神様達の転職事情~八百万ハローワーク

鏡野ゆう

文字の大きさ
上 下
20 / 35

第二十話 ボイラーの神様 1

しおりを挟む
 朝一にやってくる神様はいなかったが、十時すぎごろになると、それなりに相談にやってくる神様達が増えてきた。パソコンの神様は、引き続きダイエットに最適なおやつを探しているらしく、まったく出てこない。

「神様ー? そろそろ出てきてくださいよー?」

 相談者が座る合間あいまにパソコンの画面を指でたたく。だが返事がない。ただの……ではなく、きっと検索に夢中なんだろう。恐るべし神様の食欲!

「新しい居場所を探しているのですが、私の希望は少し特殊で、見つけるのが困難かもしれません」

 そして何人かの相談を受けた後、難しい顔をした神様が、私の前に座った。

「そうなんですか? でしたら頑張って、条件が合う先をお探ししないといけませんね。こちらのご利用は、今回が初めてですか?」
「はい」
「でしたら、エントリーカードを作成しますね。こちらの太い枠内に、書けるところだけでけっこうですので、記入をお願いします」

 エントリーカードを神様の前に置く。

「わかりました」

 神様がエントリーカードに記入している間に、新規のデータを登録する準備を始めた。

「ちなみに、今まではどのようなところに、いらっしゃったのですか?」

 神様がカードに記入しているのを横目で見ながら、さりげなく質問をする。

「今までは、小学校内の施設で神をしておりました」
「小学校ですか。にぎやかで楽しそうですね」

 ここ最近は、このあたりも少子化の影響で統廃合がすすみ、小学校の数もずいぶんと減ってしまっている。子供好きの神様からしたら、寂しいことだろう。

「ええ。子供達の声を聞きながらすごすのは、本当に楽しいですよ。昔は、お腹をすかせた子供達が、お昼前になると給食室をのぞき込んでいたものです。今の子供達は昔に比べると、ずいぶんとお行儀良くなりましたけどね」
「ということは、給食室で神様をしていらしたということですね」
「そうなんです」

 つまりこの神様は、そういう場所を探しているということだ。

「なるほど。規模は小さくなりますが、レストランなどの厨房ちゅうぼうはどうでしょう?」
「そこが難しいところなんですよ」

 カードを書き終えた神様は、首をふりながらため息をつく。そしてカードを私に差し出した。

「と、いいますと?」
「小学校の給食室は、ガスではなくボイラーを使っているのですよ」
「ボイラーを使って?」
「つまり、ボイラーで蒸気をつくり、その熱でお鍋を熱するわけですね」
「そうなんですか? てっきり、都市ガスを使っているんだと思ってました」

 そう言えば子供の頃、給食室のおばちゃん達が、大きな鍋をかき混ぜているところを見かけたことはあったが、火が出ているのを見た記憶がない。

「人数が多いので鍋も大きいでしょう? そうなるとガスより、蒸気熱を利用したほうが、効率が良いのですよ。専用の設備が必要にはなりますけどね」
「そうなんですか。勉強になりました」
「そういうわけで、私はどちらかと言いますと、ボイラーの神を希望しているのですよ」

 そう言われて思い出したのは、朝一に見かけた自衛隊のボイラーの案件だ。もしかしたらあそこのボイラーも、同じようなものなんだろうか?

「ところで、小学校の給食室はどうなるんですか? 次を探していらっしゃるということは、給食室を廃止することに?」

 最近の小学校は、外注するところも増えていると聞く。この神様がいる学校もそうなんだろうか。

「来年、近くの小学校との統廃合で、私がいた小学校は廃校になるのですよ。給食室の設備も、かなり老朽化しておりましてね。残りの一年は、外部の業者に委託することになりまして」
「そうだったんですか。新しい学校にも、給食室はあるんですよね?」
「統廃合ですからね。人間の世界でいうところの、余剰人員よじょうじんいんてやつですか」
「なるほど」

 つまり、新しい学校のボイラーの神様は、すでに決まっているということらしい。ますます自衛隊のボイラーを、おすすめすべき相手なのでは?

「場所については、なにか希望はありますか?」

 期待しながら質問をする。

「そうですねえ。今まで子供達の声が常に聞こえていた場所にいましたから、そういう場所が良いのですが、今は学校も減っておりますしね。まあ子供でなくても、たくさん人がいて、にぎやかな場所が良いですかね」

 ますますピッタリではないかと思う。少なくともたくさん人はいるし、別の意味でにぎやかそうな場所だ。あくまでも個人的なイメージだが。

「今、工業系ではないボイラーの神様を募集していらっしゃる場所は、一箇所だけあります。子供さんではなく、大人ばかりの場所なんですが」
「ほお、それはどこでしょう?」
「市内にある、陸上自衛隊の駐屯地にあるボイラーなんです」
「ほー、なるほど。なかなか面白いですね」

 否定的な意見が神様の口から出ないということは、おすすめしても問題ない案件のようだ。

「私はそこまで詳しくないのですが、こちらのボイラーも、学校と同じような用途なんでしょうか?」

 その質問に、神様はうなづく。

「そうですね。あそこは厨房ちゅうぼうだけでなく、暖房やお風呂にも利用されているので、さらに範囲は広くなりますが」
「お仕事の範囲が広がるのは、なにか問題ありますか?」
「それほどでも。あちらのボイラーだと他の神との兼ね合いもありますし、どちらか言いますと、そこで求められるのは、人間でいうところの社交性でしょうかね」
「そうなんですか。それも勉強になります」

 その点は一般のお宅での、電気の神様との相性が問題だというのと似ていなでもない。

「子供達のにぎやかさはないですが、調理室と食堂に隣接しているようですし、大人のにぎやかはありますね」
「お恥ずかしながら私、自衛隊さんの施設の中を見たことがなくて」
「そうなんですか。一度、行ってみようと思うのですが、よろしいですか?」
「え、よろしいのですか?!」

 心の中でガッツポーズをしながらも、聞き返した。

「おそらくですが、ボイラーに関しては、私のほうがあなたより詳しそうですし。そこなら、私でも問題ないと思うのですよ」
「ありがとうございます! ではまずは、神様責任者さんと連絡をとりますね!」
「お願いします」

 この案件が自分の手元に来たのは今朝だ。まだ数時間しかたっていないし、そう簡単に埋まるとは思えない。だが念には念を入れておかなくては。給食室の神様に断わりをいれ、電話をする。もちろん相手は、神様責任者のコンビニの神様だ。

「朝早くから申し訳ありません。八百万やおよろずハローワークの羽倉はくらと申しますが。……はい、実は今こちらに、そちらのボイラーの神様を希望されている神様がいらっしゃるのですが。わかりました。では本日中に、そちらに行っていただくように話しておきます。失礼します」

 電話を切ると、データの【面接中】の項目にチェックを入れ、神様のほうに体を向ける。

「今日中のどこかで、来てくださいとのことです」
「承知しました。まさかこんなに簡単に見つかるとは。難しいと思っていましたのに」
「タイミングが良かったですね」

 神様が記入したエントリーカードに、募集案件のコードと日付を印字する。そして神様に差し出した。

「なにかありましたら、こちらに連絡をください」
「ありがとう。では」

 神様はカードを受け取り立ち上がると、いつものようにスッと消えた。


+++


「羽倉さん、めっちゃ強運の持ち主じゃ? 今、宝くじを買ったら、一等前後賞が当たるかもですよ?」

 神様が消えると、隣の窓口に座ってる一宮いちみやさんが、感心したように言った。

「そう?」
「そうですよ。工場が固まっている地域ならともかく、こんな町中でボイラーの神様ドンピシャな希望なんて、そうそうありませんよ?」
「でも、そのボイラーとこのボイラーは違うみたいだし」
「それでもですよ」

 まあ、自分でも今回のボイラーの神様に関しては、ラッキーだと思った。もちろん神様責任者さんとの面接があるから、すんなり決まるとは限らないが。

「なかなか決まらなくて困るよりは良いよね」
「それは言えてますね。でも羽倉さん、そこの視察はどうするんですか?」

 一宮さんが興味深げに質問をする。

「どうするって?」
「お店と違って、そう簡単には入れそうにない場所ですけど」
「……言われてみればそうかも」

 自衛隊の施設内なんて、いくら公務員でも簡単に入れる場所ではない。神様の仕事の視察ですと本当のことを言っても、絶対に信じてもらえそうにない。それどころか警察を呼ばれるかも。

「課長に相談する……」
「ですよねー」

 さてはて、一体どうしたものか。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。 「私ね、皆を守りたいの」  幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/20……完結 2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位 2022/02/14……アルファポリスHOT 62位 2022/02/14……連載開始

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...