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番外小話 3
【雪遊び企画2015】お風呂!
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ムーンライトノベルズで開催された菅原一月さま×mo-toさま主催【雪遊び企画】用に作ったお話です。
++++++++++
結局のところ熱がひいたのはそれから四日後。
最初は熱が高くて何を言われても反論する気にもなれなくて信吾さんの言うがままになっていたんだけど、さすがに熱が下がってきた三日目にはそれなりに気分もよくなってきたせいか退屈になってきたしお風呂に入りたくて信吾さんにブーブー文句を言いまくっていた。
だけど風邪ひきさんが家の中をウロウロするなんて大迷惑以外の何物でもないとトイレ以外はずっと寝室に軟禁状態でお風呂なんて論外だとか言われる始末。トイレに出てきたら部屋に戻るまでしっかり監視されちゃうし、私は囚人じゃなくて可哀想な病人なのになんなのその待遇はって話よね。
そして私がそんな感じな状態の間に、記録的な降雪と言われて街を真っ白に染めていた雪も殆どが溶けてしまって今は日陰になったところに僅かな名残りが残っているのみ。たまに友里が部屋のドアのところで残っていた何処そこの雪が消えちゃったと無念そうに報告してくるのが何とも切ない感じだった。そんなに信吾さんをもう一度やりこめたかったのか、ゆうちゃん。次にこんだけ雪が積もるのはいつになるやら……私から友里の様子を聞いた信吾さんは来年から冬は雪が多い信州にでも旅行に行くか?って笑っていた。
で、雪のことはともかく私はお風呂に入りたいの、お・ふ・ろ!
「信吾さーん、もうお風呂入りたい」
「なに言ってるんだ、まだ熱は下がってないんだろ?」
「もう下がってるよ、三十七度ないもん」
「それは薬のお陰だろうが」
「そんなことないよ、この時間いつも熱が上がっていたけど今日は全然だし。とにかく明日から仕事行くんだからお風呂ー!! 湯船に浸かりたい!! 髪も洗いたい!!」
「まったく元気になったら早速これか……」
「だってこんな状態で仕事行けないもん。お風呂ー!!」
子ども達を保育園に送ってから自宅に戻ってきた信吾さんにお風呂お風呂と連呼してみる。自分でお湯を入れに行けば良いじゃないかって? 目を覚ましてから行ったんだよ、お湯をはろうと思ってお風呂場まで。そうしたら何してるんだ?って鬼の看守が音も立てずにやってきて米俵みたいに担がれて部屋に連れ戻されちゃったのよね。で、現在はベッドの上で絶賛抗議中ってわけ。子ども達がいる前で我が儘を言う訳には行かないけど二人が居ない今なら思いっ切り言える。お風呂に入りたいです、信吾さん!!
「……」
信吾さんは大きな溜息をついた。
「風呂、な……」
「うん、お風呂。お風呂に入りたいの」
「……分かった。用意してくるから奈緒は風呂の用意が出来るまでここで寝てろ」
やった! これでやっとお風呂に入ることが出来る!! そりゃね、信吾さんが汗をかいたままでパジャマ着ていたら治るものも治らないと言って着替える時には必ず濡れたタオルで拭いてくれてはいたんだよ? だけどやっぱりそれとこれとは全く別物だものね、早くお風呂入ってさっぱりしたい。
「その代わり、出たら直ぐにベッドの中に直行だぞ? いくら家の中だからって風呂上りでウロウロしていたら絶対にぶり返すからな」
「だけどこの四日間寝てばっかりだったから目が冴えちゃって眠れないよ、きっと」
「寝なくてもいいから暖かくして体を横にしていれば良い」
「分かりましたあ……」
本当に分かってるのか?と呟きながら信吾さんは寝室から出ていった。お風呂に入れることになったから今は何を言われても平気♪ それから暫くしてお湯がはれたことを知らせるアラームがお風呂場で鳴った。やっほーい、久し振りのお風呂だ!! 箪笥から出した洗い立てのパジャマと下着を抱えて御機嫌な顔をしながらお風呂場に行くと信吾さんが微妙な顔して立っていた。
「本当に入りたいんだな……」
「当り前じゃない、明日から仕事なんだし綺麗にしていきたいもの……なんで一緒に脱いでるの?」
何故か私がパジャマを脱ぐと同時に信吾さんも服を脱ぎ始めた。
「急に熱が上がって風呂場で引っ繰り返って溺死でもされたら困るから」
「そんなことないもん……」
「それと髪も洗ってやる」
「……髪だけだからね?」
私がパジャマを脱ぎながらその言葉にちょっと胡散臭げな顔をしていたんだと思う。こちらの顔を見下ろして信吾さんは苦笑いしている。
「そりゃ御無沙汰だから奈緒のことを抱きたいのはやまやまだが、さすがに病み上がりの人間を風呂場でどうこうする趣味は無いよ」
その言葉に嘘は無いと信じておこう。とにかく今はお風呂に入ることが先決なんだから。
「お湯に浸かる前に体を洗いたいかなあ……」
「却下。先に体を温めるのが先だ。それが嫌なら風呂には一歩たりとも踏み込ませないぞ」
「暴君だ……」
「こっちは奈緒の体調を気にかけているんじゃないか、それを暴君呼ばわりとはまったく……」
甚だ遺憾であると重光先生と同じようなことを言いながら着ていたものの残りをさっさと脱がせてくれると一緒にお風呂場に入った。お湯をかけてもらって湯船に浸かると気持ち良くて極楽極楽~なんて言葉が口から飛び出してしまう。やっぱり日本人は湯船に浸からないと駄目だねえ……なんて信吾さんに凭れ掛かりながら呟いた。それから、そう言えば……と言葉を続ける。
「ねえ、こうやって二人っきりでお風呂に入るのって何年ぶりかな」
「ああ、そう言えばチビ達が生まれてからは二人で風呂に入るなんてこともなくなってたよな」
「それに久し振りだよね、こうやって二人っきりになるのも。たまには風邪をひくのも良いかも」
「なに言ってるんだ、チビ達にママがママがと言われる俺の身にもなってくれ」
ここ暫くは信吾さんがずっとご飯を作ってくれていたんだけど、渉も友里も何故かママが作ったグラタンがとかママが作ったおにぎりがとか言いたい放題だったらしい。普段はパパがつくったものも美味しい美味しいって喜んで食べているんだから信吾さんの作ったご飯が美味しくないとか口に合わないってわけじゃないみたい。とにかくさすがの信吾さんもここ暫くの子ども達の謎な行動には頭を抱えていたらしい。
「泣く子も黙る特作の二佐様も子ども達には勝てないのかあ……」
「子どもの理屈は謎すぎて対処できんな……」
「でも、きっと私がご飯つくるようになったらパパが作ったハンバーグがもう一度食べたいとかなんとかこんとか言い出すんだよ、きっと」
たまに私が仕事で遅くなった時に休みの信吾さんが二人にご飯を作ってくれた後なんて、パパの作ったご飯が美味しかったって何日も言い続けているんだものね。結局はそういうことなんだと思う。
「ママがママがと言っていたのは奈緒が寝込んでいて部屋から出てこないから寂しかったのもあるんだろうなあ」
「よく我慢してくれたよ、四日間も」
寝ていた私が知らなかっただけで大きなマスクをして何度か部屋には来ていたみたいなんだけどね。
「俺のことも褒めてくれよ? 二人相手に頑張ったんだから」
「うんうん、感謝してます」
「ちゃんと報酬をもらうからな」
「うんうん……ん? 報酬? 報酬って?」
「まあ今はとにかく奈緒のお望み通りにシャンプーしてやるとするか」
なんだか今ちょっと怖いことをさり気無く言わなかった? 熱も下がっているし明日から仕事に行くつもりではいるけれど一応これでも病み上がりですからね? 無茶は禁物なんだからね? そんな私の気持ちを知ってか知らずかお風呂にいる間は信吾さんもお行儀が良かったのよね。うん、お風呂にいる間は。
お風呂から出てから濡れた体をバスタオルで手早く拭くと直ぐにパジャマを着せられて暖かい寝室へと連れていかれた。そこでドライヤーで髪を乾かしてもらう内にどんどん眠くなってくる。まだ本調子じゃないから信吾さんに髪は洗って貰ったけど後は自分でしたしさすがに疲れちゃったかな、なんてぼんやりと考えていると信吾さんの笑い声が頭の上から聞こえてきた。
「やっぱり疲れたんだろ?」
「そんなことないよ。ヌクヌクしてるから気持ち良いだけ」
「ふーん……」
「なによー、その意味深な笑い」
「いや、疲れてないなら良いんだけどな」
髪が完全に乾いたころでお布団に押し込められた。そして何故だか信吾さんが隣に入ってくる。お風呂から出たあとはいつものスウェットの上下に着替えていたのでベッドの中に入るのには問題ない格好だけど、あれ? 子ども達のお迎えはどうするの? そろそろ出掛けないといけない時間じゃ? そう尋ねると時計を見ながら口元に笑みを浮かべた。むむ、その笑みは良からぬことを考えている時の笑みだ。
「今日は真田が二人を送ってきてくれるそうだ。だから送って行った時に病院に奈緒の車を置いてきたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、だからあと暫くは二人っきりでいられる」
「信吾さん、それって……」
「あと一時間ちょっとってところだからそれなりに急がないとな」
お布団の中で着せてもらったばかりのパジャマのボタンが次々と外されていく。
「いやいや、あの、ほら、私って病み上がり……」
「あれだけ大騒ぎして風呂に入ったのに病み上がりとか今更言うか?」
「うぇ……?」
これってまさに自分で自分の首を絞めるってやつ?
「寝すぎて眠れないって言ってたろ? だから寝られるようにしてやろうと思っているのに」
「だからって……」
「子ども達がいないから声を我慢しなくても良いしな」
私達夫婦の寝室はキッチンを挟んで子ども達の部屋とは反対側にあるから余程の大騒ぎをしなければドアを閉めている限り声が聞こえることはない、筈。だけどやっぱりトイレに起きてきたりすることもあるだろうし、そんな時に声を聞かれちゃうのは子ども達がまだ理解していなくてもやっぱり恥ずかしいというか何というか……。
「ご無沙汰だからちょっと我慢がきかないかも」
「え……」
私のギョッとした顔にプッと吹き出している。
「冗談だよ、さすがに元気になったとは言え病み上がりの人間にそんな無茶はさせないから安心しろ。ちゃんと熟睡できるぐらいにしといてやる」
「それ絶対におかしい……」
「何年奈緒のことを抱いていると思ってるんだ?」
そんなことを言いながら信吾さんはむき出しになった私の肌に唇を這わせた。
+++++
「「ただいまー!! ママはー?」」
元気な声とママはまだ寝てるよって答える信吾さんの声。ママは二人の声で目は覚めたけど起きることが出来ません、風邪とは違う意味で物理的に体を起こすことが出来ないの。それもこれもママのことを熟睡させようと頑張ってくれたパパのせい。信吾さんの答えにみゅうさんが笑っている。まったくオジサンときたらとか言っているところをみると、どうやらみゅうさんはお見通しらしい。そりゃ十年も付き合っていれば信吾さんがどんな人か分かっているだろうし、えらくすっきりした顔で出迎えれば二人っきりの時に何をしていたか丸分かりだよね。そしてみゅうさんは家に上がることはせずに私のお見舞いにと言って特大プリンを置いて帰ってくれた。
そんな訳で我が家も今夜から通常運転。
夕飯は信吾さんが作ってくれて子ども達のお風呂の世話もしてくれたけど夜はそれぞれ元の部屋に戻ることになった。子ども達はちょっと残念そうだったけどママが元気になったからってことで取り敢えずは納得したみたい。
そうそう、そう言えば冷凍庫の中に小さな雪だるまが入っていた。これどうしたの?って尋ねてみたら保育園の近く、つまりはうちの大学附属病院の敷地内で雪が残っている場所をみゅうさんが見つけてくれたらしくてそこの雪で作ってきたらしい。雪だるま作れなかった私にプレゼントなんだって。それで大学名のシールが貼られた発泡スチロールの保冷用ケースなんてのがゴミ箱に捨てられていたのね。もちろん未使用ながらみゅうさんの職場でよく使われている備品だってことは子ども達にも信吾さんにも内緒。
そして結局、腰が痛くて次の日もお休みすることになっちゃったのは絶対に私のことを熟睡させてくれた信吾さんのせいだと思う。
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結局のところ熱がひいたのはそれから四日後。
最初は熱が高くて何を言われても反論する気にもなれなくて信吾さんの言うがままになっていたんだけど、さすがに熱が下がってきた三日目にはそれなりに気分もよくなってきたせいか退屈になってきたしお風呂に入りたくて信吾さんにブーブー文句を言いまくっていた。
だけど風邪ひきさんが家の中をウロウロするなんて大迷惑以外の何物でもないとトイレ以外はずっと寝室に軟禁状態でお風呂なんて論外だとか言われる始末。トイレに出てきたら部屋に戻るまでしっかり監視されちゃうし、私は囚人じゃなくて可哀想な病人なのになんなのその待遇はって話よね。
そして私がそんな感じな状態の間に、記録的な降雪と言われて街を真っ白に染めていた雪も殆どが溶けてしまって今は日陰になったところに僅かな名残りが残っているのみ。たまに友里が部屋のドアのところで残っていた何処そこの雪が消えちゃったと無念そうに報告してくるのが何とも切ない感じだった。そんなに信吾さんをもう一度やりこめたかったのか、ゆうちゃん。次にこんだけ雪が積もるのはいつになるやら……私から友里の様子を聞いた信吾さんは来年から冬は雪が多い信州にでも旅行に行くか?って笑っていた。
で、雪のことはともかく私はお風呂に入りたいの、お・ふ・ろ!
「信吾さーん、もうお風呂入りたい」
「なに言ってるんだ、まだ熱は下がってないんだろ?」
「もう下がってるよ、三十七度ないもん」
「それは薬のお陰だろうが」
「そんなことないよ、この時間いつも熱が上がっていたけど今日は全然だし。とにかく明日から仕事行くんだからお風呂ー!! 湯船に浸かりたい!! 髪も洗いたい!!」
「まったく元気になったら早速これか……」
「だってこんな状態で仕事行けないもん。お風呂ー!!」
子ども達を保育園に送ってから自宅に戻ってきた信吾さんにお風呂お風呂と連呼してみる。自分でお湯を入れに行けば良いじゃないかって? 目を覚ましてから行ったんだよ、お湯をはろうと思ってお風呂場まで。そうしたら何してるんだ?って鬼の看守が音も立てずにやってきて米俵みたいに担がれて部屋に連れ戻されちゃったのよね。で、現在はベッドの上で絶賛抗議中ってわけ。子ども達がいる前で我が儘を言う訳には行かないけど二人が居ない今なら思いっ切り言える。お風呂に入りたいです、信吾さん!!
「……」
信吾さんは大きな溜息をついた。
「風呂、な……」
「うん、お風呂。お風呂に入りたいの」
「……分かった。用意してくるから奈緒は風呂の用意が出来るまでここで寝てろ」
やった! これでやっとお風呂に入ることが出来る!! そりゃね、信吾さんが汗をかいたままでパジャマ着ていたら治るものも治らないと言って着替える時には必ず濡れたタオルで拭いてくれてはいたんだよ? だけどやっぱりそれとこれとは全く別物だものね、早くお風呂入ってさっぱりしたい。
「その代わり、出たら直ぐにベッドの中に直行だぞ? いくら家の中だからって風呂上りでウロウロしていたら絶対にぶり返すからな」
「だけどこの四日間寝てばっかりだったから目が冴えちゃって眠れないよ、きっと」
「寝なくてもいいから暖かくして体を横にしていれば良い」
「分かりましたあ……」
本当に分かってるのか?と呟きながら信吾さんは寝室から出ていった。お風呂に入れることになったから今は何を言われても平気♪ それから暫くしてお湯がはれたことを知らせるアラームがお風呂場で鳴った。やっほーい、久し振りのお風呂だ!! 箪笥から出した洗い立てのパジャマと下着を抱えて御機嫌な顔をしながらお風呂場に行くと信吾さんが微妙な顔して立っていた。
「本当に入りたいんだな……」
「当り前じゃない、明日から仕事なんだし綺麗にしていきたいもの……なんで一緒に脱いでるの?」
何故か私がパジャマを脱ぐと同時に信吾さんも服を脱ぎ始めた。
「急に熱が上がって風呂場で引っ繰り返って溺死でもされたら困るから」
「そんなことないもん……」
「それと髪も洗ってやる」
「……髪だけだからね?」
私がパジャマを脱ぎながらその言葉にちょっと胡散臭げな顔をしていたんだと思う。こちらの顔を見下ろして信吾さんは苦笑いしている。
「そりゃ御無沙汰だから奈緒のことを抱きたいのはやまやまだが、さすがに病み上がりの人間を風呂場でどうこうする趣味は無いよ」
その言葉に嘘は無いと信じておこう。とにかく今はお風呂に入ることが先決なんだから。
「お湯に浸かる前に体を洗いたいかなあ……」
「却下。先に体を温めるのが先だ。それが嫌なら風呂には一歩たりとも踏み込ませないぞ」
「暴君だ……」
「こっちは奈緒の体調を気にかけているんじゃないか、それを暴君呼ばわりとはまったく……」
甚だ遺憾であると重光先生と同じようなことを言いながら着ていたものの残りをさっさと脱がせてくれると一緒にお風呂場に入った。お湯をかけてもらって湯船に浸かると気持ち良くて極楽極楽~なんて言葉が口から飛び出してしまう。やっぱり日本人は湯船に浸からないと駄目だねえ……なんて信吾さんに凭れ掛かりながら呟いた。それから、そう言えば……と言葉を続ける。
「ねえ、こうやって二人っきりでお風呂に入るのって何年ぶりかな」
「ああ、そう言えばチビ達が生まれてからは二人で風呂に入るなんてこともなくなってたよな」
「それに久し振りだよね、こうやって二人っきりになるのも。たまには風邪をひくのも良いかも」
「なに言ってるんだ、チビ達にママがママがと言われる俺の身にもなってくれ」
ここ暫くは信吾さんがずっとご飯を作ってくれていたんだけど、渉も友里も何故かママが作ったグラタンがとかママが作ったおにぎりがとか言いたい放題だったらしい。普段はパパがつくったものも美味しい美味しいって喜んで食べているんだから信吾さんの作ったご飯が美味しくないとか口に合わないってわけじゃないみたい。とにかくさすがの信吾さんもここ暫くの子ども達の謎な行動には頭を抱えていたらしい。
「泣く子も黙る特作の二佐様も子ども達には勝てないのかあ……」
「子どもの理屈は謎すぎて対処できんな……」
「でも、きっと私がご飯つくるようになったらパパが作ったハンバーグがもう一度食べたいとかなんとかこんとか言い出すんだよ、きっと」
たまに私が仕事で遅くなった時に休みの信吾さんが二人にご飯を作ってくれた後なんて、パパの作ったご飯が美味しかったって何日も言い続けているんだものね。結局はそういうことなんだと思う。
「ママがママがと言っていたのは奈緒が寝込んでいて部屋から出てこないから寂しかったのもあるんだろうなあ」
「よく我慢してくれたよ、四日間も」
寝ていた私が知らなかっただけで大きなマスクをして何度か部屋には来ていたみたいなんだけどね。
「俺のことも褒めてくれよ? 二人相手に頑張ったんだから」
「うんうん、感謝してます」
「ちゃんと報酬をもらうからな」
「うんうん……ん? 報酬? 報酬って?」
「まあ今はとにかく奈緒のお望み通りにシャンプーしてやるとするか」
なんだか今ちょっと怖いことをさり気無く言わなかった? 熱も下がっているし明日から仕事に行くつもりではいるけれど一応これでも病み上がりですからね? 無茶は禁物なんだからね? そんな私の気持ちを知ってか知らずかお風呂にいる間は信吾さんもお行儀が良かったのよね。うん、お風呂にいる間は。
お風呂から出てから濡れた体をバスタオルで手早く拭くと直ぐにパジャマを着せられて暖かい寝室へと連れていかれた。そこでドライヤーで髪を乾かしてもらう内にどんどん眠くなってくる。まだ本調子じゃないから信吾さんに髪は洗って貰ったけど後は自分でしたしさすがに疲れちゃったかな、なんてぼんやりと考えていると信吾さんの笑い声が頭の上から聞こえてきた。
「やっぱり疲れたんだろ?」
「そんなことないよ。ヌクヌクしてるから気持ち良いだけ」
「ふーん……」
「なによー、その意味深な笑い」
「いや、疲れてないなら良いんだけどな」
髪が完全に乾いたころでお布団に押し込められた。そして何故だか信吾さんが隣に入ってくる。お風呂から出たあとはいつものスウェットの上下に着替えていたのでベッドの中に入るのには問題ない格好だけど、あれ? 子ども達のお迎えはどうするの? そろそろ出掛けないといけない時間じゃ? そう尋ねると時計を見ながら口元に笑みを浮かべた。むむ、その笑みは良からぬことを考えている時の笑みだ。
「今日は真田が二人を送ってきてくれるそうだ。だから送って行った時に病院に奈緒の車を置いてきたんだよ」
「そうなの?」
「ああ、だからあと暫くは二人っきりでいられる」
「信吾さん、それって……」
「あと一時間ちょっとってところだからそれなりに急がないとな」
お布団の中で着せてもらったばかりのパジャマのボタンが次々と外されていく。
「いやいや、あの、ほら、私って病み上がり……」
「あれだけ大騒ぎして風呂に入ったのに病み上がりとか今更言うか?」
「うぇ……?」
これってまさに自分で自分の首を絞めるってやつ?
「寝すぎて眠れないって言ってたろ? だから寝られるようにしてやろうと思っているのに」
「だからって……」
「子ども達がいないから声を我慢しなくても良いしな」
私達夫婦の寝室はキッチンを挟んで子ども達の部屋とは反対側にあるから余程の大騒ぎをしなければドアを閉めている限り声が聞こえることはない、筈。だけどやっぱりトイレに起きてきたりすることもあるだろうし、そんな時に声を聞かれちゃうのは子ども達がまだ理解していなくてもやっぱり恥ずかしいというか何というか……。
「ご無沙汰だからちょっと我慢がきかないかも」
「え……」
私のギョッとした顔にプッと吹き出している。
「冗談だよ、さすがに元気になったとは言え病み上がりの人間にそんな無茶はさせないから安心しろ。ちゃんと熟睡できるぐらいにしといてやる」
「それ絶対におかしい……」
「何年奈緒のことを抱いていると思ってるんだ?」
そんなことを言いながら信吾さんはむき出しになった私の肌に唇を這わせた。
+++++
「「ただいまー!! ママはー?」」
元気な声とママはまだ寝てるよって答える信吾さんの声。ママは二人の声で目は覚めたけど起きることが出来ません、風邪とは違う意味で物理的に体を起こすことが出来ないの。それもこれもママのことを熟睡させようと頑張ってくれたパパのせい。信吾さんの答えにみゅうさんが笑っている。まったくオジサンときたらとか言っているところをみると、どうやらみゅうさんはお見通しらしい。そりゃ十年も付き合っていれば信吾さんがどんな人か分かっているだろうし、えらくすっきりした顔で出迎えれば二人っきりの時に何をしていたか丸分かりだよね。そしてみゅうさんは家に上がることはせずに私のお見舞いにと言って特大プリンを置いて帰ってくれた。
そんな訳で我が家も今夜から通常運転。
夕飯は信吾さんが作ってくれて子ども達のお風呂の世話もしてくれたけど夜はそれぞれ元の部屋に戻ることになった。子ども達はちょっと残念そうだったけどママが元気になったからってことで取り敢えずは納得したみたい。
そうそう、そう言えば冷凍庫の中に小さな雪だるまが入っていた。これどうしたの?って尋ねてみたら保育園の近く、つまりはうちの大学附属病院の敷地内で雪が残っている場所をみゅうさんが見つけてくれたらしくてそこの雪で作ってきたらしい。雪だるま作れなかった私にプレゼントなんだって。それで大学名のシールが貼られた発泡スチロールの保冷用ケースなんてのがゴミ箱に捨てられていたのね。もちろん未使用ながらみゅうさんの職場でよく使われている備品だってことは子ども達にも信吾さんにも内緒。
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