上 下
13 / 35

第十三話 商売の神様 5

しおりを挟む
「あら、また来ちゃったのー! こっちはうれしいけど、週末ごとに通ったら、お財布がもたないわよー! ああ、公務員さんて高給とりだから、そんな心配ないのかしらねー! うらやましいわー!」

 お肉屋さんに向かう途中、またあのオバチャン神様と鉢合わせした。

「ケーキ屋さんのイチゴショートがおいしかったので、また来ちゃいました」
「だったら口コミサイトに、あそこのケーキ屋さんは最高だって、書いくれるとうれしいわー!」

 そう言ったオバチャン神様が、いきなり変な顔をした。

「あらま、今日は人間じゃなくて、神様同伴なの?」
「え?」

 オバチャン神様の視線につられて横を見ると、なぜか等身大のパソコンの神様が立っていた。

「うわ、神様、いつの間に?!」
「せっかくだからのう」

 神様は無邪気な笑顔を浮かべて、私の横に立っている。

「せっかくじゃからって、出てくるところを誰かに見られたら、どうするんですか」
「大丈夫じゃ、大丈夫じゃ」
「どこが大丈夫じゃ、なんですか。油断大敵ゆだんたいてきですよ?」

 神様の無防備さに、ため息をついた。

「まあまあ、そう固いこと言わずに。それで? お目当てのケーキ屋さんは、うちの店とは反対側の場所にあるんだけど、なんでこっちに?」
「こちらのお爺ちゃんがですね、お肉屋さんのコロッケと、アメリカンドッグを買い食いしたいらしいんです」
「あら、それはうれしいわねー! ちょうど今、揚げているところだから、買っていってー!」

 店前に行くと、ちょうど揚げたてが出来上がる時間だったらしく、フライヤーの横には、コロッケが山積みになっていた。

「コロッケ一個とアメリカンドッグ二個ください」
「はいよー。ミンチカツも揚げたてだけど、一個どうだい?」

 神様だけでなく、ご主人もなかなかのやり手のようだ。

「じゃあそれも、一個お願いします」
「まいどありー」

 熱々の揚げ物が入った袋を受け取ると、その場を離れる。後ろを振り返ると、けっこうな人数が並んでいて驚いた。

「なんじゃ、結局はお前さんも、食べる気満々なんじゃな」
「だってアメリカンドッグ、食べたかったんですもん。でもコロッケとミンチカツ、どうしましょうね。ご主人の口車に乗せられちゃいましたけど、神様、二個とも食べられますか?」
「それぞれを半分ずつにして、二人で食べれば良いじゃろ?」
「そうなんですけどねー……」

 お店の前に置かれているベンチは、すでにコロッケを食べている人達で満員だ。どこで食べようかと迷っていると、少し離れた場所から、オバチャン神様が手招きをしているのが見えた。

「神様、あっちに行きましょうか。呼ばれてるみたいだし」
「そうじゃの」

 私と神様は、オバチャン神様のところへ向かう。

「休日は人が多くて、店前に置いてあるベンチも満員でしょー? こっちなら誰も来ないから、ゆっくりできるわよ」

 オバチャン神様につれられて、お店とお店の間の路地に入る。奥は小さな箱庭のような場所で、周辺のいくつかのお店の勝手口と面していた。庭の真ん中には古い井戸と、その井戸を囲むようにベンチが置いてある。

「良かったんですか? ここ、商店街のプライベートな場所じゃ? 私達が入ってきても良かったんですか?」
「大丈夫よー。ここは私達もよく使う場所で、この時間は誰も来ないから」

 ベンチに座らせてもらう。コロッケとミンチカツを二つに割っていると、急にザワザワとした気配が近づいてきた。

「おお、この前の窓口の人じゃ」
「先週も来ておったな? それなのにまた来てくれたんか。ありがたや、ありがたや」
「お? 神もおるぞ? おお、あの時のパソコンの神様かい」

 いつの間にか、ハロワに来た神様達が集まってきた。

「ちょっと、あんた達、あんまりジロジロみるんじゃないわよ! コロッケを食べる場所がないから、ここに来てもらったんだからね! 今日は募集の相談の話はなしよ!」
「なんじゃ、自分の店のもんだけを買わせたのか? ここには、他の店もたくさんあるじゃろー?」

 神様が神様を呼ぶ状態になり、周囲はどんどん騒がしくなっていく。だがそこはさすが神様。私の横に座っているパソコンの神様は、騒ぎをものともせずに、平然とした顔でアメリカンドッグを食べていた。

「こんなに神様に囲まれることってないですよ。よく平気ですね、神様」
「そりゃあ、同じ神じゃからの」
「人間の私、圧倒的な少数派で肩身がせまいです」

 そう呟くと、アメリカンドッグをかじった。

「!! うまーっ!! このアメリカンドッグのころも、スパイスがきいていて、すっごいおいしいですよ!」

 思っていた味とまったく違って驚いた。そして私の言葉に、オバチャン神様がニッコリと笑う。

「それ、あの店のオリジナルなのよー! 先代が、甘いころもなんて、ありきたりすぎると言ってね! そのころもにたどりついたのよー! すごいでしょー? それも口コミで広めてもらえるとうれしいわー!」
「ちょっと肉屋の神! 自分の店だけを宣伝するな! わしらの店も口コミで書いてほしいぞ!」
「食べものじゃない店はどうするんじゃ!」

 あっちこっちから声があがり、収拾がつかなくなってきた。

―― きっと普段の神様的な会合も、こんな感じなんだろうなあ……ちょっと騒がしすぎだけど…… ――

 そしてそんな中でも、パソコンの神様はマイペースだ。アメリカンドッグを食べ終わると、今度はコロッケに手をのばした。

「そう言えば、さつま揚げのことは、うちの一宮いちみやさんが、口コミサイトに書き込むって言ってましたよ?」
「おお、それはありがたい!」

 そう言った神様が、あのお店の神様なんだろう。そうなると黙ってはいられないのが、その他のお店の神様達だ。

さかきさんは、アンティークのお店が素敵だったって言ってました。ところで、ああいう古い道具の神様達って、一体どうされているんですか?」

 あの井戸の神様のお宅もそうだったが、あの手の道具の神様達はどうしているんだろう。あれからこっち、あの家の古い道具の神様達が、うちのハロワに来たという話は聞いていない。みんな、神様の世界に帰っていったのだろうか?

「そのまま道具についている神もいれば、帰っていく神もいるし、私達のように転職する神もいるわよ? この神、実は昔、古い茶釜ちゃがまの神だったのよー。今じゃ、この井戸の神をしてるけどー」

 オバチャン神様が、井戸の縁に座っていた神様を指でさした。

茶釜ちゃがまですか。茶釜と井戸では、ずいぶん規模が違うような気がしますけど、そのへんは大丈夫なんですか?」

 小さな茶釜と、それなりの大きさの井戸。急に居場所の大きさが変わっても、大丈夫なものなんだろうか? そう感じるのは人間の私だけで、神様的にはその手の規模は関係ないのだろうか?

「まあ長いこと神をしていますと、それなりになんと言いますか、今でいうところの、レベルが上がると申しますか。長ければ長いほど、様々なモノの神になれるようになるのですよ」

 私の質問には、元茶釜ちゃがまの神様が答えてくれた。

「ほー……では、神様になりたての神様は、神になれるモノも行ける場所も、限られていると」
「そういうことですな。ちにみにですが、人間が感じる広さとか狭さといものは、我々には関係ないのですよ。ですから、茶釜ちゃがまの中がせまくて困るという話ではないのです」
「なるほどー……」

 また新しいことを知った。これは職場のカンペに書いておかなければ。

「ごちそうさまじゃ。次はなにを買うてもらおうかのう」

 パソコンの神様がごちそうさまをして、私を見た。

「え、もう食べちゃったんですか? あ、私のミンチカツが!」

 袋の中にからっぽだ。コロッケもミンチカツもない。

「アメリカンドッグもまだ食べ終わっておらんじゃろ? 冷めたらもったいないからのう」
「本当に油断もスキもない……」
油断大敵ゆだんたいてきじゃの。フォッフォッフォッ」

「じゃあ次は、わしの店の茶団子ちゃだんごじゃ!」
「いやいや! わしの店の豆腐じゃ!」
「漬物じゃ!」
「回らない寿司はどうじゃ!」

「どれもうまそうじゃのう」

 物理的に限界のある私の胃袋とは違い、神様の胃袋は無限大だ。

―― 毎週来てたら、お財布がどうこうなるより先に、私の体重がとんでもないことになりそう…… ――

 それぞれの神様達が、自分達のお店を推す声を聞きながら、今日の夕飯はお茶漬けにしようと決めた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない

めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」 村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。 戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。 穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。 夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

『相思相愛ADと目指せミリオネラに突如出演の激闘20日間!ウクライナ、ソマリア、メキシコ、LA大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第3弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第3弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第3弾! 今度こそは「ハッピーエンド」!? はい、「ハッピーエンド」です(※あー、言いきっちゃった(笑)!)! もちろん、稀世・三郎夫婦に直とまりあ。もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作も主人公も「夏子」! 今回の敵は「ウクライナのロシア軍」、「ソマリアの海賊」、「メキシカン・マフィア」と難敵ぞろい。 アメリカの人気テレビ番組「目指せ!ミリオネラ!」にチャレンジすることになってしまった夏子と陽菜は稀世・直・舩阪・羽藤たちの協力を得て次々と「難題」にチャレンジ! 「ウクライナ」では「傭兵」としてロシア軍の情報・指令車の鹵獲に挑戦。 「ソマリア」では「海賊退治」に加えて「クロマグロ」を求めてはえ縄漁へ。 「メキシコ・トルカ」ではマフィア相手に誘拐された人たちの解放する「ネゴシエーター」をすることに。 もちろん最後はドンパチ! 夏子の今度の「恋」の相手は、なぜか夏子に一目ぼれしたサウジアラビア生まれのイケメンアメリカ人アシスタントディレクター! シリーズ完結作として、「ハッピーエンド」なんでよろしくお願いしまーす! (⋈◍>◡<◍)。✧♡

迷子のあやかし案内人 〜京都先斗町の猫神様〜

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
キャラ文芸
【キャラ文芸大賞に参加中です。投票よろしくお願いします!】 やさしい神様とおいしいごはん。ほっこりご当地ファンタジー。 *あらすじ*  人には見えない『あやかし』の姿が見える女子高生・桜はある日、道端で泣いているあやかしの子どもを見つける。 「”ねこがみさま”のところへ行きたいんだ……」  どうやら迷子らしい。桜は道案内を引き受けたものの、”猫神様”の居場所はわからない。  迷いに迷った末に彼女たちが辿り着いたのは、京都先斗町の奥にある不思議なお店(?)だった。  そこにいたのは、美しい青年の姿をした猫又の神様。  彼は現世(うつしよ)に迷い込んだあやかしを幽世(かくりよ)へ送り帰す案内人である。

処理中です...