15 / 34
本編
第十五話 初デート 1
しおりを挟む
講義が終わって校門に向かうと、警備員のおじさん達の詰め所から少し離れた場所に、但馬さんが立っていた。
今日はもちろん私服姿。知り合ってからずっと制服姿しか見ていないから、私服姿がすごく新鮮な感じだ。そして、どのぐらいその場にいたのかは分からないけれど、警備員のおじさんにチラチラ見られて、すごく居心地が悪そうだった。あの状況から早く助け出してあげないと!
「おじさん、おつかれさまです、さようなら! お待たせしました、但馬さん」
警備員さん達に挨拶をしてから、但馬さんに声をかける。但馬さんは、ホッとした様子で微笑んだ。
「おつかれさま。早々に出てきてくれて助かった。ずっと見張られていて、気が気じゃなかったよ」
「だから言ったじゃないですか。駅で待ち合わせたほうがいいですよって」
「あそこまでジロジロみられるとは、思ってなかったんだ。すごいな。うちの警務隊より、チェックが厳しいかも」
歩き始めてからも後ろを気にしている。どうやらまだ、警備員さんのチェックが続いているらしい。
「まだ見られてる……」
「うちの警備員さん、学生さんの安全は俺達が守るって、そりゃあ熱く燃えてますからね。但馬さんだから、まだ見るだけですんだんだと思いますよ? 不審者認定されたら、すぐに話しかけてきますから」
友達が付き合っているカレシが、何度もあそこで捕まっているのを見かけるし、逆に但馬さんが声をかけられなかったほうが不思議なぐらいだ。まあ、この穏やかなニコニコスマイルを見たら、とても不審者には見えないだろうけど。
「あれだけ不審そうに見つめられ続けたら、素直に喜べないよ……」
溜め息まじりに笑いながら、私を見下ろした。そしてなにかに気がついたのか、少しだけ首をかしげる。
「ほなみちゃん、もしかして腕時計を変えた?」
そう言いながら、私の手首を指でさした。
「あ、これですか? そうなんですよ。姉がね、無理やり買ってくれたんです。前のやつのほうが慣れてて見やすいから、買わなくていいって言ったんですけど、何十年も使ってるなんて、物持ちよすぎでありえないって」
「何十年?」
「まあ何十年は大袈裟だけど、少なくとも中学生の時から使ってましたから、そろそろ十年?」
「そうなんだ。前のは面白いヤツだったけど、今度のは可愛いね。こっちのほうが、ほなみちゃんらしいかな」
「面白い……前の、やっぱり悪趣味な腕時計だったかな……」
姉達が、私の雰囲気の腕時計はこれとだと熱心に推していたけど、どうやらそれは間違いではなかったらしい。あの時計、気に入っていたんだけどな。赤と黄色の市松模様のバンドや文字盤は、さすがに悪趣味の域だったかな……。
「いやいやそんなことないよ。個性的で面白いデザインだなと思ってただけなんだ」
「それって、やっぱり悪趣味だと思ってたんじゃ? 個性的なデザインって、あまりほめ言葉には聞こえないですよ」
私がボソッと反論すると、但馬さんは困ったように笑った。
「いや、そこまでは思ってないよ。あまり見たことのない色使いの腕時計だなとは、思ってたけど……」
「やっぱり変な時計だと思われてたんだ……」
「んー……俺なら買わないな的なデザイン?」
「やっぱり!! 絶対に変な時計してるって思ってたでしょ?」
但馬さんが私の言葉に笑う。
「面白いデザインだったから、気に入ってるんだろうなって思ってた。そこは当たりだろ?」
「……まあ、そうなんですけどね」
「悪趣味な時計」ではなく、あくまでも「面白い時計」と言い張っているから、許してあげることにしよう。
「あ、そう言えばこの時計を買ったお店の人が、男の人って、けっこう腕時計にこだわってる人が多いって言ってました。但馬さんも、そこそここだわるほう?」
時計を見ていた時に、店員さんと姉達が話していたのを思い出したので、質問をしてみる。
「俺? んー、どうかな。仕事中でも邪魔にならず、文字盤が見やすいものをって考えて選んだやつだから、その店員さんが言うようなこだわりは、持ってないと思うけど」
「サラリーマンさんでも、百万円以上する腕時計を買う人がざらにいるそうですよ。それもけっこう高そうですよね」
但馬さんの腕時計を見せてもらう。国内メーカーの腕時計で、バンドの部分はメタリック製。それと文字盤の中には時計とは別に、私には分からない小さな文字盤がいくつかついている。時計本体の部分が大きくて、見るからに重そうな腕時計だ。
「しかも重たそう。これだけでも、肩こりの原因になりそうですよ」
「お蔭様で今日は、頭痛にも肩こりにも悩まされていないよ。それとこれ、重さはともかく、ほなみちゃんが思っているよりずっと安いと思う」
「でも少なくとも、私が前にしていたやつよりは高いでしょ?」
「そりゃあまあ、多分?」
あれはビンゴの景品だったわけだし。
「見やすくて軽ければなんでも良いやって思っていたけど、こういうのもかっこいいですね。職場ではこれにしなさいとか、そういうのはあるんですか?」
「いや、特にこれといったメーカー指定はないな。みんな自分の好きなのをしているよ。ただ職種によって、似たものにかたよっていく傾向はあるみたいだけどね」
「へえ……制服と同じで、専用の腕時計があるんだと思ってました」
ちょっとびっくりだ。
「マニアックな人向けに、自衛隊公認モデルって形で売られているけど、それを俺達が実際に使っているかとなると、話は別かな」
「なるほど~」
航空祭でも色々なグッズが売られていたし、その腕時計は見たことないけど、ちょっとでも自衛隊を身近に感じたい人にとっては、たまらない商品なんだろうなと思った。
+++++
映画館が入っているショッピングモールに到着すると、ちょうど次の上映時間まで30分だった。そのまま館内に入ると、チケットを買ってジュースとポップコーンを買う。
「この時間帯で良かった? 一本遅くなるけど、観る前になにかお腹に入れてからにすれば良かったんじゃ?」
ちょっと小腹が空いたかなと思っていたのが顔に出たのか、但馬さんが聞いてきた。
「ジュースとポップコーンがあるから、大丈夫だと思いますよ。ただ、もし映画を観ている途中で、私のお腹が鳴っても、知らん顔しておいてくださいね」
「了解しました」
映画が始まる前にと、但馬さんにポップコーンとジュースを任せてお手洗いに行った。戻ってくると、但馬さんはフロアーに貼られている上映予定の映画のポスターを、熱心にチェックしているところだった。私も隣に立ってそれをながめる。年明けから、あれこれ気になる映画が目白押しだ。
「但馬さん、なにか気になる映画はありました?」
「そうだなあ……まずはこれとこれ、かな」
但馬さんが指でさしたのは、私が観たいと思ったアクション映画2作。
「それ、私も観たいと思ってるやつ。あと、こっちも面白そうかなー」
そう言いながら、別の映画のポスターを指でさす。こっちは独特な雰囲気の、歴史ファンタジーっぽい映画だ。
「ああ、それもちょっと気になってた。上映が始まって、こうやってお互いの時間が合うようなら、また一緒に観にこようか」
「賛成! 但馬さんのお蔭で、これから新しい映画が来るのが楽しみになってきました!」
「デートが映画鑑賞ばっかりになっても問題ないのかな、ほなみちゃんは」
但馬さんが愉快そうな笑みを浮かべて言った。
「問題ないですよ。もし他のところに行きたいなって思ったら、その時はちゃんと言いますから。もちろん但馬さんも、その時はちゃんと行ってくださいよね。でも自衛官さんて、勝手にあっちこっち行っちゃダメなんでしたっけ?」
家族旅行で遠方に行く時に、よく父親が申請がどうのとか許可がどうのとか言っていたのを、思い出した。緊急の呼び出しがあるのは、消防士も自衛官も同じ。もしかして、そういうのがあったりする?
「まあ距離によるけど、県をまたいで移動する時は、事前の申請が必要になるかな。だから、急に思い立ってちょっと足を延ばそうかっていうのは、なかなか難しいね」
「え、じゃあ今回も?」
私が通う大学は、家から乗り継ぎ一回で来れる場所だけど、そこそこ時間はかかるし県外だ。
「まあね」
「へー……なんだか思っていたより大変ですね、自衛官として生活するのって。休みの日もそれって、窮屈じゃないですか?」
「慣れてしまったのもあるけど、そんなふうには感じたことはないかな」
但馬さんは私の質問に微笑んだ。
「それに陸海空だけじゃなく、公安系の職につく人間は、たいていがそうじゃないかな。ほなみちゃんのお父さんも、そうじゃなかった?」
「小さい頃は、そんなこと全然気にしてなくて。まあ、サラリーマンとは違うのは分かってましたけど、週末の休みには、普通に家族でお買い物もしてたし。遠方に旅行に行くのだって、父が事前に申請しているのを知ったのは、高校に入ってからだったんですよ」
「それで大変だなって思った?」
その問い掛けに首を横にふる。
「高校生になるまで、まったく気がつかなかったぐらいですからね。両親はともかく、私や姉が窮屈だなって思ったことは、一度もなかったかも」
「そういう思いを子供たちにさせないように、気配りをしていたんだね、きっと。いい御両親だ」
但馬さんはにっこりと微笑んだ。
映画が上映されるスクリーン入って席に座ると、但馬さんがなにやらゴソゴソしはじめた。そしてポップコーンのカップの上になにかを乗せる。
「?」
「お腹の足しになるかどうか分からないけど、プチシュークリーム。ほなみちゃんがお手洗いに行ってる間に買ってきた」
だけどそれは、映画館では売られてはいないものだ。ってことは、映画館のフロアの下にある、お菓子売り場で買ってきたってことになる。
「ジュースとポップコーンを持ったままで、下のお菓子売り場に行ってきたんですか?」
「カウンターのところに立っていたスタッフさんに、すぐに戻るのでみていてくださいって、お願いしたら快く引き受けてくれたよ?」
「うわー、恐るべしニコニコスマイル」
「え、なにがスマイル?」
但馬さんが首をかしげた。
「但馬さんのそのニコニコスマイルに頼まれたら、誰も断れないってことですよ。もしかして但馬さん、広報さん向きなんじゃ?」
「そう? 俺よりほなみちゃんのマイルのほうが、広報向きだと思うけどな」
「て言うかこれ、スタッフさんによく見つかりませんでしたね。一応ここって、食べ物と飲み物の持ち込みは禁止でしょ? 注意されなかったんですか?」
私も、今の今まで但馬さんがそんなものを隠し持っているなんて、気づきもしなかったのに。
「まあ、隠すところはいろいろあるってことだね。ああ、もちろん変なところに隠してきたわけじゃないから、御心配なく。だけど、さっさと食べちゃうことをお勧めするよ。ここに、映画館のスタッフさんがやってこないとも限らないし、誰が見ているか分からないからね」
そう言ってニッと笑う。そのスマイルは、いつもよりちょっとだけ邪悪な成分を含んでいたかも。
今日はもちろん私服姿。知り合ってからずっと制服姿しか見ていないから、私服姿がすごく新鮮な感じだ。そして、どのぐらいその場にいたのかは分からないけれど、警備員のおじさんにチラチラ見られて、すごく居心地が悪そうだった。あの状況から早く助け出してあげないと!
「おじさん、おつかれさまです、さようなら! お待たせしました、但馬さん」
警備員さん達に挨拶をしてから、但馬さんに声をかける。但馬さんは、ホッとした様子で微笑んだ。
「おつかれさま。早々に出てきてくれて助かった。ずっと見張られていて、気が気じゃなかったよ」
「だから言ったじゃないですか。駅で待ち合わせたほうがいいですよって」
「あそこまでジロジロみられるとは、思ってなかったんだ。すごいな。うちの警務隊より、チェックが厳しいかも」
歩き始めてからも後ろを気にしている。どうやらまだ、警備員さんのチェックが続いているらしい。
「まだ見られてる……」
「うちの警備員さん、学生さんの安全は俺達が守るって、そりゃあ熱く燃えてますからね。但馬さんだから、まだ見るだけですんだんだと思いますよ? 不審者認定されたら、すぐに話しかけてきますから」
友達が付き合っているカレシが、何度もあそこで捕まっているのを見かけるし、逆に但馬さんが声をかけられなかったほうが不思議なぐらいだ。まあ、この穏やかなニコニコスマイルを見たら、とても不審者には見えないだろうけど。
「あれだけ不審そうに見つめられ続けたら、素直に喜べないよ……」
溜め息まじりに笑いながら、私を見下ろした。そしてなにかに気がついたのか、少しだけ首をかしげる。
「ほなみちゃん、もしかして腕時計を変えた?」
そう言いながら、私の手首を指でさした。
「あ、これですか? そうなんですよ。姉がね、無理やり買ってくれたんです。前のやつのほうが慣れてて見やすいから、買わなくていいって言ったんですけど、何十年も使ってるなんて、物持ちよすぎでありえないって」
「何十年?」
「まあ何十年は大袈裟だけど、少なくとも中学生の時から使ってましたから、そろそろ十年?」
「そうなんだ。前のは面白いヤツだったけど、今度のは可愛いね。こっちのほうが、ほなみちゃんらしいかな」
「面白い……前の、やっぱり悪趣味な腕時計だったかな……」
姉達が、私の雰囲気の腕時計はこれとだと熱心に推していたけど、どうやらそれは間違いではなかったらしい。あの時計、気に入っていたんだけどな。赤と黄色の市松模様のバンドや文字盤は、さすがに悪趣味の域だったかな……。
「いやいやそんなことないよ。個性的で面白いデザインだなと思ってただけなんだ」
「それって、やっぱり悪趣味だと思ってたんじゃ? 個性的なデザインって、あまりほめ言葉には聞こえないですよ」
私がボソッと反論すると、但馬さんは困ったように笑った。
「いや、そこまでは思ってないよ。あまり見たことのない色使いの腕時計だなとは、思ってたけど……」
「やっぱり変な時計だと思われてたんだ……」
「んー……俺なら買わないな的なデザイン?」
「やっぱり!! 絶対に変な時計してるって思ってたでしょ?」
但馬さんが私の言葉に笑う。
「面白いデザインだったから、気に入ってるんだろうなって思ってた。そこは当たりだろ?」
「……まあ、そうなんですけどね」
「悪趣味な時計」ではなく、あくまでも「面白い時計」と言い張っているから、許してあげることにしよう。
「あ、そう言えばこの時計を買ったお店の人が、男の人って、けっこう腕時計にこだわってる人が多いって言ってました。但馬さんも、そこそここだわるほう?」
時計を見ていた時に、店員さんと姉達が話していたのを思い出したので、質問をしてみる。
「俺? んー、どうかな。仕事中でも邪魔にならず、文字盤が見やすいものをって考えて選んだやつだから、その店員さんが言うようなこだわりは、持ってないと思うけど」
「サラリーマンさんでも、百万円以上する腕時計を買う人がざらにいるそうですよ。それもけっこう高そうですよね」
但馬さんの腕時計を見せてもらう。国内メーカーの腕時計で、バンドの部分はメタリック製。それと文字盤の中には時計とは別に、私には分からない小さな文字盤がいくつかついている。時計本体の部分が大きくて、見るからに重そうな腕時計だ。
「しかも重たそう。これだけでも、肩こりの原因になりそうですよ」
「お蔭様で今日は、頭痛にも肩こりにも悩まされていないよ。それとこれ、重さはともかく、ほなみちゃんが思っているよりずっと安いと思う」
「でも少なくとも、私が前にしていたやつよりは高いでしょ?」
「そりゃあまあ、多分?」
あれはビンゴの景品だったわけだし。
「見やすくて軽ければなんでも良いやって思っていたけど、こういうのもかっこいいですね。職場ではこれにしなさいとか、そういうのはあるんですか?」
「いや、特にこれといったメーカー指定はないな。みんな自分の好きなのをしているよ。ただ職種によって、似たものにかたよっていく傾向はあるみたいだけどね」
「へえ……制服と同じで、専用の腕時計があるんだと思ってました」
ちょっとびっくりだ。
「マニアックな人向けに、自衛隊公認モデルって形で売られているけど、それを俺達が実際に使っているかとなると、話は別かな」
「なるほど~」
航空祭でも色々なグッズが売られていたし、その腕時計は見たことないけど、ちょっとでも自衛隊を身近に感じたい人にとっては、たまらない商品なんだろうなと思った。
+++++
映画館が入っているショッピングモールに到着すると、ちょうど次の上映時間まで30分だった。そのまま館内に入ると、チケットを買ってジュースとポップコーンを買う。
「この時間帯で良かった? 一本遅くなるけど、観る前になにかお腹に入れてからにすれば良かったんじゃ?」
ちょっと小腹が空いたかなと思っていたのが顔に出たのか、但馬さんが聞いてきた。
「ジュースとポップコーンがあるから、大丈夫だと思いますよ。ただ、もし映画を観ている途中で、私のお腹が鳴っても、知らん顔しておいてくださいね」
「了解しました」
映画が始まる前にと、但馬さんにポップコーンとジュースを任せてお手洗いに行った。戻ってくると、但馬さんはフロアーに貼られている上映予定の映画のポスターを、熱心にチェックしているところだった。私も隣に立ってそれをながめる。年明けから、あれこれ気になる映画が目白押しだ。
「但馬さん、なにか気になる映画はありました?」
「そうだなあ……まずはこれとこれ、かな」
但馬さんが指でさしたのは、私が観たいと思ったアクション映画2作。
「それ、私も観たいと思ってるやつ。あと、こっちも面白そうかなー」
そう言いながら、別の映画のポスターを指でさす。こっちは独特な雰囲気の、歴史ファンタジーっぽい映画だ。
「ああ、それもちょっと気になってた。上映が始まって、こうやってお互いの時間が合うようなら、また一緒に観にこようか」
「賛成! 但馬さんのお蔭で、これから新しい映画が来るのが楽しみになってきました!」
「デートが映画鑑賞ばっかりになっても問題ないのかな、ほなみちゃんは」
但馬さんが愉快そうな笑みを浮かべて言った。
「問題ないですよ。もし他のところに行きたいなって思ったら、その時はちゃんと言いますから。もちろん但馬さんも、その時はちゃんと行ってくださいよね。でも自衛官さんて、勝手にあっちこっち行っちゃダメなんでしたっけ?」
家族旅行で遠方に行く時に、よく父親が申請がどうのとか許可がどうのとか言っていたのを、思い出した。緊急の呼び出しがあるのは、消防士も自衛官も同じ。もしかして、そういうのがあったりする?
「まあ距離によるけど、県をまたいで移動する時は、事前の申請が必要になるかな。だから、急に思い立ってちょっと足を延ばそうかっていうのは、なかなか難しいね」
「え、じゃあ今回も?」
私が通う大学は、家から乗り継ぎ一回で来れる場所だけど、そこそこ時間はかかるし県外だ。
「まあね」
「へー……なんだか思っていたより大変ですね、自衛官として生活するのって。休みの日もそれって、窮屈じゃないですか?」
「慣れてしまったのもあるけど、そんなふうには感じたことはないかな」
但馬さんは私の質問に微笑んだ。
「それに陸海空だけじゃなく、公安系の職につく人間は、たいていがそうじゃないかな。ほなみちゃんのお父さんも、そうじゃなかった?」
「小さい頃は、そんなこと全然気にしてなくて。まあ、サラリーマンとは違うのは分かってましたけど、週末の休みには、普通に家族でお買い物もしてたし。遠方に旅行に行くのだって、父が事前に申請しているのを知ったのは、高校に入ってからだったんですよ」
「それで大変だなって思った?」
その問い掛けに首を横にふる。
「高校生になるまで、まったく気がつかなかったぐらいですからね。両親はともかく、私や姉が窮屈だなって思ったことは、一度もなかったかも」
「そういう思いを子供たちにさせないように、気配りをしていたんだね、きっと。いい御両親だ」
但馬さんはにっこりと微笑んだ。
映画が上映されるスクリーン入って席に座ると、但馬さんがなにやらゴソゴソしはじめた。そしてポップコーンのカップの上になにかを乗せる。
「?」
「お腹の足しになるかどうか分からないけど、プチシュークリーム。ほなみちゃんがお手洗いに行ってる間に買ってきた」
だけどそれは、映画館では売られてはいないものだ。ってことは、映画館のフロアの下にある、お菓子売り場で買ってきたってことになる。
「ジュースとポップコーンを持ったままで、下のお菓子売り場に行ってきたんですか?」
「カウンターのところに立っていたスタッフさんに、すぐに戻るのでみていてくださいって、お願いしたら快く引き受けてくれたよ?」
「うわー、恐るべしニコニコスマイル」
「え、なにがスマイル?」
但馬さんが首をかしげた。
「但馬さんのそのニコニコスマイルに頼まれたら、誰も断れないってことですよ。もしかして但馬さん、広報さん向きなんじゃ?」
「そう? 俺よりほなみちゃんのマイルのほうが、広報向きだと思うけどな」
「て言うかこれ、スタッフさんによく見つかりませんでしたね。一応ここって、食べ物と飲み物の持ち込みは禁止でしょ? 注意されなかったんですか?」
私も、今の今まで但馬さんがそんなものを隠し持っているなんて、気づきもしなかったのに。
「まあ、隠すところはいろいろあるってことだね。ああ、もちろん変なところに隠してきたわけじゃないから、御心配なく。だけど、さっさと食べちゃうことをお勧めするよ。ここに、映画館のスタッフさんがやってこないとも限らないし、誰が見ているか分からないからね」
そう言ってニッと笑う。そのスマイルは、いつもよりちょっとだけ邪悪な成分を含んでいたかも。
14
お気に入りに追加
424
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
僕の主治医さん
鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。
【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる