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番外小話 5 【貴方の腕に囚われて】
二尉殿の帰還 2 side - 奈緒&信吾さん
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「おはようございます!」
帰還式を見にやってきた私達を出迎えてくれたのは美景さんだった。夏季休暇を利用してこちらに出てきているから私服ではあったものの、私達を出迎える時の敬礼のせいですっかり雰囲気は自衛官さんだ。
「おはよう。早かったのね」
「はい。こちらには明け方に着きました」
「ええ? そんなに早く? 大丈夫だったの?」
「もちろんです。駐屯地の出迎え部隊の車に便乗させてもらったので、お安くつきましたしラッキーでした」
美景さんは呑気に笑っているけど私が心配しているのはそこじゃない。
「そうじゃなくて足のことを言ってるんだけど……」
「この通り平気ですよ! ご心配ありがとうございます!」
私の言葉にその場でピョンピョンと飛び跳ねてみせる。美景さんが足の甲の骨を折ったのはほんの数ヶ月前のこと。しかも中にはプレートまで埋め込むことになったかなり深刻な骨折だったはず。なのに目の前で飛び跳ねている彼女にはそんな気配すらない。
「本当にあなた達自衛官さんの回復力ってちょっとした魔法ね……」
信吾さんの時といい美景さんの時といい、感心するより呆れてしまう気持ちのほうが大きかった。
「医官からも驚かれました。やっぱり毎日牛乳と煮干しを摂取していたのが幸いしたのかもしれません」
「抜釘手術はいつ頃になる予定なの?」
「半年後をめどにということでした。それまでは今までのような激しい訓練には参加不可ということなんですよ。それが普通ですか?」
渉と同じように質問してくるのが面白くて思わず笑ってしまう。
「あの?」
「ごめんなさいね。美景さんが入院した時に渉が同じように私に聞いてきたものだから。付き合っていると行動パターンも似てくるのかしらって」
「別に医官先生を信用してないわけじゃないんですよ。ただほら、世間ではセカンドオピニオンの必要性が言われているじゃないですか」
渉と同じと言われてあからさまにイヤそうな顔をしているのがまたおかしい。
「そうね。まあ普通だ思うわ。ただし、それは安静にしている人に限って言えることだと思うの。無理をして飛んだり跳ねたりしていたら悪化しないとも限らないから、あれこれ体力強化に励むのもほどほどにね」
そう言いながら隣に立っている信吾さんを見上げた。私の目つきになにか感じたらしく信吾さんは不審げな顔をする。
「なんだ?」
「ほどほどにしないといけない時期に、無茶してたどこかの自衛官さんもいたなあって思い出してた」
「俺は足ではなく腕だったからそれほど安静にする必要もなかっただろ」
「本当にあなた達自衛官、特に陸上自衛隊の人達って信じられないわ。とにかく、美景さんは医官さんの指示にしっかり従うこと。あとから後遺症に悩みたくないでしょ?」
「分かりました。しっかり養生をして何が起きても大丈夫なように万全の体調に戻していきます」
美景さんは真面目な顔をしてうなづいた。
「森永陸将補じゃありませんか」
美景さんの後ろから歩いてきた制服の男性が声をかけてきた。頭の上でかすかな溜め息が聞こえたところを見ると、信吾さん的には見つかりたくなかった人らしい。その人は私達の前で立ち止まると敬礼をした。そして美景さんは慌てて脇に移動すると、その人に対して敬礼をしている。その様子からしてかなり偉い人らしい。
「お久し振りです」
「俺はとっくに退官して民間人なんだ、その呼び方はよしてくれ。それにそっちのほうが偉いだろ」
「そう言われましてもね。いまさら森永さんなんて呼べませんよ。奥様ですか、お初にお目にかかります。森永陸将補にお世話になったことがある一木と申します」
「ここの司令の陸将殿だ」
誰かしらと心の中で首をかしげていた私に信吾さんが教えてくれた。つまり渉達がお世話になっているここの責任者さんということだ。
「初めまして」
「今日はどうしてこちらに?」
「レンジャー課程の帰還式があると聞いていたのでうかがったんですよ」
そこで一木さんはなるほどとうなずく。
「ああ、そう言えば息子さんがレンジャー課程を受けているんでしたね。時間が経つのは早いものです。私が初めて渉君に会ったのはまだ小学生でしたから。なるほど、帰還式ね。奥様、ご主人をしばらくお借りしてもよろしいでしょうか?」
途端に信吾さんが勘弁してくれという空気を垂れ流し始めた。本気で嫌がっているのは分かるけど、司令さんから直々に頼まれてしまっては断るのは難しい。きっとの前にいる司令さん以外にも会いたがっている人がいるんだろう。
「息子が私達のところに戻ってくるまでに返していたただけるなら」
「そこはご心配なく。私が責任をもってご主人を奥様の元にお返しします」
「ってことみたい」
「……やれやれ。分かった、案内してくれ」
信吾さんは大きな溜め息をつきながら一木さんと行ってしまった。
「すごいですね。退役した後も富士学校の校長にまで敬礼をさせてしまうなんて」
二人を見送っていた美景さんが口を開く。
「自衛隊って体育会系縦社会でしょ? 退官した後もずっとあんな感じらしくてね。だから主人はあまりこういうのには来たがらないの。見つかると厄介だからって」
だけど今回ばかりは渉のこともあって顔を出したのだ。その結果しっかり捕まってしまったけれど。
「だけど信吾さんがいなくなっちゃったら私、どうやって渉を見つけたら良いのかしらね……」
初めて来た場所で何がどこにあるかさっぱりなのに。渉を見つけるどころか迷子になってしまったらどうしよう。
「そのへんはお任せください。私が分かってますからご案内します! うちの駐屯地からも出迎えが来てますし、そこにいけば間違いないですからね」
そう言って美景さんが私の前を歩き出した。
「渉君はどうだったのかしらね?」
「どうなんでしょう。さっき聞いたところによると、今年は三十一人中五人ほどが最終想定で落ちてしまったみたいです」
「うちの子がそこに入ってないことを祈るばかりだわ」
次々と戻ってくる隊員達の姿の中に渉がいないかと眺めながらつぶやいた。戻ってくる人達は足取りはしっかりしているものの全員がかなり消耗しているように見える。それほど過酷な野外訓練だったということだ。信吾さんが怪我をしないで最後まで残ることが目標だと言った意味が今になって理解できた気がした。
「あそこに来た人、二尉じゃないでしょうか」
一緒に見ていた美景さんが指をさした。その先にはたしかに渉の顔がある。歩いている様子からして怪我をしている感じでもないし取り敢えずは一安心だ。
「そうね、息子だと思うわ。良かった、ちゃんと最後までたどりつけたのね。あの様子からして怪我も無いみたいだし一安心だわ」
「そう言えば今日はみなさん一緒に実家に戻られるんですか?」
ホッとしている私に美景さんが質問してきた。
「え? たしかこの後は夏期休暇に入るとは言っていたけどどうかしら? うちに戻ってくるより美景さんと一緒にすごしたがると思うんだけど?」
「え?!」
ギョッとした顔をして私をみつめる。あら、そんなに驚くこと?
「ん? だって三ヶ月ぶりなんでしょ? 積もる話もあるだろうからこっちのことは気にしなくても良いのよ? 私達はこうやって無事に戻ってきた渉を見られただけで十分に満足だから」
「そりゃたしかに帰還式には来てほしいとは言われてましたけど、ここはやはり御家族での団欒を優先したほうが良いのでは?」
そう言ってくれるのはありがたいけれど私も渉の性格は分かっているつもり。絶対に私達よりも美景さんといたがると思うのよね。うん、そこは間違いないと思う。
「そう? だったら息子と合流してから決めましょうか。今日の主役はあの子なんだから主役にどうしたいか決めさせてあげましょう。それが一番よね?」
そう提案をすると美景さんは心なしかガックリしていた。あらあら、これってどういうことかしら?
「渉はいたか?」
続々と戻ってくる隊員達を出迎える人達でその場がちょっとした大騒ぎになっているところへ信吾さんが戻ってきた。
「ええ。いま駐屯地の人と話をしてるみたい」
そう言って渉がいる集団を指でさす。信吾さんはすぐに渉のことが分かったみたいでうなずいた。
「行かなくて良いのか?」
「ん? だってやっぱり駐屯地の人達と話をしたいでしょ?」
その中には美景さんも含まれているわけで。母親に出迎えてもらうよりそっちのほうがずっと嬉しいに違いないんだもの。
「それに話をするなら着替えてきてからでも遅くないし。信吾さんのほうはもう良かったの?」
「ま、積もる話はまた日を改めてってことになった。今日の最重要は息子の帰還だからな」
「ってことはまた愉快な飲み会があるってことね」
「そういうことだ」
+++++
それから数時間後、制服に着替えサッパリした渉が私達の元に戻ってきた。その胸には金色の徽章がついている。どうやら渉はやり遂げたようだ。
「三ヶ月の訓練お疲れ様。怪我をしていないみたいでまずは安心したわ」
「お陰様で」
ニッコリと微笑むと信吾さんのほうへと視線を向けた。そしてそんな渉に信吾さんがかすかにうなづく。こういうところが本当に男同士の父と息子って感じでうらやましいのよね。
「今日は来てくれてありがとう。みんなの顔を見たらホッとしたよ」
「それはこっちのセリフだ。お前が最後まで残っているのが分かって安心したよ」
「信吾さんたらずっと心配してたのよ、途中で脱落しちゃわないかって」
私の前でレンジャー課程のことを口にすることは一度もなかった信吾さんだったけれど、頻繁にカレンダーを見ているのには私だって気づいていた。頭の中で今日は何をしている日とか今日から野外訓練とか気にしていたのは間違いないんだから。
「まったく心配しない奈緒のほうがおかしいだろ」
「私も心配していたわよ、怪我をしないかって」
「だが脱落する心配はしていなかったんだろ?」
「もちろん」
怪我さえしなければ渉は絶対にやり遂げると思ってた。だって信吾さんの血をひいてるんだよ? ダメなわけないじゃない?
「どう考えてもおかしいだろ、そこを心配しないなんて」
「そんなことはありませんー。渉は信吾さんと私の血をひいているんだもの、絶対大丈夫だと思ってた」
「あのさ、ちなみに二人の血がどう作用していると考えているのか聞いても良いかな」
私の言葉に渉がおかしそうに質問をはさんできた。
「そうね。信吾さんの血はもちろん知力体力諸々の自衛官に必要なすべての要素ね」
「母さんのは?」
「運の良さ」
「それは言えてるかな。今回もそれに助けられた時が何度かあったから」
「でしょ? 運も実力の内って言うし」
「やれやれ。ここにとんでも料理人の血が混じったら森永家はどうなることやら」
渉はおかしそうに笑いながらそんなことを言った。そして美景さんの肩に腕をまわす。だけど当の美景さんはとんでもないですよ!と目をむいた。
「あのですね、何度も言いますけどまだ決まったわけじゃないですからね! そこは間違えないように!」
「どう思う?」
渉が笑いながら信吾さんを見る。
「俺達の息子だ、狙った獲物は逃がさないだろ」
「ちなみに、うちは私が捕まえたんですからね、そこは間違えないでね」
「え、そうなんですか?!」
私の言葉になにか言いかけた美景さんの口を渉が素早くふさいだ。
「この話は長いからまた日を改めて。それじゃあ二人とも気をつけて帰ってくれ。ああ、甲府の爺ちゃんちに寄るんだっけ? あっちのみんなにもよろしく」
「あの、せっかくだからここは皆さんそろって食……」
渉は美景さんの意見を聞くつもりはないようで引き剥がされた手でさらにその口をふさぐ。あらあら、
「こっちはこっちで楽しくやるから」
そう言いながらニッと笑った。そんな顔は信吾さんそっくりだ。もうこれはあきらめてもらうしかないわね、美景さん。
「美景さん、私達の分まで渉のことお祝いしてあげてね」
「あまり羽目を外すなよ。音無さんはまだ足が本調子じゃないことを忘れるな」
なにか言いたげな顔をしている美景さんにそれだけ言うと私達は立ち去ることにした。だってお邪魔虫にはなりたくないし馬に蹴られて死にたくないものね。
「渉の顔が信吾さんそっくりだった。美景さんちょっとお気の毒かも」
駐車場に向かいながらそう言うと信吾さんも同じことを思っていたらしく笑い声をあげた。
「ま、彼女も自衛官だ。口も達者なようだし渉に負けはしないだろ」
「渉がお尻に敷かれる可能性もありかしら」
「かもな」
それはそれで見たい気がするけれど、そうなるのはもうちょっと先になるかしらね。
帰還式を見にやってきた私達を出迎えてくれたのは美景さんだった。夏季休暇を利用してこちらに出てきているから私服ではあったものの、私達を出迎える時の敬礼のせいですっかり雰囲気は自衛官さんだ。
「おはよう。早かったのね」
「はい。こちらには明け方に着きました」
「ええ? そんなに早く? 大丈夫だったの?」
「もちろんです。駐屯地の出迎え部隊の車に便乗させてもらったので、お安くつきましたしラッキーでした」
美景さんは呑気に笑っているけど私が心配しているのはそこじゃない。
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私の言葉にその場でピョンピョンと飛び跳ねてみせる。美景さんが足の甲の骨を折ったのはほんの数ヶ月前のこと。しかも中にはプレートまで埋め込むことになったかなり深刻な骨折だったはず。なのに目の前で飛び跳ねている彼女にはそんな気配すらない。
「本当にあなた達自衛官さんの回復力ってちょっとした魔法ね……」
信吾さんの時といい美景さんの時といい、感心するより呆れてしまう気持ちのほうが大きかった。
「医官からも驚かれました。やっぱり毎日牛乳と煮干しを摂取していたのが幸いしたのかもしれません」
「抜釘手術はいつ頃になる予定なの?」
「半年後をめどにということでした。それまでは今までのような激しい訓練には参加不可ということなんですよ。それが普通ですか?」
渉と同じように質問してくるのが面白くて思わず笑ってしまう。
「あの?」
「ごめんなさいね。美景さんが入院した時に渉が同じように私に聞いてきたものだから。付き合っていると行動パターンも似てくるのかしらって」
「別に医官先生を信用してないわけじゃないんですよ。ただほら、世間ではセカンドオピニオンの必要性が言われているじゃないですか」
渉と同じと言われてあからさまにイヤそうな顔をしているのがまたおかしい。
「そうね。まあ普通だ思うわ。ただし、それは安静にしている人に限って言えることだと思うの。無理をして飛んだり跳ねたりしていたら悪化しないとも限らないから、あれこれ体力強化に励むのもほどほどにね」
そう言いながら隣に立っている信吾さんを見上げた。私の目つきになにか感じたらしく信吾さんは不審げな顔をする。
「なんだ?」
「ほどほどにしないといけない時期に、無茶してたどこかの自衛官さんもいたなあって思い出してた」
「俺は足ではなく腕だったからそれほど安静にする必要もなかっただろ」
「本当にあなた達自衛官、特に陸上自衛隊の人達って信じられないわ。とにかく、美景さんは医官さんの指示にしっかり従うこと。あとから後遺症に悩みたくないでしょ?」
「分かりました。しっかり養生をして何が起きても大丈夫なように万全の体調に戻していきます」
美景さんは真面目な顔をしてうなづいた。
「森永陸将補じゃありませんか」
美景さんの後ろから歩いてきた制服の男性が声をかけてきた。頭の上でかすかな溜め息が聞こえたところを見ると、信吾さん的には見つかりたくなかった人らしい。その人は私達の前で立ち止まると敬礼をした。そして美景さんは慌てて脇に移動すると、その人に対して敬礼をしている。その様子からしてかなり偉い人らしい。
「お久し振りです」
「俺はとっくに退官して民間人なんだ、その呼び方はよしてくれ。それにそっちのほうが偉いだろ」
「そう言われましてもね。いまさら森永さんなんて呼べませんよ。奥様ですか、お初にお目にかかります。森永陸将補にお世話になったことがある一木と申します」
「ここの司令の陸将殿だ」
誰かしらと心の中で首をかしげていた私に信吾さんが教えてくれた。つまり渉達がお世話になっているここの責任者さんということだ。
「初めまして」
「今日はどうしてこちらに?」
「レンジャー課程の帰還式があると聞いていたのでうかがったんですよ」
そこで一木さんはなるほどとうなずく。
「ああ、そう言えば息子さんがレンジャー課程を受けているんでしたね。時間が経つのは早いものです。私が初めて渉君に会ったのはまだ小学生でしたから。なるほど、帰還式ね。奥様、ご主人をしばらくお借りしてもよろしいでしょうか?」
途端に信吾さんが勘弁してくれという空気を垂れ流し始めた。本気で嫌がっているのは分かるけど、司令さんから直々に頼まれてしまっては断るのは難しい。きっとの前にいる司令さん以外にも会いたがっている人がいるんだろう。
「息子が私達のところに戻ってくるまでに返していたただけるなら」
「そこはご心配なく。私が責任をもってご主人を奥様の元にお返しします」
「ってことみたい」
「……やれやれ。分かった、案内してくれ」
信吾さんは大きな溜め息をつきながら一木さんと行ってしまった。
「すごいですね。退役した後も富士学校の校長にまで敬礼をさせてしまうなんて」
二人を見送っていた美景さんが口を開く。
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だけど今回ばかりは渉のこともあって顔を出したのだ。その結果しっかり捕まってしまったけれど。
「だけど信吾さんがいなくなっちゃったら私、どうやって渉を見つけたら良いのかしらね……」
初めて来た場所で何がどこにあるかさっぱりなのに。渉を見つけるどころか迷子になってしまったらどうしよう。
「そのへんはお任せください。私が分かってますからご案内します! うちの駐屯地からも出迎えが来てますし、そこにいけば間違いないですからね」
そう言って美景さんが私の前を歩き出した。
「渉君はどうだったのかしらね?」
「どうなんでしょう。さっき聞いたところによると、今年は三十一人中五人ほどが最終想定で落ちてしまったみたいです」
「うちの子がそこに入ってないことを祈るばかりだわ」
次々と戻ってくる隊員達の姿の中に渉がいないかと眺めながらつぶやいた。戻ってくる人達は足取りはしっかりしているものの全員がかなり消耗しているように見える。それほど過酷な野外訓練だったということだ。信吾さんが怪我をしないで最後まで残ることが目標だと言った意味が今になって理解できた気がした。
「あそこに来た人、二尉じゃないでしょうか」
一緒に見ていた美景さんが指をさした。その先にはたしかに渉の顔がある。歩いている様子からして怪我をしている感じでもないし取り敢えずは一安心だ。
「そうね、息子だと思うわ。良かった、ちゃんと最後までたどりつけたのね。あの様子からして怪我も無いみたいだし一安心だわ」
「そう言えば今日はみなさん一緒に実家に戻られるんですか?」
ホッとしている私に美景さんが質問してきた。
「え? たしかこの後は夏期休暇に入るとは言っていたけどどうかしら? うちに戻ってくるより美景さんと一緒にすごしたがると思うんだけど?」
「え?!」
ギョッとした顔をして私をみつめる。あら、そんなに驚くこと?
「ん? だって三ヶ月ぶりなんでしょ? 積もる話もあるだろうからこっちのことは気にしなくても良いのよ? 私達はこうやって無事に戻ってきた渉を見られただけで十分に満足だから」
「そりゃたしかに帰還式には来てほしいとは言われてましたけど、ここはやはり御家族での団欒を優先したほうが良いのでは?」
そう言ってくれるのはありがたいけれど私も渉の性格は分かっているつもり。絶対に私達よりも美景さんといたがると思うのよね。うん、そこは間違いないと思う。
「そう? だったら息子と合流してから決めましょうか。今日の主役はあの子なんだから主役にどうしたいか決めさせてあげましょう。それが一番よね?」
そう提案をすると美景さんは心なしかガックリしていた。あらあら、これってどういうことかしら?
「渉はいたか?」
続々と戻ってくる隊員達を出迎える人達でその場がちょっとした大騒ぎになっているところへ信吾さんが戻ってきた。
「ええ。いま駐屯地の人と話をしてるみたい」
そう言って渉がいる集団を指でさす。信吾さんはすぐに渉のことが分かったみたいでうなずいた。
「行かなくて良いのか?」
「ん? だってやっぱり駐屯地の人達と話をしたいでしょ?」
その中には美景さんも含まれているわけで。母親に出迎えてもらうよりそっちのほうがずっと嬉しいに違いないんだもの。
「それに話をするなら着替えてきてからでも遅くないし。信吾さんのほうはもう良かったの?」
「ま、積もる話はまた日を改めてってことになった。今日の最重要は息子の帰還だからな」
「ってことはまた愉快な飲み会があるってことね」
「そういうことだ」
+++++
それから数時間後、制服に着替えサッパリした渉が私達の元に戻ってきた。その胸には金色の徽章がついている。どうやら渉はやり遂げたようだ。
「三ヶ月の訓練お疲れ様。怪我をしていないみたいでまずは安心したわ」
「お陰様で」
ニッコリと微笑むと信吾さんのほうへと視線を向けた。そしてそんな渉に信吾さんがかすかにうなづく。こういうところが本当に男同士の父と息子って感じでうらやましいのよね。
「今日は来てくれてありがとう。みんなの顔を見たらホッとしたよ」
「それはこっちのセリフだ。お前が最後まで残っているのが分かって安心したよ」
「信吾さんたらずっと心配してたのよ、途中で脱落しちゃわないかって」
私の前でレンジャー課程のことを口にすることは一度もなかった信吾さんだったけれど、頻繁にカレンダーを見ているのには私だって気づいていた。頭の中で今日は何をしている日とか今日から野外訓練とか気にしていたのは間違いないんだから。
「まったく心配しない奈緒のほうがおかしいだろ」
「私も心配していたわよ、怪我をしないかって」
「だが脱落する心配はしていなかったんだろ?」
「もちろん」
怪我さえしなければ渉は絶対にやり遂げると思ってた。だって信吾さんの血をひいてるんだよ? ダメなわけないじゃない?
「どう考えてもおかしいだろ、そこを心配しないなんて」
「そんなことはありませんー。渉は信吾さんと私の血をひいているんだもの、絶対大丈夫だと思ってた」
「あのさ、ちなみに二人の血がどう作用していると考えているのか聞いても良いかな」
私の言葉に渉がおかしそうに質問をはさんできた。
「そうね。信吾さんの血はもちろん知力体力諸々の自衛官に必要なすべての要素ね」
「母さんのは?」
「運の良さ」
「それは言えてるかな。今回もそれに助けられた時が何度かあったから」
「でしょ? 運も実力の内って言うし」
「やれやれ。ここにとんでも料理人の血が混じったら森永家はどうなることやら」
渉はおかしそうに笑いながらそんなことを言った。そして美景さんの肩に腕をまわす。だけど当の美景さんはとんでもないですよ!と目をむいた。
「あのですね、何度も言いますけどまだ決まったわけじゃないですからね! そこは間違えないように!」
「どう思う?」
渉が笑いながら信吾さんを見る。
「俺達の息子だ、狙った獲物は逃がさないだろ」
「ちなみに、うちは私が捕まえたんですからね、そこは間違えないでね」
「え、そうなんですか?!」
私の言葉になにか言いかけた美景さんの口を渉が素早くふさいだ。
「この話は長いからまた日を改めて。それじゃあ二人とも気をつけて帰ってくれ。ああ、甲府の爺ちゃんちに寄るんだっけ? あっちのみんなにもよろしく」
「あの、せっかくだからここは皆さんそろって食……」
渉は美景さんの意見を聞くつもりはないようで引き剥がされた手でさらにその口をふさぐ。あらあら、
「こっちはこっちで楽しくやるから」
そう言いながらニッと笑った。そんな顔は信吾さんそっくりだ。もうこれはあきらめてもらうしかないわね、美景さん。
「美景さん、私達の分まで渉のことお祝いしてあげてね」
「あまり羽目を外すなよ。音無さんはまだ足が本調子じゃないことを忘れるな」
なにか言いたげな顔をしている美景さんにそれだけ言うと私達は立ち去ることにした。だってお邪魔虫にはなりたくないし馬に蹴られて死にたくないものね。
「渉の顔が信吾さんそっくりだった。美景さんちょっとお気の毒かも」
駐車場に向かいながらそう言うと信吾さんも同じことを思っていたらしく笑い声をあげた。
「ま、彼女も自衛官だ。口も達者なようだし渉に負けはしないだろ」
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