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小話

皆でお花見、そしてやっぱり……

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 今日は先生がお休みなので平日だけど家族そろってお弁当持参でお花見にやってきた。場所は病院の東側を流れている川の河川敷。そう、私とキャラメルが流されたあの川の上流にあたる場所だ。

「もう先生、その顔、なんとかならないのー?」

 お天気も良いし春休みに入っていたのでこの時間はお子さん連れが多い。皆で楽しそうにお弁当を広げているのを見ると何だかこっちまでほんわかした気持ちになってくる。

 なのに先生は何故か憂鬱そうな顔つきで私の隣を歩いていた。

「なんともならん。絶対に何かロクでもないことが起きるに違いない」

 先生の憂鬱の原因はこのお花見。

 なんでもちょっと前にうっかり桜でも見て帰ろうと仕事の帰りに立ち寄ったら、酔っ払いの大喧嘩に巻き込まれて病院に逆戻りする羽目になったんだとか。その前は年末に早く帰ったら階段から落ちてきて酔っ払いさんに巻き込まれて怪我をしちゃうし、自分がやり慣れないことをするとロクなことが起きないってことを実感しちゃったんだって。

 つまり、先生にとっては皆でお花見に来るってのはやり慣れないことの部類ってことになるみたい。でもさ、こんな近くに素敵なお花見ポイントがあるのに今回を含めて二回しか来たことがないなんてもったいないよね。

「にしたってその顔、もうちょっと考えた方が良いと思うんだけどな。せっかくのお花見なんだし」
「どんな顔だよ……」
「眉間にしわが寄ってて警戒心丸出しな顔」
「丸出しにもなるだろ。だって今の面子を見てみろ、東出家始まって以来の珍事だ」

 そうなんだよね。皆で桜を見ようってお義姉さん達と話し合って決めた今回のお花見。集まったのは二人のお兄さん達一家、それも両家ともなんとお兄さん付き。しかもその横には世界を飛び回っているはずの先生のお父さんとお母さんがニコニコしながら並んでいる。

「珍事とは失礼だな。素直に喜んだらどうなんだ、せっかく全員が集まったと言うのに」
「結婚式の時さえ揃わなかったんだぞ? それがどうして今日は全員が揃ってるんだ。親父達、日本で呑気に桜なんか見ていて良いのか?」

 先生てばまったく容赦ないんだから。それに結婚式の時は少なくとも披露宴の時は一瞬だけでも全員が揃ったじゃない? それにあの時だって最後に抜けていったのは先生だったんだし?

「心配するな。明日には出国してオーストラリアに向かう」

 お義父さんはニッコリと微笑みながら先生の質問にそう答えた。今はこうやって私達と一緒にいるけれどお義父さんとお義母さんは相変わらず世界中を駆け巡っている状態で、明日の今頃はもう飛行機の中なんだって。

 だからこの場合、先生は「もう少しゆっくりしていけないのか?」って労うべきだと思うんだけどな。

「兄貴達はどうなんだよ」

 そして先生の口撃はお義姉さんの横でお弁当や重たいものを持ってくれているお義兄さん達にも向けられた。

「立てていた本部はすべて容疑者逮捕で解散した。残っている俺の仕事は部下が提出する調書の書類に承認印を捺すだけだ。つまり部下の仕事が終わるまでは問題ない」

 ま、二日もしないうちにまた次の事件が起きるんだろうけどなとすました顔の秀俊お義兄さん。

 一課のお義兄さんがいう事件っていうのはつまりそういう事件だ。ってことは二日もしないうちにまた怖い事件が起きるの? 信じられないよ、日本って平和な国だと思っていたけどそれって私の思い違いってこと?

「俺は二ヶ月ぶりの完全休暇で全員が上陸して光合成中だ。次の出港? さて、いつになるのやら」

 すっとぼけた顔で俊哉お義兄さんも応じる。

 私の知らないところで日本を守っているお義兄さん達が、こんなふうに休暇をすごすことが貴重なのはお義姉さんや姪っ子ちゃん達の反応を見ていると良く分かる。お義兄さんを含めた乗組員の人達が少しでも長く家族とのんびりできたら良いんだけど。

「良かったじゃない、初めてのお花見に皆で集まれて。せっかくだから家族で記念写真撮らなきゃ。姿は見えないけどここにもう一人いるわけだから本当に全員集合だし」

 膨らみ始めたお腹に手をやった。生まれてくるのはもう少し先だけど東出家の新しい家族予定者が約一名。ちなみに性別は調べてもらってもう男の子だって分かってる。お義兄さんのところは全員が女の子なので東出家にとっては先生以来の男の子ってことで、初孫誕生になる猫田家を含めて両家共々ちょっとしたフィーバー状態だ。

「こう言っちゃなんだが絶対に何か起きるに違いない。恵、俺達の側から離れるなよ?」
「もう先生ってば心配し過ぎだって。いくら自分がロクな目に遭ってないからって私達まで同じ目に遭うとは限らないんだからね?」
「そうなったらそうなった時のことだろ。医者と警官と自衛官がいるんだ、余程のことがない限り対処できる」

 秀俊お義兄さんってばそれ、何の慰めにもなってなくて逆に先生の心配を煽っただけな気がするんだけど……。もしかしてわざと?


+++


 皆で綺麗に咲いた桜の木の下にシートを敷いてお弁当を広げる。それぞれの担当は事前に話し合って決めて持ち寄ったものだ。私と先生はおにぎり担当で、キャラメルに邪魔されながらも二人で頑張ってたくさん作って持ってきていた。

「食べる前に皆で写真を撮ろうか?」

 お隣の場所でお花見をしていた大学生グループのお兄さんが写真撮りますよって申し出てくれたのでありがたくお願いすることにする。何枚かシャツターを切ってもらってお礼に持ってきたマフィンをあげた。

「写真、出来上がってくるの楽しみだね。大判にして飾らなきゃ」
「恵さんの御実家の方は桜はいつ頃に咲きそうなの?」

 お茶をコップに注ぎながらお義母さんが尋ねてくる。

「こっちとそれほど変わらないんですよ? 満開はこっちの一週間遅れぐらいかな」
「そうなの。私、一度でいいから元気なうちに南から順番に桜前線を列島を北上してみたいって思ってるのよね」
「……」

 お義父さんが急に静かになったというか気配を消しちゃったっていうか。姪っ子ちゃん達もそれに気づいたのかお義父さんの方をニヤニヤした顔で見ている。

「お爺ちゃん、そろそろ患者ではなく自分の妻に目を向けるべきだと思うんだけどなあ~?」
「……」
「患者さん達はお爺ちゃんに感謝はしてくれるけど老後の面倒までは見てくれないよ~?」
「…………」

 お孫さん達に言われてますます気配を消しちゃった。ちょっとした無の境地に陥ってたりして。

「てか、お婆ちゃんがお爺ちゃんについていくのやめても問題ないんだよね?」
「お婆ちゃんの桜前線北上旅行、私達が付き合うよ? あ、それから紅葉の南下旅行も楽しそうだよね? 計画、立てちゃおうかな~~」
「あら、それも良いわね、なんだか楽しそう」

 言われたい放題のお義父さんの救援をしなくても良いの?って先生の方に視線を向けたけどまったく気にしてる様子がない。いいのかなフルボッコのお義父さんを放置しちゃってて。

「気にするな。ああ言われても本人はまだ当分今の生活を続けるつもりだしそれはお袋も分かってる。それなりに本人達も今の生活を楽しんでるからかまわないんだよ」
「そうなの?」
「少なくともパスポートの入出国のハンコをおす場所がそろそろヤバいって俺達に見せるぐらいには楽しんでるな。そのうち恵にも見せにくると思うぞ?」

 だったら良いんだけど。

 皆で揃ってお弁当を食べながら写真を撮ったりしていたら、急に川沿いの場所から騒ぎ声が聞えてきた。その声に真っ先に反応したのは秀俊お義兄さんだった。直ぐに声のする方を見て立ち上がる。

「どうした?」

 先生が眉をひそめてお義兄さんを見上げた。

「俊哉、一緒に来い」
「分かった」

 俊哉お義兄さんも立ち上がる。

「俺は?」
「お前達はここにいろ。そっちの方面で手が必要なら連絡する」
「分かった」

 私達は二人のお義兄さんが行ってしまうのを見送った。

「ほら見ろ、やっぱりロクなことが起きないじゃないか」
「これだけ人が集まっててお酒が入ったら何かしら騒ぎが起きるものよ。克俊は気にしすぎ」
「お義母さんのいうとおりだよ。先生のロクなことってのは人が上から降ってきたりすぐそばで酔っ払いが暴れたりすることでしょ? それはロクなことには含まれないと思う」

 そうそうとお義姉さん達も頷く。先生は私達の意見に異議ありって顔をしていたけど数には勝てないと思ったのか複雑な顔をしたまま黙り込んでしまった。こういうところはお義父さんの行動パターンに似てるかも。

 そしてお義兄さん達が帰ってこないままデザートのババロアを食べていたところで救急車のサイレンの音が聞こえてきた。私達がいる場所からかなり離れた場所で赤色灯がパカパカと光らせながら止まっているのが見える。

 こうなると落ち着かなくなるのがお医者さんのさがってやつなのかな。先生とお義父さんは落ち着かない様子でそっちの方をチラチラと見始めた。お母さんは「あらあら大変ね」と言っただけでお義姉さん達とお喋りをしながらババロアの横に置いてあったプチケーキを食べ始める。なんだか男性陣と女性陣でまったく様子が違うんだけど。

「?」

 その時、電話にメッセージが入ってきたらしく先生が携帯電話の画面を覗き込んだ。

「なに?」
「兄貴からだ」

『大事ない、お前も親父も来るな』

「……救急車が来たのに大事ないっておかしいだろ」
「お休み中なんだから来なくて良いってことじゃない? 搬送先にもお医者さんはいるんだから」
「だがなあ……」

 すると更にメールの追撃が届く。

『搬送先はお前の病院じゃない。首を突っ込んでの縄張り荒らし禁止』

「……お義兄さん、よく分かってるね、先生の性格」
「別に縄張りを荒らそうなんて思ってないぞ、俺は」
「でもついて行ったら手を出したくなるんでしょ? 搬送先の病院の先生からしたら立派な縄張り荒らしだと思うな」
「……」

 あ、黙っちゃった。ってことは図星ってことじゃない? そう考えると温泉に泊りに行った時は大丈夫だったのかなと改めて心配になってきた。あの時の行った先の病院で迷惑かけてなければ良いんだけどな……。

 救急車が河川敷から離れてしばらくしてからお義兄さん達が帰ってきた。

「なにがあったの?」

 香津美お義姉さんが秀俊お義兄さんに質問をする。

「ん? ああ、酔っ払い集団が勢いで川に飛び込んだらしい。一人がなかなか浮いてこなくて騒ぎになったんだ。大丈夫、ちゃんと引き上げられたし生きてる。念のために搬送させた」
「なんで川に飛び込むかなあ……」
「そこに川があるから?としか言いようがないな。さてと、俺達のデザートは残ってるか?」
「もちろん。二人分ちゃんと確保しておいたわよ」

 お義兄さん二人はシートに腰をおろすと穂香お義姉さんかせデザートのババロアを受け取った。


 そして次に東出家全員がこんなふうに集まることになるのはこのお花見から十年後になるんだけど、この時の私はまさかそんなに時間があくとは思ってもみなかったんだよね……。私、まだまだ東出家のことが分かってなかったみたい。
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