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end roll/東風
第5話、Look of love
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麻布十番駅の出口の右手にオレンジ色の東京タワーが見えます。街中はクリスマス一色ですが、麻布十番会館からは少し早い第九が流れていました。
おや?この演奏は新しい指揮者に率いられた著名な楽団の演奏ですね。昔はテレビなどにもよく出演してましたが、最近見かけていませんね、そういえば。
当時、新しい解釈での公演は日本でも話題になりましたし、わかっている古典でもまだまだ新しい試みは可能だと考えさせられました。
彼から指定されたレストランは、とても温かな建物でした。全体は無機質な直線を材質の温かさで中和しながら、細部は逆に特徴的な曲線を描くように切り出されている不思議な建物です。
そのまま近づけば、とても美味しそうな匂いがします。
『カラン』
「いらっしゃいませ。」
声をかけてくれたのは銀色の長髪に長身痩躯のウェイターさん。予約名を告げて中に入ります。
まだ店内は私だけのようで、そのままウェイティングバーで待たせてもらいました。
「スコッチをお願いできます?ストレートのシングルで。」
「かしこまりました。」
入口正面の暖炉には写真とサイン。気になったので聞いてみると、この建物の建築家さんなんだそうです。
今は日本にいないそうですが、この建物の設計で著名なコンペに勝ったとのこと。そういえばニュースで見たことあったかもしれません。
写真には影で顔の半分が見えないのに、眼光鋭いとわかる、静謐な人がひとりでこの建物と写っていました。
料理人ひとりとソムリエ兼ウェイターひとりの小さなお店。ソムリエさんがオーナーさんなんだそうです。金髪の料理人さんは優し気な笑顔の人でした。
『カラン』
「いらっしゃいませ」
やってきた彼はとても疲れているはずのに、変わらずに軽快で、さりげなく席に誘ってくれます。
「遅くなってごめん。こっちから誘ったのにすまない。まだ、一緒に過ごす時間は残ってる?」
冷たくも温かい石の空間を流れるのは、戦場のメリークリスマス。
静かに降り注ぐ音色は二人を柔らかく染め上げ、ミントのような爽やかさでクリスマスの魔法を降りかける。
先輩からしたら単なるゼミの後輩でしょうが、あの頃は憧れでしかなかった先輩からのお誘い。
特別な日。
出会えた奇跡を祝って。
「ほんと待たせてごめんね。」
「いえ、楽しかったですよ。普段来ませんから。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
「本当に気にしないでください。ここはいいスコッチもありましたし。」
「うん。だからこの店にしたんだ。」
「ありがとうございます。覚えていてくれて嬉しいです。気を使わせてしまいごめんなさい。」
「いや、僕もこの店、気になっていたんだ。」
ふたりの前に、琥珀色が揺らめいています。
「じゃあ、これからの素敵な時間に。」
「はい。お疲れ様です。」
チリン
重なったふたつのグラスが鈴のような音色が響かせる。
おや?この演奏は新しい指揮者に率いられた著名な楽団の演奏ですね。昔はテレビなどにもよく出演してましたが、最近見かけていませんね、そういえば。
当時、新しい解釈での公演は日本でも話題になりましたし、わかっている古典でもまだまだ新しい試みは可能だと考えさせられました。
彼から指定されたレストランは、とても温かな建物でした。全体は無機質な直線を材質の温かさで中和しながら、細部は逆に特徴的な曲線を描くように切り出されている不思議な建物です。
そのまま近づけば、とても美味しそうな匂いがします。
『カラン』
「いらっしゃいませ。」
声をかけてくれたのは銀色の長髪に長身痩躯のウェイターさん。予約名を告げて中に入ります。
まだ店内は私だけのようで、そのままウェイティングバーで待たせてもらいました。
「スコッチをお願いできます?ストレートのシングルで。」
「かしこまりました。」
入口正面の暖炉には写真とサイン。気になったので聞いてみると、この建物の建築家さんなんだそうです。
今は日本にいないそうですが、この建物の設計で著名なコンペに勝ったとのこと。そういえばニュースで見たことあったかもしれません。
写真には影で顔の半分が見えないのに、眼光鋭いとわかる、静謐な人がひとりでこの建物と写っていました。
料理人ひとりとソムリエ兼ウェイターひとりの小さなお店。ソムリエさんがオーナーさんなんだそうです。金髪の料理人さんは優し気な笑顔の人でした。
『カラン』
「いらっしゃいませ」
やってきた彼はとても疲れているはずのに、変わらずに軽快で、さりげなく席に誘ってくれます。
「遅くなってごめん。こっちから誘ったのにすまない。まだ、一緒に過ごす時間は残ってる?」
冷たくも温かい石の空間を流れるのは、戦場のメリークリスマス。
静かに降り注ぐ音色は二人を柔らかく染め上げ、ミントのような爽やかさでクリスマスの魔法を降りかける。
先輩からしたら単なるゼミの後輩でしょうが、あの頃は憧れでしかなかった先輩からのお誘い。
特別な日。
出会えた奇跡を祝って。
「ほんと待たせてごめんね。」
「いえ、楽しかったですよ。普段来ませんから。」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。」
「本当に気にしないでください。ここはいいスコッチもありましたし。」
「うん。だからこの店にしたんだ。」
「ありがとうございます。覚えていてくれて嬉しいです。気を使わせてしまいごめんなさい。」
「いや、僕もこの店、気になっていたんだ。」
ふたりの前に、琥珀色が揺らめいています。
「じゃあ、これからの素敵な時間に。」
「はい。お疲れ様です。」
チリン
重なったふたつのグラスが鈴のような音色が響かせる。
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