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第三話 かまどの神様 3
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「おはよう、一宮さん。先週末は初めての視察だったわけだけど、どうだった?」
週明け、出勤してきた一宮さんに榊さんが声をかけた。
「ピザ、すごくおいしかったですー! 石窯の神様、最高です!」
榊さんの質問に、一宮さんが嬉しそうに答える。そんな彼女のニコニコ顔に、榊さんは戸惑いながらこちらに視線を向けた。
「視察に行ったのよ、ね?」
「もちろんです」
榊さんの質問に、真面目な顔をしてうなづいてみせる。
「それで?」
「近年まれにみる、ベストマッチングだったようです。神様もとても喜んでました。あの様子なら問題なく、石窯の神様として、定着できると思います」
「ベストマッチングの証拠が、ピザのおいしさなんですよ! たぶん市内一のおいしさです!」
一宮さんがニコニコしながら力説した。
「……なるほど。じゃあ似たような募集枠があったら、かまどの神様に紹介しても良い求人案件になるかしら」
「だと思います。お店の御主人によると、外国製の石窯や特別な厨房設備を取り入れている店は、全国にそれなりにあるそうです。元かまどの神様に紹介できる案件として、全国の八百万ハロワで共有するべきことかも」
「だったら課長に報告ね」
「はい。報告書に書いて、今日中に提出します」
本当はその報告書を、一宮さんに書いてもらう予定だったけれど、それは次の機会にしておこうと思った。なにせ彼女は、すっかり元かまどの神様のピザの虜になっていて、今はそれどころじゃないのだ。
「はー、本当にあのピザは最高でしたー! 今週末も行こうかなー。仕事じゃなかったらワインも飲めますし! 羽倉さんもどうですか?」
ご覧の通りのありさまだ。今日は月曜日で、まだ一週間が始まったばかりだというのに。
「もー、一宮さんてば。今日はまだ月曜日たよ?」
「だって、私が今までに食べたピザの中で断トツですから! 神様が定着してくれそうで安心しました。神様がやめちゃったら、あのお店でピザを頼むお客さん、ガッカリですよ!」
「まったくやれやれねえ」
「どうしたら良いんでしょうねえ」
力説する一宮さんの様子に、私と榊さんは思わず笑ってしまった。だけど彼女は、限りなく本気で言っているようだ。
「大丈夫です! 金曜日のピザとワインを楽しみに、今日もお仕事がんばります!」
これはなかなかどうして。一宮さんは将来、かなりの大物になるかもしれない。
「それとですね。ピザのことはさておき、私は、課長達が視察にいったお寿司屋さんも気になります」
「ピザの次はお寿司なの~?」
笑いながらロッカーに荷物をしまい、事務所へ向かう。
「違いますよ。そりゃあ、回らないお寿司は魅力的ですけど、そうじゃなくて。どんな視察案件だったのかなーって。羽倉さんは知ってるんですか?」
そう質問されて「はて?」となった。
「そう言えば、詳しいことは聞いてないかも」
「気になりませんか?」
「言われてみれば気になる。なんでお寿司屋さんなのに、課長と鎌倉さんが視察に出向く案件になったのか」
「ですよねー」
ちなみに課長が視察に出向く時は、鎌倉さんが必ず同行する。鎌倉さんは御実家が由緒ある神社で、お父さまがそこの宮司をなさっている、いわば名家の血筋。私達とは違う、特殊な力を持っていた。そしてその力は、視察した先で問題が起きた時に、必要不可欠なものなのだ。まさに文字通り、課長補佐。
ただ、課長いわく「僕の方が、鎌倉さんの付き人みたいなものなんだけどね」らしいけど。
「羽倉さんは、課長達と視察に行ったことあるんですか?」
「あるよ。だけど深刻な問題のない案件だけかな。なにか問題が起きている場合、課長は鎌倉さん以外の人を、つれて行ったことはないと思う」
「へー……そうなんですか」
「まさか、問題ありの視察に行ってみたいとか、言わないよね?」
自慢じゃないけれど、私はここで働くいわくつきの人達と神様達以外、一度もその手の存在を見たことも感じたことない。多分これからもそうだと思う。というか、そうであり続けたい。一宮さんもそうだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
「気になるだけですよ。この職場の一員として、どういうことが起きるのか、知っておきたいというか。もしかしたら将来、お手伝いすることが、あるかもしれないじゃないですか」
「一宮さんて、その手の技能持ちだったっけ?」
「いえ。一般職です!」
「だったら、お手伝いする機会はないかも」
「えー、そうなんですか? ちょっと残念です!」
修行すれば技能持ちになれますかね?などとつぶやきながら、一宮さんは自分の席に座って、パソコンの電源を入れる。すると一宮さんが使うパソコンの神様が、ヒョッコリと顔を出した。
「おはようさんなのじゃ!」
「おはようございます! 今日も一日よろしくお願いします!」
そう言いながら、神様の手と自分の人差し指でハイタッチをする。
「こちらこそ、よろしくなのじゃ! 今週もがんばるぞい! まずは一日目の月曜日からじゃ!」
「はい! がんばりましょう!」
おもしろいもので、パソコンを使う職員とパソコンの神様は似ている。似ているというか、似てくるというか。あのパソコンの神様は、以前はもっと物静かな神様だったはずなのに、いつの間にか一宮さんとそっくりな、にぎやかでおしゃべりな神様になっていた。
自分の席に座ってパソコンの電源を入れると、こちらもパソコンの神様が出てきた。
「おはようさんじゃの」
「おはようございます。今週もよろしくお願いします」
「こちらこそじゃ」
そして神様は、いつものようにディスプレイの上に陣取った。
「ところでじゃ」
「なんでしょう?」
「今回はわしへのおみやはないのかのう?」
『おみや』とは、視察先で私が買ってくるテイクアウト用の料理や、甘いもののことだ。神様は週末に視察がある時は、それを楽しみにしていた。
「ありますよー。かまどの神様が焼いたピザとラザニア、テイクアウトしたんですよ。今日のお昼御飯用に持ってきました」
「おお。それは良きかな良きかな。しかし、それでは野菜が足りんのう」
神様が心配そうに指摘する。
「そこは野菜ジュースでおぎなっておきます」
「なるほど。それは、感心、感心」
私が使うこのパソコンの神様も、最初はとてもはずかしがり屋で、なかなか姿を見せることがなかった。それが視察先にあるテイクアウトや、出かけた先で見かけた甘いものを持ってきているうちに、いつのまにか私と一緒に、お昼ご飯や3時のおやつを食べるようになっていたのだ。そして今はこんな感じで、おみやげを楽しみに待ち、催促するまでになった。
―― ん? ってことは、寂しがり屋さんから食いしん坊さんになったのは、私の影響とか? ――
その可能性に気がついて、なんとなく微妙な気持ちになる。
―― いやいや、もしかしたらもともと、シャイな食いしん坊な神様だったのかもしれないし! ――
「どうしたんじゃ?」
「いえ、なんでもないです。今日の仕事の段取りはどうしようかなって、考えてました」
「視察した報告書も書くんじゃったな」
「そうなんですよ。今日はやることたくさんで、お昼休みをけずらないといけないかも」
「心配せずとも大丈夫じゃ。お前さんのピザとラザニアは、ちゃんと残しておくから」
だけど先週のお団子の件もある。ここでしっかりと、クギを刺しておなければ安心できない。
「頼みますねー? 前みたいに、気がついたらタッパの中が空っぽってことになったら、ショックすぎですからー」
「フォッフォッフォッ。そんなこともあったかのう?」
しらばっくれているが私は忘れない。食べものの恨みは、それがたとえ神様が相手でも強いのだ。
「ありましたよ! せっかくのお取り寄せした海軍カレーとか! せっかくお取り寄せしたチョコレートケーキとか!」
「フォッフォッフォッ。あれはどちらも、なかなか美味であった」
「それだけじゃないですよ!」
「フォッフォッフォッ」
―― ま、いっか。仲が悪いより、仲が良いほうがいいものね ――
最近ちょっと体重が気になるところではあるけれど、こうやって職場の神様と仲良く仕事ができるのだから、その点は目をつぶっておこうと思う。
週明け、出勤してきた一宮さんに榊さんが声をかけた。
「ピザ、すごくおいしかったですー! 石窯の神様、最高です!」
榊さんの質問に、一宮さんが嬉しそうに答える。そんな彼女のニコニコ顔に、榊さんは戸惑いながらこちらに視線を向けた。
「視察に行ったのよ、ね?」
「もちろんです」
榊さんの質問に、真面目な顔をしてうなづいてみせる。
「それで?」
「近年まれにみる、ベストマッチングだったようです。神様もとても喜んでました。あの様子なら問題なく、石窯の神様として、定着できると思います」
「ベストマッチングの証拠が、ピザのおいしさなんですよ! たぶん市内一のおいしさです!」
一宮さんがニコニコしながら力説した。
「……なるほど。じゃあ似たような募集枠があったら、かまどの神様に紹介しても良い求人案件になるかしら」
「だと思います。お店の御主人によると、外国製の石窯や特別な厨房設備を取り入れている店は、全国にそれなりにあるそうです。元かまどの神様に紹介できる案件として、全国の八百万ハロワで共有するべきことかも」
「だったら課長に報告ね」
「はい。報告書に書いて、今日中に提出します」
本当はその報告書を、一宮さんに書いてもらう予定だったけれど、それは次の機会にしておこうと思った。なにせ彼女は、すっかり元かまどの神様のピザの虜になっていて、今はそれどころじゃないのだ。
「はー、本当にあのピザは最高でしたー! 今週末も行こうかなー。仕事じゃなかったらワインも飲めますし! 羽倉さんもどうですか?」
ご覧の通りのありさまだ。今日は月曜日で、まだ一週間が始まったばかりだというのに。
「もー、一宮さんてば。今日はまだ月曜日たよ?」
「だって、私が今までに食べたピザの中で断トツですから! 神様が定着してくれそうで安心しました。神様がやめちゃったら、あのお店でピザを頼むお客さん、ガッカリですよ!」
「まったくやれやれねえ」
「どうしたら良いんでしょうねえ」
力説する一宮さんの様子に、私と榊さんは思わず笑ってしまった。だけど彼女は、限りなく本気で言っているようだ。
「大丈夫です! 金曜日のピザとワインを楽しみに、今日もお仕事がんばります!」
これはなかなかどうして。一宮さんは将来、かなりの大物になるかもしれない。
「それとですね。ピザのことはさておき、私は、課長達が視察にいったお寿司屋さんも気になります」
「ピザの次はお寿司なの~?」
笑いながらロッカーに荷物をしまい、事務所へ向かう。
「違いますよ。そりゃあ、回らないお寿司は魅力的ですけど、そうじゃなくて。どんな視察案件だったのかなーって。羽倉さんは知ってるんですか?」
そう質問されて「はて?」となった。
「そう言えば、詳しいことは聞いてないかも」
「気になりませんか?」
「言われてみれば気になる。なんでお寿司屋さんなのに、課長と鎌倉さんが視察に出向く案件になったのか」
「ですよねー」
ちなみに課長が視察に出向く時は、鎌倉さんが必ず同行する。鎌倉さんは御実家が由緒ある神社で、お父さまがそこの宮司をなさっている、いわば名家の血筋。私達とは違う、特殊な力を持っていた。そしてその力は、視察した先で問題が起きた時に、必要不可欠なものなのだ。まさに文字通り、課長補佐。
ただ、課長いわく「僕の方が、鎌倉さんの付き人みたいなものなんだけどね」らしいけど。
「羽倉さんは、課長達と視察に行ったことあるんですか?」
「あるよ。だけど深刻な問題のない案件だけかな。なにか問題が起きている場合、課長は鎌倉さん以外の人を、つれて行ったことはないと思う」
「へー……そうなんですか」
「まさか、問題ありの視察に行ってみたいとか、言わないよね?」
自慢じゃないけれど、私はここで働くいわくつきの人達と神様達以外、一度もその手の存在を見たことも感じたことない。多分これからもそうだと思う。というか、そうであり続けたい。一宮さんもそうだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
「気になるだけですよ。この職場の一員として、どういうことが起きるのか、知っておきたいというか。もしかしたら将来、お手伝いすることが、あるかもしれないじゃないですか」
「一宮さんて、その手の技能持ちだったっけ?」
「いえ。一般職です!」
「だったら、お手伝いする機会はないかも」
「えー、そうなんですか? ちょっと残念です!」
修行すれば技能持ちになれますかね?などとつぶやきながら、一宮さんは自分の席に座って、パソコンの電源を入れる。すると一宮さんが使うパソコンの神様が、ヒョッコリと顔を出した。
「おはようさんなのじゃ!」
「おはようございます! 今日も一日よろしくお願いします!」
そう言いながら、神様の手と自分の人差し指でハイタッチをする。
「こちらこそ、よろしくなのじゃ! 今週もがんばるぞい! まずは一日目の月曜日からじゃ!」
「はい! がんばりましょう!」
おもしろいもので、パソコンを使う職員とパソコンの神様は似ている。似ているというか、似てくるというか。あのパソコンの神様は、以前はもっと物静かな神様だったはずなのに、いつの間にか一宮さんとそっくりな、にぎやかでおしゃべりな神様になっていた。
自分の席に座ってパソコンの電源を入れると、こちらもパソコンの神様が出てきた。
「おはようさんじゃの」
「おはようございます。今週もよろしくお願いします」
「こちらこそじゃ」
そして神様は、いつものようにディスプレイの上に陣取った。
「ところでじゃ」
「なんでしょう?」
「今回はわしへのおみやはないのかのう?」
『おみや』とは、視察先で私が買ってくるテイクアウト用の料理や、甘いもののことだ。神様は週末に視察がある時は、それを楽しみにしていた。
「ありますよー。かまどの神様が焼いたピザとラザニア、テイクアウトしたんですよ。今日のお昼御飯用に持ってきました」
「おお。それは良きかな良きかな。しかし、それでは野菜が足りんのう」
神様が心配そうに指摘する。
「そこは野菜ジュースでおぎなっておきます」
「なるほど。それは、感心、感心」
私が使うこのパソコンの神様も、最初はとてもはずかしがり屋で、なかなか姿を見せることがなかった。それが視察先にあるテイクアウトや、出かけた先で見かけた甘いものを持ってきているうちに、いつのまにか私と一緒に、お昼ご飯や3時のおやつを食べるようになっていたのだ。そして今はこんな感じで、おみやげを楽しみに待ち、催促するまでになった。
―― ん? ってことは、寂しがり屋さんから食いしん坊さんになったのは、私の影響とか? ――
その可能性に気がついて、なんとなく微妙な気持ちになる。
―― いやいや、もしかしたらもともと、シャイな食いしん坊な神様だったのかもしれないし! ――
「どうしたんじゃ?」
「いえ、なんでもないです。今日の仕事の段取りはどうしようかなって、考えてました」
「視察した報告書も書くんじゃったな」
「そうなんですよ。今日はやることたくさんで、お昼休みをけずらないといけないかも」
「心配せずとも大丈夫じゃ。お前さんのピザとラザニアは、ちゃんと残しておくから」
だけど先週のお団子の件もある。ここでしっかりと、クギを刺しておなければ安心できない。
「頼みますねー? 前みたいに、気がついたらタッパの中が空っぽってことになったら、ショックすぎですからー」
「フォッフォッフォッ。そんなこともあったかのう?」
しらばっくれているが私は忘れない。食べものの恨みは、それがたとえ神様が相手でも強いのだ。
「ありましたよ! せっかくのお取り寄せした海軍カレーとか! せっかくお取り寄せしたチョコレートケーキとか!」
「フォッフォッフォッ。あれはどちらも、なかなか美味であった」
「それだけじゃないですよ!」
「フォッフォッフォッ」
―― ま、いっか。仲が悪いより、仲が良いほうがいいものね ――
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