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【海】僕の人魚姫
第四話
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「うわあ……田宮さん、もしかして今晩は貸し切り?」
「みたいだよ。ここの水族館、夜間は一組限定の完全予約制だから」
連れてきてもらったのは夜の水族館。
昼間のデートはどうしても人目があるのである程度の変装が必要だという話をしたら、じゃあ変装する必要のないデートコースを考えるよって田宮さんが言い出した。何処に行くのかは行ってからのお楽しみだっていうことで今日まで行き先は知らされないまま。
で、私達は今、夜の水族館にいる。
「動物園と水族館、どっちにしようか迷ったんだけどね、マコさんは人魚姫だから水族館だったら喜んでくれるかなって。しかも貸切だし人目も気にしないで済むし」
普段は子連れで賑わっている大きな水槽の前も今日は私達だけ。
「人魚姫って、マコはそんなに可愛いお姫様じゃないですよ? どっちかっ言うと、田宮さんの方が海の男で人魚姫に近いんじゃないかなあ」
「そんなことないよ。マコさんはとっても可愛い人魚姫だよ。俺だったら……そうだな、よくて半魚人?」
「なんかそれ可愛い」
たまに見かけるそれっぽいイラストを思い浮かべて笑ってしまった。
「えー……」
誰も居ない館内をゆっくりと回る。魚とかペンギンが時々こちらを覗き込むように寄ってくるのがとても可愛くて、水槽前で立ち止まっては相手に通じる筈もないのに話しかけてみたりした。かがめていた身体を起こして振り返ると田宮さんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「どうしたんですか?」
「マコさんって、本当に魚とかに好かれてるんだね」
「そうかなあ」
「さっきから見てたら、マコさんが水槽の前に立ち止まると決まって寄ってくるよ」
「お腹空いてるのかな……エサは飼育している人にもらっていると思うんだけど」
イルカが泳いでいるコーナーに差し掛かったので立ち止まってみる。すると確かに寄ってきて私のことを覗いている様子。
「ほんとだ……何でだろう」
「ダメだよ、君達。マコさんは俺のだから」
笑いながら田宮さんがガラス軽くつつくと、イルカ達はこちらには分からない言葉でなにやら彼に向ってお喋りをして行ってしまった。
「んー……まさかイルカと女の子を張り合うとは思わなかったよ……」
田宮さんは泳ぎ去っていくイルカをも見送りながら笑っている。
「田宮さんの方が魚とお話している不思議な人のような気がする」
「そう?」
「うん」
「じゃあ魚に好かれるマコさんと、魚とお喋りできる俺ってお似合いかもね」
嬉しそうに微笑む。
「ちょっと変わったコンビで売り出せるかも?」
「お笑いで?」
「うん。その手の特集でロケしたりしたら楽しそう」
二人で世界中の海や水族館を回ったりするのは楽しそうだよね。
「俺は自衛官でいたいです」
「そっか、残念」
「それに、コンビよりカップルの方がいいです」
「ふむ……」
「あれ、ダメなの?」
ちょっと悲しそうに顔になった。
「だって、今日が初めてのお出かけですし?」
「デートって認めてくれないのかなあ……」
「だってえ……」
「俺がマコさんのこと好きってのは分かってるよね? それでデート誘ったことも」
もちろん助けたお礼にってのが口実なのは皆分かっていることだけど……。
「ですけどぉ……」
「だからこれはデートです。誰が何と言おうとデートです」
「えぇぇぇ」
「第一、こんなロマンチックなお出かけなんてないでしょ?」
自分達以外に誰もいないフロアーを見渡す。確かにそうなんだけど……。
「それにね、俺、マコさんのファーストキスが欲しいんだよ? あんな人工呼吸のドサクサ紛れのキスじゃなくて、ちゃんとしたキス。勿論その後のキスも全部欲しいけど」
勿論それ以降の初めてもね、とさりげなく付け加えてた。
「田宮さん、そんなこと私のファンの前で言ったらボコられますよ?」
「そんなこと言わないよ。ちゃんと貰えたらファンの子達を見ながらほくそ笑むぐらいはするだろうけどね」
うわ……性格悪いよ、それ。
「くれる気、ある? 俺は護衛艦勤務だから潜水艦勤務ほどではないにしろ急に連絡取れなくなる時もあるし、なかなか会えない時もある。だから女の子にしたらそれが我慢できなくて付き合えないって言われることもあるけど、それでも俺はマコさんをカノジョにしたい」
「時間の制約に関してはマコも同じですよ? 女優の仕事が増えるとロケであっちこっち行くからカレシやカノジョとなかなか会う時間を作れないって先輩も言っていたし。そんなのでお付き合いできるのかな私達……」
会える時間は物凄く少なそう。そんなのでうまくいくのかな?
「俺は相手が魚だろうが男だろうが浮気はしないよ?」
「私だって、お付き合いするなら会えなくて寂しくても浮気なんてしませんよ? 日和さんに泣きつくぐらいはするかもしれないけど」
「だったらさ、試してみない? マコさんが俺のこと好きになってくれて付き合えるかどうか」
「お試し期間、ですか?」
「そ。俺としてはお試しなんかして欲しくないけど、考えたらマコさん、まだ十九歳だからさ。少し譲歩します」
「……お試しを断るって選択は」
「ありません」
水槽の中を横切るマンボウがこっちを見ながら“その人と付き合ってあげたら?”と言っている気がする。
「……マンボウが」
「マンボウ?」
私が指した先を見る田宮さん。マンボウがふよふよと泳いでいたけど田宮さんが振り返った途端に目を逸らしたように見えた。
「マンボウが田宮さんと付き合ってあげたらって……」
「俺、マンボウに後押しされてるのか」
可笑しそうに笑っている。
「で? マンボウのアドバイスに従う気はある?」
その問いにちょっと目が泳いでしまった。
「どうなのかな? 人魚姫は王子様と付き合う気はあるのかな?」
「あくまでも、お試しですよ?」
「うん、そうだね。僕にしたら物凄く不本意だけど、マコさんの為に我慢する。その代わりと言っちゃなんだけど、マコさんの初めてじゃないけど初めてのキス、してくれる?」
「……うっ」
私、ドラマの中でもまだキスしたことないのに……。
「自分からするの恥ずかしい? じゃあ、僕からしてもいいかな?」
「ぅあ……どどどどどうぞ?」
なんで疑問形なの?と田宮さんが苦笑いしながら身をかがめて唇を重ねてきた。少しかさついているみたいだけど温かい。閉じた唇を舌でそっと撫でられた時はビクッと身体が震えてしまった。そんな田宮さんの唇が笑ったように思えて、いつの間にか閉じていた目を開ける。
「マコさん、水槽、見てごらん?」
そう言われて視線をそろりと水槽の方へ向ける。
「……あ」
ウミガメさんがぽっかりと浮きながらこっちを凝視していた。その後ろでは魚達がこちらを見ながらウロウロと泳ぎまわっている。
「なんだか人に見られるより恥ずかしい……」
「だってさ。ほら、爺さんもあっちに行きな」
田宮さんがウミガメさんの鼻先で手を振ると、カメさんは何だか溜め息をついたような仕草をしてから反対側へと泳いで行ってしまった。
「田宮さん、もしかして本当に半魚人だったり?」
「それを言うならマコさんが、でしょ。これで甲板から落ちたマコさんが無事だった理由が分かった気がする。マコさんはやっぱり人魚なんだよ。魚や海の生き物達にこんなに愛されてるんだから」
まだ未練がましくウロウロしている魚達を見ながら笑う。
「じゃあ王子様が浮気したら泡になって消えちゃいますね」
「大丈夫。俺は絶対に浮気なんかしないから。マコさんを泡なんかにさせないから安心して」
結局、私達の生温いお試し期間は一年ほど続いた。
その間に私は誕生日を迎えて二十歳になった。そして日和さんと水嶋さんが私に関してのサプライズ発言をして大騒ぎになったり、それに巻き込まれて二人して右往左往することになるのだけれど、それはまた別のお話。
+++++
「じゃあ日和さん、今日からマコはオフですからねぇ。何かあったらメールでお願いします」
『はいはい。秀一君にもよろしくね』
電話を切ると、接岸し終わった護衛艦の方へと急ぐ。二ヶ月ぶりに二人の休暇が重なった。しかも一週間も!! はやる気持ちを抑えつつ、降りてくる人達の方を見て田宮さんを探す。同じ制服の人ばかりだけど直ぐに分かるのはやっぱり愛だよね。あ、いた!
「シュウちゃぁぁぁぁん!」
こういう時の私の声って日和さんにそっくりなんだって。やっぱり親子ねDNAの力って偉大だわとは美奈子お母さんの言葉。私の声に田宮さんが満面の笑みを浮かべて両腕を広げて迎えてくれたので、迷わずその腕の中に飛び込んだ。
「会いたかった!!」
ギュッと抱きしめてくれた田宮さんの口が耳に触れる。
「僕もだよ、マコ」
その後、田宮さんのお友達である宮原君にもう少し慎みってものを持てとか羞恥心がどうのとかお小言をくらったのだけれど、私も田宮さんもお互いのことしか目に入らなくて、彼の言葉の半分も聞いてなかったってことは私達だけの秘密だ。
「みたいだよ。ここの水族館、夜間は一組限定の完全予約制だから」
連れてきてもらったのは夜の水族館。
昼間のデートはどうしても人目があるのである程度の変装が必要だという話をしたら、じゃあ変装する必要のないデートコースを考えるよって田宮さんが言い出した。何処に行くのかは行ってからのお楽しみだっていうことで今日まで行き先は知らされないまま。
で、私達は今、夜の水族館にいる。
「動物園と水族館、どっちにしようか迷ったんだけどね、マコさんは人魚姫だから水族館だったら喜んでくれるかなって。しかも貸切だし人目も気にしないで済むし」
普段は子連れで賑わっている大きな水槽の前も今日は私達だけ。
「人魚姫って、マコはそんなに可愛いお姫様じゃないですよ? どっちかっ言うと、田宮さんの方が海の男で人魚姫に近いんじゃないかなあ」
「そんなことないよ。マコさんはとっても可愛い人魚姫だよ。俺だったら……そうだな、よくて半魚人?」
「なんかそれ可愛い」
たまに見かけるそれっぽいイラストを思い浮かべて笑ってしまった。
「えー……」
誰も居ない館内をゆっくりと回る。魚とかペンギンが時々こちらを覗き込むように寄ってくるのがとても可愛くて、水槽前で立ち止まっては相手に通じる筈もないのに話しかけてみたりした。かがめていた身体を起こして振り返ると田宮さんが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「どうしたんですか?」
「マコさんって、本当に魚とかに好かれてるんだね」
「そうかなあ」
「さっきから見てたら、マコさんが水槽の前に立ち止まると決まって寄ってくるよ」
「お腹空いてるのかな……エサは飼育している人にもらっていると思うんだけど」
イルカが泳いでいるコーナーに差し掛かったので立ち止まってみる。すると確かに寄ってきて私のことを覗いている様子。
「ほんとだ……何でだろう」
「ダメだよ、君達。マコさんは俺のだから」
笑いながら田宮さんがガラス軽くつつくと、イルカ達はこちらには分からない言葉でなにやら彼に向ってお喋りをして行ってしまった。
「んー……まさかイルカと女の子を張り合うとは思わなかったよ……」
田宮さんは泳ぎ去っていくイルカをも見送りながら笑っている。
「田宮さんの方が魚とお話している不思議な人のような気がする」
「そう?」
「うん」
「じゃあ魚に好かれるマコさんと、魚とお喋りできる俺ってお似合いかもね」
嬉しそうに微笑む。
「ちょっと変わったコンビで売り出せるかも?」
「お笑いで?」
「うん。その手の特集でロケしたりしたら楽しそう」
二人で世界中の海や水族館を回ったりするのは楽しそうだよね。
「俺は自衛官でいたいです」
「そっか、残念」
「それに、コンビよりカップルの方がいいです」
「ふむ……」
「あれ、ダメなの?」
ちょっと悲しそうに顔になった。
「だって、今日が初めてのお出かけですし?」
「デートって認めてくれないのかなあ……」
「だってえ……」
「俺がマコさんのこと好きってのは分かってるよね? それでデート誘ったことも」
もちろん助けたお礼にってのが口実なのは皆分かっていることだけど……。
「ですけどぉ……」
「だからこれはデートです。誰が何と言おうとデートです」
「えぇぇぇ」
「第一、こんなロマンチックなお出かけなんてないでしょ?」
自分達以外に誰もいないフロアーを見渡す。確かにそうなんだけど……。
「それにね、俺、マコさんのファーストキスが欲しいんだよ? あんな人工呼吸のドサクサ紛れのキスじゃなくて、ちゃんとしたキス。勿論その後のキスも全部欲しいけど」
勿論それ以降の初めてもね、とさりげなく付け加えてた。
「田宮さん、そんなこと私のファンの前で言ったらボコられますよ?」
「そんなこと言わないよ。ちゃんと貰えたらファンの子達を見ながらほくそ笑むぐらいはするだろうけどね」
うわ……性格悪いよ、それ。
「くれる気、ある? 俺は護衛艦勤務だから潜水艦勤務ほどではないにしろ急に連絡取れなくなる時もあるし、なかなか会えない時もある。だから女の子にしたらそれが我慢できなくて付き合えないって言われることもあるけど、それでも俺はマコさんをカノジョにしたい」
「時間の制約に関してはマコも同じですよ? 女優の仕事が増えるとロケであっちこっち行くからカレシやカノジョとなかなか会う時間を作れないって先輩も言っていたし。そんなのでお付き合いできるのかな私達……」
会える時間は物凄く少なそう。そんなのでうまくいくのかな?
「俺は相手が魚だろうが男だろうが浮気はしないよ?」
「私だって、お付き合いするなら会えなくて寂しくても浮気なんてしませんよ? 日和さんに泣きつくぐらいはするかもしれないけど」
「だったらさ、試してみない? マコさんが俺のこと好きになってくれて付き合えるかどうか」
「お試し期間、ですか?」
「そ。俺としてはお試しなんかして欲しくないけど、考えたらマコさん、まだ十九歳だからさ。少し譲歩します」
「……お試しを断るって選択は」
「ありません」
水槽の中を横切るマンボウがこっちを見ながら“その人と付き合ってあげたら?”と言っている気がする。
「……マンボウが」
「マンボウ?」
私が指した先を見る田宮さん。マンボウがふよふよと泳いでいたけど田宮さんが振り返った途端に目を逸らしたように見えた。
「マンボウが田宮さんと付き合ってあげたらって……」
「俺、マンボウに後押しされてるのか」
可笑しそうに笑っている。
「で? マンボウのアドバイスに従う気はある?」
その問いにちょっと目が泳いでしまった。
「どうなのかな? 人魚姫は王子様と付き合う気はあるのかな?」
「あくまでも、お試しですよ?」
「うん、そうだね。僕にしたら物凄く不本意だけど、マコさんの為に我慢する。その代わりと言っちゃなんだけど、マコさんの初めてじゃないけど初めてのキス、してくれる?」
「……うっ」
私、ドラマの中でもまだキスしたことないのに……。
「自分からするの恥ずかしい? じゃあ、僕からしてもいいかな?」
「ぅあ……どどどどどうぞ?」
なんで疑問形なの?と田宮さんが苦笑いしながら身をかがめて唇を重ねてきた。少しかさついているみたいだけど温かい。閉じた唇を舌でそっと撫でられた時はビクッと身体が震えてしまった。そんな田宮さんの唇が笑ったように思えて、いつの間にか閉じていた目を開ける。
「マコさん、水槽、見てごらん?」
そう言われて視線をそろりと水槽の方へ向ける。
「……あ」
ウミガメさんがぽっかりと浮きながらこっちを凝視していた。その後ろでは魚達がこちらを見ながらウロウロと泳ぎまわっている。
「なんだか人に見られるより恥ずかしい……」
「だってさ。ほら、爺さんもあっちに行きな」
田宮さんがウミガメさんの鼻先で手を振ると、カメさんは何だか溜め息をついたような仕草をしてから反対側へと泳いで行ってしまった。
「田宮さん、もしかして本当に半魚人だったり?」
「それを言うならマコさんが、でしょ。これで甲板から落ちたマコさんが無事だった理由が分かった気がする。マコさんはやっぱり人魚なんだよ。魚や海の生き物達にこんなに愛されてるんだから」
まだ未練がましくウロウロしている魚達を見ながら笑う。
「じゃあ王子様が浮気したら泡になって消えちゃいますね」
「大丈夫。俺は絶対に浮気なんかしないから。マコさんを泡なんかにさせないから安心して」
結局、私達の生温いお試し期間は一年ほど続いた。
その間に私は誕生日を迎えて二十歳になった。そして日和さんと水嶋さんが私に関してのサプライズ発言をして大騒ぎになったり、それに巻き込まれて二人して右往左往することになるのだけれど、それはまた別のお話。
+++++
「じゃあ日和さん、今日からマコはオフですからねぇ。何かあったらメールでお願いします」
『はいはい。秀一君にもよろしくね』
電話を切ると、接岸し終わった護衛艦の方へと急ぐ。二ヶ月ぶりに二人の休暇が重なった。しかも一週間も!! はやる気持ちを抑えつつ、降りてくる人達の方を見て田宮さんを探す。同じ制服の人ばかりだけど直ぐに分かるのはやっぱり愛だよね。あ、いた!
「シュウちゃぁぁぁぁん!」
こういう時の私の声って日和さんにそっくりなんだって。やっぱり親子ねDNAの力って偉大だわとは美奈子お母さんの言葉。私の声に田宮さんが満面の笑みを浮かべて両腕を広げて迎えてくれたので、迷わずその腕の中に飛び込んだ。
「会いたかった!!」
ギュッと抱きしめてくれた田宮さんの口が耳に触れる。
「僕もだよ、マコ」
その後、田宮さんのお友達である宮原君にもう少し慎みってものを持てとか羞恥心がどうのとかお小言をくらったのだけれど、私も田宮さんもお互いのことしか目に入らなくて、彼の言葉の半分も聞いてなかったってことは私達だけの秘密だ。
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