上 下
22 / 35

第二十二話 ボイラーの神様 3

しおりを挟む
 年に一度の設立記念日ということもあってか、やってくる人達の数は、自分が想像しているよりはるかに多かった。

「神様責任者の神様と無事に会えるかな……」

 こちらから声をかけると言われていたが、見まわす限り、来訪者と自衛官さん達の姿しか見えない。

「しかたない、見つけてくれるまでは、中をブラブラしてようかな……」

 課長の話では、駐屯地の開放日には展示物が並んだり、屋台のようなお店が出ているらしい。そこを見物しながら、神様が見つけてくれるのも待つことにしよう。

 そんなことを考えていると、広報の腕章をつけた男性隊員さんに、呼び止められた。

「そちらのかた、よろしいですか?」
「え、あ、はい」

 不審人物と思われたのだろうかと立ち止まると、ニコニコしながら近づいてきた隊員さんに腕をとられた。そしてゲートを一緒に通り、少し離れた場所へと誘導される。ますます不審人物あつかい?と心配になってきた。

「あの、なにか……?」
八百万やおよろずハローワークの、羽倉はくらさんですよね?」
「……え?」

 ハロワの名前が出たということは、不審人物あつかいをされたわけではなさそうだ。この人は一体?

「私、こんななりをしていますが、こちらの責任者をしている神です」
「え?!」

 その言葉に失礼と思いつつ、相手の姿を上から下まで見つめた。どこから見ても自衛官さんだ。もちろん今までの神様責任者達も、人間の姿をしていたが、ここまでなじんではいなかった。

「神様責任者さんなんですか……」
「はい。視察、ご苦労様です」

 そう言って神様は敬礼をする。そのしぐさのせいで、ますます自衛官さんにしか見えない。

「えっと、あの、今日はよろしくお願いします」

 あわてて頭をさげる。

「では、ご案内しますね。ああ、すみません、忘れるところでした。これを、首からかけておいてください」

 神様から、『来客』と書かれたカードがついている、ネックストラップを渡された。

「あ、はい」

 渡されたストラップを首にかける。

「では、まいりましょう」

 横を歩いているのは、どこから見ても自衛官さんで、とても神様には見えない。しかも、たいていの神様は、ハロワ職員以外の人間には見えないのに、すれ違う隊員さん達とも敬礼をしあっている。つまりそのへんの人達にも、姿は見えているということだ。

「あのー……」
「式典と訓練展示を見学したいですか? それでしたら会場に向かいますが」

 ますます広報活動をしている自衛官さんだ。とても神様とは思えない。

「え? ああ、そういうことではなくて、どうしてその姿なのかなあと」

 その言葉に神様は笑った。

「ああ、これですか。自衛官の中には見える人間もいるので、ここでは隊員にまぎれて応対をしているのですよ」
「神様が見える隊員さんも、ここにはいるんですか」
「いろいろな人間が来ますからね、ここ」
「へえ……」

 妙なところで感心してしまう。神様達を見ることができるのは、八百万やおよろずハローワークの職員だけだと思っていたが、実はそうではないようだ。

「それに、施設内を案内するのには、この格好のほうが都合が良いのでね」
「なるほど。中を案内していただくのでしたら、隊員さんが一緒でないと、まずいですものね」
「そういうことです」

 納得しながらうなづく。そして納得すると、様々な疑問が頭の中に浮かんできた。

「あの、私はこのハローワークで勤務を始めてまだ数年なんですが、ここの神様って、どういう神様がいらっしゃるんですか? ボイラーの神様と、コンビニの神様がいらっしゃるのは、わかりましたが」
「そうですねえ……施設内ですと、トイレの神や水道の神がおりますね。あと、ボイラーの神も風呂場担当、空調担当、調理場担当と、わかれております」

 他には電気の神や水道の神様など、自分がよく知っている神様達もいるらしい。

「えーと、戦車の神様とかヘリコプターの神様とか、そういう神様もいらっしゃるんですか?」

 頭の中に浮かんだ、自衛隊にいそうな神様予想を口にする。神様はそれを聞いて笑った。

「あれ? もしかしてハズレですか?」
「いえいえ、間違っていませんよ。八百万やおよろずとはよく言ったもので、ありとあらゆる神がおりますからね、この国には」
「えっとつまり、レーダーの神様とか戦闘機の神様とか、そういう神様もいらっしゃると?」
「くわしくは話せませんが、そんな感じですね」
「は――」

 この口ぶりだと、自分の知らない神様がたくさん存在しそうだ。

「でも、その手の神様の募集って、こちらでは聞きませんが」
「その手の神は、ハロワさんにお願いすることなく、こちらで居場所を斡旋あっせんしているのですよ。基本的にここは、自分達だけで回しているのです。外部から新しい神を招き入れることは、非常にまれなのですよ」
「なるほど」

 きっと神様的にも、さまざまな機密事項的なものがあるのだろう。

「神様の世界も大変ですね」
「まあ、慣れてしまえば気にはなりませんけどね」

 案内された建物に入る。

「今回、そちらのハローワークに紹介していただいたボイラーの神ですが、こちらにいます」

 ほとんどの隊員さんは外にいるらしく、廊下も歩いていてもほとんど人の気配がしない。

「静かですね。こういう場所って、もっとザワザワしていると思っていました」
「普段もこの時間ですと、事務方以外の隊員は、ほとんど訓練で外にいますからね。皆さんが想像しているより、ずっと静かな場所ですよ」

 食堂に入ると、奥の厨房では隊員さん達が作業をしていた。

「もうお昼ご飯の準備ですか?」
「人数が多いですからね。ああ、来ました」

 厨房からエプロンをした隊員さんが出てきた。マスクと帽子で顔がよく見えないが、どうやらあの時の神様らしい。そしてやはり自衛隊の服を着ている。

「ボイラーの神様も、自衛隊仕様なんですね」
「出てくる時だけで、一緒に調理はしていませんがね」

 ボイラーの神様がマスクをとった。

「お久し振りです。あの時はお世話になりました」
「お元気そうでなによりです。今の厨房ちゅうぼうはどうですか?」
「子供達のはしゃぐ声はしませんが、元気に食事をする若い人達を見ているのは、非常に気持ちが良いものですよ」

 ニコニコしている顔を見る限り、この居場所で楽しく、神様の役目をはたしているようだ。

「それは良かったです。続けていけそうですか?」
「ええ、おかげさまで」
「もしよろしければ、食べていかれますか?」

 コンビニの神様が言った。

「え、よろしいんですか?!」
「昼ごはんの時間まで少し時間がありますから、少し時間をつぶしましょう」
「では、のちほど」

 ボイラーの神様は、敬礼をして厨房ちゅうぼうに戻っていく。その敬礼は神様責任者さんのとは違い、少しだけ不慣れなものに見えた。


+++


「おいしいです!」
「それは良かった」
「私、もっと肉肉したものを想像していました」

 目の前に出されたお昼ご飯を食べながら、感想を口にした。今日のお昼ご飯は天丼てんどんだった。付け合わせは、ほうれん草とにんじんのゴマあえと、お豆腐とわかめのお味噌汁。

「自衛隊だからですか?」
「だってほら、肉体派の隊員さんが多いようですし」

 食堂では、集まってきた隊員さん達が食事をしている。さすが自衛官さん、体格の良い人が多い。

「羽倉さんの食事は、お客さん用の盛りつけにしましたが、若い隊員達の量にしたら、食べ切れないと思いますよ?」
「え、そうなんですか?」
「ほら、あれが若い隊員達の食べる量です」

 神様が、席につこうとしている隊員を指でさす。トレーの上にある天丼てんどんは山盛りだった。

「うわー、さすがにあの量は無理です!」
「ですよね。もちろん、肉を使った献立もありますよ。今日はたまたま天丼てんどんですが。ああ、そうそう。新しい神が来てくれたお陰で、揚げ物の評判が良くなりました。天ぷらの衣がサクサクになると、非常に好評です」

 言われてみれば、いま食べている天丼てんどんのてんぷらの衣はサクサクで、とてもおいしい。揚げたてだからと思っていたが、それだけではなかったらしい。

「優秀な神を紹介していただき、感謝していますよ」
「それは良かったです。これからもよろしくお願いします!」

 見守るのが子供達から大人達になったが、ボイラーの神様はこれからも忙しそうだ。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう?

秋野 木星
ファンタジー
隣国の貴族学院へ使命を帯びて留学することになったトティ。入国しようとした船上で拾い物をする。それがトティの人生を大きく変えていく。 ※「飯屋の娘は魔法を使いたくない?」のよもやま話のリクエストをよくいただくので、主人公や年代を変えスピンオフの話を書くことにしました。 ※ この作品は、小説家になろうからの転記掲載です。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

処理中です...