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東京・横須賀編
第六話 緊張して酔えません
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私、高島さんに「参加する人があまり怖くない人達なら行っても良いかな」って確かに言ったはずなんだ。
なのに……なーのーにーっ!!
どうして私の隣にあの三尉さんが怖い顔をして座っているのかな?! どう考えても怖い人でしょ、この人!!
「……あ、あのぅ」
「なんだ」
相変わらず不穏な空気が駄々漏れで、話しかけづらいことこの上ない。向こう側に座っている人は全く気付いてないんだよね、篠塚さんから漏れ出ているこのおどろおどろしい空気。呑気にお向かいのお兄さんとお喋りを楽しんじゃって羨ましい限り。
「あの、ですね……その、ですね……」
「はっきり言え」
「そんな怖い顔して怒らなくても」
「俺の顔は元からこうだし喋り方もこんなんだ、すまないな」
全然すまなさそうに見えないんだけど……。
「……これって偶然、ですよね」
「それはこっちが聞きたい」
それまで私の方を見ようとしなかった篠塚さんがこっちに顔を向けた。ひぃぃぃ、絶対に怒ってるよね? たとえ怒っていなくても少なくとも気に入らないって顔だよね、それ。
「ぐ、偶然ですよ。週明けに幹事の高島一尉さんから来ないかって誘われたんです。同じ職場の人なので」
「こういうのに参加するような人間には見えなかったがな、あんた……あー、門真さん、だったか?」
「私だってたまには飲み会に参加するぐらいしますよ」
ただこういう職業限定な人達だけのコンパに参加するのは初めてだ。想像ではもっとお相手を捕まえる気満々な人達の集まりかなと心配していたけど、実際に参加してみるとそうでもなかった。もしかしてコンパとは言っているけれど、男女で楽しく飲みたいだけの人達の集まりなのかなって思えてきているところだった。
……まあ若干一名ほど楽しく無さげな人もいるんですけどね、私のすぐ隣に。
「それに見えないと言うなら、三尉さんだってこういう賑やかな集まりに来るような人に見えませんよ?」
「篠塚」
「はい?」
突然の言葉に首をかしげた。
「俺の苗字。階級にさんづけなんてして呼んでいたら、同じ階級の人間が全員こっち向くだろ」
「ああ、なるほど。じゃあ篠塚三尉さん」
「だから三尉さんはいらない」
「……篠塚、で良いんですか?」
あ、なんでそこで溜め息を。
「高島さん」
篠塚さんは、向こう側に座っている高島さんに声をかけた。
「なあにー?」
「この人、天然?」
そう言いながら私のことを指でさしている。
「天然ってほどじゃないと思うわよ。若干素直すぎるきらいはあるけど」
「なるほど、了解」
なにが了解?
「門真さん、あんた年齢は?」
「二十三ですが」
「俺は二十六、つまり年上だ。年上のことを呼び捨てにするつもりか?」
「そんなことしませんよ。ただ篠塚さんが三尉さんはいらないって言うから」
「じゃあその発言を訂正する。常識の範疇で俺のことは呼んでくれ」
「じゃあ……篠塚さんで」
よろしいと言わんばかりにうなづくと、テーブルの上に放置されていたグラスにをのばしてビールを飲み干した。
「あの、どうぞ。あまり冷たくないですけど」
空っぽになったグラスを見て、横にあった瓶を手にした。
「いや、自分で注ぐから」
「私、もう瓶を持っちゃいましたし、どうぞ」
「……すまない」
「いえいえ」
グラスがビールで満たされると、篠塚さんはありがとうと言いながら一口飲んでグラスをテーブルに置いた。私はそんな様子をこっそりと観察しながら、自分が頼んだレモン味のチューハイを飲む。
「話は中断したが、俺がここにいるのはたまたま時間があいていたから、数合わせに引っ張ってこられたクチだからなんだよ」
「そうだったんですか、なるほど」
そしてまた沈黙。うーん、会話が続かない。この前のことでお礼を言いたいけれど、それは人前では話せないことだし一体どうしたら良いんだろう。……あ、そうだ。
「あの、篠塚さん?」
「なんだ?」
……やっぱり怒っているようにしか見えないよ。
「高島さん主催のこれに参加したってことは、当然のことながら自衛官さんでしょ? どんなお仕事を? 高島さんは陸上自衛隊の人で、うちの部署に出向中ですけど」
海上自衛隊の隊員さんだってことは分かっている。だけどそこは口にすることはできない。。だってここが私達にとっては「初対面」の場所なんだから。
「海上自衛隊横須賀基地の、陸警隊というところにいる」
「えっとそれって護衛艦に乗るお仕事なんですか?」
観艦式当日の篠塚さんの服装を頭の中で思い出す。黒い帽子に青い迷彩服、それから防弾チョッキみたいなものを身につけていたっけ。篠塚さんの服装は、護衛艦に乗っている自衛官さん達とは明らかに違うものだった。そう言えばくらまに乗艦する前に、何人か同じ服装をしている人達を見かけたような。
ちなみに私の中での自衛隊というのは、陸上自衛隊の人はモサモサな草みたいなのをしょって銃を手に地面を這ったりしている人達、海上自衛隊の人は護衛艦の乗っている人達、航空自衛隊の人はとにかく飛んでいる人達、こんなイメージしかない。
そりゃあ国防関係で働くようになったんだから、もっと実態を知らなきゃいけないというのは自分でも自覚している。だけど今は、聞いたことのないような単語に慣れるのが精いっぱいで、そこまでには至っていないというのが現状なのだ。だから、自分の陸海空自衛隊に対しての知識不足を補う作業は少し先になる予定。
「いや。基地の警備が主な仕事だ。簡単に言えば警備員みたいなものか」
「なるほど。私、日米合同演習での臨検訓練ってのをニュースの特集で見たことがあるんですよ。ああいうことは篠塚さん達のお仕事ではないんですか?」
テレビで紹介されていた人達は、篠塚さんと同じような服装をしていたなと思い出しながら質問をする。
「それは立入検査隊といってまた別の部署だな。さっきも言った通り、陸警隊は基地警備が主な仕事だから、めったに護衛艦に乗り込むことは無い」
「へえ……。なんだか意外です、海上自衛官なのに護衛艦に乗らないなんて」
「そんなことないだろ。航空隊だってあるし地方総監部で働く事務方の自衛官は結構いる。海自の人間だからって、誰も彼もが海にいるわけじゃない。少なくとも半数以上の人間は、常に陸上で仕事をしているぞ」
「あ、そうか。なるほど」
言われてみれば確かにそうだ。
「そんなことを質問するってことは、自衛隊は一年365日海にいたり戦車ころがしてたり飛んでたりとそんなイメージだってことだよな」
「そんな感じです」
まったくその通りなので反論もできません、お恥ずかしい。
「それで防衛省の職員とは驚きだ。ああ、まだ入省して一年未満か、それだとそんなものなのか……」
「すみません」
「そんなイメージしか持っていないくせに、よく入省を希望したな。どうしてここを?」
「え」
そんなことを質問されてちょっとビックリ。だって篠塚さんが醸し出している雰囲気からして、絶対に私のことなんて興味ないと思っていたから。もちろん飲み会の中での社交辞令なんだろうけど、そういう個人的なことを尋ねられるなんて思いもしなかった。
「えって、まさか考えなしじゃないよな? 省庁なら何処でも良かったわってわけじゃないだろ? 省庁めぐりをして面接を受けているわけなんだから」
「それはもちろん、国民の生命と財産を守るお仕事をしたいと思ったからですよ。最初は警察官になろうって考えたんです。だけど私、あまり運動が得意じゃないから事務方で頑張った方が役立てそうだなって。で、警察事務ってのを受けようと思ったんですけど、どうせなるなら国家公務員が良いんじゃないかって言われて試験を受けました」
ただその事務方になったものの、この半年は専門用語に頭を抱え続けているせいか、そっちの方面でも役に立てないのではないかと自分の中で自信がかなり揺らいでいる。
「あー……なるほどな」
むっ、そこで篠塚さんはどうして納得したって顔をするかな。私の言葉のどの部分に納得したのか、物凄く気になるんだけれど。
「あの、そのあーなるほどは、一体なにに対してのなるほどなんですか?」
「運動が得意じゃないって部分だ」
「あまり得意じゃない、です」
「あまり……」
「そうです」
あまりが付くか付かないかの差は大きい。だから納得するならきちんと「あまり運動が得意じゃない」で納得してもらわないと困る。
「あまりねえ……」
「あの、船酔いは運動神経に関係ないと思うんですけど!」
何を思い出したのか何となく分かったから声を潜めて抗議した。
「俺はなにも言ってないぞ」
「でも絶対にそのこと頭に浮かびましたよね」
「さあな、何のことやらさっぱりだ」
しらばっくれちゃって! だけど「初対面」なんだからこれ以上の抗議ができないのが悔しい。
「じゃあ、私からもう一つ篠塚さんに質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「篠塚さんはどうして今のお仕事に?」
さっきの質問はお仕事に関する質問だったけど、今度はちょっと個人的な質問だ。でも篠塚さんだって私に同じことを尋ねたんだもの、同じ質問を返したって問題ないはずだよね?
「進学するか就職するか迷っていた時に、たまたま自衛官募集の文字を目にして協力本部に立ち寄ったのがきっかけだ」
「たまたま、なんですか?」
ちょっとビックリ。
「ああ、たまたま。なんだ、もっと熱い思いで入隊したとでも思っていたのか?」
「だってそんな簡単なお仕事じゃないでしょ? 訓練だって厳しいわけですし。たまたまだけで続けていられるとは思えなくて」
「意外とそういうきっかけで入隊するやつは多いぞ。色々な資格を取れるし、その後の転職に有利なこともあるから陸自なんて特に。もちろん使命感を持って入隊するやつもいるし、入ってからこれが自分の天職だと感じてそのままとどまるやつもいるが」
「篠塚さんは? 次の転職先を見つけるまでの繋ぎなんですか?」
JJおじさんと会話していた様子からして、繋ぎでこの仕事に腰掛けているようには見えなかったけどな。
「俺の場合、きっかけはたまたまだが自分に合っていた仕事だったんだろうな。今じゃそれなりにこれが自分の天職だと思っている。余程のことが無い限り除隊はしないつもりだ」
「そうなんですか~。私もこれが自分の天職だって言えるようになれると良いんだけどなあ……」
「こればかりは適材適所だからな。合わなければ縁がなかったと諦めるしかないんじゃないのか?」
今の部署だけが防衛省の仕事じゃないだろ?と言った。
「慰められている気がしないんですが」
「そりゃ慰めてないからな」
「そうですか」
そんな私達のことを、高島さんが向こうからニコニコしながら眺めているのに気がついた。私と目が合うとニコッと笑って「がんばって」と声を出さずに言ってくる。いやいや高島さん、そういう雰囲気じゃないんですよ、私達。だって篠塚さんは個人的な質問にも答えてくれているけれど、相変わらず不穏な空気を垂れ流したままだし。
そんなことを考えながら、再びグラスを手にしてチューハイを飲んだ。そろそろなくなるな~次は何を頼もうかな。それから何か摘まむものもお願いしようかな。
「もしかして意外といけるクチなのか?」
「え?」
「さっきからかなり飲んでいるが、まったく顔色も変わらないし酔ってる気配もないし」
「ビールやお酒じゃなくて、ジュースみたいなチューハイですからね」
貴方が隣にいるから緊張してしまって酔いたくても酔えませんとはとても言えないよね……。
なのに……なーのーにーっ!!
どうして私の隣にあの三尉さんが怖い顔をして座っているのかな?! どう考えても怖い人でしょ、この人!!
「……あ、あのぅ」
「なんだ」
相変わらず不穏な空気が駄々漏れで、話しかけづらいことこの上ない。向こう側に座っている人は全く気付いてないんだよね、篠塚さんから漏れ出ているこのおどろおどろしい空気。呑気にお向かいのお兄さんとお喋りを楽しんじゃって羨ましい限り。
「あの、ですね……その、ですね……」
「はっきり言え」
「そんな怖い顔して怒らなくても」
「俺の顔は元からこうだし喋り方もこんなんだ、すまないな」
全然すまなさそうに見えないんだけど……。
「……これって偶然、ですよね」
「それはこっちが聞きたい」
それまで私の方を見ようとしなかった篠塚さんがこっちに顔を向けた。ひぃぃぃ、絶対に怒ってるよね? たとえ怒っていなくても少なくとも気に入らないって顔だよね、それ。
「ぐ、偶然ですよ。週明けに幹事の高島一尉さんから来ないかって誘われたんです。同じ職場の人なので」
「こういうのに参加するような人間には見えなかったがな、あんた……あー、門真さん、だったか?」
「私だってたまには飲み会に参加するぐらいしますよ」
ただこういう職業限定な人達だけのコンパに参加するのは初めてだ。想像ではもっとお相手を捕まえる気満々な人達の集まりかなと心配していたけど、実際に参加してみるとそうでもなかった。もしかしてコンパとは言っているけれど、男女で楽しく飲みたいだけの人達の集まりなのかなって思えてきているところだった。
……まあ若干一名ほど楽しく無さげな人もいるんですけどね、私のすぐ隣に。
「それに見えないと言うなら、三尉さんだってこういう賑やかな集まりに来るような人に見えませんよ?」
「篠塚」
「はい?」
突然の言葉に首をかしげた。
「俺の苗字。階級にさんづけなんてして呼んでいたら、同じ階級の人間が全員こっち向くだろ」
「ああ、なるほど。じゃあ篠塚三尉さん」
「だから三尉さんはいらない」
「……篠塚、で良いんですか?」
あ、なんでそこで溜め息を。
「高島さん」
篠塚さんは、向こう側に座っている高島さんに声をかけた。
「なあにー?」
「この人、天然?」
そう言いながら私のことを指でさしている。
「天然ってほどじゃないと思うわよ。若干素直すぎるきらいはあるけど」
「なるほど、了解」
なにが了解?
「門真さん、あんた年齢は?」
「二十三ですが」
「俺は二十六、つまり年上だ。年上のことを呼び捨てにするつもりか?」
「そんなことしませんよ。ただ篠塚さんが三尉さんはいらないって言うから」
「じゃあその発言を訂正する。常識の範疇で俺のことは呼んでくれ」
「じゃあ……篠塚さんで」
よろしいと言わんばかりにうなづくと、テーブルの上に放置されていたグラスにをのばしてビールを飲み干した。
「あの、どうぞ。あまり冷たくないですけど」
空っぽになったグラスを見て、横にあった瓶を手にした。
「いや、自分で注ぐから」
「私、もう瓶を持っちゃいましたし、どうぞ」
「……すまない」
「いえいえ」
グラスがビールで満たされると、篠塚さんはありがとうと言いながら一口飲んでグラスをテーブルに置いた。私はそんな様子をこっそりと観察しながら、自分が頼んだレモン味のチューハイを飲む。
「話は中断したが、俺がここにいるのはたまたま時間があいていたから、数合わせに引っ張ってこられたクチだからなんだよ」
「そうだったんですか、なるほど」
そしてまた沈黙。うーん、会話が続かない。この前のことでお礼を言いたいけれど、それは人前では話せないことだし一体どうしたら良いんだろう。……あ、そうだ。
「あの、篠塚さん?」
「なんだ?」
……やっぱり怒っているようにしか見えないよ。
「高島さん主催のこれに参加したってことは、当然のことながら自衛官さんでしょ? どんなお仕事を? 高島さんは陸上自衛隊の人で、うちの部署に出向中ですけど」
海上自衛隊の隊員さんだってことは分かっている。だけどそこは口にすることはできない。。だってここが私達にとっては「初対面」の場所なんだから。
「海上自衛隊横須賀基地の、陸警隊というところにいる」
「えっとそれって護衛艦に乗るお仕事なんですか?」
観艦式当日の篠塚さんの服装を頭の中で思い出す。黒い帽子に青い迷彩服、それから防弾チョッキみたいなものを身につけていたっけ。篠塚さんの服装は、護衛艦に乗っている自衛官さん達とは明らかに違うものだった。そう言えばくらまに乗艦する前に、何人か同じ服装をしている人達を見かけたような。
ちなみに私の中での自衛隊というのは、陸上自衛隊の人はモサモサな草みたいなのをしょって銃を手に地面を這ったりしている人達、海上自衛隊の人は護衛艦の乗っている人達、航空自衛隊の人はとにかく飛んでいる人達、こんなイメージしかない。
そりゃあ国防関係で働くようになったんだから、もっと実態を知らなきゃいけないというのは自分でも自覚している。だけど今は、聞いたことのないような単語に慣れるのが精いっぱいで、そこまでには至っていないというのが現状なのだ。だから、自分の陸海空自衛隊に対しての知識不足を補う作業は少し先になる予定。
「いや。基地の警備が主な仕事だ。簡単に言えば警備員みたいなものか」
「なるほど。私、日米合同演習での臨検訓練ってのをニュースの特集で見たことがあるんですよ。ああいうことは篠塚さん達のお仕事ではないんですか?」
テレビで紹介されていた人達は、篠塚さんと同じような服装をしていたなと思い出しながら質問をする。
「それは立入検査隊といってまた別の部署だな。さっきも言った通り、陸警隊は基地警備が主な仕事だから、めったに護衛艦に乗り込むことは無い」
「へえ……。なんだか意外です、海上自衛官なのに護衛艦に乗らないなんて」
「そんなことないだろ。航空隊だってあるし地方総監部で働く事務方の自衛官は結構いる。海自の人間だからって、誰も彼もが海にいるわけじゃない。少なくとも半数以上の人間は、常に陸上で仕事をしているぞ」
「あ、そうか。なるほど」
言われてみれば確かにそうだ。
「そんなことを質問するってことは、自衛隊は一年365日海にいたり戦車ころがしてたり飛んでたりとそんなイメージだってことだよな」
「そんな感じです」
まったくその通りなので反論もできません、お恥ずかしい。
「それで防衛省の職員とは驚きだ。ああ、まだ入省して一年未満か、それだとそんなものなのか……」
「すみません」
「そんなイメージしか持っていないくせに、よく入省を希望したな。どうしてここを?」
「え」
そんなことを質問されてちょっとビックリ。だって篠塚さんが醸し出している雰囲気からして、絶対に私のことなんて興味ないと思っていたから。もちろん飲み会の中での社交辞令なんだろうけど、そういう個人的なことを尋ねられるなんて思いもしなかった。
「えって、まさか考えなしじゃないよな? 省庁なら何処でも良かったわってわけじゃないだろ? 省庁めぐりをして面接を受けているわけなんだから」
「それはもちろん、国民の生命と財産を守るお仕事をしたいと思ったからですよ。最初は警察官になろうって考えたんです。だけど私、あまり運動が得意じゃないから事務方で頑張った方が役立てそうだなって。で、警察事務ってのを受けようと思ったんですけど、どうせなるなら国家公務員が良いんじゃないかって言われて試験を受けました」
ただその事務方になったものの、この半年は専門用語に頭を抱え続けているせいか、そっちの方面でも役に立てないのではないかと自分の中で自信がかなり揺らいでいる。
「あー……なるほどな」
むっ、そこで篠塚さんはどうして納得したって顔をするかな。私の言葉のどの部分に納得したのか、物凄く気になるんだけれど。
「あの、そのあーなるほどは、一体なにに対してのなるほどなんですか?」
「運動が得意じゃないって部分だ」
「あまり得意じゃない、です」
「あまり……」
「そうです」
あまりが付くか付かないかの差は大きい。だから納得するならきちんと「あまり運動が得意じゃない」で納得してもらわないと困る。
「あまりねえ……」
「あの、船酔いは運動神経に関係ないと思うんですけど!」
何を思い出したのか何となく分かったから声を潜めて抗議した。
「俺はなにも言ってないぞ」
「でも絶対にそのこと頭に浮かびましたよね」
「さあな、何のことやらさっぱりだ」
しらばっくれちゃって! だけど「初対面」なんだからこれ以上の抗議ができないのが悔しい。
「じゃあ、私からもう一つ篠塚さんに質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「篠塚さんはどうして今のお仕事に?」
さっきの質問はお仕事に関する質問だったけど、今度はちょっと個人的な質問だ。でも篠塚さんだって私に同じことを尋ねたんだもの、同じ質問を返したって問題ないはずだよね?
「進学するか就職するか迷っていた時に、たまたま自衛官募集の文字を目にして協力本部に立ち寄ったのがきっかけだ」
「たまたま、なんですか?」
ちょっとビックリ。
「ああ、たまたま。なんだ、もっと熱い思いで入隊したとでも思っていたのか?」
「だってそんな簡単なお仕事じゃないでしょ? 訓練だって厳しいわけですし。たまたまだけで続けていられるとは思えなくて」
「意外とそういうきっかけで入隊するやつは多いぞ。色々な資格を取れるし、その後の転職に有利なこともあるから陸自なんて特に。もちろん使命感を持って入隊するやつもいるし、入ってからこれが自分の天職だと感じてそのままとどまるやつもいるが」
「篠塚さんは? 次の転職先を見つけるまでの繋ぎなんですか?」
JJおじさんと会話していた様子からして、繋ぎでこの仕事に腰掛けているようには見えなかったけどな。
「俺の場合、きっかけはたまたまだが自分に合っていた仕事だったんだろうな。今じゃそれなりにこれが自分の天職だと思っている。余程のことが無い限り除隊はしないつもりだ」
「そうなんですか~。私もこれが自分の天職だって言えるようになれると良いんだけどなあ……」
「こればかりは適材適所だからな。合わなければ縁がなかったと諦めるしかないんじゃないのか?」
今の部署だけが防衛省の仕事じゃないだろ?と言った。
「慰められている気がしないんですが」
「そりゃ慰めてないからな」
「そうですか」
そんな私達のことを、高島さんが向こうからニコニコしながら眺めているのに気がついた。私と目が合うとニコッと笑って「がんばって」と声を出さずに言ってくる。いやいや高島さん、そういう雰囲気じゃないんですよ、私達。だって篠塚さんは個人的な質問にも答えてくれているけれど、相変わらず不穏な空気を垂れ流したままだし。
そんなことを考えながら、再びグラスを手にしてチューハイを飲んだ。そろそろなくなるな~次は何を頼もうかな。それから何か摘まむものもお願いしようかな。
「もしかして意外といけるクチなのか?」
「え?」
「さっきからかなり飲んでいるが、まったく顔色も変わらないし酔ってる気配もないし」
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
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○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。
(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
○雪さま
(Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21
(pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274
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