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本編
第十二話 独白 2月15日深夜
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お母さんが入院してからお父さんが家に帰ってくることが少なくなった。
お手伝いさんやたまに家に来るヒショさんからは“先生はコッカイで忙しいんですよ”と聞かされていたから、その頃の私は何の疑問も抱かずにその言葉を信じて、いい子にして留守番をしてなきゃって思ったものだ。
だから、その話をお母さんにした時、とても寂しそうな顔をしたのはきっと仕事で忙しいお父さんがなかなかお見舞いにこれないからなんだって思ってた。
「ねえ、お母さん、今日はお父さん帰ってくるかなあ……せっかく奈緒のお誕生日なのにお仕事なんて可哀想だねーコッカイギインって」
ケーキ買って待ってるから一緒に食べたいのになーって言った時のお母さんの顔は今でも忘れられない。泣きそうになりながら“ごめんね”って何度も私に謝っていたっけ。
お母さんが死んだのはそれから半年後。お葬式のことはあまり覚えてない。
私はお坊さんがナムナム言っているすぐそばの椅子に座り、黒い服を着た人がいっぱい来るのを眺めていた。お父さんの横には知らない女の人が座ってたのは何となく覚えている。その時は誰だろう? ヒショの人かなって思うぐらいでいたけど、おトイレに行った時におばちゃん達が“お葬式にアイジンを連れてくるなんて”って怒りながら話していたので、あまり良くない人なんだって子供心に感じたのを覚えている。
それから私の生活が一変したわけ。まあそれまでだって父親が帰ってこなかったり異常な環境ではあったんだと思う。だけど少なくともその時は入院中ではあったけれど母親が生きていたし、病身の母は私のことを精一杯愛してくれていたから、父親が帰って来なくて寂しくても何とか子供なりに折り合いをつけていたんだよね。
先ず家にお葬式でお父さんの横に座っていた女の人がやってきた。その人は“お父さんの新しい奥さん”だということだった。そう、父親の妻であって私の母親ではないということなんだな。家に自分の居場所がなくなるっていうのはああいう感じなんだろうなあって今なら分かる。自分の部屋はちゃんとあったけどね。本当にそこしか居場所が無かったんだよ。
おかしな環境の中でも横道に逸れることなく人生を歩んでこれたのはきっと先生や友達のお陰なんだと思う。それでも時々無性に寂しくなる時があって誰かの腕に縋りたいという気持ちが抑えられない時があった。そんな時にあったのが私の初めてをあげた先輩だったんだなあ。
結局のところ、その先輩も私が好きって言うよりも私の体が好きって感じだったし、会うたびにセックスするのも苦痛になったから私から話を切り出してお別れした。それ以後は勉強だけに集中した寂しい青春だった。お蔭で成績は爆上げ状態で希望通りの大学の医学部に合格することが出来たのはラッキーではあったけどね。
ただ家を出てから更にそれに拍車がかかったみたいで、今にして思えば大学には行くけど精神的には引き籠り一歩手前だった気がする、なんというか物理的にはそうでなくても精神的な引き籠りだったのかも。みゅうさんに会って“その年で枯れてんじゃないわよ”と言われてからは少しずつ交友関係も広がっているけど、みゅうさん曰く相変わらず私は油断すると引き籠る子らしい。
+++++
何故か温かいものに包まれている感触に目が覚めてしまった。後ろから逞しい腕が伸びていて私の胸の下で組まれている。
森永信吾さん。
昨日の晩、皆でお誕生日の飲み会に行ったお店で出会った人。そして抱き合っている間、ずっと私のことを愛してるって言い続けてくれる人。
先輩とのセックスは苦痛だったのに、この人とするのは泣きたくなるぐらい心地良いって感じてしまうのは何故なんだろう。単なる体の相性だけなのかな。
私が身じろぎしたのを感じたのか、ギュッと抱きしめていた腕に力が入った。まるで離さないって言ってるみたい。少しぐらい夢を見たっていいよね? ちょっとの間だけ、この人が私のことを世界一愛してくれている人なんだって。
森永さんの方に体を向けて温かい体に擦り寄ると更に強く抱きしめてくれた。温かい。人肌に触れることがこんなに落ち着くものだとは思わなかった。こんな心地良さを知ってしまったら、来週からどうやって過ごしたら良いのかな……。そんなことを考えたらちょっと悲しくなっちゃった。
「どうした?」
掠れた声が頭の上からする。
「……怖い夢みたの」
「そうか。俺がいるから大丈夫だ、安心してお休み」
「うん」
「愛してるよ奈緒」
「私も」
少しでも長くこの人といられますようにと思わずにはいられなかった。
お手伝いさんやたまに家に来るヒショさんからは“先生はコッカイで忙しいんですよ”と聞かされていたから、その頃の私は何の疑問も抱かずにその言葉を信じて、いい子にして留守番をしてなきゃって思ったものだ。
だから、その話をお母さんにした時、とても寂しそうな顔をしたのはきっと仕事で忙しいお父さんがなかなかお見舞いにこれないからなんだって思ってた。
「ねえ、お母さん、今日はお父さん帰ってくるかなあ……せっかく奈緒のお誕生日なのにお仕事なんて可哀想だねーコッカイギインって」
ケーキ買って待ってるから一緒に食べたいのになーって言った時のお母さんの顔は今でも忘れられない。泣きそうになりながら“ごめんね”って何度も私に謝っていたっけ。
お母さんが死んだのはそれから半年後。お葬式のことはあまり覚えてない。
私はお坊さんがナムナム言っているすぐそばの椅子に座り、黒い服を着た人がいっぱい来るのを眺めていた。お父さんの横には知らない女の人が座ってたのは何となく覚えている。その時は誰だろう? ヒショの人かなって思うぐらいでいたけど、おトイレに行った時におばちゃん達が“お葬式にアイジンを連れてくるなんて”って怒りながら話していたので、あまり良くない人なんだって子供心に感じたのを覚えている。
それから私の生活が一変したわけ。まあそれまでだって父親が帰ってこなかったり異常な環境ではあったんだと思う。だけど少なくともその時は入院中ではあったけれど母親が生きていたし、病身の母は私のことを精一杯愛してくれていたから、父親が帰って来なくて寂しくても何とか子供なりに折り合いをつけていたんだよね。
先ず家にお葬式でお父さんの横に座っていた女の人がやってきた。その人は“お父さんの新しい奥さん”だということだった。そう、父親の妻であって私の母親ではないということなんだな。家に自分の居場所がなくなるっていうのはああいう感じなんだろうなあって今なら分かる。自分の部屋はちゃんとあったけどね。本当にそこしか居場所が無かったんだよ。
おかしな環境の中でも横道に逸れることなく人生を歩んでこれたのはきっと先生や友達のお陰なんだと思う。それでも時々無性に寂しくなる時があって誰かの腕に縋りたいという気持ちが抑えられない時があった。そんな時にあったのが私の初めてをあげた先輩だったんだなあ。
結局のところ、その先輩も私が好きって言うよりも私の体が好きって感じだったし、会うたびにセックスするのも苦痛になったから私から話を切り出してお別れした。それ以後は勉強だけに集中した寂しい青春だった。お蔭で成績は爆上げ状態で希望通りの大学の医学部に合格することが出来たのはラッキーではあったけどね。
ただ家を出てから更にそれに拍車がかかったみたいで、今にして思えば大学には行くけど精神的には引き籠り一歩手前だった気がする、なんというか物理的にはそうでなくても精神的な引き籠りだったのかも。みゅうさんに会って“その年で枯れてんじゃないわよ”と言われてからは少しずつ交友関係も広がっているけど、みゅうさん曰く相変わらず私は油断すると引き籠る子らしい。
+++++
何故か温かいものに包まれている感触に目が覚めてしまった。後ろから逞しい腕が伸びていて私の胸の下で組まれている。
森永信吾さん。
昨日の晩、皆でお誕生日の飲み会に行ったお店で出会った人。そして抱き合っている間、ずっと私のことを愛してるって言い続けてくれる人。
先輩とのセックスは苦痛だったのに、この人とするのは泣きたくなるぐらい心地良いって感じてしまうのは何故なんだろう。単なる体の相性だけなのかな。
私が身じろぎしたのを感じたのか、ギュッと抱きしめていた腕に力が入った。まるで離さないって言ってるみたい。少しぐらい夢を見たっていいよね? ちょっとの間だけ、この人が私のことを世界一愛してくれている人なんだって。
森永さんの方に体を向けて温かい体に擦り寄ると更に強く抱きしめてくれた。温かい。人肌に触れることがこんなに落ち着くものだとは思わなかった。こんな心地良さを知ってしまったら、来週からどうやって過ごしたら良いのかな……。そんなことを考えたらちょっと悲しくなっちゃった。
「どうした?」
掠れた声が頭の上からする。
「……怖い夢みたの」
「そうか。俺がいるから大丈夫だ、安心してお休み」
「うん」
「愛してるよ奈緒」
「私も」
少しでも長くこの人といられますようにと思わずにはいられなかった。
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