報酬はその笑顔で

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
13 / 34
本編

第十三話 side - 但馬

しおりを挟む
「無事に終わってやれやれだなあ」
本城ほんじょうさんもお疲れ様です」

 普段なら、アラート待機が終わったら報告書を提出して帰宅する本城一尉達も、今日は遅くまで基地内の片づけで残っていた。いくつか大きなゴミがエプロンに落ちていたことと、敷地外での違法駐車に警察が動いたことを除けば、今年の航空祭も成功裏に終わったと言っても良いだろう。

「どうだった? 招待したお客さん達には楽しんでもらえたか?」
「小さいお子さん達の質問攻めがすごかったですよ。やはりああいうものを実際に目にすると、男の子は好奇心がかき立てられるんでしょうね。相手が小学生なので、あれこれ説明するのが難しかったです」

 にぎやかな子供達の様子を思い出すと、自然と笑みが浮かんでくる。正直言って、最初は小学生の子供達が五人も来ると聞いて身がまえていたのだが、思いのほか自分自身も楽しめた一日だった。

「男の子の夢ってやつだな」
「そんなところですね」

 もちろん女の子の姪っ子さんも、その質問攻めの一員だった。だが実際に戦闘機や航空機を見て興奮するのは、やはり甥っ子さん達のほうだ。

「俺も入隊してから初めて、ブルーの展示をゆっくり見ることができました。アラート待機のシフト、配慮していただいてありがとうございます。本城さんの奥さんとお子さんには、申し訳ないことをしました」
「いやいや。あの子を招待しろって提案したのは俺だから。小さい子が多いと大変だったろ」
「でも楽しかったですよ。今回のことがきっかけになって、子供達にとって将来の夢の一つになればと思います」

 自衛官は、将来の夢としては簡単に語れない部分が多くある仕事だ。それでも今日のことで、将来の選択肢の一つとして、あの子達の頭のすみに残ってくれたらと思う。

「リクルート活動、ご苦労さん。俺からのおごりだ」

 そう言いながら本城さんは、自動販売機で買った缶コーヒーの一本を投げてよこしてくれた。

「ありがとうございます。ところで、来年は展示飛行に志願しようと思うんですが、どう思いますか?」
「そりゃ、お前の技量なら見せる飛行も可能だろうさ。だがえらく気が早いな、なんでまた?」
「俺が飛んでいるところを見たいらしいので」
「……」

 缶コーヒーを飲んでいた本城さんが、変な顔つきをして俺を見つめる。

「誰が、お前の飛んでるところを見たがってるって?」
「ほなみちゃんですよ。それだけが心残りらしいです。誰が飛んでも顔が見えるわけでもないし、同じだと思うんですけどね」
「……スマイリーよ」

 いきなりタックネームで呼ばれて首をかしげた。

「なんですか、いきなり」
「それってお前、キルされたんじゃ?」
「は?」

 キルとは俺達が使う用語で、相手に撃墜げきついされた時に使うものだ。

「なんで俺がキルされるんですか。ほなみちゃんは民間人ですよ」
「正確には彼女はなんて言った?」

 俺の質問を無視して、本城さんが質問をしてくる。そう問われ、彼女がなんと言ったか思い返す。

「俺が飛んでいるのを見られなかったのが残念だと」
「で?」
「それで、来年の航空祭の展示飛行で飛びますかって聞かれたので、まだ決まっていないけど、そんなに見たいなら、来年の展示飛行に志願しないといけないなと答えました」
「その返事に相手はなんて?」

 本城さんはさらに先をうながした。

「俺が飛ぶのを見るのを楽しみにしていると。でも、今年の航空祭が終わったばかりなのに気が早いことですよ。一年も先のことです、俺自身が志願するのを忘れなければ良いんですが」
「おいおい、スマイリー」

 本城さんがニタッと笑う。

「しっかりしろ、三沢みさわのルーキー。お前、一年先までキープされてちまってるじゃないか。しかも、自分からのこのこされにいくとはな」
「キープって」
「一年先までキープされてるってことはだ、それはつまり、キルされたってことなんじゃないのか? なんとまあ、お前が先手を打たれるとはな。最近の女子はなかなか攻めるな」
「いや、彼女もそこまで深く考えてないでしょ。たとえキープしたつもりだとしても、ピンポイントで、航空祭当日の一日ぐらいなもんですよ」

 単に、顔見知りのパイロットが飛んでいるのを、見たいと思ったに違いない。そしてそれがたまたま、自分だっただけのことだ。

「最近の子は分からんぞ?」

 本城さんは相変わらずニタニタしている。気持ち悪い薄ら笑いを浮かべながら歩く後ろをついていく。

「あの、そもそも次に会うことすら約束してないんですが」
「それでも一年先の航空祭は、さっさとおさえられたじゃないか。連絡先の交換はしたんだよな? 向こう一年待機の手始めに、お前からデートにでも誘ってやれば?」
「連絡先に関しては、航空祭のことでなにかあった時のためにと交換しただけですよ。それ以外のことで連絡したら、相手に訴えられるんじゃ?」

 俺の言葉に、本城さんは口をへの字に曲げる。

「なんだよ。本当に俺がお前に言った、薬の礼を口実にしろってのしか頭になかったのか? 朴念仁ぼくねんじんにもほどがあるぞ」
「そりゃあそれだけじゃありませんが、別に不純な動機で誘ったわけじゃないですよ。自分達の職場がどんなものか、見てもらいたかったというのもありましたし」

 本城さんは溜め息をつきながら、俺の顔を見た。

「不純てなあ……お前、カノジョはいないんだよな?」
「今のところは……」
「一年後の展示飛行、単なる知り合いの学生さんに見てもらうか、カノジョに見てもらうか、どっちにしたいんだ?」
「そりゃあ……」
「どうなんだよ」
「カノジョに見てもらうのが良いに決まってます。誰だってそうなんじゃないですか?」

 普段はなかなか見せることのない、自分達が操縦桿を握り戦闘機を駆っている姿。航空祭はそれを見せる唯一の機会だ。誰だって大切な人に、自分が飛んでいるところを見てほしいと思うに決まっている。

「だったら、出会いは大事にしないとなあ。俺達は、なかなかその手の出会いに恵まれないからな。守りたいものがあってこその自衛官だぞ? それにだ、せっかく彼女のほうからキープしてくれたんだ。ここは最大限にチャンスをいかさないと、男じゃないだろ」
「チャンスとか……」

 他人事だと思ってすっかり楽しんでいる。

「お客が頭痛で悩まされているのに気づいて薬をくれるなんて、そうないぞ?」
「ええ、そこはとても感謝してます」

 あんなふうに人に気遣ってもらったのは数年ぶり、いや十数年ぶりかもしれない。

「あの子、可愛いよな?」
「たしかに可愛いですね」
「笑顔もいいよな? お前の不気味スマイルとはまったく違う」
「接客時の笑顔もさわやかですよ。っていうか、俺の不気味スマイルとか余計なお世話ですよ」

 余談ではあるが、飛行隊の連中が言うには、俺の笑顔は非常に怖いらしい。

「いいんじゃないか?」
「なにがですか」
「ぬわぁぁぁぁ、この朴念仁ぼくねんじんめがっっっっ」

 本城さんは頭をかきむしりながら叫ぶと、俺の首にガッと腕を回して引き寄せた。

「いい子だろ、自分のカノジョにしたいと思わないのか、あん?」
「そりゃまあ、ほなみちゃんみたいな子がカノジョだったら、楽しいでしょうね」
「タイプじゃないのか? ああん?」
「そんなことないですよ。どちらかと言うとタイプです」

 それもかなりど真ん中な。

「だったらだ、いいか、スマイリー。他の男にかっさらわれる前に、さっさとキルしてこい」

 もう目がマジだ。本城さんは本気で俺に、彼女をおとしてこいと命令している。

「ていうか本城さん、ほなみちゃんにカレシが存在していないことを前提に話してますが、存在していたらどうするんですか」
「いたらお前が誘った時につれてくるだろうが」
「あ、そうか」

 なるほどと納得したら、本城さんは俺の横で雄叫びをあげた。

「だぁぁぁぁぁぁ、この朴念仁ぼくねんじん! パイロットとしては優秀なのに、なんでプライベートではそんなに残念な朴念仁ぼくねんじん男なんだ、お前は!」
「そんなに朴念仁ぼくねんじん朴念仁ぼくねんじんて言わないでくださいよ、腹立つなあ……」
「あの子をキルした報告を聞くまでは、お前のタックネームはスマイリーじゃなくてボクネンジンだ」
「理不尽すぎる……」

 あの日、あの店に立ち寄ったのは本当にたまたまだった。夜明け後から頭痛が酷くなっていたので、一休みしてから帰ろう思い、営業していたあの店に入ったのだ。そして彼女に出会った。

 彼女の存在に気づいてから、勤務時間を終えてあの店に立ち寄るのが楽しみになっていたのも事実。なんとか自分にタマゴトースト以外のオーダーをさせようと躍起やっきになっているのに気づいてからは、こっちも意地悪をして絶対にオーダーを変えなかった。そんなやり取りが実に楽しかった、自分でも意外なほどに。

 長い休みの時でないと、早朝のシフトには入らないと聞いていたにもかかわらず、今でも夜勤明けの日はついあの店に立ち寄ってしまう。そしてカウンターの向こうに彼女がいないことに気づいて、ガッカリするのだ。

「本気でボクネンジンて呼ぶつもりですか?」

 溜め息まじりに言い返す。

「お前のことだ、タックネームぐらいどうでも良いかとか考えてるだろ。いいか、ちんたらしてたら、それを正式なタックネームにするよう隊長に進言するからな」
「隊長に進言とか、ムチャクチャすぎますよ」

 まったく。本城さんのお節介にも困ったものだ。

「それがイヤなら、さっさとあの子を捕まえてこい、スマイリー」

 本城さんはニカッと笑う。

「俺のスマイルより、本城さんのスマイルのほうが、よっぽど不気味スマイルだと思いますが」
「やかましい」

 思いっ切り頭をゲンコツでグリグリされた。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
キャラ文芸
特別国家公務員の安住君は商店街裏のお寺の息子。久し振りに帰省したら何やら見覚えのある青い物体が。しかも実家の本堂には自分専用の青い奴。どうやら帰省中はこれを着る羽目になりそうな予感。 白い黒猫さんが書かれている『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 とクロスオーバーしているお話なので併せて読むと更に楽しんでもらえると思います。 そして主人公の安住君は『恋と愛とで抱きしめて』に登場する安住さん。なんと彼の若かりし頃の姿なのです。それから閑話のウサギさんこと白崎暁里は饕餮さんが書かれている『あかりを追う警察官』の籐志朗さんのところにお嫁に行くことになったキャラクターです。 ※キーボ君のイラストは白い黒猫さんにお借りしたものです※ ※饕餮さんが書かれている「希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々」、篠宮楓さんが書かれている『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』の登場人物もちらりと出てきます※ ※自サイト、小説家になろうでも公開中※

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕の主治医さん

鏡野ゆう
ライト文芸
研修医の北川雛子先生が担当することになったのは、救急車で運び込まれた南山裕章さんという若き外務官僚さんでした。研修医さんと救急車で運ばれてきた患者さんとの恋の小話とちょっと不思議なあひるちゃんのお話。 【本編】+【アヒル事件簿】【事件です!】 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

私の主治医さん - 二人と一匹物語 -

鏡野ゆう
ライト文芸
とある病院の救命救急で働いている東出先生の元に運び込まれた急患は何故か川で溺れていた一人と一匹でした。救命救急で働くお医者さんと患者さん、そして小さな子猫の二人と一匹の恋の小話。 【本編完結】【小話】 ※小説家になろうでも公開中※

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

帝国海軍の猫大佐

鏡野ゆう
キャラ文芸
護衛艦みむろに乗艦している教育訓練中の波多野海士長。立派な護衛艦航海士となるべく邁進する彼のもとに、なにやら不思議な神様(?)がやってきたようです。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中※ ※第5回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます※

お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -

鏡野ゆう
ライト文芸
国会議員の重光幸太郎先生の地元にある希望が駅前商店街、通称【ゆうYOU ミラーじゅ希望ヶ丘】 少し時を遡ること十数年。商店街の駅前にある花屋のお嬢さん芽衣さんと、とある理由で駅前派出所にやってきたちょっと目つきの悪いお巡りさん真田さんのお話です。 【本編完結】【小話】 こちらのお話に登場する人達のお名前がチラリと出てきます。 ・白い黒猫さん作『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 こちらのお話とはコラボエピソードがあります。 ・篠宮楓さん作『希望が丘商店街 正則くんと楓さんのすれ違い思考な日常』 https://ncode.syosetu.com/n3046de/ ※小説家になろうでも公開中※

処理中です...