恋と愛とで抱きしめて

鏡野ゆう

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番外小話 5 【貴方の腕に囚われて】

駐屯地の一般開放 side - 奈緒&信吾さん

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『貴方の腕に囚われて』で渉君が所属している駐屯地の一般開放日にやって来た奈緒と信吾さん。二人は美景ちゃんと会う前にどんな話をしていたんでしょう的なお話。


++++++++++


『母さん、週末は病院の診察は休みだよね? だったらちょっと遠いけど、うちの駐屯地でやる創設記念式典に皆で来ない?』

 自衛官として関東地区の某駐屯地に配属になったあゆむから久し振りに電話がかかってきたかと思ったら、駐屯地のイベントへのお誘いだった。防大に通っている時は開校祭だってこんなふうに誘ってこなかったのに、珍しいこともあるものだと思いつつ、電話を切ってから信吾しんごさんにそのことを伝える。

「渉がね、駐屯地の創設記念式典に皆で来ないかって」
「ああ、そろそろだったな、あそこの創設記念は」

 テレビでニュースを見ていた信吾さんが顔を上げる。

習志野ならしの以来だろ、奈緒なおは」
「そうなの。だから行ってみたいなって気持ちにはなってるの」

 子供達が小さい頃はよく二人を連れて、信吾さん達の部隊が所属している習志野の駐屯地に遊びに行っていたけど、最近はとんとご無沙汰だ。

 信吾さんの方は、今でもOBとして招待されたりお声がかかったりしているんだけど、本人的には顔を出したらあれこれ理由をつけては、偉い人の前に引っ張っていかれるのが煩わしいらしくて、最近は余程のことがない限り顔を出したがらない。退官した骨董品に声をかけるより、他に声をかけるべき人間がいるだろっていうのが言い分らしい。 

「だが珍しいな、渉から誘ってくるなんて。雪でも降らなきゃいいんだが」
「しかもメールじゃなくて電話だよ電話」
「雪どころかひょうが降るかもな」
「また酷いこと言って」
「でも本当のことだろ? あいつが普段しないようなことをすると大抵は雪が降る」

 え? 日本が夏の時はどうなんだって? それが渉の影響力は地球規模らしく、そういう時は南半球でいきなりの大雪が降ったりするのよね。本当に不思議な偶然なんだから。……偶然よね?

 お茶を煎れてテーブルにお湯呑みを置くと、信吾さんの隣に座った。

「ねえ、友里ゆりが大学の学園祭に来ないかって誘ってきた時のこと、覚えてる?」
「ああ」

 私の質問に信吾さんが愉快そうに口元を歪めながらうなづく。

「ってことは、渉もいよいよかも」

 何年か前に、友里が精一杯さりげない口調で学園祭に来ないかって私達を誘った時のことを思い出して、私も何だか顔がニヨニヨしてしまう。何を企んでいるんだ?と、珍しく信吾さんがイヤそうな顔をしたのが昨日のことのよう。

 今回は……嫌そうな顔どころかあの時の私と同じようなニヨニヨ顔だ。やっぱり父親としては、息子と娘に対して感じることが違うのかしら。

「心配してたのよね、男ばかりの環境だしなかなか出会いもなさそうで」
「渉はまだ二十六だ、そんなに慌てることもないだろう? それに放っておいても偉くなっていけば、イヤでも紹介されるからな」
「信吾さんが香取かとり君にしたみたいに?」
「まあそんなところだ」

 一般的な自衛官とは違って幹部自衛官ともなると、様々な重要な情報と接する機会も増えてくる。その情報がうっかり家族を通して漏れたなんて話はよくあることで、上層部としても自由恋愛を認めてはいるものの、きちんとした相手と一緒になって欲しいというのが本音のようだった。

 だから独身の幹部自衛官には、“きちんとしたところの”お嬢さんや息子さんを紹介したがるらしい。現に信吾さん自身も、前の奥さんが亡くなってしばらくしてからは、それはそれはしつこく上から再婚話を持ってこられて辟易としていたって話だった。

「それに俺と奈緒みたいに出会う場合もあるだろ」
「それはそうだけど、あのパターンはなかなかないと思うよ?」

 私と信吾さんの出会いは、居酒屋で私が偶然“壁”に体当たりしたことがきっかけだった。しかも私の父親は当時はまだ存命中の左派系国会議員。上層部からすると“きちんとしたところの”お嬢さんという点から見て、私はかなり変わり種な結婚相手だったと思う。

「同じ駐屯地の女性自衛官さんって可能性もあり?」
「まあな」

 駐屯地には自衛官だけではなく、外部からの委託業者や技官と呼ばれる半分民間人のような人達もたくさん出入りしている。もしかしたらその中のお嬢さんかも。それに渉は営外に住んでいるから御近所のお嬢さんとか。

「あまりあれこれ先走ったこと考えるなよ? 自分が初めて配属された駐屯地だから俺達を招待したいだけなのかもしれないし」
「分かってる。でも信吾さん、絶対にそんなことないって思ってるでしょ?」

 私がそう言うとニヤッと笑った。もうこれは親の勘ってやつよね。

わたるはどうするかな~。航、渉が再来週の駐屯地創設記念式典に来ないかって聞いてきたけど、どうする?」

 部屋のドアをノックしてから声をかけると、ドアの向こうで何やら派手な音がしておかしな悲鳴があがった。しばらくして航が顔を出す。

「ごめん、もしかして息抜きでゲームの最中だった?」
「大丈夫。そろそろ勉強に戻ろうと思ってたところだったから。それで? 季節外れの雪になりそう?」
「さあ、どうかしら。だけど私とお父さんはそうだと睨んでる」

 そう答えると、航は信吾さんそっくりの笑みを浮かべた。

「だったら僕は遠慮しておこうかな。いきなり家族勢揃いで囲まれたら、相手が逃げちゃうかもしれないだろ?」
「でも東出ひがしで君は逃げなかったわよ?」

 友里が付き合っているのと紹介してくれた、同じ病院で働いている先生のことを指摘する。友里がお付き合いしているのは、私が研修医の時にもお世話になった東出先生の息子さん。お父さんと同じ救命救急で働いていて、恐らく将来的には父親と同様に救命救急の主になるだろうと噂されている人物だ。

「それはあの先生が、救急外来の先生で並外れた度胸を持っているからだし、お母さんのことも既に知っていたからだろ?」
「まあそうとも言うわね」
「だったら先ずは二人で偵察してきてよ。僕とユリネエがその人と顔を合わせるのは、その後でってことで。ま、兄さんが相手に逃げられなかったらって話だけどさ」
「分かった。私がしっかりと観察して後で報告するから」
「お願いします」

 航は駐屯地に行きたくないわけじゃないのよね。信吾さんと渉の影響で、その手のことに興味はあるみたいだし。だけど、どうも興味のあるポイントが二人とはちょっと違うみたいで、この調子でいくと同じ自衛隊でも、まったく違う分野に進むことになるんじゃないかしらって私は感じている。もちろんこれは、あくまでも私の勘ではあるんだけれど。


+++++


 そしてその当日。駐屯地内に車を止めるスペースを確保しておくからと言われたので二人でドライブがてらに向かった。現地で誘導に従いながら駐車スペースに車を止めると案の定制服を着た年配の人がやってくるのが見えた。それに気付いた信吾さんが溜め息をつく。

「さっそく嗅ぎつけたやつが現れたか。逃げられると思うか?」
「頑張れ、信吾さん」

 やれやれと首を振りながら信吾さんが車を降りると、その人が前にやってきて姿勢を正して敬礼をした。もちろん信吾さんも答礼する。うん、もう自衛官じゃないけれどその姿はやっぱりさまになっている。

「御無沙汰しております、森永陸将補」
「もう陸将補じゃないんだから堅苦しい挨拶はよしてくれ。俺はこの通りもう制服は着ていないんだから」
「我々にとってはいつまでも陸将補ですよ」
「それ、他の退官した自衛官にも言っているのか?」

 その問いかけにその人はニヤッと笑った。つまりは信吾さんにだけってことみたい。ってことはこの人も元はSの関係者ってことなのかな?

「今日は父親として息子に会いにきたんだ。基地司令への挨拶は勘弁してほしい」
「心得ていますよ」
「……それで父親として聞いておきたいんだが、息子はどうだ?」
「防大の時から成績も優秀でしたし今のところ申し分のない小隊長ぶりだと申し上げておきます。親の七光りなんぞクソくらえという感じで励んでいますよ、おっと失礼しました奥様の前で」
「いいえ、慣れてますから」

 自衛官だって人の親だもの。自分の息子や娘が同じ自衛官となればあれこれ気になるし、自分がそれなりの地位についていたらついつい手助けをしたくなるのは仕方のないことだと思う。

 もちろん信吾さんは渉が防大を卒業した時には既に退官していたから直接的な影響力というものは存在しなかった。ただSの群長を長年務めて陸幕にまで上り詰めた「あの鬼の森永の」って話が今も根強く残っているのも事実。

 もちろん信吾さんの性格からして渉のことで便宜を図ってくれなんて言うことなんてある筈がないんだけどね。まあそういうことが分からない人もいるってこと。

「では自分はこれで失礼します。お会いできて光栄でした」

 その人と別れて訓練展示が行われる場所へと向かうと既に式典は終わって訓練展示の準備が行われていた。階段状になっている観客席の上の方が空いているのでそこに席をとって渉を待つことにする。

「渉、私達のこと見つけられるかしら」
「大丈夫だろう」

 そうこうしているうちに渉が階段脇の通路から顔を出した。そしてあっちこっちを見渡してこっちを見つけると軽く手をあげる。少しだけがっかりしたような顔をしたのは航達がいないせい? それとも自分の目論見が私達に見破られていたとに気づいたから?

 こっちにのぼってくる息子の姿を眺めながら首を傾げた。何か連れているというかつかんでいるというか……とにかく一人じゃないみたい。

「……ねえ信吾さん」
「なんだ?」
「渉が猫つかみをしているのって猫じゃないわよね? 私には人間に見えるんだけど」
「俺にも人間に見えるぞ」
「ってことは間違いなく人間よね」
「しかも若い自衛官のお嬢さんのようだ。どうやら当たりだったらしいな、雪は降ってないが」
「でも嫌がってない?」

 渉本人はまっく気にしていないようだけど。

「嫌がってるというか戸惑っているというか。どうやら急襲をかけたらしい」
「あらまあ、可哀想に」

 強引なところは信吾さんとそっくりなんだから困った子だ。あのお嬢さんに逃げられないと良いんだけれど。ああ、逃げないように親としてもサポートすべき?

「久し振り。相変わらず無駄に元気そうで何より」

 私達の横に立った渉が口を開いた。猫つかみをされたお嬢さんは困惑した顔をしている。

「そっちもな。それで? 会場に迷い込んだ野良ネコでも捕まえた風情だが何処から見ても人間に見えるのは俺の気のせいか?」
「いや、間違いなく人間だよ」
「離してあげたら? なんだか困った顔なさってるわよ?」
「ここで手を離したらこれ、脱兎のごとく逃げるから」
「これって失礼な!」

 お嬢さんはジタバタしながらもしっかりと言い返している。なかなか負けてないかも。

「無理やり連れてきちゃったの? 可哀想に。ね、こっちに座らない? 男同士で話しこんじゃうと私には分からないことばかりで全然つまらないの。少しだけでも私に付き合ってくれると嬉しいわ」

 そう言って私は自分の席の横のスペースをポンポンと叩いて彼女、音無おとなし美景みかげさんを座らせた。
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