紅き狼の鎮魂歌

鏡野ゆう

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第二話 眠りを醒ますモノ

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創作文章/御題バトン【壱】
【11】【17】【18】【20】を使用。


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 中南米の某国家。

 国軍と麻薬カルテルとの戦争状態が長く続き街中で双方の小競り合いが起こるのも日常茶飯事となっていたこの国でも早朝だけはつかの間の静けさを取り戻す。

 大使館の在外公館警備対策官として勤務している山崎信也は今日も日課の大使館内の見回りを行っていた。警備全体は地元の警備会社に一任されてはいるものの、警備計画を立てた者としてきちんと確認しないと気がすまないという彼の信条からだ。

 そして今日も一通りの確認を終え、公館の屋上に出ると一週間ぶりに日本に残してきた妻への電話をかけた。

『もしもし?』
「俺だけど、おはよう」

 遙か遠い空の元で、久し振りに君の声を聞いたよと自分と同じようにベランダに出て電話に出る妻の姿を思い浮かべながら言葉を紡ぐ。遠く離れた異国の地、せめて同じ空で繋がっていると感じたくて電話で話す時は必ず外に出た。

『山崎君。そっか、おはよう、だね』
「もしかして夕飯食べてた?」
『ううん、今お義母さんのところから戻ったところ。お土産にちらし寿司もらっちゃった』
「寿司かあ、食いたいなあ……」
『ところで身体は壊してない? こっちと違って病院とか安心できないから心配だわ』

 食べ物も日本と違うしと呟く妻の言葉に苦笑いをする。身重の妻を案じて電話をかけたのに、彼女の口から出るのは自分を心配する言葉ばかりだ。

「うん、俺は大丈夫。それより若菜は? 俺達のチビ助は元気にしてるか?」
『早く出たいのか私のお腹を蹴りまくってるわ。さすが元サッカー部のお父さんを持つだけのことはあるわね。凄く強い蹴りでビックリしちゃう。お腹が蹴りのせいでポコポコ膨らむのよ』
「へえ、見たいなあ、それ」

 次に帰国する時は既に子どもが産まれているかもしれない。妊娠中の様々ことを妻と一緒に経験できなのは寂しかった。

 それから暫く他愛の無い話を続け、それじゃあと言って電話を切った。電話が切れてから呟く風の中でたなびいたひとつの言葉は妻への愛の言葉。

「はあ……なんで直接言えないかな、愛してるって」

 また言い出せなかった君への想い。 “愛しているよ” いつか妻の目を見つめながら言えるだろうか。

 渇いた一発の銃声が静寂を破ったのは彼が携帯電話をポケットに入れた直後のこと。倒れこんだ彼の目と耳に入る軍靴や銃声は何処か現実離れした光景でしかなく、それは全てがえそらごとのように暗い静けさに沈んでいくのだった。



 南米某国の日本大使館が武装集団による襲撃を受けたという報告が、アメリカより外務省と防衛省にもたらされたのは、それより一時間後のことである。

 そして一本の電話が眠っていた男を揺り起こした。
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