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番外小話 1
二年目の花火大会の日
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「信吾さん、見て~~」
今日は珍しく信吾さんはお休みで私は学校があるというパターン。こういう日ってなかなか無いんだよね。もちろんお休みだからって信吾さんが遅くまで寝ているってことはなくて、私が起きるのと同時に活動開始。そんなわけで今しがた頑張って着た浴衣を見てもらいたくて、いつもよりノンビリと朝ご飯を食べている信吾さんの元にいそいそと戻った。
「……」
「えへへ、これこの前のお休みの日に沙織さんに選んでもらったんだよ」
紺色の生地にトンボ柄。奈緒ちゃんは色白だから浴衣は色の濃い方か似合いそうよ?と言って、先生のお家の近所にある商店街の呉服屋さんで選んでくれたもの。帯は黄緑色っぽいのでちょっと変わっているんだけど、意外と合うわねと呉服屋さんの奥さんと一緒に選んで思い切ってこの色に決めた。最初はこちらをポカンとした顔で見ていた信吾さんなんだけど、ちょっとだけ不機嫌そうに顔をしかめた。
「で? 今日は大学あるんだよな、どうして浴衣を?」
「近くの川原で花火大会があるでしょ? それを皆で見物しようって話なの。あ、信吾さんも一緒に見る? 学校の附属病院の屋上が今日だけ一般にも解放されるのね。時間を決めて待ち合わせしよう?」
「友達と行くんだろ? 俺のことはいいから気にせずに行ってこい」
「そう? でもせっかくなんだし……」
去年は信吾さんが出張で日本にいなかったから一緒に見れなかったし。今年、今日が休みだってもっと早く分かっていたらみゅうさん達と約束なんてしなかったんだけどな。あ、みゅうさんなら信吾さんが休みなんだって話したら分かってくれるかな。
「だったら終わってから待ち合わせして飯でも食いに行こう」
「なんで花火こないの? あ、もしかして何か仕事を持ち帰ってる?」
「奈緒の友達ってことは全員が大学生なんだろ? 俺みたいなオッサンが一緒だったら楽しめないだろう」
「そんなことないと思うけど……」
「自分が年寄りになったみたいで俺が嫌なんだよ」
「えー……信吾さん、十分に若いよ? 前に信吾さんのこと見かけた友達なんて、すっごくカッコいい旦那様だねって誉めてくれたし」
あまりに誉めるものだからちょっとムカッてしちゃったんだけどね。
「別に他の女に褒められてもなあ……」
「え?」
「奈緒は俺のこと、カッコいいとか思ってるのか?」
改めてそんなことを尋ねられてちょっと困っちゃった。だってそんなこと考えもしなかったんだもの。私、信吾さんがカッコいいからお嫁さんになったわけじゃないし?
「私、信吾さんの顔だけが好きなんじゃなくて、上から下までの全部込みで好きだからカッコいいとかそういうことじゃないんだけど」
「それって俺のことカッコいいと思ってないってことか」
「何でそんな方向に? 信吾さん、すっごい男前だよ? みゅうさんだってそう言ってたよ」
みゅうさんの場合、信吾さんのことをなかなかの男前とは言うけどその前に必ずホルモン駄々漏れ男ってのが付くんだよね。当たっているから何とも反論しにくいんだけれど。
あれ? なんだか嬉しそうに笑った。つまりは私に誉めてほしかっただけなの? なんだかそう言うところって子供みたいだね信吾さんってば。
「でも!! 私は信吾さんのこと、顔だけで選んだんじゃないんだからね?」
「分かってるよ、俺のベッドでのテクニックにコロリとやられちまったんだよな?」
「ちーがーいーまーすーっ!! それから信吾さん! 私が自分のことをカッコいいと思っているのか気にしている割には私の浴衣姿、可愛いってひとっことも言ってくれてない!!」
だからそこでニヤニヤ笑いはやめてほしい。それに膝の上に座らせてからお尻とか触るのも!!
「可愛いに決まってるだろ? 本当に奈緒は可愛いよ。そうやって怒っているところも」
「むー、なんだか誤魔化されている気分!」
「なんだ、だったら体で分からせてやろうか?」
「それ違う、絶対に違う~~」
私がポカポカと信吾さんの胸元を叩くと本人は呑気そうに笑った。今日は完全にオフモードなんだね。残念だなあ、こういう完全オフモードの信吾さんってなかなかないから一緒に過ごせたら良いのにな。
「ほら、俺が奈緒のことをベッドに引きずり込まないうちにさっさと学校に行け。皆で浴衣自慢もするんだろ?」
「うん……」
「チャラチャラした男に声をかけられそうになったら、ちゃんと真田に言って撃退してもらえよ?」
「みゅうさんに頼らなくても自分で追い払えるよ」
私の言葉にどうだかなって顔をする信吾さん。何よ、それってちょっと失礼じゃ?
+++++
そして花火大会が終わってから学校を出ると、これから飲みに行くと言うみゅうさん達とは別れて改札口の方へと向かう。改札口まであとちょっとというところでいきなり腕を掴まれた。驚いてそちらに顔を向ければ思った通り信吾さん。希望が丘駅で待ち合わせしてたんだ。
「ただいま~♪ 凄いね、時間ピッタリだよ」
「そりゃ電車が定刻通りに走ってるからな」
「そっか。で、何処でご飯、食べてく?」
「そうだな。……奈緒、足、どうかしたのか?」
普通に歩いているつもりだったんだけど気付かれちゃった。さっきから親指の内側で下駄の鼻緒が擦れてちょっと痛いんだよね。
「鼻緒の所が擦れちゃってちょっと痛くなってきちゃったの。もしかしたら水ぶくれになってるかも」
「ここで座って待ってろ。そこのドラッグストアで絆創膏買ってきてやるから」
「うん」
信吾さんが戻ってくるまで駅前の街路樹のそばにあるベンチに座って携帯でゲームをしていると、何故か前に人が立ち止る気配。顔を上げれば多分同い年ぐらいの学生さんが二人。もしかして同じ大学かな?とか。
「もしかして一人?」
「今日、学校に浴衣で着た子がいるって聞いたけど君のことかな」
ああ、やっぱり同じ大学の人なのか。だけど今日、学校に浴衣で着たのは私だけじゃないんだけどな。
「あれ、無視しなくても良いじゃん?」
早く信吾さん戻ってこないかな、お腹すいちゃったんだけど。屋上でラムネを飲んでスイカを食べたけど、それだけじゃお腹はいっぱいにならなかったし。
「これから一緒に飲みに行かない?」
ああ、水分の摂り過ぎでお腹がタプタプなのにこれ以上なにか飲んだら明日の朝、絶対に顔が浮腫んじゃってるよ有り得ない。それに信吾さんと暮らすようになってから何となく“学生さん”が頼りなく見えちゃって、声をかけられてもぜーんぜんときめかないんだよね。それとお兄さん達、後ろからすっごい怖い人が近付いてきているんだけど逃げなくても大丈夫?
「待たせた」
お兄さん達はギョッとなって振り返った。うん、驚く気持ちは良く分かるよ。私もたまに気配を消して近づいてきた信吾さんに驚かされることがあるから。
「うちの嫁に何か用か?」
無表情なままで二人を見下ろす様子は何て言うかちょっと怖いです。お兄さん達、脱兎のごとく逃げ出さなかっただけでも偉い。だけど、いや、その、とか言いながら少しずつ離れていく様子はちょっと滑稽と言うか何と言うか……。
「信吾さん、今のお兄さん達、絶対に信吾さんの顔が怖くて逃げたんだと思うよ?」
「人の嫁に色目を使ったバツだ」
フンと鼻で笑うと私の前に膝をついて痛い方の足を下駄を脱がせて持ち上げた。
「この絆創膏、ちょっと特殊なやつで靴擦れが早く治るらしい。ただ貼る前にきちんと拭いておいた方が良いって言っていたから、少し痛いと思うが我慢しろよ」
そう言って消毒液をいきなりかけてきた。ぎゃあ、しみますよぅ!! だけどじっと我慢の子ですよ。だって人の目もあるし、すぐそこは交番だし下手に騒ぐとお巡りさんが飛んできそうだし。
「信吾さん、わざわざ消毒液まで買って来ちゃったの?」
「消毒しないと意味がないって言われて買わないわけにもいかないだろう」
赤く水膨れになっているところに絆創膏を貼ってからハンカチで濡れた場所を拭き取ってくれた。やけにしみると思ったら水膨れが破れていたみたい。
「はい、完了」
「ありがと」
分厚い絆創膏のお蔭で歩いても痛くない。さっきまで痛くてブルーだったので嬉しくなっちゃった。
「ね、ご飯、何処にいく? 駅ビルに新しいお店が入ったんだけど、そこ行く?」
「奈緒が行きたいところでいいよ」
「えー、信吾さん、何か食べたいものないのー?」
「俺が食べたいのは奈緒だけだから」
サラッと言われて最初は耳を素通りしちゃったんだけど、意味が分かって慌てて周りを見渡す。だ、誰も聞いてないよね?!
「私じゃなくて、夕飯だってば」
「家に帰っても夕飯ぐらい作れるだけの買い置きはあるだろ? これ以上、奈緒が他の男どもの視線に晒されるのは我慢ならないから帰ろう」
「え? だったら何でわざわざ学校の近くの駅まで……」
「決まってるだろ、さっきみたいな連中を追い払う為」
「うっそ~~」
夕飯、食べていかないの?と何度も確認する私に信吾さんはそっけなく帰るって言うばかり。奈緒が作るのが面倒なら俺が作ってやるから心配するなとまで。面倒とかそう言うことじゃなくてせっかく二人で外食できる機会なのに……。
そして家に帰り玄関のドアを閉めて施錠したと同時に抱き上げられて寝室へ連れ込まれてしまった。し、信吾さん、夕飯は?
「あのぅ、信吾さん?」
ベッドにポンッと下ろされて起き上ろうとすれば、そのまま肩をツンと押されてベッドに倒れ込んでそのまま大きな体で押さえ込まれてしまった。私のことを見下ろしてくる信吾さんの顔はちょっと怒った顔をしている。
「まったく」
「なに?」
「さっきみたいな連中の視線に朝からずっと晒されていたのかと思ったら無性に腹が立ってきた」
「え、でも、それって私のせいじゃないよね?」
あっちが勝手に見てくるのって私のせいじゃないよね? 違うの?
「奈緒のせいじゃないが奈緒のせいでもある」
「えー?」
「家にずっと閉じ込めておければ安心できるんだけどな」
「もしかして私の浮気とか心配してる?」
「まさか。奈緒がそんなことをするような女じゃないことは分かってる。単に他の男の目に触れさせたくないっていう俺の我が儘だな」
「そんなこと言い出したら何処にも行けなくなっちゃうよ、私」
「俺の我が儘なんだろうな。……だから」
そう言いながら浴衣の襟元にいきなり唇をつけてきた。わあ、ちょっとそんな場所!!
「信吾さん、そんなとこにキスマークつけるつもり?!」
「それで我慢しておいてやる」
「我慢とかじゃなくて、丸見えになっちゃうじゃない!!」
「首のところまでボタンのあるブラウスでも着るんだな」
「そんな暑い時期になんてこと言うのよぅ、わ、ちょっと、待って!!」
どうして浴衣なのにそんなに脱がしていくのが早いのよ信吾さん!! 帯とかちゃんと締めてあった筈なのにその帯と諸々は何処へ行ったあ?! もう最近の信吾さんのヤキモチってどんどん手がつけられなくなってきたよ。
「ご飯も食べてないのにまたぁ……明日も学校なのにぃ」
「明日は午後からの講義だからゆっくり寝てられるんだろ?」
しっかり講義の時間を把握されちゃってて平日だからって逃げが最近ではきかないんだよね。もう、本当に困った人なんだから。そんな事を考えているうちに浴衣は脱がされちゃって信吾さんの服も消えてた。本当に早技だよね、ちょっと感心しちゃうかも。
「ね、せめて冷房をいれておかない?」
「汗まみれで愛し合うってのも楽しそうだぞ?」
「いーやーだー。あとでシーツを替えるのは誰ですか?」
「どっちにしたって替えることになると思うんだが」
「でもイヤ」
「分かった分かった」
ベッドの横に置いてあったリモコンでスイッチを入れる。愛し合ったら汗をかくのはまあ当然として、信吾さんって代謝が良いせいか体温が高いんだよ。冬は温かくて助かるんだけど夏はこうやって体をくっつけているだけでも結構な熱を感じる。普段は直ぐにクーラーいれるくせに、こういう時に限って平然とした顔をしているのってどういうこと?
「こんなことで暑いとか文句言っていたら俺達の訓練なんてどうなるんだ」
「愛し合うのと訓練じゃ気持ちの持ちようが違います~」
「確かにこっちの方が遙かに楽しい」
いや、そんなことないと思う。安住さん達の話を聞いていると信吾さんって下の人達をしごきまくるのが楽しくて仕方がないみたいだし。どっちも同じくらい楽しんでいると思うな。
「なに考えてた?」
こちらの考えを読んだかのようにニヤリと笑った。
「信吾さんって絶対にドSだよなあって」
「ま、エスと呼ばれている部隊の指揮官だからな」
「こっちの体力が持たないよ」
「若いのに今からそんなこと言っていてどうする」
「私はインドア派なんです~……っん……」
ブツブツと文句を言っていたらそれをキスで塞がれてしまった。もう本当にずるい。こうやって体を密着させたままキスされたら抵抗する気が失せちゃうの、分かってやってるんだもん。そっちがその気なら私だって頑張っちゃうもんね。そう思いながら信吾さんの腰に足を絡めると、熱く滾っちゃってる信吾さん自身に体をこすりつけた。これだけで濡れてきちゃうって私の体って一体全体どうしちゃったことか、これも絶対に信吾さんのせいだ。
「なんだ、急に積極的になったじゃないか」
「信吾さんのせい!」
「そうか。だったらちゃんと責任とってやるから安心しろ」
信吾さんは私の体中に気が済むまでキスマークをつけ、その後は本人曰く優しく私からしたら容赦なく愛してくれた。結局はシーツも替える事になっちゃったし(信吾さんが)夕飯は食べ損ねたし。気がついたらお風呂に入ってたとか、挑発した私も悪いけど、そろそろこっちが気絶するまで愛し合うのを何とかやめさせなきゃいけないと思う夏のある一日の出来事。
今日は珍しく信吾さんはお休みで私は学校があるというパターン。こういう日ってなかなか無いんだよね。もちろんお休みだからって信吾さんが遅くまで寝ているってことはなくて、私が起きるのと同時に活動開始。そんなわけで今しがた頑張って着た浴衣を見てもらいたくて、いつもよりノンビリと朝ご飯を食べている信吾さんの元にいそいそと戻った。
「……」
「えへへ、これこの前のお休みの日に沙織さんに選んでもらったんだよ」
紺色の生地にトンボ柄。奈緒ちゃんは色白だから浴衣は色の濃い方か似合いそうよ?と言って、先生のお家の近所にある商店街の呉服屋さんで選んでくれたもの。帯は黄緑色っぽいのでちょっと変わっているんだけど、意外と合うわねと呉服屋さんの奥さんと一緒に選んで思い切ってこの色に決めた。最初はこちらをポカンとした顔で見ていた信吾さんなんだけど、ちょっとだけ不機嫌そうに顔をしかめた。
「で? 今日は大学あるんだよな、どうして浴衣を?」
「近くの川原で花火大会があるでしょ? それを皆で見物しようって話なの。あ、信吾さんも一緒に見る? 学校の附属病院の屋上が今日だけ一般にも解放されるのね。時間を決めて待ち合わせしよう?」
「友達と行くんだろ? 俺のことはいいから気にせずに行ってこい」
「そう? でもせっかくなんだし……」
去年は信吾さんが出張で日本にいなかったから一緒に見れなかったし。今年、今日が休みだってもっと早く分かっていたらみゅうさん達と約束なんてしなかったんだけどな。あ、みゅうさんなら信吾さんが休みなんだって話したら分かってくれるかな。
「だったら終わってから待ち合わせして飯でも食いに行こう」
「なんで花火こないの? あ、もしかして何か仕事を持ち帰ってる?」
「奈緒の友達ってことは全員が大学生なんだろ? 俺みたいなオッサンが一緒だったら楽しめないだろう」
「そんなことないと思うけど……」
「自分が年寄りになったみたいで俺が嫌なんだよ」
「えー……信吾さん、十分に若いよ? 前に信吾さんのこと見かけた友達なんて、すっごくカッコいい旦那様だねって誉めてくれたし」
あまりに誉めるものだからちょっとムカッてしちゃったんだけどね。
「別に他の女に褒められてもなあ……」
「え?」
「奈緒は俺のこと、カッコいいとか思ってるのか?」
改めてそんなことを尋ねられてちょっと困っちゃった。だってそんなこと考えもしなかったんだもの。私、信吾さんがカッコいいからお嫁さんになったわけじゃないし?
「私、信吾さんの顔だけが好きなんじゃなくて、上から下までの全部込みで好きだからカッコいいとかそういうことじゃないんだけど」
「それって俺のことカッコいいと思ってないってことか」
「何でそんな方向に? 信吾さん、すっごい男前だよ? みゅうさんだってそう言ってたよ」
みゅうさんの場合、信吾さんのことをなかなかの男前とは言うけどその前に必ずホルモン駄々漏れ男ってのが付くんだよね。当たっているから何とも反論しにくいんだけれど。
あれ? なんだか嬉しそうに笑った。つまりは私に誉めてほしかっただけなの? なんだかそう言うところって子供みたいだね信吾さんってば。
「でも!! 私は信吾さんのこと、顔だけで選んだんじゃないんだからね?」
「分かってるよ、俺のベッドでのテクニックにコロリとやられちまったんだよな?」
「ちーがーいーまーすーっ!! それから信吾さん! 私が自分のことをカッコいいと思っているのか気にしている割には私の浴衣姿、可愛いってひとっことも言ってくれてない!!」
だからそこでニヤニヤ笑いはやめてほしい。それに膝の上に座らせてからお尻とか触るのも!!
「可愛いに決まってるだろ? 本当に奈緒は可愛いよ。そうやって怒っているところも」
「むー、なんだか誤魔化されている気分!」
「なんだ、だったら体で分からせてやろうか?」
「それ違う、絶対に違う~~」
私がポカポカと信吾さんの胸元を叩くと本人は呑気そうに笑った。今日は完全にオフモードなんだね。残念だなあ、こういう完全オフモードの信吾さんってなかなかないから一緒に過ごせたら良いのにな。
「ほら、俺が奈緒のことをベッドに引きずり込まないうちにさっさと学校に行け。皆で浴衣自慢もするんだろ?」
「うん……」
「チャラチャラした男に声をかけられそうになったら、ちゃんと真田に言って撃退してもらえよ?」
「みゅうさんに頼らなくても自分で追い払えるよ」
私の言葉にどうだかなって顔をする信吾さん。何よ、それってちょっと失礼じゃ?
+++++
そして花火大会が終わってから学校を出ると、これから飲みに行くと言うみゅうさん達とは別れて改札口の方へと向かう。改札口まであとちょっとというところでいきなり腕を掴まれた。驚いてそちらに顔を向ければ思った通り信吾さん。希望が丘駅で待ち合わせしてたんだ。
「ただいま~♪ 凄いね、時間ピッタリだよ」
「そりゃ電車が定刻通りに走ってるからな」
「そっか。で、何処でご飯、食べてく?」
「そうだな。……奈緒、足、どうかしたのか?」
普通に歩いているつもりだったんだけど気付かれちゃった。さっきから親指の内側で下駄の鼻緒が擦れてちょっと痛いんだよね。
「鼻緒の所が擦れちゃってちょっと痛くなってきちゃったの。もしかしたら水ぶくれになってるかも」
「ここで座って待ってろ。そこのドラッグストアで絆創膏買ってきてやるから」
「うん」
信吾さんが戻ってくるまで駅前の街路樹のそばにあるベンチに座って携帯でゲームをしていると、何故か前に人が立ち止る気配。顔を上げれば多分同い年ぐらいの学生さんが二人。もしかして同じ大学かな?とか。
「もしかして一人?」
「今日、学校に浴衣で着た子がいるって聞いたけど君のことかな」
ああ、やっぱり同じ大学の人なのか。だけど今日、学校に浴衣で着たのは私だけじゃないんだけどな。
「あれ、無視しなくても良いじゃん?」
早く信吾さん戻ってこないかな、お腹すいちゃったんだけど。屋上でラムネを飲んでスイカを食べたけど、それだけじゃお腹はいっぱいにならなかったし。
「これから一緒に飲みに行かない?」
ああ、水分の摂り過ぎでお腹がタプタプなのにこれ以上なにか飲んだら明日の朝、絶対に顔が浮腫んじゃってるよ有り得ない。それに信吾さんと暮らすようになってから何となく“学生さん”が頼りなく見えちゃって、声をかけられてもぜーんぜんときめかないんだよね。それとお兄さん達、後ろからすっごい怖い人が近付いてきているんだけど逃げなくても大丈夫?
「待たせた」
お兄さん達はギョッとなって振り返った。うん、驚く気持ちは良く分かるよ。私もたまに気配を消して近づいてきた信吾さんに驚かされることがあるから。
「うちの嫁に何か用か?」
無表情なままで二人を見下ろす様子は何て言うかちょっと怖いです。お兄さん達、脱兎のごとく逃げ出さなかっただけでも偉い。だけど、いや、その、とか言いながら少しずつ離れていく様子はちょっと滑稽と言うか何と言うか……。
「信吾さん、今のお兄さん達、絶対に信吾さんの顔が怖くて逃げたんだと思うよ?」
「人の嫁に色目を使ったバツだ」
フンと鼻で笑うと私の前に膝をついて痛い方の足を下駄を脱がせて持ち上げた。
「この絆創膏、ちょっと特殊なやつで靴擦れが早く治るらしい。ただ貼る前にきちんと拭いておいた方が良いって言っていたから、少し痛いと思うが我慢しろよ」
そう言って消毒液をいきなりかけてきた。ぎゃあ、しみますよぅ!! だけどじっと我慢の子ですよ。だって人の目もあるし、すぐそこは交番だし下手に騒ぐとお巡りさんが飛んできそうだし。
「信吾さん、わざわざ消毒液まで買って来ちゃったの?」
「消毒しないと意味がないって言われて買わないわけにもいかないだろう」
赤く水膨れになっているところに絆創膏を貼ってからハンカチで濡れた場所を拭き取ってくれた。やけにしみると思ったら水膨れが破れていたみたい。
「はい、完了」
「ありがと」
分厚い絆創膏のお蔭で歩いても痛くない。さっきまで痛くてブルーだったので嬉しくなっちゃった。
「ね、ご飯、何処にいく? 駅ビルに新しいお店が入ったんだけど、そこ行く?」
「奈緒が行きたいところでいいよ」
「えー、信吾さん、何か食べたいものないのー?」
「俺が食べたいのは奈緒だけだから」
サラッと言われて最初は耳を素通りしちゃったんだけど、意味が分かって慌てて周りを見渡す。だ、誰も聞いてないよね?!
「私じゃなくて、夕飯だってば」
「家に帰っても夕飯ぐらい作れるだけの買い置きはあるだろ? これ以上、奈緒が他の男どもの視線に晒されるのは我慢ならないから帰ろう」
「え? だったら何でわざわざ学校の近くの駅まで……」
「決まってるだろ、さっきみたいな連中を追い払う為」
「うっそ~~」
夕飯、食べていかないの?と何度も確認する私に信吾さんはそっけなく帰るって言うばかり。奈緒が作るのが面倒なら俺が作ってやるから心配するなとまで。面倒とかそう言うことじゃなくてせっかく二人で外食できる機会なのに……。
そして家に帰り玄関のドアを閉めて施錠したと同時に抱き上げられて寝室へ連れ込まれてしまった。し、信吾さん、夕飯は?
「あのぅ、信吾さん?」
ベッドにポンッと下ろされて起き上ろうとすれば、そのまま肩をツンと押されてベッドに倒れ込んでそのまま大きな体で押さえ込まれてしまった。私のことを見下ろしてくる信吾さんの顔はちょっと怒った顔をしている。
「まったく」
「なに?」
「さっきみたいな連中の視線に朝からずっと晒されていたのかと思ったら無性に腹が立ってきた」
「え、でも、それって私のせいじゃないよね?」
あっちが勝手に見てくるのって私のせいじゃないよね? 違うの?
「奈緒のせいじゃないが奈緒のせいでもある」
「えー?」
「家にずっと閉じ込めておければ安心できるんだけどな」
「もしかして私の浮気とか心配してる?」
「まさか。奈緒がそんなことをするような女じゃないことは分かってる。単に他の男の目に触れさせたくないっていう俺の我が儘だな」
「そんなこと言い出したら何処にも行けなくなっちゃうよ、私」
「俺の我が儘なんだろうな。……だから」
そう言いながら浴衣の襟元にいきなり唇をつけてきた。わあ、ちょっとそんな場所!!
「信吾さん、そんなとこにキスマークつけるつもり?!」
「それで我慢しておいてやる」
「我慢とかじゃなくて、丸見えになっちゃうじゃない!!」
「首のところまでボタンのあるブラウスでも着るんだな」
「そんな暑い時期になんてこと言うのよぅ、わ、ちょっと、待って!!」
どうして浴衣なのにそんなに脱がしていくのが早いのよ信吾さん!! 帯とかちゃんと締めてあった筈なのにその帯と諸々は何処へ行ったあ?! もう最近の信吾さんのヤキモチってどんどん手がつけられなくなってきたよ。
「ご飯も食べてないのにまたぁ……明日も学校なのにぃ」
「明日は午後からの講義だからゆっくり寝てられるんだろ?」
しっかり講義の時間を把握されちゃってて平日だからって逃げが最近ではきかないんだよね。もう、本当に困った人なんだから。そんな事を考えているうちに浴衣は脱がされちゃって信吾さんの服も消えてた。本当に早技だよね、ちょっと感心しちゃうかも。
「ね、せめて冷房をいれておかない?」
「汗まみれで愛し合うってのも楽しそうだぞ?」
「いーやーだー。あとでシーツを替えるのは誰ですか?」
「どっちにしたって替えることになると思うんだが」
「でもイヤ」
「分かった分かった」
ベッドの横に置いてあったリモコンでスイッチを入れる。愛し合ったら汗をかくのはまあ当然として、信吾さんって代謝が良いせいか体温が高いんだよ。冬は温かくて助かるんだけど夏はこうやって体をくっつけているだけでも結構な熱を感じる。普段は直ぐにクーラーいれるくせに、こういう時に限って平然とした顔をしているのってどういうこと?
「こんなことで暑いとか文句言っていたら俺達の訓練なんてどうなるんだ」
「愛し合うのと訓練じゃ気持ちの持ちようが違います~」
「確かにこっちの方が遙かに楽しい」
いや、そんなことないと思う。安住さん達の話を聞いていると信吾さんって下の人達をしごきまくるのが楽しくて仕方がないみたいだし。どっちも同じくらい楽しんでいると思うな。
「なに考えてた?」
こちらの考えを読んだかのようにニヤリと笑った。
「信吾さんって絶対にドSだよなあって」
「ま、エスと呼ばれている部隊の指揮官だからな」
「こっちの体力が持たないよ」
「若いのに今からそんなこと言っていてどうする」
「私はインドア派なんです~……っん……」
ブツブツと文句を言っていたらそれをキスで塞がれてしまった。もう本当にずるい。こうやって体を密着させたままキスされたら抵抗する気が失せちゃうの、分かってやってるんだもん。そっちがその気なら私だって頑張っちゃうもんね。そう思いながら信吾さんの腰に足を絡めると、熱く滾っちゃってる信吾さん自身に体をこすりつけた。これだけで濡れてきちゃうって私の体って一体全体どうしちゃったことか、これも絶対に信吾さんのせいだ。
「なんだ、急に積極的になったじゃないか」
「信吾さんのせい!」
「そうか。だったらちゃんと責任とってやるから安心しろ」
信吾さんは私の体中に気が済むまでキスマークをつけ、その後は本人曰く優しく私からしたら容赦なく愛してくれた。結局はシーツも替える事になっちゃったし(信吾さんが)夕飯は食べ損ねたし。気がついたらお風呂に入ってたとか、挑発した私も悪いけど、そろそろこっちが気絶するまで愛し合うのを何とかやめさせなきゃいけないと思う夏のある一日の出来事。
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