梅の実と恋の花

鏡野ゆう

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本編

第七話 ちょっと早い収穫

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「あの久遠先生?」

 拒否する暇もなく、先生の部屋に引っ張ってこられてしまって、ちょっとしたパニック。

 ほら、そこそこだってそこそこ早くだって、すぐにって言う意味じゃなくて、それなりにってことでしょ? それなりにってことは、ある程度お近づきになってからってことで、お近づきって言うのは、物理的にお隣で近いっていうことじゃなくて、精神的な距離感ってやつであって、やっぱりすぐにってことじゃないと思うんだけど、な。

「なに? もしかして怖じ気づいた?」
「お、怖じ気づいたって言うか、展開が早すぎてついていけないって言うか……」
「なるほど」

 玄関のドアを閉めた先生は、その場で立ちすくんでいる私を、思案顔で見下ろした。

「じゃあ、天森さんが一息つけるように、キスしてみようか」
「え、それっておかしくないですか?」
「そう? おかしいかおかしくないか、試してみよう」

 そう言って先生は、両手で私の顔を挟み込むと顔を近づける。だけど何故か途中で、ちょっと首を傾げて動きを止めた。

「天森さん」
「なんでしょう?」

 私を見下ろしている先生は、何だか笑いを堪えているような、困っているようなそんな顔をしている。

「その可愛い目で見つめてくれるのは嬉しいんだけど、ここは目を閉じてみようか」
「そうなんですか?」
「うん」

 言われるがままに目を閉じる。

 それからちょっと間があって、先生の温かい唇が触れてきた。これまでに先生とした4回のキスは、私がした3回目のキスを除けば不意打ち的なものばかりで、唇の感触とか温かさとか、そんなものを感じる余裕なんて、まったくなかった。だけど、今しているのはちょっと違う。始めのうちは啄むようなキスだったのが、先生の手が私の顎の先を摘まんで少しだけ唇を開かせると、一気に濃厚なものへと変わった。

「ん……っ」

 先生の舌が口の中を動いて内側を撫でるたびに、甘い痺れが波のように打ち寄せてくる。先生とキスするまで、口の中がこんなに感じやすいなんて知らなかった。と言っても、今までだって、そんなに経験があるわけじゃないんだけれど。

「どうかな?」

 顔を上げた先生が尋ねてくる。

「一息つくどころか、頭がクラクラして体が火照ってます」

 正直にそう答えると、先生はニッコリと笑った。

「論文を書いている時に、調べものをしていて見つけたことなんだけど、口の中ってね、意外と感じやすい場所が多いんだよ。例えば……」

 そう言って先生は、再びキスして舌を絡めてきた。そして舌の先端が私の舌の裏側を撫でたとたん、足から力が抜けてその場にくずおれそうになる。きっと先生が支えてくれていなかったら、その場にへたり込んでしまっていたんじゃないかな。

「ね?」
「それって、医学と関係あるんですか?」
「どうなのかな。東洋医学絡みでツボのことを調べていくうちに、なんとなく辿り着いた性感帯についての知識だから、あまり関係ないかもね」
「どうしてツボからそっちに……」
「うーん、それこそ人体の不思議ってやつかな。だけど、その知識で天森さんが感じてくれたのは嬉しいな」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて私を見下ろす先生。下心はともかく、邪気らしきものはまったく見受けられない笑みではあるけれど、どうやっても逃がしてもらえそうにない。

「少しは落ち着けたみたいだから、まずは靴を脱いであっちに行こうか。こんなところで、いつまでも立っているのもあれだから」

 靴を脱いでリビングに行くと、テーブルの上には、パソコンとその横に医学書や分厚い本が積み上げられていた。先生は着ていたジャケットを脱ぐと、私の方に手をのばして、コートを脱がせてくれた。そしてソファの背もたれにかける。その手つきが少しだけ乱暴なのは、ノンビリした口調とは裏腹に気持ちが急いているから。

「今日は、上に放り込んだものは無いから、遠慮なく見てもらって構わないよ」

 そう言って、私をロフトの階段へといざなう。

「あの、まずはシャワー……」
「それは後で」

 ニッコリと笑う先生に背中を押され、そのまま問答無用でロフトの階段を一緒に上がった。そこは分厚いマットレスが敷かれていて、その横には電気スタンドやミニコンポが置かれている。だけど、それをゆっくり眺めている時間を先生は与えてくれるつもりは無いようで、私の服を脱がせ始めた。そして気がついたら、何も着ていない状態で横たわって、先生のことを見上げていた。

「ここに天森さんが寝たら、どんな感じだろうって思っていたけど、想像以上に良いね」

 そう言いながら自分の服を素早く脱ぐと、私の上に覆いかぶさってきた。

「そう言えば気がついてた?」
「何がでしょう?」
「天森さんから、かすかに梅の匂いがするって」
「???」

 何を言っているのか分からなくて首をかしげると、先生は大きな手で私の体を撫でながら微笑む。

「そっか、自分では気がついてないのか。かすかにね、梅酒のいい香りがするんだよ」
「それって飲みすぎってこと?」
「さあどうかな。体に良いから毎日飲んでいるって言ってたから、それでかもね」

 首筋に顔をうずめると、少しの間なにやら匂いを確かめている様子。その間も、指は脇腹から胸へと滑るように動いている。その指が円を描くように動くと、体が震えるぐらい感じてしまうのは、きっとさっき言っていた、人体の不思議で勉強したことを実践しているからに違いない。

「天森さんって、感じやすい体なんだね」
「そんなことないです、それはきっと先生のせい……!」

 まだキスと愛撫だけなのに、体の奥が熱く疼いて濡れはじめてたのが凄く恥ずかしい。だけど先生は、こっちの羞恥心なんておかまいなしに、指を走らせ唇を這わせて私のことを味わっている。

「それにね、良い匂いがするよ」
「それはさっきも聞きました……!!」

 まるで触り心地を楽しんでいるように、潤ってきた場所を撫で続ける指の感触に、息を詰まらせながら答えた。

「梅酒の匂いだけじゃなくて、天森さん自身の匂いってやつだよ。それが心地良い匂いだって感じるってことは、俺達は相性が良いってことなのかな」

 先生はそう言って、胸の先端を口に含んで軽く歯を立てる。その刺激に反応して、ジワリと潤いが増したのが自分でも分かったし、顔を上げた先生が嬉しそうな笑みを口元に浮かべたところを見ると、先生もそれを感じたに違いない。

「遺伝子的相性が匂いの感じ方で分かるなんて、人間にもまだ野生の本能が残っているみたいで面白いよね。あれ、なんでそこで笑うかな?」

 私の顔の変化に気がついたのか、先生が首を傾げた。

「だって先生ってば、言ってることがお医者さんみたいなんだもの」
「そりゃ僕は医者だから。だけど、天森さんがそれでは御不満だってことは分かった。真面目にこっちに集中しなさいってことだね、了解した」
「え、別にイヤなわけじゃなくて、聞くのが楽しいのに……っ」

 抗議の言葉をキス一つで封じると、先生は枕元にあった引き出しから小さな四角いものを取り出して、私の足の間に腰を落ち着けた。

「まあ他の医学的薀蓄は、あとでゆっくりと聞かせてあげるから」

 一体どれぐらい、エッチ関係の医学的薀蓄があるんだろうなんて疑問は、胎内に熱い塊が入ってきた途端に、頭の隅に追いやられてしまう。キスも愛撫も素敵だったけど、自分の体の中で動く先生のものを感じるのは、それとは比べ物にならないほどの快感だった。始めのうちは緩やかだった動きが徐々に激しくなってきて、思わず先生の首の後ろに腕を回してしがみつく。

「大丈夫? 痛くない?」

 こんな時でも相手のことを気遣うなんて、根っからのお医者さん精神の持ち主なのかな。返事の代わりにうなづくと、先生を引き寄せて自分からキスをする。先生はちょっと驚いたみたいだったけど、すぐにニッコリと微笑んで「じゃあ遠慮は要らないね」と言って、さらに激しく私のことを突き上げ始めた。前言撤回、お医者さん精神の持ち主だって思ったことは取り消し!!

「ごめん、頑張りすぎた?」
「……少し……」

 お互いに満足して、って言うか先生が満足して私のことを離してくれたのは、それからかなり経ってからのこと。久し振りのエッチだった私は、ちょっとした痛みに襲われていた。それに気がついた先生は、お風呂に連れて行ってくれて優しく洗ってはくれたんだけど、その後も寝かせてもらえず、結果的に結花ちゃんの「(お兄ちゃんが満足するのを)心行くまで堪能してください」という言葉を、身を以て経験することになったのだ。

 いや、もしかして結花ちゃんの言ったのは、こういう意味じゃなかったかもしれないんだけども……。
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