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【海】海自の心得、猫の毛とります!
海自の心得、猫の毛とります!
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とある海上自衛隊の基地ゲートでの一コマ。
何やら猫に好かれ過ぎる新人幹部自衛官さんがいるようです。
++++++++++
とにかく、自衛官にとって身だしなみをきちんと整えるというのは、陸海空共通にある任務以前の心得だった。靴はきちんと磨き、ズボンは綺麗な折り目がつくようにプレス、シャツはきちんとアイロンをかけて皺一つないように心がける。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます!」
「ああ、おはようございます」
朝、ゲートに立っていると、制服を着た幹部の皆様方が曹クラスの自衛官達より一足先に桟橋へとやってきていた。
勤務時間が始まるには早い時間で外はまだ薄暗いというのに、街灯に照らしだされた制服姿はピシッとしていて、制服は皺一つないし、その顔には無精ひげもない。まさに海上自衛官の身だしなみの鑑。いつ見ても惚れ惚れする姿だ。同じ隊に所属している自分でさえ惚れ惚れするのだから、制服姿がカッコいいとちまたで騒がれるのも分かるような気がする。
「おはよ~~……」
そんな中、緊張感が若干欠落した挨拶をする幹部の方がお一人。遠洋練習航海を終え、ここに所属している護衛艦に配属されたばかりの、ピカピカの新人幹部様だ。確か……宗谷三等海尉殿、だったかな。
「おはようございます!」
「朝早くからご苦労様~」
「いえ、今日は夜勤でしたので、あと少しで本日の勤務時間は終了なんです」
「そうだったのか。じゃあ遅くまでお疲れ様なんだね、どちらにしろお疲れ様」
眠そうな顔をしてヘニャっと笑う。このお方は何度見ても緊張感がなくて、とても防大卒の幹部様とは思えない。
「また遅くまでオンゲをしていたんですか?」
「してないよ。今の僕は次のステップに向けて勉強中です」
「それはそれはご苦労様です」
自衛隊幹部というのは大変だ。他国の軍隊とは違って自衛官は武勲による昇進がない。つまり上の階級へと昇任するには、新たな課程を受けたり昇任試験を受ける必要があるのだ。
そしてその昇任には防大での成績や毎日の勤務態度に訓練結果、課程の成績そして昇任試験の成績、それらのすべてが関わってくると言うのだからまったくもって恐ろしい。自衛隊にいる間はずっとそんな調子らしく、そんなことではおちおち任務に就いていられないのでは?と時々心配になることがある。
「宗谷、早く行かないと艦長にどやされるぞ」
後ろからやってきた幹部の方が、ニヤニヤしながら宗谷三尉の肩を軽く叩いた。ここに所属しているイージス護衛艦に勤務している八島三佐だ。宗谷三尉の直属の上官で、よくこの二人が仲良く歩いているところを見かける。ああ、別に変な意味じゃなくて上官と部下という感じでってこと。
「あ、おはようございます、八島三佐!」
慌てて朝の挨拶をする。
「おはよう、真木二曹。昨晩からの宿直だったのかい?」
「はい。あと少しで交代時間です」
「そうか。お疲れ様だね。ほら、宗谷、行くぞ。ってかお前、また靴に猫の足跡がついてるぞ」
その言葉にその場にいた三人が三尉の足元を見る。綺麗に磨かれた靴に白い肉球の痕がしっかりとついていた。しかも二つ、いや、三つも。
「思いますに、これは前足の肉球ですね」
「だよな」
「あー……さっき野良猫に囲まれまして。足をしこたま踏まれたような気がします」
「ちょっと待っててください、すぐに戻りますから」
ゲートの詰め所に走っていき、そこに置いてあったポケットティッシュをつかんで二人の元へと戻る。
「まずはこれで拭いておいてください。綺麗に取れるかどうかは分かりませんが、足跡をつけたままでいるよりは幾分とマシでしょうから」
「ありがとう」
三尉は受け取ったポケットティッシュの中から一枚出すと、屈み込んで靴についた足跡を拭き取った。そんな様子を見ていて気がついた、ズボンにも猫の毛がついている。
「三尉、ズボンに猫の毛が」
「あー……囲まれた時に何匹かがまとわりついてきたんだよね。これは、部屋に置いてあるガムテープでペタペタして取るしかないなあ……」
そう言いながら溜め息をつくと、形だけでもと手で毛を払った。
「しかし、お前に対する野良猫達の反応は異常だな。またたびでもつけてるのか?」
「そんなものつけてませんよ。実家でも一度もペットを飼ったことありませんし」
八島三佐の話によると、この現象はここに限ったことではなく、寄港した先々で起こる現象なのだとか。まあ護衛艦は港に停泊するものだし、港には魚もいるし野良猫が多くても不思議ではないとは思うけど、それを差し引いても宗谷三尉の好かれ具合は尋常ではないんだとか。
「焼き魚でも食べたとか?」
お魚の匂いに釣られて猫が集まったとか?と原因の候補を挙げてみる。
「昨日の夕飯は煮込みハンバーグだった。もしかして朝食べた味海苔のせいかな? まさか味噌汁のワカメ? ってか匂うかな……」
クンクンと自分の制服に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「御実家ではどうだったんですか?」
「うん。学校の行き帰りによく猫が行列をつくってついてきていた」
「ってことはやはり体質……」
「どんな体質」
「お前、前世がまたたびだったんじゃないのか」
「なんですか、それ」
八島三佐の言葉に三尉が顔をしかめた。
「とにかく猫の毛は要注意ですね。艦長に見咎められないうちに綺麗にすることをお勧めします」
特に今は冬服で黒いズボンだ。野良猫の白い毛がよく目立っている。
「まったく。特に餌付けしたわけでもないのに、なんでなんだよ……」
三尉はブツブツと呟きながら、三佐と共に自分が乗艦している護衛艦へと歩いていった。
+++++
「あ、三尉、おはようございます。またついてますよ、猫の毛」
そして次の日も、猫の毛と肉球の足跡をつけたまま三尉は桟橋にやってきた。
「知らない人と一緒に歩いていれば近寄ってこないと思ったんだけど、まったく効果なし。三佐には見向きもしないで、一目散に俺に突進してくるんだよ、何故なんだ」
「無視される俺としても複雑なんだがな」
三尉なりに色々と対策は練っているらしいんだけど、野良猫達にはまったく効果がないようだ。そんなわけで、毎日のように毛だらけにされる三尉のために、ゲートの詰め所にカーペットなどを掃除する時に使用される、粘着テープのついた通称コロコロが置かれることになった。これは三尉に対する我々陸警隊の厚意だと思ってほしい。
「おはようございます! あ、宗谷三尉、また猫の毛が!!」
「え? あの真木二曹? その手にしているものはなに?」
私が手にしているものを目にした三尉が、警戒感丸出しの顔をしてこっちを見た。
「お掃除用のコロコロですよ。粘着テープですから猫の毛を取り除くにはもってこいです。ガムテープを使用するより、制服の生地を傷めないと思います」
「それは分かったけど、何でそんなに嬉しそうな顔をしてこっちを見てるんだい?」
三尉は明らかに胡散臭げだ。
「え? だって自分達が用意したコロコロが早速役立つなんて嬉しいじゃないですか。幹部自衛官のお役にたてるなんて、滅多にありませんから。ほら、ズボンにたくさんついてますよ。制服が夏服だろうが冬服だろうが、ペットの毛は目立ちますからね。ちょっとじっとしていてください」
「ペットじゃなくて野良猫なんだけど」
「まあまあ。細かいことは気にしないでください」
そう言いながら三尉の横に屈み込むと、毛がついているズボンにコロコロを走らせる。
「いや、そんなことしてもらわなくても」
「なにをおっしゃいますか。毛だらけの制服を着ていたら、艦長の覚えもよろしくありませんし、下の者への示しもつかないでしょう。何のための幹部ですか。制服を着た時の身だしなみは、自衛官として必要最低限の心得の一つですよ」
そう言いながら、嫌がる三尉の腕を掴んで問答無用でコロコロを更に押しつける。今日は随分と野良猫達に囲まれたみたいで、前も後ろも毛だらけだ。
「逃げようなんて思わないでくださいね。女でも陸警隊のはしくれ、ちょっとやそっとでは離しませんから」
「いやいや、だったら自分でするから」
「後ろは見えないでしょ? 遠慮なさらず」
後ろにコロコロを押し付けて、ふくらはぎ部分についている猫の毛を取り除く作業にかかる。
「真木二曹、これ、どう考えても陸警隊の仕事とは思えないんだけど?」
「まあ確かに違うと思いますけど、気になるんですから仕方ないでしょ。三尉がここらあたりに生息する野良猫に好かれている限りはこれが続くわけだし、ここにいる間は猫の毛除去は我々にお任せください」
「我々って、いや、ちょっと、まった、そこから先はやめておかないか?!」
「なに言ってるんですか、せっかく綺麗に取れるんですからちゃんとしておかないと」
膝裏から更に上の方にもついていたので、コロコロを押しつけて毛の除去作業を続けた。何やらワーワー騒いているけどこの際聞こえないことにしておく。
「お気遣いなく。幹部の皆さまにして差し上げられることといったら、このぐらいのことしかありませんからね。でも三尉、一体今日はどんなふうにして猫に囲まれたんですか? あっちこっち毛だらけですよ? まさか、とうとう根負けして抱っこしたとかいいませんよね?」
後ろの部分はほぼ除去できたので、前の方の除去作業に入る。カーペットとは違って、平面ではない人間の体をコロコロしなくてはならないのでなかなか大変だ。続けていくうちにどんどん力が入り、いつの間にかグリグリと押しつけるように転がしていた。
「真木二曹、ちょっと!!」
「はいはい、じっとしていてくださいねーーーもう少しで除去作業は終わりますから」
「真木二曹! ちょっと真木さん!! それ以上はしなくてもいいから!!」
三尉が慌てた様子で、私の手からコロコロをひったくった。
「なんですか、まだ前の部分は全部とれてませんよ? こんな状況の制服を艦長と先任伍長に見られたら、まずいことになるのでは?」
「いやいやいやいや、これ以上続けてもらったら、別の意味でまずいことになりそうだから勘弁してください」
「はあ?」
鞄でズボンの前の部分をガードしながら意味不明な言葉を吐く三尉の顔を見上げると、なんだか心なしか顔が赤らんでいるように見える。
「あの、もしかして痛かったですか?」
「そうじゃないけど、これ以上は無しで。あとは部屋に行って自分でするから」
「そうですか? まあ、大体の部分はとれたと思うので大丈夫だと思いますが」
そう言いながら立ち上がると、三尉がコロコロを返してくれた。
「あ、もちろん明日もお任せてください。私が不在の時は別の者に言付けておきますので」
「……いや、もう、本当に気持ちだけありがたくいただいておくから……」
「コロコロ、百均で買ったものなんですが、もっと高級なものがご希望とか?」
「いやいやいやいや……本当に気持ちだけでいいから……カンベンシテクダサイ……オトコノカラダノマエノブブンヲ、エンリョナシニグリグリスルトカアリエナイ……」
三尉は最後に何やらブツブツと意味不明なことを呟くと、心なしかフラフラしながらその場を立ち去った。
じゃあその後はどうすることにしたのかって?
もちろんコロコロのサービスは継続中であります。たまに居合わせる八島三佐は「これも鍛錬だなあ」と笑っては、三尉に笑いごとじゃありませんよと文句を言われている。実のところ、私も猫の毛除去のどの辺が鍛錬なのかさっぱり分からない。
なんにせよ、多くの婦女子に人気のある海上自衛官の制服姿、やはり猫の毛が一本でもついていたら格好がつかない。ここはやはり見目麗しい海上自衛官でいていただかなくては!
そんなわけで、今日も私、真木二等海曹は宗谷三等海尉殿についた猫の毛の除去作業に精を出しております!
何やら猫に好かれ過ぎる新人幹部自衛官さんがいるようです。
++++++++++
とにかく、自衛官にとって身だしなみをきちんと整えるというのは、陸海空共通にある任務以前の心得だった。靴はきちんと磨き、ズボンは綺麗な折り目がつくようにプレス、シャツはきちんとアイロンをかけて皺一つないように心がける。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます!」
「ああ、おはようございます」
朝、ゲートに立っていると、制服を着た幹部の皆様方が曹クラスの自衛官達より一足先に桟橋へとやってきていた。
勤務時間が始まるには早い時間で外はまだ薄暗いというのに、街灯に照らしだされた制服姿はピシッとしていて、制服は皺一つないし、その顔には無精ひげもない。まさに海上自衛官の身だしなみの鑑。いつ見ても惚れ惚れする姿だ。同じ隊に所属している自分でさえ惚れ惚れするのだから、制服姿がカッコいいとちまたで騒がれるのも分かるような気がする。
「おはよ~~……」
そんな中、緊張感が若干欠落した挨拶をする幹部の方がお一人。遠洋練習航海を終え、ここに所属している護衛艦に配属されたばかりの、ピカピカの新人幹部様だ。確か……宗谷三等海尉殿、だったかな。
「おはようございます!」
「朝早くからご苦労様~」
「いえ、今日は夜勤でしたので、あと少しで本日の勤務時間は終了なんです」
「そうだったのか。じゃあ遅くまでお疲れ様なんだね、どちらにしろお疲れ様」
眠そうな顔をしてヘニャっと笑う。このお方は何度見ても緊張感がなくて、とても防大卒の幹部様とは思えない。
「また遅くまでオンゲをしていたんですか?」
「してないよ。今の僕は次のステップに向けて勉強中です」
「それはそれはご苦労様です」
自衛隊幹部というのは大変だ。他国の軍隊とは違って自衛官は武勲による昇進がない。つまり上の階級へと昇任するには、新たな課程を受けたり昇任試験を受ける必要があるのだ。
そしてその昇任には防大での成績や毎日の勤務態度に訓練結果、課程の成績そして昇任試験の成績、それらのすべてが関わってくると言うのだからまったくもって恐ろしい。自衛隊にいる間はずっとそんな調子らしく、そんなことではおちおち任務に就いていられないのでは?と時々心配になることがある。
「宗谷、早く行かないと艦長にどやされるぞ」
後ろからやってきた幹部の方が、ニヤニヤしながら宗谷三尉の肩を軽く叩いた。ここに所属しているイージス護衛艦に勤務している八島三佐だ。宗谷三尉の直属の上官で、よくこの二人が仲良く歩いているところを見かける。ああ、別に変な意味じゃなくて上官と部下という感じでってこと。
「あ、おはようございます、八島三佐!」
慌てて朝の挨拶をする。
「おはよう、真木二曹。昨晩からの宿直だったのかい?」
「はい。あと少しで交代時間です」
「そうか。お疲れ様だね。ほら、宗谷、行くぞ。ってかお前、また靴に猫の足跡がついてるぞ」
その言葉にその場にいた三人が三尉の足元を見る。綺麗に磨かれた靴に白い肉球の痕がしっかりとついていた。しかも二つ、いや、三つも。
「思いますに、これは前足の肉球ですね」
「だよな」
「あー……さっき野良猫に囲まれまして。足をしこたま踏まれたような気がします」
「ちょっと待っててください、すぐに戻りますから」
ゲートの詰め所に走っていき、そこに置いてあったポケットティッシュをつかんで二人の元へと戻る。
「まずはこれで拭いておいてください。綺麗に取れるかどうかは分かりませんが、足跡をつけたままでいるよりは幾分とマシでしょうから」
「ありがとう」
三尉は受け取ったポケットティッシュの中から一枚出すと、屈み込んで靴についた足跡を拭き取った。そんな様子を見ていて気がついた、ズボンにも猫の毛がついている。
「三尉、ズボンに猫の毛が」
「あー……囲まれた時に何匹かがまとわりついてきたんだよね。これは、部屋に置いてあるガムテープでペタペタして取るしかないなあ……」
そう言いながら溜め息をつくと、形だけでもと手で毛を払った。
「しかし、お前に対する野良猫達の反応は異常だな。またたびでもつけてるのか?」
「そんなものつけてませんよ。実家でも一度もペットを飼ったことありませんし」
八島三佐の話によると、この現象はここに限ったことではなく、寄港した先々で起こる現象なのだとか。まあ護衛艦は港に停泊するものだし、港には魚もいるし野良猫が多くても不思議ではないとは思うけど、それを差し引いても宗谷三尉の好かれ具合は尋常ではないんだとか。
「焼き魚でも食べたとか?」
お魚の匂いに釣られて猫が集まったとか?と原因の候補を挙げてみる。
「昨日の夕飯は煮込みハンバーグだった。もしかして朝食べた味海苔のせいかな? まさか味噌汁のワカメ? ってか匂うかな……」
クンクンと自分の制服に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
「御実家ではどうだったんですか?」
「うん。学校の行き帰りによく猫が行列をつくってついてきていた」
「ってことはやはり体質……」
「どんな体質」
「お前、前世がまたたびだったんじゃないのか」
「なんですか、それ」
八島三佐の言葉に三尉が顔をしかめた。
「とにかく猫の毛は要注意ですね。艦長に見咎められないうちに綺麗にすることをお勧めします」
特に今は冬服で黒いズボンだ。野良猫の白い毛がよく目立っている。
「まったく。特に餌付けしたわけでもないのに、なんでなんだよ……」
三尉はブツブツと呟きながら、三佐と共に自分が乗艦している護衛艦へと歩いていった。
+++++
「あ、三尉、おはようございます。またついてますよ、猫の毛」
そして次の日も、猫の毛と肉球の足跡をつけたまま三尉は桟橋にやってきた。
「知らない人と一緒に歩いていれば近寄ってこないと思ったんだけど、まったく効果なし。三佐には見向きもしないで、一目散に俺に突進してくるんだよ、何故なんだ」
「無視される俺としても複雑なんだがな」
三尉なりに色々と対策は練っているらしいんだけど、野良猫達にはまったく効果がないようだ。そんなわけで、毎日のように毛だらけにされる三尉のために、ゲートの詰め所にカーペットなどを掃除する時に使用される、粘着テープのついた通称コロコロが置かれることになった。これは三尉に対する我々陸警隊の厚意だと思ってほしい。
「おはようございます! あ、宗谷三尉、また猫の毛が!!」
「え? あの真木二曹? その手にしているものはなに?」
私が手にしているものを目にした三尉が、警戒感丸出しの顔をしてこっちを見た。
「お掃除用のコロコロですよ。粘着テープですから猫の毛を取り除くにはもってこいです。ガムテープを使用するより、制服の生地を傷めないと思います」
「それは分かったけど、何でそんなに嬉しそうな顔をしてこっちを見てるんだい?」
三尉は明らかに胡散臭げだ。
「え? だって自分達が用意したコロコロが早速役立つなんて嬉しいじゃないですか。幹部自衛官のお役にたてるなんて、滅多にありませんから。ほら、ズボンにたくさんついてますよ。制服が夏服だろうが冬服だろうが、ペットの毛は目立ちますからね。ちょっとじっとしていてください」
「ペットじゃなくて野良猫なんだけど」
「まあまあ。細かいことは気にしないでください」
そう言いながら三尉の横に屈み込むと、毛がついているズボンにコロコロを走らせる。
「いや、そんなことしてもらわなくても」
「なにをおっしゃいますか。毛だらけの制服を着ていたら、艦長の覚えもよろしくありませんし、下の者への示しもつかないでしょう。何のための幹部ですか。制服を着た時の身だしなみは、自衛官として必要最低限の心得の一つですよ」
そう言いながら、嫌がる三尉の腕を掴んで問答無用でコロコロを更に押しつける。今日は随分と野良猫達に囲まれたみたいで、前も後ろも毛だらけだ。
「逃げようなんて思わないでくださいね。女でも陸警隊のはしくれ、ちょっとやそっとでは離しませんから」
「いやいや、だったら自分でするから」
「後ろは見えないでしょ? 遠慮なさらず」
後ろにコロコロを押し付けて、ふくらはぎ部分についている猫の毛を取り除く作業にかかる。
「真木二曹、これ、どう考えても陸警隊の仕事とは思えないんだけど?」
「まあ確かに違うと思いますけど、気になるんですから仕方ないでしょ。三尉がここらあたりに生息する野良猫に好かれている限りはこれが続くわけだし、ここにいる間は猫の毛除去は我々にお任せください」
「我々って、いや、ちょっと、まった、そこから先はやめておかないか?!」
「なに言ってるんですか、せっかく綺麗に取れるんですからちゃんとしておかないと」
膝裏から更に上の方にもついていたので、コロコロを押しつけて毛の除去作業を続けた。何やらワーワー騒いているけどこの際聞こえないことにしておく。
「お気遣いなく。幹部の皆さまにして差し上げられることといったら、このぐらいのことしかありませんからね。でも三尉、一体今日はどんなふうにして猫に囲まれたんですか? あっちこっち毛だらけですよ? まさか、とうとう根負けして抱っこしたとかいいませんよね?」
後ろの部分はほぼ除去できたので、前の方の除去作業に入る。カーペットとは違って、平面ではない人間の体をコロコロしなくてはならないのでなかなか大変だ。続けていくうちにどんどん力が入り、いつの間にかグリグリと押しつけるように転がしていた。
「真木二曹、ちょっと!!」
「はいはい、じっとしていてくださいねーーーもう少しで除去作業は終わりますから」
「真木二曹! ちょっと真木さん!! それ以上はしなくてもいいから!!」
三尉が慌てた様子で、私の手からコロコロをひったくった。
「なんですか、まだ前の部分は全部とれてませんよ? こんな状況の制服を艦長と先任伍長に見られたら、まずいことになるのでは?」
「いやいやいやいや、これ以上続けてもらったら、別の意味でまずいことになりそうだから勘弁してください」
「はあ?」
鞄でズボンの前の部分をガードしながら意味不明な言葉を吐く三尉の顔を見上げると、なんだか心なしか顔が赤らんでいるように見える。
「あの、もしかして痛かったですか?」
「そうじゃないけど、これ以上は無しで。あとは部屋に行って自分でするから」
「そうですか? まあ、大体の部分はとれたと思うので大丈夫だと思いますが」
そう言いながら立ち上がると、三尉がコロコロを返してくれた。
「あ、もちろん明日もお任せてください。私が不在の時は別の者に言付けておきますので」
「……いや、もう、本当に気持ちだけありがたくいただいておくから……」
「コロコロ、百均で買ったものなんですが、もっと高級なものがご希望とか?」
「いやいやいやいや……本当に気持ちだけでいいから……カンベンシテクダサイ……オトコノカラダノマエノブブンヲ、エンリョナシニグリグリスルトカアリエナイ……」
三尉は最後に何やらブツブツと意味不明なことを呟くと、心なしかフラフラしながらその場を立ち去った。
じゃあその後はどうすることにしたのかって?
もちろんコロコロのサービスは継続中であります。たまに居合わせる八島三佐は「これも鍛錬だなあ」と笑っては、三尉に笑いごとじゃありませんよと文句を言われている。実のところ、私も猫の毛除去のどの辺が鍛錬なのかさっぱり分からない。
なんにせよ、多くの婦女子に人気のある海上自衛官の制服姿、やはり猫の毛が一本でもついていたら格好がつかない。ここはやはり見目麗しい海上自衛官でいていただかなくては!
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