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第十話 商売の神様 2

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 その週の土曜日、神様達がいる商店街に行ってみることにした。あんなふうに集団でやってくる神様は初めてだったし、勝手に神様をスカウトしてしまうのも初めてだった。そんな型破りな神様達がいる場所を紹介するにしても、実際に自分の目で見ておかなければ心配だったからだ。

「そんなわけで、さかきさん、一宮いちみやさんさん、お休み中に申し訳ないことですが、今日は、よろしくお願いします」

 集合場所で落ち合った二人りに頭をさげた。どうしても一人では判断に自信がないので、二人に同行してもらうことにしたのだ。

「気にしないで~。あの商店街ね、私が見ている地元が舞台のドラマで、よく出てくる場所なのよ。一度は行ってみたかったから、声をかけてもらって良かったわ」
「私も一度きてみたかったんですよ! 商店街の近くに縁結びの神社がありまして! 私、そこも寄りたいんですけど、良いですか?」

 榊さんと一宮さんは、仕事とは関係ないところで、商店街に興味をひかれているらしい。もちろん今回のことは、私個人の考えであって正式な仕事ではない。なので現地に到着したら、好きにしてもらっても良いと言ってある。

「商店街を一通り見てからで良いかな?」
「もちろんです! 地元密着型の商店街なら、おいしいお惣菜もあるかな。なにかあったら買ってみようっと!」

 色気だけではなく、食い気にも一生懸命な一宮さんだった。

「でも、羽倉はくらさんも心配性ですね! 私、あの神様達が厄介な神様とは、とても思えませんけど」

 一宮さんは、どこまでも楽天的だ。まあそれだけ、神様を信じているということなんだろうけども。

「今までハロワに来たことがないタイプの神様でしょ? 神様っていうか神様達っていうか。だから念のためにね」
「そうなんですか?」
「そうなんです。私はかならず、石橋は棒で叩いて渡るタイプだから」
「叩きすぎると割れますよ?」

 一宮さんのツッコミに、榊さんが笑った。

「まあ割れない程度に叩くことは大切なことよ? 私もあんなにぎやかな神様は初めてだったし、ちょっと驚いたもの」
「でも、榊さん。あの神様達、悪い神様に見えました?」
「見えないけど、神様って、私達の常識では計り知れない存在でしょ? そうなると、現地でのリサーチも大事なのよ」
「なるほど。でも、私達の常識で計れないなら、どうやって確かめるんですか?」

 一宮さんの指摘はなかなか鋭い。良い質問だと思う。

「だから現地の商店街に行くの。そうよね、羽倉さん」

 榊さんが、話の主導権を私に戻してくれた。

「そうなんです」

 うなづくと私は言葉を続ける。

「少なくとも商店街は、普通の人達がいる場所でしょ? お店の人もお客さんも、普通の人間。まあ、たまに人間じゃないお客さんもいるかもしれないけど。とにかく、その商店街にいる人達の雰囲気? それを見るの。困った神様がいるような場所は、独特な雰囲気があって、一般職の私達でも感じることができるから」
「変な空気のお店に出会ったことない?」

 榊さんが一宮さんにたずねる。

「あ、それはあります。妙に居心地が悪いっていうか、居づらいっていうか」
「そうそう。そういう雰囲気をね、見に行くのよ」
「もし、厄介な神様達だったらどうするんですか? やっぱ、鎌倉かまくらさんの出番なんですか?」
「さらに上の、特殊技能持ち職員の出番だね。最近はめったにないみたいだけど」

 複数の神様達となると、いくら鎌倉さんでも対処は難しい。そういう場合は、ちょっと訳ありの職員達の出番だ。最近は地元での出番があまりないので、忙しくて手が回らない他府県の八百万やおよろずハロワの助っ人として、出張に出ていることが多い。

「鎌倉さんより上の特殊技能持ち職員さんて、私、ここに来てから会ったことないですよ~」
「だよねー。私もここ一年ぐらい、あの人達の顔を見てないもの」
「ここ最近は、あっちこっちに出張してるものねえ。経費もバカにならないって、課長が言ってたわ」
「呼ばれるから行くのに、それで出張経費が多すぎだって上からお叱りがくるの、納得いかないですよね。課長もガツンと言ってやれば良いのに」
「いくら課長でも、霞が関かすみがせきの官僚様にガツンは、さすがに無理よねー」

 榊さんがアハハハと笑った。今頃、課長は自宅でクシャミをしているに違いない。

 三人でバスに乗って目的地に向かう。バスの中でドラマのことや神社の話で盛り上がっている榊さんと一宮さんは、すっかり気分は観光客のようだ。少なくとも今この瞬間は、仕事のことなんてすっかり忘れている。

―― ま、厄介な神様だとは思えないけどね……ちょっと変わってるだけで ――

 私としても、少しばかり変わっているなと思うだけで、厄介な神様だとは思っていない。単に私が、石橋を叩かないと気がすまない性格なだけなのだ。

―― あのオバチャン神様に会えるかなー ――

 神様はめったに人前に出てこないから、人出がたくさんいるようなら、姿をあらわさないかもしれない。まあ姿をあらわしたらあらわしたで、騒がしくなって落ち着いてリサーチができなくなるだろうから、今日は静かなほうが良いかもしれない。


+++


「あらー! 来たのねー!」

 どうやら私の読みが甘かったようだ。あの熱量をもった神様達が、お店でおとなしく鎮座しているわけがないと、わかっているべきだった。

「あ、どうも……」

 商店街に踏み込んで、真っ先に顔を合わせたのは、あのにぎやかなオバチャン系の神様だった。

「新しい神様をつれてきたわけじゃないのね!! 二人も人間よね!!」
「そうです。二人とも、皆さんがハロワに来られた時に、その場にいた職員です」
「ああ、そうだった! 二人ともどこかで見たことがあると思ったのよー! 千年前ぐらいにどこかで見かけた、どこかの神様かしらって思ったわー!」

 オバチャン神様が豪快に笑った。この神様、ハロワに来た時は、なんてにぎやかな神様だろうと思っていたが、あの時ですら抑え気味にしていたらしい。

「それでー? 今日はなにしに来たの? もちろんお客さんとして来てくれたのなら、大歓迎だけど!!」
「えっと……まあそれもあるんですけど」
「その顔、仕事がらみってやつねー? ここの偵察に来たってわけ?」

 相手は神様なのだ。こちらのことなんて、とっくにお見通しだろう。わかっていて、私が正直に話すかどうか、試しているのだ。

「そんなところです。こちらの二人の仕事に付き合ってくれていますけど、それだけじゃなくて、こちらの商店街のことが気になっていたらしいです。 ここ、ドラマのロケで使われているんですよね?」
「そうなのよー!! あのドラマのお陰で、最近は地方のお客さんも増えたのよ! ありがたいことよねー!」

 オバチャン神様の迫力に押されがちになりつつ、商店街を行きかう人達の様子をそれとなく観察する。日常のお買い物をしているお年寄り、子供づれのお母さん、通りすがりの学生さん、それに言葉のなまりが地元とは違う観光客らしき人。見た感じ、皆さん、ごくごく普通にすごしているようだ。特に悪い空気が流れている様子もない。

「もちろんテレビ局の人達も来るわよ! もちろん女優さん達もね! ただし早朝や深夜が多いから、ゆっくりロケを見物できるのは私達ぐらいだけど!」
「神様達もロケを見るんですか?」
「そりゃもう! 私達だってドラマを楽しみにしているんだから! 毎週、欠かさずに見てるわよ!」
「おー……神様にも気に入られるドラマとは。すごーい」

 神様でもドラマを見るのかと驚く。ここの神様達は、意外と人間くさいところがあるようだ。

「私、あのドラマ主演の女優さんの大ファンなのよね。神様達がうらやましいわー」

 榊さんがうらやまし気に言った。

「ロケに興味があるのも本当だけど、それだけじゃないのよー! 色んな人が色んな道具を持ってくるでしょ? そうなると色んな神様も一緒にやってくるのよ! ザ・接待なのよ!!」
「え、そんなのもあるんですか?!」
「あるのよー……これがまた大変なのよー……」

 ますます人間くさい一面に笑ってしまう。

「笑いごとじゃないのよー、気のいい神が来るだけなら良いんだけど、たまーに小難しいウンチクたれの神が来たりしてね! そういう神が来ると本当に面倒くさいのよ!」

 さらに笑ってしまった。

「人間の近くにいる神様って、本当に大変なんですね」
「ま、それが私達の選んだ神としての生き方なんだけどねー!」
「あ、おいしそうなさつま揚げがありますよ、榊さん、羽倉さん! 揚げたてだそうです! 立ち食いしませんか?」

 まったく空気を読まない一宮さんが、私達に声をかけてくる。

「お買い上げありがとー! その調子でどんどん散財していってねー!」

 オバチャン神様はそう言うと、お客さん達にまぎれて姿を消した。
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