね!好きです!」

「・・・」

ドアから出てきた留香は少しの間のあと
希樹の横を通り抜けて歩いて行ってしまう。

希樹は今のように、好き好きアピールをすることにした。
留香くんを好きな想いなら誰にも負けない!
地味でぱっとしない私のアピールポイントはそこしかないのだから!と思っていた。

だけれど毎回不発で学校では留香の取り巻きの女の子達からもくすくすと笑われる始末。
みんなの前では平然としているけれど、とてつもなく恥ずかしいし、悔しい。

今日は他に誰もいなかったけれど、影に隠れて蹲る。
ほっぺが熱くて本当は手も足も震えている。

いつもそうだ、こうして自分の気持ちを伝えるのは恥ずかしくはないけれど
無視されたり笑われたりするのは、とっても悲しいしとても惨めな気分にさせられた。

そんな自分を叱咤しようとほっぺをたたこうとした瞬間

桜色の粒――光が彼女の視界を全て埋め尽くした
少し遠くで懐かしい声が聞こえた気がする。




老若男女様々な人々が希樹を取り囲んでいた。
足元にはキラキラした宝石のような光の球が浮かびフワフワと上昇して淡く消えている。
周りをぼんやりと見渡すと、深海の中のような蒼色の円状のステンドグラスが特徴的で
海の中の教会といわれても信じそうな暗く、ターコイズブルーの光が差し込む場所だった。

「召喚の儀が、成った」

美しい銀髪の男性が一粒涙を流し、吐息をつくように言った。

驚くべきことに異世界に召喚されたらしい。
神々が創った奇跡の世界『ラシディール』
この世界は地球とは真逆な魔法やモンスターが息づくファンタジーな世界。

『ラシディール』は『魔』というウイルスのような生物が充満し人々、土地を腐敗していた。
代々魔を倒すために異世界の勇者を喚び浄化を願うのだ。

待遇は良く、すべてが終わったら帰してくれるという。
その時希樹は『帰れない=留香に会えない』と一瞬で答えを出し
早く帰りたい、その一心でそれを承諾した。

だが、なんの取り柄もない平凡な彼女が世界を救うのだから
それ相応の苦悩や我慢や痛みが待ち受けていた。

魔の浄化は聖剣で行われる。
勿論汚染された地域、魔獣、そして人を斬るのだ。
といっても聖剣で斬られて死ぬわけではない、魔だけが切り裂かれ肉体の損傷は浄化後治る。

だけれど肉を斬る感触は中々手から消えてくれないし
激しい剣術の練習で手はぼろぼろになり、魔からの精神攻撃には何度も泣かされた。
それに世界の、人の汚さというものを嫌と見させられた。

でも両親や友達、それに留香くんが待っていると思うと辛くても耐えられた。

それに辛いことばかりでもなかった。
気の許せる仲間が出来て、異世界ならではの景色食べ物・・・楽しい思い出もたくさんできた。
極寒の氷の国、海に沈む街、妖精の国、雲の上にある島、砂漠の国、機械仕掛けの町……
仲間と故郷の歌を互いに歌い、踊って、18歳の誕生日には花を目一杯飾ったドレスを着た。
この世界を嫌いになるだけでは足りないほど、長い期間この土地で生きて、戦った。

10年

10年もかかってしまった。

希樹は最後に初めに降り立った神殿の屋根の上から街を眺めた。


全体の印象は白と水色。
ヨーロッパの建物をベースにどこかビルのような現代的な建築が施された
建物がいくつも並び、水の国と呼ばれるほど噴水がいたるところに設置されている。
水の球のような魔法浮遊船がぽつぽつと空を飛んでいるのに大きく手を振った。

彼女の艶のある長い髪が風に沿って大きくたゆう。
この美しくもあり懐かしくもある街並を目に焼き付けたかった。

あと数刻でこの世界を離れる。

嬉しい、けれど、悲しい。
それはこの決断をした時点で分かっていたけれど
いざこの時を迎えると期間を先伸ばしたくなってしまう。

それに

なにかを忘れている気がしてならないのだ。

頭の片隅なにかが引っかかっていてもやもやする。
世界を救った、敵はもういない
戦いが終わって療養後、悔いのないようにしたはずだ。

「うーん…なんだったっけ?」

首をかしげながら頬に手をあてたけれど
忘れてしまったものは、そう簡単に思い出せないものだ。

「まぁ…いっか!」

彼女は背伸びをし、立ち上がるとこの世界に一度振り返りかるく微笑んだ。


◇◆◇


勇者様!勇者様!

張り裂けんばかりの歓声と私を讃える声が街中へ溢れる。
声で地面が揺れているのだろう、私自身の魂も震えた。

意匠を凝らした藍色の武装ドレスに身を包み、勇者の表情を作った私は
城のバルコニーから見渡し、よく響き渡るよう声をあげて民衆へ感謝を告げた。

練習した手順通り帰還の儀を行い、聖なる剣を高々と天へと掲げる。

地面が揺れんばかりに歓声が響き渡った。



懐かしいベルガモットの香りと柔らかい毛布の温かさに包まれ、意識が浮上する。
ゆっくりと瞼を上げると柔らかい光が見えた。

身をよじり期待で震える体を抑えながら、恐る恐る周りを見渡す。

白い勉強机、薄ピンクのフカフカのカーペット、窓際には小さいサボテン
大切にしてたシュタイフのテディベア、安っぽいビーズカーテン……

配置に違和感があるものの、確かに希樹部屋で、

涙は出さないものの、歓喜でくしゃりと顔を歪ませて
震える嗚咽を飲み、深く深く音が出るほど息を吸い込む。

感情が溢れて胸がきつくきつく締め付けられ、息苦しくもあったけれど
しばらくはこの感激を黙って噛み締めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...